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幻想庭園

いろいろ書き散らしてます。 なお、掲載している内容につきましては、原作者様その他関係者様には一切関係ありません

流れの果て-小早川異聞- 第8話 花戦・天女婚姻譚(2)

 尾崎局の世話に奮闘するものの子供ゆえの大変さから逃れられない。
 そんな中でも尾崎局の話を聞くのだが・・・。


*小早川隆景とその妻・問田大方の創作小説となります。
 問田大方の名前は、創作です。
 時代の流れに沿って進行しますが、作者の調査不足により流れがおかしい場所や
登場人物の名前が、おかしいときがあるときは、ご了承ください。
 また、作者の癖が詰め込まれますので、地雷になる表現がございますときは、すぐさま読了してください。
*最後に、この話は、フィクションです。実在の人物、団体、事件等とは関係はありません。






「遅くなりましたの、お姉様」
「大丈夫・・・・・まぁ、どうしたの、その小袖は」
 あゆの小袖の胸元辺りが奇妙にべしょべしょに濡れているのを見て、あややは
びっくりする。
「出かける間際にうらら姫様に泣きつかれたのよ。一緒に連れて行けって」
 母親の姿が全然見えないことにすっかり寂しくなったうらら姫は、あゆに抱きつ
いて大泣きした。べしょべしょに濡れているのは、うらら姫の涙と鼻水がべっとり
付いたからである。
 うらら姫の乳母や中の丸の力も借りて、なんとかうらら姫を離すことが出来たが、
着替える時間がなかったため、あゆはそのままやってきたのだ。
「まぁまぁ、姫がごめんなさいね。どうしましょう」
「洗えば落ちるから大丈夫よ」
「そうだわ。私の小袖をあげましょう。仕立て直せばあゆ姫でも充分着れるわ」
 ふらつきながらも布団から立ち上がったあややは、持ってきてもらったわずかな
小袖の中からあゆに似合いそうな柄を選ぶ。
「とりあえずこれを。落ち着いたら改めて送らせていただくわね」
「ありがとうなの」
 少し歩いただけで疲れてしまったあややを布団に寝かせ、着替えくるとあゆは
あややの部屋を下がった。


 あややの気持ちをおもんばかり、元々の留守居の者のには、必要最低限の者以外
には休みをやり、他に侍女もいないのであゆは、あややの侍女あやに手伝ってもら
いながら小袖を着替える。
「あゆ姫様、お元気がありませんね」
 あやの言葉に、あゆはしゅんとする。
「尾崎のお姉様のために頑張ろうとしてるのに、私、全然信用ないのよ」
 無理もない話であった。
  病人の世話は奥向きの仕事のため、奥にいる者。つまり女性の仕事である。
 そして、小早川の屋敷の奥向きの主人とはここではもちろん、あゆのこと。
 齢10才の少女と言っていい、まだ幼いお姫様である。
 さらに、あゆは現在郡山城滞在のため、屋敷の奥向きにはしっかりした大人の
女性がいない。
 かろうじて、あややの侍女あやがいるだけである。
 ゆえにあゆは、中の丸から暗に毛利の女中を派遣したいと言われていた。
『いえね。あゆ姫様が尾崎局様のために頑張っているのは、重々承知しているので
すが、そもそもあゆ姫様は当家のお客様ですし。お客様に当家の女主人をお世話さ
せるというのはどうも・・・』
 懇々切々と説かれたが、あゆはあややの意見を聞いてからとなんとか逃れた。
 が、今度は毛利元就からの文をもらった。
 とにかく長くて、内容はくどくどしていたが、ようはあゆは子供で心配だから、
毛利から人を入れろとのことであった。
 さらに被害はあゆ姫だけでなく景信にも及んでいた。
『参りました。父上や兄上、さらに元忠叔父上からもお説教ですよ』
 なんで景信の親族の人達までと思ったが、桂家では今回の事態を毛利家のみなら
ず当家の一大事と見なしているらしい。
 景信の父・元澄と兄・元延からはそろって、男は奥向きには関わらないが、あゆ
姫はまだ幼いのだからお仕えするお前がもっと気を配らないでどうする。そんなの
で奉行人が務めるか、と叱られ、毛利家の行政機関である五奉行の一人を務める
叔父・桂元忠からは、隆元は小早川に一任しているが、元就が現状を大変心配して
おり、文を差し上げても反応が芳しくないので、今一度毛利家の現状を景信から
あゆ姫に説明しろと言われた。
 ようは景信からも奥向きの人数を増やすよう進言せよ、との圧力がかかったので
ある。
 自分がいたらなくてごめんなさいと謝るあゆを景信は、「お方様は充分やってま
すから」と逆に慰めてくれた。
『表向きからの話は、私がなんとかしますから、お方様は御局様の世話に集中して
ください』
 と言ってくれた景信をあゆは頼もしく思った。
「みんな心配しすぎなのよ。私だってちゃんとやれるんだから」
「申し訳ございません。あやや様のためのお心配り本当に感謝いたします」
 この小袖は私が洗っておきますねとあやは、着替え終えたあゆが着ていた小袖を
持って外にでると洗濯をはじめる。
 なんとなくその後について、あやが洗濯するのを眺めていたあゆは、
「あやは洗濯が上手ね、すごく手際がいいの」
「山口ではいつもやっておりましたから」
「そこもとは、お姉様の侍女でしょ。洗濯は下女の仕事なのになんでしてたの」
「あやや様に仕える者は、私と兄と年老いた下人とわずか人数しかおらず、少ない
人数で身の回りの世話やお屋敷の管理をするために何でもしておりましたよ」
「内藤家のお屋敷には、下人がたくさん居るのではないの」
 あゆが住んでいた高山城でさえ、下人は名前や顔をすぐに覚えるには苦労するほ
どの人数が仕えていた。内藤家は守護代だからもっと多いはずだ。
「あやや様は、内藤家のお屋敷を出て自立なさっておいでだったので、自分の稼ぎ
ではそれが精一杯だとおっしゃっていました」
「なんと、お姉様は内藤家のお姫様ではないの?」
「もちろん、お姫様でいらっしゃいます。でもそれが嫌だと半ば家出して大内義隆
様の侍女となられたのです」
「お姉様が・・・・」
 そういえば、内藤隆春に刃を突きつけたとき義姉が、自分は侍女だと言っていた
のを思い出す。
「では、そこもとも家出したお姉様に付いていったの?」
「いえ。私と兄は、あやや様に拾われたのでございます」
 あやは、自分たち兄妹は大内氏領内のとある国人に仕える小さな家の出だが、
主家が潰れ、家が立ちゆかなくなったため二人して仕官先を求めて領内を放浪して
いたという。しかし、なかなか仕官先が見つからず一縷の望みをかけて山口の都に
やってきたが、かえって相手にされず、兄と2人路地裏で死にかけていたところを
あややに拾われたという。
 当時のあややは、自分の屋敷を持ったばかりで家人となる者を探していたという。
「あやや様のお輿入れの際に体裁を整えるために内藤家の家人となり、こちらへ
参りました」
「そうだったの・・・」
 だからあやとその兄・盛詮は、あややへの忠誠心が誰よりも強いのだ。
 お姫様かと思ったら働いていたとか、あゆの中の義姉の偶像がどんどん変わって
いく。
(ちゃんと話を聞いてみたいな・・・)
 あややとは本当は、どういう人物なのだろう。
  あゆはそれを知らなければいけない気がした。
  その時、不意に眼前を桜色の花びらがふらりひらりと舞い上がる。
 ふと近くを見ると屋敷の敷地の片隅に植えられた桜の木が、花を咲かせていた。


「お姉様」
 あゆは再びあややの寝ている部屋を訪れた。
「少し起き上がってみない。すぐそこの桜の木に桜の花が咲いてるの」
「桜が・・・、咲く頃になったのね」
 そうねとあややは、布団から上半身を起き上がらせようとしてみるが、立ち上が
るにはなかなか至らない。
「ごめんなさい。起き上がるのは無理みたい」
 つらそうにするあややに、無理しないでとあゆはあややを再び横たわらせる。
 医師の話では、あややの病状は身体ではなく心から来るものだという。
 あの廃寺でもあややは、不満を弟にぶつけていた。
 心に抱えているものを解消することが出来たら、身体は回復すると医師は言った。
「じゃあ、枝を切って持ってくるのよ。いっぱい花が咲いている枝を探してくるの」
「ありがとう。桜はね、大好きなの。山口では大抵の屋敷の庭に植えられていてね。
お寺や神社にはたくさん。それがこの季節になるといっせいに満開になるの。山口
の都は桜色に染まってそれは綺麗だったのよ」
 あややは、かつてを懐かしむような遠いまなざしで天井を見上げる。
「はわぁ~、桜だらけなんて想像するだけでも綺麗なの」
「ええ。綺麗だった。美しかった。大内義隆様も桜が大好きで、観桜会と言って
桜を眺める宴をよく催していたわ。私も侍女として参加して、義隆様にお酌をして
差し上げたわ。貞子様の女だけの花の宴でもね。お二人にはそれは可愛がっていた
だいて・・・・」
 あややの双眸から涙がこぼれ落ちる。
「お姉様・・・」
「ごめんなさい。ダメね、私・・・・せっかく願いが叶ったのに・・・」
 あふれる涙が止まらない。
 どうしてこんなことになったのだろう。
 あんなにお側にいると誓ったのに、みんな四方八方に散ってしまった。
  叶わぬはずの願いは叶った。
 これはその代償だろうか。
(こんなにつらいなんて・・・・)
 やはり、あの男に言ったとおりにしておけば良かったのだろうか、
「あの時のこと・・・守っておけば・・・」
「あの時ってなに?」
「義隆様との夜桜の宴で、私は・・・」
 そこまで行った後は口をつぐみ、あややはあゆに背を向けてしまう。
「ごめんなさい。お姉様、ゆっくり休んで」
 あゆは、あややを気遣いそっと部屋を出た。


「ねぇ、景信。夜桜の宴ってわかる?」
 尾崎丸からの帰り道で、輿のすだれをあげてあゆは付き添う景信に尋ねた。
「言葉通り、夜に桜を眺める宴ですね」
「夜に桜なんか見えるの?暗くない?」
「灯籠に火をつけたり、かがり火とか焚いたりして明るくするそうです。山口の
連中は風流だとか言って、そんな無駄なことをすると父が愚痴っていたのを聞いた
ことがあります」
「よくわからないけど、見えるし、綺麗なのね。そっか。そこでお姉様・・・」
 う~んとあゆが考え込んでいる間に輿は郡山城についた。
 そのあゆを待ち構えていたのは、

「隆元様の奉行人を務める赤川元保と申しまする」
 尾崎丸にある奥向きの広間で上座に座るあゆの眼前で、すさまじい眼光と威圧感
を全身から醸し出す、隆元と同じくらいの武将が頭を垂れる。
(まさか、赤川様がお方様に会いに来るなんて)
 あゆ姫のお付きとして、この場に同席した景信は、場にあふれる気配に圧迫され
つつあった。
 小早川家の奉行人として、父や兄、叔父に、あゆ姫は一生懸命にやっているから
小早川に任せてくれと必死に説明していたのだが、まさか五奉行筆頭奉行人が直々
に目通りに来るとは思わなかった。
 隆元は、奉行人には自分がよく言い聞かせておくと約束していてくれたのだが。
(独断できた、と言うことか)
 赤川元保は、自他共に認めるほど隆元への忠誠心が篤い。
  その元保が、今回の主君夫婦の危機について黙っているはずがないのはわかって
いたが、主君の命に反してまで来るとは思わなかった。
(くっそ、しっかりしろ、俺)
 隆元への忠誠心が高いあまり、赤川元保は隆元以外の人間を人とも思っていない。
 隆元のためなら相手のことを考えない振る舞いをすることもしょっちゅうだ。
 その驕慢な振る舞いで彼を嫌う者は多い。
 しかし、奉行人として非常に優秀であり、武将としても武勇に優れるため隆元も
元保を重宝し、誰も文句を言えない状況であった。
 そんな相手が、あゆ姫に会いに来たのだ。
 自分は、ここに残る唯一の小早川家の奉行人としてあゆ姫を赤川元保から守らな
ければならないのだ。
 景信は腹に力を入れ、背筋を伸ばす。
 そんな景信など眼中になく、元保はあゆに対峙する。
「小早川のお方様におかれましては、我が主君の夫人尾崎局様への御献身、まこと
に感謝申しあげ、これ以上の言葉もありません」
「よいのよ。小早川と毛利は同盟したのよ。表が仲良くするならば奥も仲良くなの
よ」
 あゆは、ハキハキと答える。
「しかれば、これよりは小早川家庶流赤川家の者として、小早川宗家の方に申し
上げる」
(小早川家庶流だと!?)
 景信はぎょっとする。赤川家は小早川家庶流とは聞いたことがあるが、宗家と
離れたのは何百年も前の話と聞く。
 それを今更持ち出すとは。
(そうか、他家の者ならよその家のことに口出しすることは無礼極まりないが、
同家なら許される)
 つまり、赤川元保は毛利家の奉行人ではなく、小早川家の人間として来たのだ。
 発言が許される身同士で、力量を分けるのは己の資質のみ。 
 男盛りを迎え、筆頭奉行を務める勇猛な武将と齢10才の姫君ではその差は歴然
だ。
 それをふまえても、赤川元保はあゆに諌言した。

「お方様の振る舞いは、あまりに高慢。己の身をわきまえられよっ」

 元保の発する声は、幼い姫に対する者としてはあまりに威圧的だった。
「あ、赤川殿。お方様に対してそのように高圧」
「黙れ、小僧!!貴様ごときが御家のことに口出しするな!!」
「ひえっ」
 元保の一喝に、景信はあっさりと敗れ去った。
(お、俺って、なさけね~~~)
 景信はがっくりと力を落とす。
「奥向きは確かに女の領域。されどすべての女が差配できるにあらず。お方様は、
ご自身の居城の奥向きを差配してはあるまい。しておれば、ここにはおられぬはず」
 元保が眼光をギラリと光らせ、あゆに迫る。
「力不足の身でありながら、毛利家当主のご夫人をお預かりするなど相手に対し、
失礼千万。たとえ、同盟相手の頼みであってもお断りになられるのが筋目であろう。
万が一、お断りできぬと申すなら、相手の言い分を聞くことこそ肝要でござる。
己の不手際にて、両家の同盟が決裂してもよろしいと申すのか!?」
 ドドンと音が聞こえそうなほどの迫力で、元保はあゆに毛利からの言い分を呑め
と迫るが、
「そこもとの言いたいことは、よくわかったのよ」
 あゆは、またこの話かと聞き飽きたかのような顔をして、うんざりした声で答え
る。
「表向きのことに女が口出ししないように、奥向きのことに、男の口出しは無用な
のよ」
「なれど」
 と元保は言うが、あゆは、
「ましてや、宗家の姫のなすことに、庶家の男が口出しするなど、それこそ失礼千
万なのよ」
「しかし」
 と元保は食い下がるが、あゆは、
「私は、毛利家当主の隆元お兄様直々に、尾崎のお姉様のお世話を頼まれたのよ。
そこもとは、小早川家の者だが毛利家に仕える者であろう。主君のすることに文句
があるなら、まずはその主君に文句を言うのが筋というものなのよ」
「ぐっ・・・」
(まったくの正論です。お方様)
 あの赤川元保に対し、まったく動じずに反論する主君に景信は、さすがです、
すごいですと、内心涙を流して感動する。

「その通りです、あゆ姫」

「隆元お兄様」
「た、隆元様」
 赤川元保は、この場に現れた隆元の姿を見るなり先ほどまでの威圧感を消し、
床に額を打ち付けんばかりに平伏する。
「元保、局を小早川で預かって欲しいと頼んだのは私だ。あゆ姫は同盟者としての
好意で、その願いを引き受けてくださったのだ。そのあゆ姫に対し、至らないと
申すなど無礼極まりない振る舞いをするとは何事だ!!」
「も、申し訳ございませぬ」
 隆元に一喝され、元保は青ざめんばかりに震え上がる。
「されど、それがしは、隆元様のお心を慮って」
「黙れ!局のことは、私達の問題だ。口を挟んで、私にこれ以上恥をかかせる
な!!」
「ははーーーーっ」
 元保は深々と平伏してその命に従う。
「あゆ姫、申し訳ございません」
 隆元は、その場に座り込んであゆに向かって平伏する。
「あややのことでご負担をかけているというのに、家臣のこの振る舞い。すべては
私が至らぬがゆえ」
「よして、隆元お兄様。そこの者は忠義が過ぎるのよ」
 もう良いから、出てってとあゆは景信に命じて赤川元保を下がらせる。
「お顔をあげて、お兄様」
 あゆは隆元に顔を上げてもらい、にこりと笑う。
「私なら大丈夫。尾崎のお姉様や中の丸のおかげで、負けたくない相手にどうした
らいいのかわかったから」
「あゆ姫・・・」
「でも来てくれて助かったの。お仕事忙しいんじゃないの?」
「今日はもう終わったよ。うららと幸鶴の相手をしようと思ってね」
 母がおらず寂しい思いをしている子供達。
 子煩悩な隆元は、なんとかあややの不在を埋めようとしていた。
「そっか、うらら姫様は寂しそうにしてたから、お父様が傍にいれば寂しくないの」
「どうだろう。子にとって母親は特別だからね」
 それは、母を早くに亡くした隆元にはいたくわかる。
「でも、幸鶴様はご機嫌なのよね。お姉様のところへ行く前に、いつも挨拶してか
ら行くんだけど、すっごく大喜びなのよ。なんか手足をジタバタさせて、応援して
くれてるみたいなの」
「そうか。君がいなくなった後は、よく泣くと乳母の有福から聞いているが」
「あら。そうなの」
 やっぱりさみしいのね~と言うあゆ姫に、隆元は言いにくそうに尋ねる。
「あゆ姫。その・・・・・・あややは・・・」
「起き上がれないことが多いのよ。ご飯もあんまり食べないし」
 あややの世話は主に侍女のあやがしていたが、あゆもやりたいので手伝っていた。
「・・・・・・そうか」
「でもね。山口のことを話すときはすっごく楽しそうに話してくれるの。お姉様、
桜が大好きなんだって。山口では桜がたくさんあって春になると桜色に染まるって
言ってたの」
「そうだよ。周防の都のあちこちに植えられていてね。時期になるといっせいに
満開に咲き誇ってそれは見事だった。山口の人は身分に関係なく花見を楽しんだも
のだ」
 懐かしむような隆元を見て、あゆは山口を語るあややを同じ顔をすると思った。
「隆元お兄様も山口に行ったことがあるのね」
「もちろん。実は三年ほど住んでいたんだ。人質としてね。君よりもう少し大きい
年の頃だったな」
「まぁ。お兄様はご苦労なさったのね」
 大内にあまり印象が良くないあゆは、さらによくない人質図の想像から可哀想な
目をするが、
「あはは、君の想像とは全然違うよ。むしろ、非常に厚遇されてね。身に余るもて
なしに戸惑ったくらいさ」
 隆元は笑った。あゆはこんなに明るく笑う隆元は見たのは、自分がこの城に来た
ばかり以来だと思った。
「この山奥の田舎育ちだった私にとって山口は、見るものや体験するもの、その
すべてが新鮮で輝いて見えた。3年居る間にすっかり山口に染まってしまって、
吉田に帰ってきたときは、ここの人達が野卑に見えて逆に戸惑ったものさ」
 都会に出た毛利の若殿は、故郷の田舎ぶりと人々の礼儀のなさを痛感し、これで
はいけないと思い、自分なりに吉田に山口の風を吹き込もうと努力して生きた。
「若い者相手に論語や礼儀の講義をしたり、文芸教養を深めることを勧めたりね。
私は、絵を描くのが好きでね。あややも上手だと褒めてくれたものだ」
「え~~、本当?私も隆元お兄様の絵を見てみたいの」
「いいとも。今度、君の姿を描いてあげようか」
 そう言ってくれた隆元にあゆは、楽しみなのと喜び、二人はくすくすと笑い合う。
「でも、父には、武将らしくないとたしなめられてね。古参の者にも評判はあまり
良くないし、教養に理解がある者もまだ少ない。やはり山口で最高の教養を身につ
けたあややに、吉田での生活は酷だったということか」
 またしても暗くなりかける隆元をあゆは、そんなことないよと励ます。
「お姉様の口から吉田の悪口なんて一度も聞いたことないの。そんなに落ち込むこ
とないのよ」
「すまない。私の悪いくせだ。父や志道の爺にも散々指摘されているというのに」
 ましてやまだ幼いあゆ姫の前で見せる姿ではない。隆元は自分で自分をたしなめ
る。
 本来なら小早川を巻き込んではいけなかったというのに、あの日、目にした光景
にあまりの衝撃の受けたばかりに、あゆ姫ら小早川の好意に甘えてしまった。
 大人として、毛利家の当主として、あややの夫としてあってはならないことだ。
(なんとかしなければならない)
 本当は、すぐにでもあややを引き取りたかった。
 けれど、今のあややは対応を誤れば、二度と隆元の前に姿を現すことはないだろ
う、そう思えた。
 だから会いにも行けず、子供達に寂しい思いをさせ、あゆ姫に負担をかけている。
 なんとかしたい。
 けれど、どうしていいのかわからない。
(私がこんなのだから、とうとう元保がしびれを切らしたのだ)
 自分のあまりの情けなさに、隆元はどんどん自己嫌悪感が増してくる。
 一方のあゆは、隆元から漂ってくるどんよりした暗く重たい雰囲気に困り果て、
どうしよ、どうしよと考える。
「そ、そうだ。隆元お兄様、夜桜の宴って知ってる?」
「あ、ああ。夜に行う花見のことだね。山口では頻繁に行われていたな」
 あゆに尋ねられ、隆元は思考を浮上させる。
「お姉様は、それがすごく気になってるみたいの。大内義隆も一緒だったみたいな
の」
「義隆様は、周防長門の守護大名のみならず、当代一の文化人であられたからね。
風流ごとも好み、夜桜もよくご覧になられていたよ。あややは私と結婚する前に、
義隆様に侍女としてお仕えしていたからご相伴にあずかったのだろうね」
「それってどうやるの?」
「昼間の花見とあまり変わらないよ。ただ、義隆様はかがり火よりは燭台や灯籠の
ほのかな明かりの中に浮かぶ桜を好んでいたな。一番好きだったのは月明かりだと
聞いたことがある」
 三年に及ぶ山口の生活中で、隆元は何度か義隆主催の夜桜の宴に招かれたことが
あった。春とは言え夜は寒く、対策が必要だったが、義隆が好んだとおり隆元も
夜に見る桜は美しいと思った。
「なるほど、わかったのよ」
 すくっとあゆ姫は立ち上がる。
「いいこと思いついたのよ。これならお姉様もお喜びになって、お元気になれるは
ずなのよ」
「なにを思いついたんだい?」
「う~んとね」
 その時、あゆのお腹が盛大に鳴る。
「はうぅぅぅ、お腹すいたの・・・」
「これは申し訳ない。もう外は真っ暗じゃないか。中の丸はどうした?他の侍女達
は」
 誰かおらんのかと隆元は広間を出て、彼女たちを探しに行くと目撃したのは、
「どういうつもりですか、赤川殿。この中の丸を通さずにあゆ姫様に会いにいくな
ど、奥向きの女房衆全員を敵に回すおつもり!?」
 あゆは、奥向きで預かる客人。
 そのお世話並びにあゆ姫への対面の取次を行うのは、奥向きの者達。
 奥向きの主・尾崎局が留守な今は、中の丸の役目。
 その中の丸が元就の用事を済ますために奥向きを留守をしていたときに起こった
元保のあゆ姫への対面に、面子を潰されたとカンカンに怒ってる中の丸と彼女付の
侍女達。
 そして、彼女らに正座させられて怒られている赤川元保となぜか巻き込まれた
景信の姿であった。


 さてさてそんなことが起こった翌日、小早川の屋敷にて、あゆは、あややに
聞こえないように小さな声で景信とあややの付き人兄妹にある相談をした。
「あのね、大内義隆がいる夜桜の宴ができないかな?」
 あゆの提案に全員が戸惑う。
「お方様。夜桜の宴はともかく、義隆様は2年も前に亡くなっていますよ」
 景信の言葉に、あゆもわかってるのと頷く。
「そうなんだけど、尾崎のお姉様は大内義隆と一緒にした夜桜の宴がずっと気に
なってるみたいなの。それをしたらお姉様は、なんか元気になる気がするの」
「たしかに、あやや様は、義隆様がお出でになられる宴には必ず侍女として奉じて
おりました」
 一理あるかも知れませんとあやは言う。
「しかし春の夜は寒うございます。ましてやここは、山肌に雪が残る山の中。今の
あやや様ではさらにご体調を崩されかねません」
「なら、屋敷の中で行えば良いのでは?」
 盛詮が一案を述べる。
「それがしが良い枝の山桜をいくつか採ってこよう。それを部屋中に飾ればそこは
たちまち桜の間となる」
「それはよい案です、兄様。必要な物さえそろえていただければ、室内のしつらえ
は、私がやりましょう」
「あとは大内義隆様役ですね。誰がしますか?」
「景信じゃダメなの?」
「あらぬ誤解をうみかねませんので、辞退させていただきます」
「それがしも身分違いの上、恐れ多くとても・・・」
 景信と盛詮に断られ、あゆ姫は頭を悩ます。
「え~、どうしよう。隆元お兄様じゃ絶対ダメな気がするし。肝心の大内義隆役が
決まらないとやってもしょうがないのよ」
「では、いっそのことあゆ姫様が義隆様役をなさるというのはいかがでしょう」
 あやの提案に、あゆはほえ?と目を丸くする。
「私が男の人の役やるの?」
「山口では、女童に稚児の格好をさせる余興もございました。あゆ姫様ならご身分
からしても義隆様に扮しても問題は少ないかと」
「たしかに、お方様は小早川の姫君ですし、姫がするならままごと遊びの延長みた
いなものですからね」
「それがしもそれが一番よろしいかと存じます」
 景信と盛詮にも賛同され、あゆは覚悟を決める。
「わかったの。私が大内義隆役をやるのよ」
 それから4人は細かい段取りと役割を決めて、それぞれ取りかかった。


 ***********


(いつまでもこうしてはいられない)
 夜、格子窓から弱い月の光が差す部屋の中でなんとか床から上がることが出来た
あややは、脇息にもたれかかりながら今後のことを考えていた。
 このまま小早川の屋敷に居続けることは、あゆ姫に負担をかけ続けることになる。
 中ノ丸や乳母が居るとは言え、子供達のこともこのままにしておくわけにはいか
ない。
(隆元・・・)
 まさかあそこへ夫が来るとは思わなかった。
 彼は修羅と化した自分を見て、どう思っただろう。
 ここへきてから彼は一度として訪れたことはない・・・。
 「そろそろ決断しなくては・・・」
 今のあややに見える道は二つ。
 山口へ行くか、吉田に残るか。
 どちらの道もあややにとって大切な者へ通じている。
 そして、どちらかを選べば、もう片方の道へは二度と行けなくなるだろう。
 決断には、あややのすべてが必要だった。
「あやや様、起きていらっしゃいますか?」
 ふすまの外からあやが声をかける。
「ええ。起きているわ」
 あややは、考えるのをやめてはきと返事を返す。
「どうぞ、広間の方へお越しくださいませ。宴の用意が出来てございます」
「宴ですって?あゆ姫が主催かしら。姫には悪いけど、そのような気分では」
「いえ。大内義隆様でいらっしゃいます」
「義隆様!?」
 あややは耳を疑う。
「馬鹿な、あの方はすでに亡くなって・・・」
「真偽のほどはご自分の目で確かめなさいませ」
 自分に忠実な侍女が嘘を言っているとは思えず、あややは立ち上がり、
「着替えます。あや、手伝ってちょうだい」
 あやを部屋に招き入れた。

「こちらでお待ちください」
 案内したあやがすらりと開けたふすまの向こうには、
「まぁ・・・なんと見事な・・・」
 部屋の上座にどこかの都の光景が描かれた屏風が置かれ、その前に酒席が設けら
れ、床一面には緋毛氈が敷かれている。
 そして目を奪われるのは、ほどよく配置された床に置かれた大きな甕や鴨居に
飾られた見事な枝ぶりの満開に花を咲かせている桜の枝だ。
 室内だというのにまるで桜に囲まれているようだ。 
 わずかな燭台の明かりに浮かぶ姿も美しい。
 さらに外に通じるふすまと雨戸が開け放たれ外にも桜が飾られていた。
 わずかな灯籠の明かりと月明かりに照らされ、夜の闇に浮かぶように咲き誇って
いる。
「あ、ああ・・・・」
(まるで、あの夜のよう・・・)
 あややは、山口で義隆に奉じた桜の宴を思い起こす。
 自分と義隆、そしてあの男と三人で桜を愛でたあの夜のことを。
 その時、かたんと襖が開いて誰かが入ってきた。
「義隆様・・・・・・!?」
 そう思った。
 しかし、暗がりの仲良く見てみるとそこに居たのは、稚児姿の愛らしい少女だっ
た。
「そのとーりなの・・・じゃない。わしは、え~っと大内義隆なのじゃ。くるしゅ
うない」
 えへんと偉そう下に胸を張る稚児は、大股を降って酒宴の席に着く。
「おねえ・・・じゃない。そこもともここに来て酌をせい」 
 ポンポンと自分の隣の席を叩いて招く稚児を見て、あやや、
「・・・・・・はい。わかりました」
 クスッと笑って稚児の隣の席に座る。
 その頃合いを見計らって、あやが酒宴のお膳を運んでくる。
 膳には、干物を焼いたものや貝を醤で煮詰めたものなど、どれも義隆の好物ばか
りだ。
 それを見て、あややは酒器を手に取る。
「義隆様。一献お注ぎしましょうか」
「うむ、くるしゅうない」
 稚児は酒杯を手に取り、あややに酒を注いでいでもらうと一気に飲み干す。
「うまし、うまし。良い酒なのじゃ」
「それは良いですが。不思議なお酒ですね。すこしもお酒の香りがしませんけど」
「それは・・・・特別製なの酒なのじゃ」
「それに、お好みがうるさく、何種類もの酒を並べておられたのに、一種類とは」
「ごめんなさい。そんなに意地悪しないで欲しいのよ」
 稚児は、いや稚児姿のあゆ姫は早々に降参する。
「お姉様が、大内義隆との夜桜の宴をすごく気にしてたから大内義隆役をやってみ
たのだけど、やっぱり無理があったのよ」
「そりゃあねぇ」
 しょしょんとしょげるあゆにあややはクスクスと笑う。
 いくら義隆好みの酒の肴を集めても肝心のお酒が水では意味が無いし、ましてや
大人の中年男性を幼女が演じるのは無理がある。
「その稚児装束は、どうしたの?」
「これ、隆景様が子供の頃に来てた装束なんだって。中の丸に仕立て直してもらっ
たの」
「そう中の丸が用意してくれたのね」
 あややはそう解釈したが、本当は違う。
 これは、隆元が出してくれたものだ。
 あゆ達が、あややのために夜桜の宴を再現しようとしているのを聞きつけた隆元
は、できうる限りの用意を調えてくれた。
 稚児衣装も最初は景信の家の物を借りようとしたのだが、「とんでもない!?
うちの悪タレどもの鼻タレなどが付いた装束など貸せるわけないでしょう!!」と
景信の母に断れ困っていたところ、隆元がしまい込んでいた隆景の物を出してくれ
たのだ。
『亡き母が手元に置いていた物でね。時折これを見ては隆景のことを忍んでいたよ』
 2人の母妙玖が亡くなった後は、隆元が引き取って保管していたという。
『あゆ姫が身にまとうにふさわしい物だろう。直しは中の丸に頼むといい』
 事情を聞いた中の丸は大急ぎで衣装をあゆが切れるよう直して、お膳の肴なども
用意してくれた。
 でもあややが気にしないよう、今はそれらは秘密だ。
「うん。似合う?」
「ええ。とてもよく似合っているわ」
 あゆ姫くらいの女童に稚児衣装を着せて遊ばせたりすることを義隆は、時折して
いた。義隆は若い頃から稚児遊びが好きだったそうだが、稚児達が目一杯遊んだり、
武術にいそしんだり、物珍しい物や素晴らしい者を見て感動する姿をただ眺める。
 その程度だったという。
 一人の稚児に出会うまでは。
「桜もね、盛詮に採ってきてもらって、あやがしつらえてくれたの」
「あの二人が・・・」
 あややに忠実な兄妹。あややのためなら命を投げ出す覚悟の二人の手助けがあれ
ば、あややは山口への道を選べるだろう。
「お姉様に元気になって欲しくて、皆で頑張ったんだ。元気出た?」
 どうかな~とあゆは上目遣いで尋ねてくる。
(この子は、私のために・・・)
 あゆ姫は、あややの身の上なんて全然わかっていない。
 なんの見返りも求めず、ただ元気になって欲しい一心でやっている。
(ただ、ひたすらに、私のために・・・・)
 あややは、目元に浮かぶ涙を拭う。
「ええ、ええ。もちろんよ、ありがとう」
「ほんと?よかった」
 あゆはにぱっと笑う。
「じゃあこのまま二人でお花見するのよ。肴よりお菓子が欲しいの」
「肌寒いから白湯もいただきましょうか」
 そう言っていると、すっとあゆが入ってきて、肴の膳を下げ、お菓子などが載っ
たお膳を出してくれた。もちろん、白湯もだ。
 席に設けられていた火鉢のおかげで暖かく、あゆとあややは二人だけの宴を楽しむ
ことにする。
「夜に桜を見るって初めてだけど、本当に綺麗ね。昼間とはなんだか違って見える
の」
 ほうっとあゆがほのかな明かりに照らされた桜を眺めていると、
「『雪月花の時、最も君を憶う』」
「せつ・・・?」
「白居易の詩の一節よ。『雪、月、花の美しい景色に触れると、君のことをもっと
も懐かしく思い出す。』」
(お姉様は本当に何でも知ってるのよ)
 中国地方一のお姫様の名は伊達では無い。しかし、なのになぜ侍女などしていたのだろう。
「雪はないけど、月と桜が、あの方と・・・あの男を思い出せる」
 あややは、遠い目をして桜の向こうにある闇を見つめる。
 おそらくは荒れ果てているだろう周防の都で、灰燼と化した義隆の思い出と共に、
あの男・陶晴賢は、自分を待っている。 
「ねぇ、お姉様。そのあの方とあの男ってどんな人?」
 あゆはドキドキしながら尋ねた。
「お姉様、ずっとその人達のことを気にしてるみたい。多分だけどね。お姉様が
元気がないのそのせいだと思うの。私ね、知りたいの」
 あゆはあややの方を向いて尋ねる。
「お姉様は、お姫様なのに、なんで侍女なんかしてたの?大内義隆やあの男って
言う人と何があったの?」
「・・・・そうね、私のためにいろいろしてくれたもの。あなたに走る権利がある
わ」
 あややは、語りはじめる、
 自分のこと、義隆のこと、そしてあの男・陶晴賢との因縁を。


 同じ頃、広間の外で2人の話を伺っていたあやが、小走りに土間の方へ向かう。
「どうぞこちらへ。始まったようです」
「ありがとう。皆は下がっていてくれ」
 先ほどまであやがいた場所へ歩いて行く一人の男をあや、盛詮のみならず景信ま
でもが膝を突き、頭を垂れて見送った。






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