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幻想庭園

いろいろ書き散らしてます。 なお、掲載している内容につきましては、原作者様その他関係者様には一切関係ありません

流れの果て-小早川異聞- 第7話 花戦・名を持つ者(下)

 あゆと桂景信は、もう少しで郡山城につくというところで、1通の文を預かる。
 それは尾崎局宛の実家・内藤家からの文だった。

*小早川隆景とその妻・問田大方の創作小説となります。
 問田大方の名前は、創作です。
 時代の流れに沿って進行しますが、作者の調査不足により流れがおかしい場所や
登場人物の名前が、おかしいときがあるときは、ご了承ください。
 また、作者の癖が詰め込まれますので、地雷になる表現がございますときは、すぐさま読了してください。
*最後に、この話は、フィクションです。実在の人物、団体、事件等とは関係はありません。







 あゆと景信は、もう少しで城に着くというと言うところで、
「もし、その御仁様」 
 傍を通りかかった民の声をかけられた。
「城に帰ろうとする小さな姫君と付き人に出会ったなら渡して欲しい、と託されま
した」
 と言って、その民は一通の手紙を差し出した。
 なになに?と興味を持つあゆの代わりに景信が受け取る。
「尾崎局へ 内藤より・・・?なぜ我々にこれを?」
「その二人なら確実に局様に届けてくれるとおっしゃっていましたので」
(どこかで、我々の関係が漏れている?しかし、なぜ俺達なんだ)
 疑問にあふれる景信を他所に、文を渡し終えた民は、「とにかくお渡ししました
よ」と言って去って行った。
 あゆは一生懸命背を伸ばして、景信が持っている文の宛先を見ようと、捕まるよ
うにして景信の腕を下げさせ、手紙の宛先を見る。
「尾崎局へ 内藤より。尾崎のお姉様宛だ。内藤って誰?」
「尾崎局様の本当のご実家ですよ。お局様の本当の父君は、大内義隆様のご重臣
内藤興盛様であられます」
「そうなんだ。でもなんで私達に託すの?実家からのお手紙なら直接渡すのでは
ないの?」
「それなんですよねぇ」
 たとえこの文が偽物であったとしても、実家からの手紙を人を通してと言うのは
不自然だ。
「こっそり開けて読んじゃだめ?」
「偽物だとしても失礼ですし、こちらが疑惑を持たれますよ」
「じゃあ、お姉様に渡して正直に事情を伝える」
「それが妥当ですね。私もご一緒しますよ」
 さぁ、城に入りましょうと、二人は郡山城に帰還した。
「ずいぶん遅かったのね。捜し物は見つかって」
「はい、ちゃんと見つかりました」
 出迎えてくれたあややにあゆはニッコリしながら話す。
「あとね、尾崎のお姉様にお渡ししたい物があるの」
「あら、なにかしら?」
「事情は私が話します」
 景信が申し出たことで何かを察したあややは、顔を引き締め二人を自分の部屋に
案内する。密かに人払いをしたあややは二人に話しかけた。
「それで、私に渡したい物とは何かしら?」
「城に帰る前に、お姉様宛のお文を預かったの」
「ご実家の内藤家からのようですが、通りすがりの民から預かりました。真偽が
判断できず、お局様に拝見していただきたく」
「見せてちょうだい」
 あややは、文を受け取り内容を一読する。 
 奇妙な緊張感が部屋を走った。
「・・・・あの、お局様。やはり偽物でしょうか」
「いいえ、本物よ。弟からだったわ」
 あややの顔は冷静さを保とうとしていた。しかし、文を握る手はわずかに震えて
いる。
「ありがとう、二人とも。ごめんなさいね、妙なことに巻き込んで」 
  お礼を述べるあややだが、明らかにどこか様子がおかしかった。しかし、聞くな
という雰囲気をまとっており、二人は何も言えない。
「そうですか。ならばよかったです」
「直接私宛に送れば良いのにね。本当にしょうがない弟だこと」
 ホホと笑うあややの目が笑っていないことに景信は気づいた。
(やっぱりいろいろあるんだろうな)
 しかし、これ以上突っ込むのは危険と判断し、景信は引き下がることにする。
「では、私どもはこれで。お方様。お部屋までお送りしましょう」
「お姉様」
 あゆは、あややに向き合い精一杯の声で叫んだ。
「私は、尾崎のお姉様が大好きなの。だからね、いつでも味方なの!!」
 意表を突かれたあややだったが、
「ええ・・・そう。ありがとう、あゆ姫」
 そう言って微笑んだ。その瞳は優しく、悲しかった。


「疲れちゃったのよ」
 久しぶりに外出して疲れたのか、あゆは夕食を終えると早々に休むことにした。
 布団にごろんと寝転がりながら、昼間のことを思い起こす。
(尾崎のお姉様。大内のお姫様なだけなのに・・・)
 落首に書かれるほど、いじめられるなんてこんなひどいことはない。
(尾崎のお姉様は、素晴らしい人なのよ。あんなに綺麗で、賢くて、優しい人。
沼田にはいないもの)
 なのに落首に書かれるなんて、吉田の人々は尾崎局の素晴らしさを知らないの
だろうか。
(隆元お兄様は、素晴らしいことを皆が知っているから落首は書かれないって言っ
てたの。みんながお姉様のすごさを知れば良いのよ)
 でも、女性は表に出ないし、お城の外にも自由に出られない。
 どうすれば尾崎局のことを知らせることが出来るのだろう。
 う~ん、う~んと考えているうちに、あゆは眠り込んでしまった。
 夜中ふと目覚めたあゆは、お手洗いに行きたくなって部屋の外に出た。あゆの
出す音が小さかったせいか、侍女が付いてくる気配がない。
 尾崎丸の外れにある厠を出たらなんだか目がさめてしまい、あゆはせっかくなの
で夜の散歩を楽しむことにした。
 あいにく付きが細い夜だが、夜の城は恐いようで、なんだか心引かれるものが
ある。不意に目端に明かりが入った。まぶしさにどこでと思うと、あややの部屋
だった。
(お姉様、まだ起きてるの・・・・?)
 無意識にあゆは、あややの部屋の隣の部屋の床下に潜り込み、静かにあややの
部屋の床下まで進んだ。
「・・・・っという首尾で頼むわよ。あや」
「はい。あややさま」
 あややと侍女の声がする。あやというのあややの実家から付いてきたという侍女
で、元就よりも隆元よりもあややへの忠誠心が強い女だと、中の丸が愚痴混じりの
声で言っていたのを覚えている。
「それで、寺に着いた後はどうなさるのですか」
「今はまだ。でも、隆春とは話をつけなくてはいけないわ」
「わかりました。では、兄に伝えて参ります」
 そう言って、誰かが部屋から出ていく音がした。
(尾崎のお姉様、どっか行っちゃう気だ)
 でもどこの寺へ行くつもりなんだろう。そう思ったとき、足音がしてまた誰かが
部屋に来たようだ。
「あやや」
「隆元様、どうなさいました?」
「明日は、終日本丸で父と会談だから君の顔を見たくて・・・んっ」
「どうなさいしました?」
「何かいつもと違う気配を感じる」
「まぁっ」
(大変なの。すぐに戻らないと)
 あゆはあたふたしながら床下を這う。
「いったいどこから」
「そんな。気のせいですわよ」
 その時別の場所から赤ん坊の声がした。
「幸鶴が珍しいな」
「ほんとうに、少し様子を見てきます」
「私も行こう」
 二人は床下のあゆを気にすることなく、息子を見に行ってしまい、この隙に
あゆは部屋に戻った。
***********
(お姉様は、どこのお寺に行く気なんだろう)
 翌朝、あゆはご飯を食べた後、む~んと考えていた。
 夕べあややがあやと組んで行こうとしている寺の名前まではわからなかった。
(そもそもどうやって、お城から出る気なんだろう)
 あややはそう気軽に外出できる身分ではないはずだ。
「お方様、おはようございます」
 今日の務めをしにやってきた景信はなんだかげっそりとして疲れていた。
「どうしたの?昨日太郎丸にはお出かけしたけど、疲れすぎじゃない?」
「お局様に渡した文について、父からがっつり尋問を受けたんですよ。ご実家から
の手紙だって言ってるのに、渡し方がおかしい。もっと疑問を持てってね」
「え~、あれは弟からの文だってお姉様だって言ってたのに。それにあれは私に
渡された手紙だもの。景信は関係ないの。これは小早川として抗議するの」
 ぷりぷりするとあゆを慌てて景信が止める。
「お方様が出てくると大問題になりかねないので、やめてください。ほとんど父親
から息子への説教みたいなもんですから。初めてですよ、あんなに真剣に、親父が
俺に向き合ってくれたのは」
「そうなの?」
「なにせ四男坊なので」
 少しもの悲しそうに言う景信だが、あゆはわかったと受け止める。
「じゃあ。景信は今日はお休みね。私も昨日お出かけしたから今日はお部屋で大人
しくしてるの」
「いや、しかし」
「大丈夫なの。他にも人が居るし。これは命令なの」
 お休みよというあゆに、景信は「では、お言葉に甘えて、絶対部屋から出ないで
くださいよ」と念押しして、休みをもらった。
「今日は、部屋で本でも読むのよ」
 そう思ったとき、あややの部屋の方から赤子の声が聞こえて、あゆは声がした方
へ向かった。
「どうしたの?幸鶴丸様が大泣きしてるのよ」
「ああ。あゆ姫様。うるさくして申し訳ありません。若君様は今朝からずっとご機
嫌が悪くて」
 幸鶴丸の乳母・有福が必死であやすが、幸鶴丸はぐすぐすとぐずっている。
「あゆしゃま~~」
 そこへうらら姫がやってきた。うららはあゆを見つけるなり、近寄ってきてピタ
リとくっつく。
「おかあしゃま、いないの。あしょんで」
「尾崎のお姉様いないの?どうして」
 うららの乳母にあややはどこか尋ねると、
「今日は養父様の月命日ゆえ、あやや様はお一人で仏堂にこもられるのですよ。
その間は、誰も近づいてはならないことになっております」
「仏堂ってどこ?」
「満願寺から少し外れたところにございます。尾崎局様が、落ち着いてご養父様の
ご供養をできるように隆元様が造って差し上げたのですよ」
「ふ~ん」
 とその時あゆはふと思った。
 昨日の夜、話していたお寺とはその仏堂のことではないのだろうか。
 もっともあゆにも仏堂と寺は全然違うことはわかっている。
 けれど、何か引っかかる。
「あゆしゃま?」
「ううん。何でも無いの、何して遊ぶの?」
 その時、声高らかに幸鶴丸が泣き叫び、うららが「こうちゅる、うるさいの」と
手を耳で塞ぐ。
 そのときとっさにあゆは。
「うらら姫様。姉上様なんだから、弟の面倒は見ないとダメなのよ」
 あゆに言われてうららはきょとんとする。
「そうなの?」
「なのよ。お兄様は私といつも遊んでくれたし、私が泣くといつも泣き止まそうと
してくれたのよ。上の者はした者の面倒を見る者なのよ」
 あゆの言葉に、うららはふ~んとわかって居なさそうな顔をするが、
「わかった。こうちゅる、どうしたの~、おねえしゃんがだっこちてあげる」
 とうららは幸鶴の所に向かってしまう、
「うらら姫様の頑張りを邪魔しないように、私はお部屋に下がってるの」
 そう言って、あゆはそそくさと部屋に下がった。
 そして、準備と整えてから部屋の外をきょろきょろと見回して、そっと外に出て、
そのまま茂みの中へと分け入っていく。
 一件するととても歩けそうにない山肌だが、高山城の縄張りを走り回っていた
あゆは、気づきにくい通れる獣道が走っていることに気づいていた。
(よかった。この道、満願寺の上の方まで続いているの)
 山道をガサガサ登り、目的地が近づくとなるべく音を立てないようにそっと近づ
く。
(これが仏堂?)
 あゆは小さなお堂が建っている場所に出た。
 周囲には見張りはいない。しかし、供養なら普通聞こえるはずの読経の声も聞こ
えない。
 まさかとあゆは堂の中を覗く。
「お姉様・・・」
 しかしそこには・・・・・・誰もいない。
 お手洗いだろうか、しかし。
 あゆは周囲を探して、お堂に上がる階段の下にあややの侍女のあやが居ること
に気づいた。
「そこの者。お姉様の侍女のあやよ」
 あやは、お堂しかないはずの階段から降りてきたあゆを見てぎょっとする。
「あ、あああゆ姫様、なぜそんなところか降りて」
「お姉様の行き先を教えるのよ。じゃないと、お堂の中が空っぽだって事、隆元お
兄様に言っちゃうんだから」
 そう言った途端、たちまちあやの顔色が青ざめる。
「ど、どどどうしてそれを」
「早くするのよ。弟に会いに行ったの?」
「・・・・・はい」
 あやは白状して、昨日の文は弟からの会いたいというないようだったこと、急い
で手はずを整え、今日、太郎丸から少し山に行ったところにある廃寺で会うことに
なったという。
 実の弟に会うのに、なんでそんなところでと思うが、文の渡し方からしてそのよ
うにしなければならない事情があるのだろう。
「あや殿?どうなさったか」
「いけない見張りが、あゆ姫様。はようお隠れを」
 どうやらあやを見張る者がいたらしい。あゆは急いで茂みの中に隠れ、元来た道
を戻り、今度は尾崎丸から山へ下れる道をひた走る。
(お姉様、早まっちゃダメなのよ)
 しばらく走りなんとか山の下に出て、城から出ることが出来たが、ここから太郎
丸までがあゆの足では遠いし、そこからその寺までも遠い。
「どうしよう。景信に休みなんて言うんじゃなかったの」
 あゆは周囲を見回して、ここは吉田の市が立つ居場所だと気づく。
「そ、そうだ。あの者なら」
 助けになってくれるのではと、あゆは市の近くにある居住区へ走って行った。


「弥四郎、弥四郎、いないの?」
 昨日尋ねた家の戸をあゆがたたくと、戸が開きあはいが出てきた。
「まぁ、あゆ姫様。いかがなさいました」
「弥四郎はいない?尾崎のお姉様が大変なの。お願い力を貸して」
「どうぞ中へ」
 外を見回して、あはいは素早くあゆを中に入れた。
 目当ての弥四郎は、奥の部屋にいた。
「小早川の姫か、どうした?」
「わたしを太郎丸の近くにある寺に送り届けて欲しいのよ」
「お前の付き人に頼めば良いだろう」
「今日はお休みあげちゃったし、お家しらないもん。早くしないと尾崎のお姉様が
早まったことしちゃう」
「詳しく話してみろ」
 弥四郎に促され、あゆはあやや宛の内藤家の手紙が来たこと。あややがこっそり
弟に会って何かしようとしていることを話した。
「弟・内藤隆春か。なるほどあいつなら尾崎局に会いたがるな。それで2人に会い
に行ってお前はどうするつもりだ?尾崎局を連れ戻すのか」
「わかんない」
 あゆの答えに、弥四郎は眉をひそめる。
「どういう意味だ」
「わたし、よく考えたら尾崎のお姉様のことよく知らないもの。会って、話を聞い
てそれから決める」
「短慮だな、姫。へたをすると小早川と毛利の同盟が破綻するぞ」
「でも、このままにしておけないの。毛利はお姉様のおうちになったはずなのに、
隆元お兄様とお姉様は、なんだか変なのだもの」
 尾崎丸に滞在しずっと2人を見ていたあゆは薄々気づいていた。兄夫婦の間に
微妙なすれ違いが生まれていることを。
(隆元お兄様は、変。尾崎のお姉様にべったりしすぎてなんだか気持ち悪いの)
 実は、夜中にあゆが一人で部屋に寝ているところへ、隆元が訪ねてきたことが
あった。あややを探しており、あゆが一人だと知ると「起こして悪かったね。おや
すみ」とそそくさと帰って行った。寝ぼけていたあゆは、そうかと思いそのまま
寝ついたが翌朝思い出して、何か妙じゃないかと気づいた。
 あゆだって、夜に男が尋ねてきても兄や夫でない限り絶対に招き入れてはいけな
いと教えられていた。でも、義兄はどうだろう。微妙だったので、中の丸に相談し
たところ、中の丸は仰天し、「義兄であっても絶対にダメです」と言われ、隆元が
尋ねてきたことはご内密にと懇願された。
 このように、とにかく隆元はしょっちゅうあややの存在を確認し、あややはそれ
をどうやらうっとうしがっているように見えたのだ。
「同盟とかじゃなくて、お二人に何かあったら毛利はダメだと思うの。それは・・・・・・・」
「それは?」
「それは・・・・そう。小早川にとっても困るの。同盟してるから」
 そう、そうなのだとあゆはなにか突破口を開いた気がした。
「表向きが同盟関係なら奥向きも同じなの。わたしは同盟相手として、尾崎のお姉
様の動向を探りに行くのよ」
 えっへんとするあゆ姫に、弥四郎は面白そうな顔をするが、
「なるほど興味深い考えだが、それにどうして俺が協力しなければならないんだ。
俺は小早川の家臣じゃないぜ」
「そ、それは・・・」
 そう言われて見ればそうなのだが、ノリに乗っているあゆはそう簡単には引き
下がらない。
「その者は、毛利の者だろう、毛利の危機かも知れないのよ」
「あいにく。俺にとって毛利の危機はどうでも良いことだ。むしろ奴らが落ちぶれ
るのを肴に酒を飲みたいくらいだね」
「え?」
 あゆは目を丸くする。そう言われるとは思わなかった。
「弥四郎は、毛利のこと嫌いなの?」
「・・・・・いや、ただ毛利に仕えるのは嫌なだけだ」
「弥四郎は、親兄弟一族を毛利に殺されたのですよ」
 白湯を持ってきたあはいが、湯が入った茶碗を差し出しながら答える。
「井上一族。聞いたことありませんか?」
「よせよ、あはい。小早川には関係ないだろ。それに、あれは一族の連中が悪いん
だ。主君を飾り物にして家中を好き放題していたんだぜ。殺されて当然だ」
「井上一族・・・・?」
 あゆは首をかしげる。何か聞いたことがあるような気がするが思い出せない。
「井上は、小早川には居ないし、よく知らないわ」 
 隆景はそう言う話はあゆの耳には入らないよう気を配っていたため、あゆは事情
に詳しくなかった。
「とにかく、弥四郎はいい人だもの。助けが欲しいのよ。仕官先が欲しいなら
小早川に来ればいいの」
 あゆの言葉に弥四郎は皮肉めいた目を向ける。
「いいのか?当主の許しなく決めて」
「いいの。わたしが小早川の姫だもの。姫が決めたことだから良いの」
 だからお願いというあゆに、弥四郎は
(気づいたのか、姫)
 と、ふっと笑う。
「不確かな仕官先だ」
「でも、井上がいないところだし。それに、もういい頃合いじゃない?」
 あはいが、弥四郎に優しい目をして微笑みかける。
「あゆ姫様は、いい主君と思うわよ」
「隆景はどうかわからないがな」
 そう言いながら弥四郎は立ち上がり、衝立の後ろに飾ってあった刀に手をやる。
「まずは馬がいるな。ツテがあるからまずはそこに行くぞ」
「わかったの」
「そのまえにあゆ姫。お前にはやってもらうことがある」
 そう言って、弥四郎はあることをするようあゆ姫に頼んだ。


***********


 太郎丸より山の方。木立や下草に埋もれるようにしてその廃寺はあった。
 周囲には、見張りをしている内藤隆春とあややの付き人がいたが、幸いにも人
数は少なかったため、弥四郎が隙を突いて見張りを昏倒させる。
「すごいの」
「今のうちだ」
 あゆと弥四郎は廃寺の裏手に回り、壁の隙間から中を覗く。
 粗末な身なりのあややの目の前に座るのが、弟の内藤隆春だ。
 武士だろうが姉との久しぶりの再会とはいえやたらニコニコして、昔会った平賀
隆保のように、なんだかなよなよで弱そうな人だと、あゆは思った。
『姉上~~、ようやく会ってくれてくれたね。うれしいよ』
 ちょうど姉弟の会談が始まったところらしく2人は話に耳を澄ます。

「何度も文を送ったのに全部無視するんだもん」
「だからって、小早川の姫を巻き込むとはどういうつもり?」
「姫からの文なら姉上も受け取らざるを得ないと思ってさ。どう、僕だってこれ
ぐらいの知恵があるんだよ」
 自分の策略が上手くいったと危機とする隆春に対し、あややはため息をつく。
「なんて短慮なの。へたをすれば姫に疑惑がかけられ、小早川と毛利の同盟にひび
が入るというのに」
「でも、実際に上手くいったからいいじゃん。それより本題なんだけどさ」
 びっくりしないでよと隆春は前置きしてから告げる。
「家中の騒乱を納めるために父上は孫の隆世に家督を譲ったことを覆さなかった。けど、隆世が当主にふさわしくないときは僕を当主にするっていう遺言書を作って
くださったんだよ」
 陶晴賢の謀反の後、主君大内義隆を助けなかったあややの父・内藤興盛だが、
かと言って陶に与することなく、家督を姉が陶晴賢の妻となっている孫の隆世に
譲り隠居した。
 しかし、その後興盛と隆世は対立し、内藤家は家中の騒乱と言われるほどの大混
乱となった。
「父上の症状は、そんなに重いの?」
「うん。医師によると年は越せないだろうってさ」
「そう。一度見舞いに行かなければね」
 暗い顔をするあややに、隆春は、
「おいおい何言ってるのさ。父上が居るのは、山口だぜ。陶晴賢は、隠居した父上
に疑惑の目を向けてる。毛利のことだって完全には信用してない。人質にされたら
どうするのさ」
 というが、あややは、
「望むところよ。私は晴賢に会わなくちゃいけないの。願ったり叶ったりだわ」
 急に決意めいた声で話すので、隆春は、
「姉上、落ち着けよ」
 聞かれたらまずいことだったのか隆春が急に室内を見回しはじめたので、あゆと
弥四郎は慌てて顔を引っ込める。
「いいかい。姉上がどれだけ義隆様を慕っているかはわかっているよ。でも、姉上
はもう義隆様の侍女じゃなくて、毛利隆元殿の妻じゃないか」
 隆春は、あややに言い聞かせるように話す。
「姫と後継ぎの母でもあるんだよ。二人が可愛くないの?」
「とても可愛いわ。あの子達は、私が命をかけてでも守りたい」
「ならそうすればいいじゃないか。その方がいい。ようやく願いが叶ったんだ」

 だから、

「もう、義隆様のことは忘れなよ」

 そう、隆春は言ったのだ。

 そして、それは、

「・・・・・・・・・」
 
 それは、けっして、

「隆春・・・・」

 けっして、あややに言ってはいけない言葉だった。

「あなたがそうしてまで私を毛利に留めようとしているのは、内藤家を継いだ時に
毛利家の後ろ盾を得るためね」
 あややは再び暗い顔をして、努めて冷静を保とうとする声で会話を続ける。
「そりゃあね。山内のおじいさまももういないしね」
 山内というのは、あややと隆春の母の実家で、先代当主山内直通は祖父に当たる。
  その山内直通は、今年亡くなった。
「ここだけの話。母上の実家の山内家も当主の山内隆通が宍戸を通じて、有利な
条件で毛利に下れるよう交渉中らしいんだ」
 あややの祖父・山内直通は、別の娘を宍戸家に嫁がせており、そこ娘が産んだ
息子が現在当主となっていた。そしてその当主の妻が毛利元就の娘であった。
 宍戸の当主は諸事情で幼少期を山内家で過ごしたこともあり、その縁から取次を
していたと思われる。
「そう。ついこの間まで尼子の旗下にいたというのに。忠誠心の薄いこと」
「何言ってるんだよ。安芸の国人は皆そうだろ。今じゃ周防と長門の国人達だって
そうだよ。皆、有力な国人達と結びつきたがっている。毛利は、義隆様と父上が
認めた有力な国人だからね。他の皆だってそうさ」
「そうね。そして、当主の妻で世継ぎの母たる私が毛利にいればあなたは、内藤家
は、もっとも有利になれるものね」
「うん。だからさ、頼むよ、姉上。僕を内藤家の当主とするよう元就殿と隆元義兄
上に頼んでくれよ。二人は姉上の願いなら絶対に聞くし、内藤家がきちんとすれば
姉上の強力な後ろ盾になれるんだしさ」
 なぁ、いいだろ、頼むよ~~と嘘泣き混じりの甘えた顔で隆春はあややに取り
すがる。
 隆春は知っていた。なんだかんだで姉は自分に甘く、結局は言うことを聞いて
しまうと。
 今までずっとそうだったのだ。
 頼りない母の代わりに妹弟を支えてきた姉は、いつでも自分たちを守ってくれて
いた。
 だから今度も・・・・。


 だが、


「・・・・・・しないわ」


「え?」


「誰がお前みたいな、甘ったれを毛利になぞ入れるものか!!」


 あややは、腰帯に差していた扇子を抜くと隆春の頭を打ち据える。
「いてっ、ちょ、姉上、やめ」

「お前という奴は、お前という奴は、どうして自分の力だけで、何とかしようと
しないの!!」

「なぜ、誰も彼も私を頼るの!?」

「私の生まれと誇りを利用するの!?」
 あややは激しく打ちのめしながら、泣きながら、叫び続ける。
 室内に激しく扇子が殴打される音と小さな悲鳴が鳴り響く。

「父上は大不忠義者よ。あれほど義隆様に信頼とご寵愛を受けていたのに、いざと
いう時なんの助けもしないなんて。お前もそうよ」

「みんな、みんな。義隆様のお心を利用して。義隆様の権力と財力だけを目当てに
して」

「あの方がどれだけ、皆のために心を尽くして、どれだけ、寝返りが起こる度に
心を痛められたと思っているの」

「義隆様はね・・・・・義隆様は・・・・」

 もうあややの顔だ流した涙でぐしゃぐしゃだ。
 でも、あゆは思った。
 いまこの時の義姉の顔こそ本当の彼女のものなのだと。
 そして、それはとても綺麗だと。

「どうして、どうしてなのよ」
 ふいにあややは扇子で打ち据えるのをやめ、痣だらけの弟を見下ろす。


「どうして誰も、義隆様の死を嘆き悲しんではくれないの?」


 そして、あややは手から扇子を落とすと、今度は同じく腰帯に差していた懐剣を
抜いた。
「あ、姉上・・・・よせよ・・・」
 姉の手の中にあるギラリと光る銀色の刃に隆春は思わず後ずさりする。
「ごめんよ。謝るからさ」
「なら、もう二度と私の前に現れないで」
 あややは、容赦なく隆春に鋭い切っ先を向ける。
 その刃は、あややの怒りそのものだ。
「私は、もう実家なんていらない。大内家は滅んだ。内藤家のことなど知ったこと
か!!」

 もういらない。
 自分を利用するだけのものなんていらない。
 そうだ。
 あの日、家を出ると決めたときから、自分は「あやや」ではないか。


「私は大内義隆の侍女あやや。陶晴賢を討ち、主君大内義隆の仇を討つ。まずは、
裏切り者のお前からだ!!」


 修羅と化したあややの刃が仇に向かって振り降ろされる。


「待って、お姉様。早まらないで!!」
 慌てて表に回り込んだあゆが、中に飛び込んだ。
「その人を殺しても大内義隆は戻ってこないのよ」
「邪魔をするな!!」
「邪魔をするのよ。その人は陶晴賢じゃないし、山口なんて行っちゃヤダ」
 そう叫びながら、あゆはあややの小袖をつかんで引っ張る。
「うらら姫と幸鶴丸はどうするの?うらら姫はお母様がいないって寂しそうにして
たし、幸鶴は泣いてたの」
「うらら・・・・・幸鶴・・・・」
 あややはふと思い出す。いつもは寝入りがよくいつもご機嫌な息子が昨日より
ずっと不機嫌で、どれだけあやしてもぐずっていたことを。
 もしかしら幸鶴丸は、なにか感づいていたのかも知れない。
「乳母はいるし、大丈夫よ」
「乳母は、お母様にはなれないのよ。2人のお母様は尾崎のお姉様だけなのよ。
お願いだから行かないで」
「でも、私は・・・・私は・・・・」
 その時、外を見張っていた弥四郎から声が飛んだ。
「まずいぞ、あゆ姫、誰か来る」
「こんな時に誰よう」
「景信と・・・隆元だ!!」
「えぇ!?弥四郎、隠れて」
「いや、下がってる。頑張れよ、姫。お前の勝負所だ」


 馬に乗って駆けつけた景信と隆元は、本堂に乗り込む。
「お方様、すみ・・・うへぇっ!?」
「あやや!!」
 室内の修羅場に2人は驚愕する。
「なんですかこれは?内藤隆春?なぜここに」
「景信、来てくれうれしいけどなんで隆元お兄様も一緒なの~~?」
 困るの~と眉をひそめるあゆ姫には目もくれず、隆元は妻の状態を目にして、
血の気を失う。
「あやや・・・・きみは・・・・」
「隆元・・・」
 その瞬間、あややは懐剣を取り落とし、その場に泣き崩れた。


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