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幻想庭園

いろいろ書き散らしてます。 なお、掲載している内容につきましては、原作者様その他関係者様には一切関係ありません

流れの果て-小早川異聞- 第6話 花戦・吉田の陣

 ひとり吉田郡山城に滞在することになったあゆは、しばらく引きこもるが、
新たなる家臣の出会いと己の役目とは何かという疑問が彼女を立ち上がらせる。
 そして、あゆは尾崎局に学ぶことになるが・・・・。



*小早川隆景とその妻・問田大方の創作小説となります。
 問田大方の名前は、創作です。
 時代の流れに沿って進行しますが、作者の調査不足により流れがおかしい場所や
登場人物の名前が、おかしいときがあるときは、ご了承ください。
 また、作者の癖が詰め込まれますので、地雷になる表現がございますときは、すぐさま読了してください。
*最後に、この話は、フィクションです。実在の人物、団体、事件等とは関係はありません。





 毛利元就の突然の提案により、あゆは吉田郡山城に留め置かれることになった。
 沼田から来た隆景達小早川家一行は、あゆを置いてさっさと帰城し、あゆは尾崎
丸に与えられた部屋に何日も閉じこもり、毛利隆元達と顔も合わさずにやさぐれて
いた。
 隆元達は、しばらくはそっとしておいた方が良いとあゆに必要以上に構うことは
ない。
 この状況で困り果てている男が一人いた。
(はぁ~~~~、今日もお姫様は引きこもりか)
 あゆの部屋の前にある縁側に座り込み、ため息をつく若者。
 隆景に仕える毛利家被官・桂就延の甥で、毛利家重臣・桂元澄の四男景信である。
(やっと、隆景様のお側でお仕えできると思ったのにな~)
 桂就延が隆景へ被官が決まったとき、就延は高齢を理由に隆景の政務の体制が
整うまでとの条件をつけた。そして、自分の後継として推薦したのが、甥の孫七郎
であった。
 孫七郎は、隆景とそう歳が変わらず、上手くやっていくだろうと言うことで元就
も納得し、まだ元服前だったため隆景の偏諱を受けて元服し、景信と名乗ったので
ある。
 今回景信は、隆景が沼田に帰るのに同乗し、小早川家で奉行人となるはずが、
『おまえは、ここに残ってお方様の世話をせい』
 と、叔父の一言で残留が決まったのであった。
(お姫様の世話なんて、どうすりゃいいんだよ)
 一応妹は居るが、ほぼ男だらけの家で育ったため女の子との接し方なんてわから
ない。 
「どうすりゃいいんだよ。俺の役目はこれじゃねぇだろ~~」 
 と体勢を崩して、つい不満を口にした瞬間、あゆの部屋の戸が開いた。
「そこの者、いま役目と言ったの?」
「どわっ」
 いきなり話しかけられたため景信は体勢を崩して、縁側から庭に落ちてしまう。
(みっともね~~~)
 傷みと情けなさで泣きそうになりながらも、なんとか体制を戻して、あゆの前で
膝をつく。
「このたび、小早川隆景様に仕えることになりました桂景信です。小早川家の奉行
人桂就延殿からお方様の付き人を命じられましたので、お側におりました」
「就延~~~~」
 とたんにあゆが嫌そうな顔になる。
「桂と言うから、お前も就延と同族なの?」
「叔父になります。就延殿は、俺、じゃない私の父・桂元澄の弟になりますので」
(叔父上、嫌われてるな~~~)
 吉田郡山城での同盟締結の際に、就延があゆを叱りつけた騒動は、景信も聞いて
いたので、その甥と知られれば、あゆはもちろん自分も嫌うだろうな~~と、先行
きが暗くなる。
「ふ~ん、まぁいいわ。同じ桂でもお前は就延と違うみたいだもの。傍にいること
を許してあげるの」
「え?いいんですか」
 意外な展開に、景信は目を丸くする。
「お兄様が言ってたの。人は聞くもの、感じるものだって。お兄様はおめめが見え
なかったけど、誰よりも人を見抜いているって田坂の爺が言ってたもの」
 小早川の先代当主繁平については、小早川に仕える際に景信も聞いてた。
 盲目で幼少を理由に隆景に家督を譲ったものの決して当主としての器に不足のな
い人だという。
 すでに出家して脅威ではないが、妻の兄というためか隆景は今も丁重に扱ってい
ると聞く。
 叔父の就延も一度会ったことがあるらしいが、あの叔父いわく侮れぬ人らしい。
「おまえは、私がお部屋に閉じこもっててもなにもしてこなかったもの。だから、
いいの」
 どうやらあゆは景信がどうして良いのかわからず、部屋に張り付いていただけな
のが、良かったらしい。
(いや、違うな。お方様は、本当にしばらくそっとしておいて欲しかったんだ)
 よく考えれば、こんな幼い少女が、いきなり知らない場所にひとりぼっちで置い
てきぼりになったのだ。大人だって、そんな状況を受け入れるのには、時間が必要
だ。
 全くの偶然だったが、自分がしたことが決して間違いではなかった事を知って、
景信は心の中でほっとした。
「お方様。せっかく外に出られる気になられたんですから、今日は天気も良いです
し、庭を散策でもされますか?お供しますよ」
「・・・・・うん、そうする」
 あゆは履き物を用意してもらい、景信を連れて、尾崎丸を散歩することにした。
 今日のような庭造りをしていないが、所々に桜や梅の木などが植えられており、
廓の主の情緒を現していた。


「あら、あゆ姫様、お散歩ですか」
 縁側で赤子の幸鶴丸をその乳母と共にひなたぼっこさせていた尾崎局が声をかけ
る。
「尾崎のお姉様。こんにちは」
 あゆは挨拶し、景信も頭を下げる。
 あゆは、吉田郡山城に長期滞在が決まって初めて尾崎局ときちんと対面した。
『隆元の妻のあややです。お舅様のわがままでごめんなさいね。』
「今日は良い天気ですもの。幸鶴も気持ちよさそうだわ」
 あゆが数日引きこもっていたことなど知らないかのように、尾崎局は抱っこして
いる幸鶴丸を見やる。
「せっかくのお散歩ですもの。満願寺の方にも行ってみなさいな。椿の花が咲いて
いますよ」
「はい、ありがとうございます」
 あゆは、俺を述べて散歩の続きを再開する。
(尾崎局様は、お方様にあまり構わないんだな)
 でもいまは仕方が無いかと景信は思いかえす。
 先月出産したばかりのうえ、小さい姫君もいるのだ。自分の子供の世話に手いっ
ぱいで、あゆに構っている余裕などないのだろう。
(それにご実家のこともあるしな・・・)
 尾崎局を取り巻く厳しい状況は、景信も聞き及んでいた。
「赤ちゃん、ちっちゃかったの」
 あゆの独り言のような声に景信は反応する。
「お方様は、まだ正式に幸鶴丸様にご対面なさっていないのですか?」
「私が来たときは、まだ床上げされていなかったの。すぐ帰るつもりだったし、
こんなのになっちゃったっから」
 しょうがないのとあゆはつぶやく。
「尾崎局様にお頼みすれば、すぐに見せていただけると思いますよ」
「いまは・・・いいの。いつか、ね」
 幼い姫の心はまだ不安定らしい。
 2人は尾崎丸を出て、満願寺の方へ向かった。  
 いくら弟の妻とは言え、普通は、他家の姫を自由に城の中を歩かせることはない。
(隆元様、かなり気を使っておられるな)
 毛利のために仕方が無かったとは言え、なにもしていない小早川の姫に幼い身で
重いものを背負わせたと思っているようだ。
 実際に、景信も初めて目にしたときは、主君の妻の幼さに驚いた。
 婚儀の時はもっと幼かったと言うから、その時の当事者達はさぞ戸惑っただろう。
 それでもやらなければならないのが世の中だ。でなければこちらが消される。
「ここが満願寺なの?」
 尾崎丸を出て山頂を目指して歩いていくとたどり着くのが満願寺だ。
「そうですよ。この城が築かれる前からある寺で、この城の守りでもあります」
 景信は、寺の傍にある蓮池を案内して、季節になると見事な蓮の花がたくさん
咲くと説明する。さすがに時季外れで蓮は咲いてはいないが、池の畔に植えられた
椿から落ちた椿の花がたくさん水面に浮かんでいた。
「綺麗・・・」
 水面が赤い花で染まり、これはこれで情緒があった。
「あの椿が欲しいの。取っていい?」
 水面に浮かぶ椿を指さすあゆに対し、景信は、
「危ないですし、水が冷たいですよ。椿が欲しいのならひと枝取って差し上げま
しょうか?」
 と、赤い花がたくさん咲いている椿の木を指さす。
「うん。でも、水に浮かぶ椿はお兄様と一緒によく愛でたから、そっちがいいの」
「そうなんですか?」
「お兄様は、おめめが見えないから椿が咲いていてもわからないでしょ。だから、
私が椿の花をたくさん取ってきたの。それをね、お母様がタライの水に浮かべて
くれたの。そしたら花が長持ちするし、お兄様も触れるから椿の花がわかるって」
「なるほど・・・」
 盲目の兄への気遣いぶりに景信は感心する。
「なら、一枝とって差し上げますから、それはそれで愛でた後に、タライに浮かべ
たら良いですよ。侍女に言えば用意してくれるはずです」
 池の水面に浮かぶ椿は長い間浸っていたせいか、せっかくの花びらが茶色く変色
している者が多かったので、景信はそう提案すると、あゆも「うん」と喜んだので、
景信は、危ないからとあゆを下がらせると、刺していた短刀を抜いて、椿の花が
たくさん付いている枝をひと枝切り落とした。
「どうぞ。振り回したりされませんように」
「ありがとう」
 椿の枝をうやうやしく差し出す景信に、あゆにはニッコリと笑った。

 こんな小さなやりとりだったのに、あゆは景信に気を許したのかそれからは景信
の姿を見ると挨拶し、いろいろ話しかけてくるようになった。
「景信の役目は、私の付き人なの?」
「今はですね。本来は、沼田の高山城で叔父について奉行見習いからはじめて、
そのまま小早川家の奉行人になるはずだったんですけど、延期です」
 一応主君の妻なのだが、あゆが気さくに話しかけてくれるせいか、あゆの年齢の
せいか、元々の性分もあり景信は肩の力を抜いてあゆと会話するようになった。
「ふ~ん。でも、景信は元々毛利に仕えているんでしょ。毛利にいたかったんじゃ
ないの?」
「そこは・・・・微妙なところでして」
 あゆの質問に、痛いとこ付くな~と、景信はいいにくそうな顔をする。
「こっちだと良いお役目に就けないな~~~~なんて」
「でも、景信は、毛利の重臣の息子なんでしょ?」
「重臣と言っても他にも重臣はいますしね。それに私は四男坊ですし」
 女は数が多ければ、政略の道具に仕えるが、男は少し違う。
「次男ぐらいは長男の万が一の時の控えとなれるますが、三男以下は部屋住みと
なって兄に仕えるか、他家へ養子に行くか、ですからね~~」
 それも家の事情を考慮してからのことで、自由気ままに士官や養子とはならず、
人生の選択が厳しい。
(まっ。俺はまだ良い方だ。地侍じゃ、寺で出家もあり得るもんな)
 小早川家に出仕できるのも自分が重臣の息子で、毛利家の縁戚が小早川で、小早
川が他家の人間を雇えるほど大きいから。
 皆偶然の要素が重なってのことだ。合縁奇縁極まれり。
「そっか。隆景様も毛利のお義父さまの三男なんでしょ。養子に行かされちゃった
のね」
「やややや、で、でも隆景様は違いますよ。隆景様のその頭脳明晰、優秀さを見込
まれて小早川家に養子に行かれたのですよ」
 慌てて弁明する景信の言い分に、あゆも「そうなの」とうなずく。
「椋梨や梨子羽が、小早川家を救えるのは隆景様しかいないっていつも言ってたの。
隆景様、いつもお忙しいのよ。昼間はずっと執務室にいるか、お外に行っても民や
領地の様子をずっと見てるし」
「隆景様は仕事熱心なんですね」
 仕える者としては主君が政務に真面目なのは、喜ばしいことなので、景信はこれ
から仕えることに希望を見いだす。
「夜はね、布団に入ってもすぐに起きだしてお仕事をしちゃうの。なのに、朝は
起きるときいつも隣にいないのよ」
「そうですか、そんなに仕事を・・・・・ん?」
 聞いていた景信は、はたと気づいた。
(え?お方様と隆景様は毎晩一緒に寝ているのか?)
 夫婦とは言えあゆはまだ10才である。さすがにまだ夜の夫婦生活ができないだ
ろうに。一方で、隆景は21才の立派な大人である。
(まさか、夜に仕事するのって。嘘だろ。側仕えの奴ら、もっと隆景様に気を
使えよ~~!)
 いくら婿養子だからって、我慢させすぎだろと景信は心の中で同情した。
「小早川に行った後の俺の役割が決まりました。めっちゃ優秀な奉行人になって
隆景様の負担を減らします。そして、隆景様に我慢させないようにします!!」
「唐突なのよ!役目って、そんなに急にわかるものなの!?」
 景胸の突然の宣言にあゆはビックリする。
「こう、いきなり来たんですよ。これだ、って」
「そういうものなの?」
 あゆは首をかしげるが、すぐにそっかをと言う顔になる。
「いいな~~。あゆは、まだ自分の役目がよくわからないのよ」
「役目って。お方様は、隆景様の妻ですから隆景様を支えるのが役目じゃないです
か」
 それ以外に何があるっていうですかという景信に、あゆはそうじゃないのと言う。
「お兄様がね、人には天から与えられた役目があるというの。それがなんなのか
わかんないの」
「はぁ~~~~、壮大な話ですね」
「それに、私、なんにもできないもの。奥向きは、お母様がなさってるし、表向き
は関わろうとすると就延が怒るのよ。妻の役目なんてわかんないのよ」
 しょぼぼんとするあゆに、景信はう~んと考え、そうだと思いつく。
「なら学べば良いじゃないですか。そもそも元就様がお方様をここに滞在させた
理由もそれでしょう」
「学ぶって、誰から?」
「そんなの決まってるじゃないですか」
 景信が教えてくれた名前に、あゆはそうだったのよ、と手を合わせた。


***********


「というわけなのです。尾崎のお姉様、あゆに妻の役目をご教授くださいませ」
 ぺこりと頭を下げるあゆを尾崎局は、まるでこの時を待っていたかのように微笑
みながら承諾してくれた。
「もちろんですよ、あゆ姫。私が知ることはできうる限り教えましょう」
「よろしくお願いしますの」
 とはいえ、尾崎局には赤子の息子と小さな娘の世話もありずっとつきっきりと
いうわけにはいかない。 
「今、産後間もない私の代わりに奥向きを仕切ってるのは中の丸なの。彼女は、
私が毛利に嫁ぐ前からここの奥向きを仕切ってるからずっと詳しく学べるわ。私か
ら話をしておきましょう」
 尾崎局から話を聞いた中の丸は、私で良ければと快く引き受けてくれた。
  こうして、あゆは二人が手の空いたときにそれぞれから学び、空いた時間で自習
や自由時間とすることになった。

「中の丸はすっごく賢いの。複数の用事をパパパッてこなしちゃうし、一つを聞い
て10がわかっちゃうのよ。だからかな、毎日いろんな人が中の丸の所にやってき
てお話ししていくの」
「中の丸殿は、元就様に重んじられていますからね。それでいて公平で気心が聞く
人ですから」
 勉強が始まってからのあゆの興奮気味の話を景信は、きちんと聞くようにしてい
た。母親や乳母以外の女性で賢い人に会ったことがないあゆは、中の丸や尾崎局に
憧れを抱いたのか、毎日のように景信に彼女たちのすごさや学んだことを話すよう
になった。
「でね、尾崎のお姉様はもっとすごいの、中の丸のように賢くて、それでいてなん
だかとっても綺麗なの」
「あ~~~、それわかります。なんか雰囲気とか動きとかが、ですよね。局様が
嫁がれた当時、吉田中がそのことで話題だったんですよ。さすがは大内から来た
お姫様だ、自分たちとは全然違うって」
「うん。でね、それを言ったら尾崎のお姉様は、私もちゃんと学んだから同じよう
に出来るって言ってくれたの」
 いろいろ教えてくれたのよと、あゆは景信に尾崎局から学んだ所作を披露するが、
景信は苦笑するだけだ。
「う、う~ん、これからってとこですかね」
「え~、ひどいのよ~」
「お方様、武芸の道も一日でならずですよ。尾崎局様も毎日修練したからこそあの
動きが出来るんじゃないですかね」
「あっ、それは言ってたの。毎日意識して動きをしなさいって、そうしたらそのう
ち意識しなくても自然にそれが出来るようになるって」
「そうでしょ。お方様も修練を積めば出来ますよ」
「うん。がんばるの」
 そう宣言するあゆの表情からは、すっかりここに取り残された不安感や寂しさは
消え、明るい表情に景信はよかったなぁと心の中で喜んだ。

 ある日、中の丸が尾崎局のもとを尋ねると、あややは、紙に丁寧かつ優美な字で
文字を書き付けていた。
「あゆ姫様の手習いの見本ですか?」
「ええ」
 あややは書き終えると筆を置き、中の丸に向き合う。
「いかかですか。あゆ姫様のお勉強のご様子は」
 中の丸に尋ねられ、尾崎局は優雅な仕草でくつろぐ。
「とても素直で熱心で、教え甲斐があるわ。元々賢くいらっしゃるから覚えるのも
早いのよ。このままだと私が教えることもそうそうになくなるかも」
「まぁ、それはそれは。尾崎局様に見込まれるとは、さすがは小早川の姫君様で
いらっしゃる」 
 隆景様が溺愛されるはずですわと、中ノ丸は、ホホッと笑みをこぼす。
「あなたの方は、中の丸。奥向きの実務については、私よりあなたの方が適任と
思って推薦したのだけれど」
「わたくしもあなた様を同じですわ。あゆ姫様は、お優しい性格ですから、あと
少し御家のことがわかれば立派に、奥向きを差配するようになられますわ」
 あゆは、中の丸の仕事の邪魔をせずに学ぼうとし、疑問点も素直に口にする。
 少し困ったことを聞かれることもあるが、奥向きのことを学ぼう、立派な奥方に
なろうとする姿勢を中の丸は、高く評価していた。
「ふふっ。あの子が立派な奥方になるのが楽しみね。うららもあゆ姫のように熱心
に学んでくれるようになったら良いけど」
 うららとは、尾崎局が隆元との間に産んだ第一子の姫君である。ある程度の家に
なると赤子にはそれぞれ乳母が付き、彼女たちが育てる。
 しかし、教育は生みの母の仕事でもあり、あややは気晴らしも兼ねて、子供達の
教育については今からいろいろ思案はしていた。
「乳母殿からは、うらら姫様は、まだ3才でもう才女になる片鱗があると聞いて
おります。近頃は、あゆ姫様のなさっていることに興味を持たれて、自分も筆を
もたれようとしているとか」
 あややの子供達とあゆは、先日正式に対面を果たし、あゆは毎日顔を合わせて
挨拶をしているが、うららがまだねんねに近い幼さであり、あゆは今は学ぶことの
方が楽しいらしく毎日一緒に遊ぶようなことはない。それでも顔を合わせていると
あゆはうららを可愛がってくれるし、うららの方もあゆに興味があるようで、あゆ
がしていることを「なにちてるの?」と乳母に尋ねるらしい。
「あの子に筆はまだ早いと思うけど、あゆ姫に刺激されたのね」
 自分の近くに少し年上の姉のような存在がいると、彼女のやっていることに興味
を持つのはあややにも覚えがあった。
(そして、私はあの方にお仕えすることを望んだ)
 はじめて、姉について館に登ったあの日のことをあややは今でも鮮明に覚えてい
る。 
「そろそろ、うらら姫様の遊び相手となる女童を考えましょうか」
「そうね。いずれ・・・ね」
 高貴な姫に友達はいない。夫なる人と生涯を共にするのも難しいこの世の中で、
たった一人。一人で良いから心から信頼できる人が娘の傍に居てくれたら良いと
母としてあややは切に願っていた。
「尾崎のお姉様、中の丸はいらっしゃいますか」
 あゆが、丁寧な口調で2人を訪ねてきた。
 あゆは2人を前にすると、姿勢を正して、お辞儀をして文を差し出し、
「えっ・・・と、沼田の母よりお方様へのお文と毛利家への進物が届きましたので、
進上いたします」
 たどたどしいながらも覚えたての所作で小早川家のお方として、毛利家への御方
に申し上げる。
「ありがとう。小早川殿。ちょうだいいたします」
 あややも毛利の御方としてお礼を述べる。
「えへへ、うまく出来た?」
 あゆが恥ずかしそうに尋ねると「もちろん」とあややと中の丸はうなずく。
「よかった。進物の方は、たくさんあったし、ここに運んだだら干物臭くなりそう
だからお台所に直接運んでもらったの」
「そういうときは、見せるように少しだけと台所へ直接用に分けて出せば良いのよ」
「わかりました。今度からそうします。ねぇねぇお台所へ来て欲しいの。お母様が
ね、皆さんへいっていろんな干物をたくさん送ってくださったの」
 母の心遣いを早く見せたいのかあゆはそわそわとする。
「まずは、文を読んでからね」
 と、あややはあゆの母・東殿からの文を読む。
 そこには、あゆのご迷惑をわびると共に、どうか娘をよろしくという親心が、
細やかな筆で刻まれていた。
(どのような身分だとして、母親はいつでも母親だわ)
 娘の身を案じる母親の気持ちが、あややの胸に染み入る。
「どうしたの?お母様、何か変なことでも書いてあったの?」
「どんでもない。あなたをとても心配していましたよ」
 あややは、不意ににじんだ目元をそっと拭い、進物者を見に行きましょうかと、
中の丸を伴って、あゆと共に台所に向かった。

「これは尾崎局様、このようなところにいらっしゃるとは」
 台所に務める者達は、あややの姿を見るなりいっせいに跪く。
「みんな、頭を上げて良い。小早川家から届けられたという進物を見に来たのよ」
「ああ、それでしたら」
 と台所頭が指さす場所には、小早川家の家紋が刻まれた木箱が山のように積まれ
ていた。
「今朝、沼田から届きまして。小早川のお方様か皆でどうぞと」
「あゆ姫からそう聞いているわ、中身を見てもいいかしら」
「もちろんでございます」
「尾崎のお姉様、中の丸も見て見て。お母様、いろいろおいしいものを送ってくだ
さったの」
 木箱の中には、冬春に瀬戸内で採れる様々な魚の干物がたくさん詰まっていた。
「まぁ、アジに鯛に、ヒラメまで」
「こんなにたくさん。ありがとうございます。さっそくお礼状を書かねば」
 あややは声を踊らせ、中の丸は、やや興奮気味に口走る。
 この時代、山の中で海のものは滅多に食べられるず、海の魚の干物は非常に貴重
であった。
「お方様、こちらにいらっしゃいますか?」
 手にザルを持ってあゆを探しに来た景信が台所にやってきた。
「あっ、景信。今朝あげた干物はもう食べた?」
「それなんですけど、せっかくいただいたのに申し訳ありませんが、こんな見慣れ
ない魚は、うちの貧しい台所では上手く料理できませんので、毛利家に献上させて
いただきたいと」
 そう説明する景信の持つザルには、顔が恐く、歯が細かくギザギザで噛まれたら
痛そうで、身太い蛇のような干物が乗っていた。 
 本当に申し訳なさそうにする景信に、あゆはいや~~んと眉をへの字にする。
「え~?ダメだったの?景信にはいつもお世話になってるから珍しい干物をあげた
のに」
「得体が知れなさすぎて、母が干物を見た途端に悲鳴を上げて腰を抜かしました」
「あゆ姫様、何を差し上げたの?」
 尾崎局の質問にあゆは、
「ウツボの干物。焼いて細かく刻んで食べるとコリコリしてとてもおいしいの」
「まぁ、ウツボ。山口でも滅多に食べられないものなのよ。それは、景信の家では
無理ですよ」
 ちゃんと家格にあったものをあげないという尾崎局に、あゆは失敗しちゃったの
としょぼぼんとし、景信も「ほんとすみません」という顔をする。
「これウツボって言うんですか。こんな太い蛇みたいな干物初めて見ましたよ」
「海の中の岩と岩の隙間に住んでるの。とっても獰猛でうっかりすみかに指を入れ
ると食いちぎられちゃうんだって」
「ウツボ、恐っ」
「だから海の男は根性試しにウツボのすみかに指を入れるって、宗勝が言ってたの」
「海の男の根性試しもすごいですね」
 もちろん武士だが、そこまで武闘派ではない景信は内心引く。
「だからこそ、その獰猛さにあやかりたいと好む武将もいたわ。落ち込まないで、
あゆ姫。景信。そちらの家がいただいたウツボとこちらにある干物を交換してもら
えないかしら?」
「それはもちろん。尾崎局様、ありがとうございます」
 ちなみにウツボの干物は、せっかくだからと丸ごと煮物にされ、元就のお膳に
出された。頭の部分が出され、元就は、初めて見るウツボと目が合ったとき「なに、
これ、魚か?顔、恐っ」と食べるのを躊躇した。
「こんなに良いんですか。ありがとうございます。家の者が大喜びしますよ」
 珍重なウツボと引き換えだからと景信は、干物をたくさん持たせてもらい喜んだ。
  アジや鯛など海の傍に住まい者にとっては平凡な魚ばかりだが、ここではどれも
貴重なものだ。
「ごめんなさい。景信。お詫びに沼田の帰ったら今度は干物じゃない魚をあげるの
よ」
「沼田では、魚が豊富なんですよね。ありがとうございます、お方様。楽しみに
してますよ」
「魚はね、焼いたり煮たりしてもおいしいけど、やっぱり一番は、お刺身なの」
「なんですか、お刺身って?」
「魚を生のままさばいて食べるの」
「ぎぇっ。魚を生のまま!?」
 そういう発想が無い山生まれ山育つの景信は、信じられないものを見る目をする。
「大丈夫なの。隆景様もすぐにおいしいって言うようになったの」
「そうですか~~?私は、焼いたり煮たりした方が良いです」
 と言うが、しかし景信この男は、そののち「刺し身、最高!!」「魚は刺し身に
限るだろ」とか言い出すのである。
「うふふ。お刺身は、海の傍に住まう者の特権なのよね。山口でも海辺に行くと
いつも漁師が釣ったばかりの魚をその場でさばいていただいていたわ」
 それが、あの方が好んだ食べ方だったとあややは思い起こす。
「うん。宗勝もね、釣ったお魚をすぐにお刺身にしてるの。だからお船に乗るとき
いつも醤を持って行くのよ」
「あゆ姫様、醤に似ていて、醤よりもっとおいしくて、お刺身にあうものをご存
じ?」
 あややに尋ねられ、あややはううんと首を横に振る。
「しらなーい、そんなあるの?」
「それがあるのよ。お醤油というだけど、近年作られるようになった調味料なの。
醤よりずっとさらりとして味はまろやかで、魚だけじゃなくいろんな料理に合うの
よ」
「そんなのあるんだ。どこにあるの?」
「山口では、お屋形の御用蔵で作っていたわね。いずれは市場で売れるようにと
取り計らっていたわ」
「山口って、いろんなのがあったんだ。じゃあ、これは。お母様が、こんなのも
送ってくれたの」
 あゆは、木箱から小さな壺を取り出してみせる。
「アサリの醤煮。うちのお台所の得意料理なの。生姜をきかせるのがコツなのよ」
 ご飯のお供とか酒の肴に出すというので、中の丸が元就のお膳に出したところ、
酒に合いすぎ、あの父兄の死因により酒を制限していた元就が酒を飲み過ぎてしま
うほどで、これは危険じゃと、ご飯のお供にしたら今度はご飯を食べ過ぎてしまい、
これも危険じゃと言いながら毎食のお膳に出させて、とうとう平らげたのであった。
「あとね、牡蠣とかウニ。あっ、イカの塩辛もある、これもおいしいのよ」
「まぁ、どれも義隆様の好物だわ。いつも酒の肴にお出ししていたの。とくに、
お気に入りのお酒のお供には、絶対に塩辛でないとダメで・・・」
 懐かしそうに話すあややの瞳からふいに一筋の涙がこぼれた。
「尾崎のお姉様、どうしたの!?」
 ぎょっとするあゆに、なんでもないとのあややは目元を袖口で拭う。
「久しぶりにこんなにたくさんの海の物を見たら、うれしくってつい。ありがとう、
あゆ姫。お母様にもお礼の文をしたためるわね」
「う、うん」
 あゆは、よくわかってないながらも尾崎のお姉様がそう言うなら良いかという顔
をするが、傍にいた景信と中ノ丸はあややの心情を察し、少し目を伏せた。


 それからあややは、いつもの授業とは別に夜ふらりとあゆの部屋を訪ねては、
話をするようになった。話題はもっぱら海や海の魚のことだ。
「竹原に居たとき、海に行くと近くに住む人が、地引き網という漁をしてたの。
それで捕れた魚をもらって、浜辺でよく焼いて食べていたの」
「まっ、とれたて新鮮の焼き魚なんていいわねぇ」
「うん。でも、にっくきはトンビよ」
 あゆはあややに向かってずいっと恐い顔を出して迫力を出す。
「焼けた魚を食べようとしたら、取られちゃったの。あいつら、すごいのよ。
音もなく忍び寄って風のように私の魚を持って、お空に飛んで行っちゃったの」
「オホホ。トンビはねぇ。浜辺では要注意よね。私なんか義隆様にいただいた綺麗
な飾りが付いた髪紐を取られてしまったわ」
 周囲の者は、あややがトンビの鋭い爪で怪我をしてやしないかと心配したが、
あややはせっかくもらった髪紐を奪われたことの方が悲しかった。
「それはもう悲しくて、おいおい大泣きしたのよ。義隆様は困ってらしたわ」
 そんなに泣くでない。新しいのをやるからと、義隆はあややを優しく慰めてくれ
た。
 今は亡き義隆との幸せだったことの思い出の一つだ。
「トンビはにっくきだけど、海は大好き。海って見てると飽きないのよ。晴れた日
には水面がキラキラ輝いて、綺麗だし。波の音もずっと聞いてるとなんだか気持ち
よくなってくるの」
「わかるわ。なんだが心や体に響いてくるのよね」
「でね、泳ぐと気持ちいいのに、隆景様は危ないからダメって言うのよ。あゆは
泳ぐの得意なのに」
 むうっとむくれるあゆにあややはくすくすと笑う。
「あらら。まぁ、隆景様の気持ちもわからなくないわね」
 海から上がったばかりの海女達をいやらしい目で見る男もいることを知っている
あややは、泳ぎに関してはさすがに肯定はしない。
「お船に乗るのは良いのにね。尾崎のお姉様知ってる?川のお船と海のお船は違う
の。川のお船で海に出ようとしてもダメなんだって。コウゾウが違うって宗勝が
言ってたの」
「そうらしいわね。舟・・・・か。もうずいぶん乗ってないわね」
 あややは、手に入らないものを見ているかのような目をする。
「私も吉田に来てから乗ってないの。あ~、なんだかお船に乗りたくなっちゃった。
尾崎のお姉様。吉田にはお船はないの?」
「川を下るためのものが少しあるくらいかしら。この辺りの川幅は狭いから向こう
岸に渡るのに渡し船は必要ないし」
「お船に乗りたいのよ。尾崎のお姉様、乗りに行っちゃダメ?そうだ、お姉様も
一緒に乗りに行こうよ」
 きっと楽しいのよとはしゃぐあゆに対し、あややは少し困っているような顔に
なる。
「そうね。私も乗れるなら乗りたいわ。でも・・・」
 その時、あゆの部屋の戸が叩かれた。
「あれ?こんな時間に誰だろ」
「待って。私が行くからあゆ姫はここに居て」
 やや緊張気味の顔であややは、戸を開けに行こうとしたあゆを止めて、代わりに
自分が戸を開けに行く。
「どちらさまでいらっしゃいますか」
 まずは、戸を隔てて声をかけるよ。
「あややか? 私だよ」
 その声を聞いてあややはすぐに戸を開けた。
「隆元様」
「よかった、いた」
 部屋を尋ねてきたのはあややの夫・隆元で、あややの顔を見るなりほっとした
表情になる。しかし、あややは緊張気味の顔を崩さず、あゆの方へ振り返り、
「ごめんなさい。あゆ姫。今夜はこれで失礼するわね。また明日」
「は~い、おやすみなさいなの」
 あゆは手を振ってあややを送り出した。
 

「いけませんわ。隆元様。こんな夜更けに女性の部屋を尋ねるなど」
 あゆの部屋からの帰る途中で、あややは隆元の背を押すように後ろを歩きながら
小言を言う。
「あゆ姫は小早川よりお預かりした大切な姫君で、あなたの弟君の妻なのですよ。
あらぬ噂でも立ったらどうなさるおつもりですか」
「す、すまない。でも、さっき君の部屋を尋ねたら君がいないし」
「侍女にあゆ姫に部屋に居ると伝えておりましたよ」
「だからこうして迎えに来たんじゃないか」
「そういう場合は、私が帰るまでお待ちくださいませ」
 あややは、少し怒り気味にうかつな夫の行動を諫める。
  そして、自分の部屋の前まで来ると足を止めた。
「あやや」
「隆元様、私はまだ産後間もない身。夜のお相手はいたしかねます」
「わかってる。なにもしないよ。ただ、話がしたいんだ」
 懇願するかのような夫をあややは仕方がなさそうに、自分の部屋に招き入れた。
 2人が部屋に入ると、気を利かした侍女が下がる。
 するとなにもしないと言いながらも隆元は、あややを後ろから抱きしめた。
「あなた・・・」
「あやや。私は君が傍に居てくれたら、それでいいんだ」
 隆元は、あややを愛でるようにすがるように、頬をあややの豊かな黒髪に擦り付
ける。
「義隆様の養女も内藤家の姫も関係ない。私が君を必ず守る。だから傍に居てくれ。
消えないでくれ」
 遠ざかっていく母にすがる子のように懇願する隆元の腕に、あややはそっと手を
触れる。
「ああ。あやや・・・」
 隆元は、それをあややも自分を信じる証しと思っていた。
 しかし、後ろから愛しい妻を抱きしめる隆元には、その妻が、むなしそうな顔を
して、目をそらしていることに気づくことは出来なかった。
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