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幻想庭園

いろいろ書き散らしてます。 なお、掲載している内容につきましては、原作者様その他関係者様には一切関係ありません

流れの果て-小早川異聞- 第7話 花戦・名を持つ者(上)

ある日、あゆは、尾崎局にお願いして城から外出することに。
 久しぶりの外の空気や舟を楽しむあゆだが、
 吉田に潜む闇に遭遇することに。


*小早川隆景とその妻・問田大方の創作小説となります。
 問田大方の名前は、創作です。
 時代の流れに沿って進行しますが、作者の調査不足により流れがおかしい場所や
登場人物の名前が、おかしいときがあるときは、ご了承ください。
 また、作者の癖が詰め込まれますので、地雷になる表現がございますときは、すぐさま読了してください。
*最後に、この話は、フィクションです。実在の人物、団体、事件等とは関係はありません。

*参考文献
「落首事典」著者・鈴木棠三編 出版者・東京堂出版 出版年月日・1982.9
国立国会図書館デジタルコレクション







「隆景殿、尾崎局様からお文が届きましたよ」
 沼田・新高山城で普段東廓から出てこないあゆの母・東殿が、隆景の執務室へ
やってきた。
「義母上。御用があるなら私から赴きますのに」
「ご当主にそんなことさせられませんよ。それよりほら」
 東殿は、吉田郡山城から来た文を隆景に見せる。
「贈った進物へのお礼とともに、姫の様子まで書いてくださって。可愛がってくだ
さっているようで本当に良かったわ」
 と東殿は涙ぐむ。
 はじめ、あゆの突然の吉田郡山城滞在になにか姫で素そうでもしたのかとうろた
えていた東殿だが、隆景の丁寧な説明もあって、すぐに気丈さを取り戻し、尾崎局
に切々と娘が迷惑をかけるかも知れないが、どうかよろしくと文をしたためていた。
「姫も元気を取り戻したようで、安心したわ」
「申し訳ございません。私が夫として至らぬばかりに」
「あの子はまだ子供ですもの。仕方の無いことですわ。兎に角これで一安心。繁平
にも伝えねば」
 お仕事のお邪魔をしてしまって申し訳ありませんと、東殿は早々に退散した。
(本当に良い方々だ)
 東殿も繁平も、同盟を結んだのに妻を置いてくる羽目になった隆景をせめず、
何か事情があってのことと、毛利は小早川の姫を手荒に扱わないと、毛利の仕打ち
に不満をもらす家中の者達をなだめてくれた。
 おかげで大きな動揺が起きることなく隆景は、いつものように仕事をすることが
出来る。二人には感謝しても仕切れない。
「次に吉田に行くのは、四月か・・・」
 その頃になれば雪も完全に解けて通行が容易になり、今度は吉川家も交えて
四家で同盟を結ぶ段取りとなっている。
「あゆ姫、元気になられたのか。良かった」
 けれど、自分に会ってくれたとき彼女は元気でいてくれるだろうか。
 あの晴れ渡る海のような明るい笑顔を見せてくれるだろうかと、隆景は一抹の
不安を抱えた。
 

 ***********


 ある日、あゆは尾崎局・あややにお願い事をした。
「尾崎のお姉様、私、吉田にある小早川の屋敷に忘れ物をしていたのを思い出した
のよ。取りに行っていい?」
「あら、そうなの。なら、景信に伝えて取ってきてもらったらどうかしら」
「ダメなの。私の秘密のものだから誰にも知られたくないの」
 や~ん、や~んと嫌がるあゆに、あややは仕方が無いわねと外出を許可した。
「いいこと、あゆ姫。夕方までには帰るのよ」
「はぁ~い、尾崎のお姉様、行ってきます」
 あややに見送られ、あゆはお付きの桂景信とともに小早川の屋敷に向かった。

「さぁ、お屋敷に行くために舟に乗るのよ」
「お方様、太郎丸に行くのに舟は必要ありませんよ」
 太郎丸とは吉田における小早川の屋敷がある場所で、郡山から多治比川を渡った
向こうにある青山三塚山の麓にある。ここは、元々家臣の屋敷が3軒もあったのを
隆景が隆元に強く主張して(つまり我が儘言って)取得した場所であるが、そんな
ことはあゆは知らない。
「多治比川は浅いので馬で渡河できますしね。お方様もそうして吉田郡山城に入っ
たでしょう」
「え~、せっかく川があるのに。お船に乗りたいのよ」
 や~ん、や~んとわがままを言うあゆに、景信は、
「もしかしてお方様、舟に乗りたいがために、嘘ついて小早川の屋敷に行こうとし
たんじゃありませんよね」
「そ、そんなことないのよ」
 ぎくりとしてあせあせとするあゆに、景信はやっぱりため息をつく。
「お方様、ご自分の立場を分かってらっしゃいますか。お方様に何かあれば、小早
川と毛利が一触即発になるんですよ」
「就延のようなこと言わないでほしいの。だって沼田では毎日のようにお船を見て
たし、しょっちゅう乗ってたからお船がない毎日は何か変なの」
(あ~、高山城は沼田川のほとりにあるからそれでか)
 吉田郡山城に慣れてきたとはいえ、生活の様式が違うとどこかしっくりこないの
だろう。
「わかりました。舟を見つけたら乗りましょう。とはいえ、多治比川に定期的な
渡し船がないので見つからない場合は諦めてくださいよ」
「やったのっ」
 あゆは両腕をあげて喜んだ。

 せっかくなので、なるべく川沿いを歩いて太郎丸に向かう。
「お船、見つからないの」
 景信に綱を引かれながらあゆは馬上で多治比川を見回す。
「そろそろ太郎丸ですから、川を渡りますよ」
「あ~ん、お船に乗りたかったの」
 残念がるあゆを乗せた馬を引き、景信は浅瀬を渡った。
「ふう。無事渡れた」
「景信、濡れちゃったね」
「屋敷に着いたら拭きますよ。その間にお方様は忘れ物、ちゃんと取りに行って
くださいね」
「もちろんなのよ」
 太郎丸にある屋敷では、先に連絡を受けていた留守居の者が対応してくれた。
「お方様のお守り、お疲れ様です」
「お守りと言うな。護衛の仕事だ」
 あゆが捜し物をしている間、景信は濡れを拭い、出された白湯を飲みながらしば
しの休憩を取る。
「お方様は舟に乗りたいとおっしゃられているのだが、ここから吉田の市までの
舟はないか」
「それでしたら、もうすぐ市からの品を届ける舟が参りますので、それに乗られれ
ばよろしいかと」
「それはいい。お方様と私が乗船すると話をつけておいてくれないか。馬は、私の
屋敷の使いに取りに来させるからそれまで世話を頼む」
 そう頼む景信に対し、留守居の者は眉をひそめる。
「よろしいのですか、お方様を舟に乗せて」
「乗せないとご病気になられそうだからな。多治比川は浅いし、万が一の時は私が
なんとしても助けるさ」
「ご病気。そうか、だからここに来たときあんなに不機嫌だったんだ」
 留守居の者は、そうだったのかと何か納得したような顔をする。
「お方様がどうかしたのか?」
「いえね。ここに初めて来られたとき、それはむすーっとして不機嫌そうで。
隆景様が持て余すほど対応に困ってらしてね」
 それがどうしたことか、先ほど屋敷に来たあゆ姫は、春の日向のような明るい笑
顔で元気に挨拶してくれたのだ。
 留守居の者が、本当に隆景の妻のお方様なのか?と同一人物であることを疑った
ほどの変わりようだった。
「あんなに可愛らしい方とはね、隆景様が可愛がられるはずですよ。ご結婚されて
から隆景様はいつもおっしゃっていたんですよ、早くここをお方様に見せたいって
ね」
 吉田を気に入って欲しいと隆景は、畑や畑の隅にあゆ姫の好きな野菜や花を植え
さえるなどしたと留守居の者は話した。
「お城のご家族にご紹介したいし、吉田の市も案内したとおっしゃっていましたよ」
「そうか、隆景様が・・・」
 景信は、初めて隆景に目通りしたときのことを思い出す。
 初めて見た時は、目鼻立ちの整いながらも表情が硬く、気難しい方だと思ってい
た。でも、
『叔父に就延を持てば大変だろうが、就延は優秀な男だ。彼から学び、小早川を
背負う奉行人になってくれ。私も小早川の当主にふさわしい者になるよう努力する』
 そう言って、景の偏諱をくださった。
 あゆ姫の付き人になり沼田に残るときも
『どうか妻のことをよろしく頼む』
 そう言った隆景に頭を下げられたときは、魂が抜けるかと思うほど驚愕し、こち
らが非常に恐縮した。
 そうして知った。本当はすごく他人に気遣いをする繊細な人なのだと。
 隆景は、あゆ姫は不機嫌なのは自分のせいだ、だから彼女を腹ただしく思わない
で欲しいと言っていた。
(今のお方様を見たら、隆景様喜ぶだろうな)
 主のために事をなし、主の喜ぶことを進んでするのが奉行人だ。
 隆景とあゆを再会させるその時まで、景信は奉行人としての心得を守ろうと改め
て誓った。  

「・・・・あった」
 屋敷に泊まっていたときに使っていた部屋の文箱の中にあゆの忘れ物は入ってい
た。部屋でこれを書いているときに隆景がやってきたので、急いでこの文箱の中に
しまい、そのまま吉田郡山城に行ったのだ。
(誰にも見られてないよね)
 あゆがしたためた隆景宛の手紙。その時のあゆの気持ちを書き記していた。
(これ書いていたときは、隆景様のことちっともお慕いしていなかったけど・・・)
 あゆは、文をぎゅっと胸に出し決めると急いで懐にしまった。
「景信、お待たせ。忘れ物見つかったの」
「結構遅かったですね。本当にあったんですか?」
「当たり前なのよ。ちゃーんとあったんだから」
 むふんと胸を張るあゆ姫は嘘をついているようには見えず、景信はそれならそれ
でいいかと思った。
「では、城に帰りましょうか。舟に乗って」
「え?お船、見つかってたの!?」 
「そうですよ。乗りたかったんでしょ」
「やったの、やったの。ありがとう、景信!!」
 あゆは、大いに喜んでぴょんぴょんと跳びはねた。

「お船はゆらゆら。行くのよ、どこまでも~~」
「お方様、暴れないでくださいよ」
「はっは~、陽気なお姫様だね」
 寒い風吹く冬の川の上でもヘィッチャラ。船上で常にご機嫌のあゆを景信は川に
落ちないかヒヤヒヤし、船頭はそんな2人を微笑ましげに見ながら船を進ませる。
「どうもありがとうなの。とっても楽しかった」
 太郎丸から吉田郡山城下の市まで、航路は短かったが、あゆは久しぶりの舟の
感覚を味わい、大いに満足した。
「またご入り用の時はお声がけくだせぇ」
「では、行きますよ」
 運んでくれた船頭に手を振って別れ、あゆと景信は市の中へと入っていた。
「結構人や店があるの」
「沼田の市には敵わないと思いますが、この辺では大きい方ですよ」
 いつも営業している店が立ち並ぶ界隈だが、今日は市が立つ日であり外から来た
行商人も商売をしているせいか普段より賑やかだ。
 あゆは、物珍しそうに周囲をきょろきょろしてる。
「お魚は全然無いね」
「まぁ、山の中ですからね。あっても川魚がほとんどですよ」
「あっ、変わってる草、売ってるの」
「山菜ですよ。春ですからぼちぼち採れはじめたんですね」
「お兄さん、可愛い妹さんへおやつ買ってあげんかね」
 物売りのおばあさんがニコニコしながら、手招きする。景信は内心兄妹じゃない
と思いながらも騒ぎを避けるために黙っておく。
「わぁ、おやつ。景信、買って」
 小早川の屋敷での捜し物のためにおやつを食べていなかったあゆは、景信にねだ
る。
「仕方が無いですね。皆には内緒ですよ」
 景信はおやきを二つ買い、市の外れで食べることにした。
「おっ、山菜あんか。味加減が良いな」
「おいし~」
 あゆも気に入ったのかもぐもぐと食べる。
「おいしかったの」
 食べ終えて満足したあゆは、ふと市場の外れにある外壁に向かって人だかりが
出来てるのに気づく。
「あっ、あれはなんなの?」
「ちょっ、お方様、勝手に行かないでください」
 壁前に人だかりに走って行くあゆを景信は慌てて追いかける。
「ちょっと、とおして、ほしいの、よ」
 あゆは小さい身体を生かし、人混みの隙間を通り抜けて、一番前に出る。
 何か面白い芸でもしている河原者がいるのかと思ったが、あるのは壁だけであゆ
は「なぁ~んだ」とがっかりする。
 しかし、壁をよく見ると何か落書きされていることに気づいた。

昨日まで めでたき名字 大内は ゆえにこんにち くぐつなりけり

君が代は みじかたるべし おんなのみ なりたやうらまし 尾崎落窪

「なにこれ?歌?」
 和歌のようだが、母や尾崎局が教えてくれる和歌や万葉集、古今和歌集に乗って
いる和歌とは全然違う。何かとち狂っている奇妙な歌だった。
「だからお方様、はぐれないでくださいと」
 すみませんを連呼しながら前にやってきた景信が、ようやくあゆに追いつく。
「ねぇ、景信。この歌どういう意味なの?」
「え?」 
 あゆに尋ねられ、壁に落書きされた歌を詠んだ景信は、ぎくりとして顔を青ざめ
させる。 
「どうしたの?」
「なんでもありません。ただの落書きです。さぁ、もういいでしょう。帰りますよ」
 景信はあゆを乱暴に引っ張るようにして、この場から急ぎ立ち去ろうとする。
「どけっ、どけっ、どけぃ。落首はどこだ!?」
「わっ、お役人だ、逃げろ!!」
 市場の方から走ってきた強面の数人の武士を見て、人だかりの人々がいっせいに
逃げ出す。
「こんな時に。お方様、ご無礼を」
「きゃっ」
 景信はあゆを抱え上げて、急いでこの場から走り去る。
 だが、役人はそんな2人を見逃さない。
「待て、お前達、どこの家の者だ!?」
「落首は外に漏らすなとの殿のご命令だ。必ず引っ捕らえろ」
(こいつら、俺達をよそ者と勘違いしてやがる)
 ある意味そうなのだが、景信は毛利家重臣の息子だ。それをこの場でばらしても
良いが、それで父親の迷惑になっても困る。重臣は重臣で政敵が多いのだ。
 景信は、家々の隙間を走って行くが、なにせあゆを抱えているために足が遅いし、
自身そう体力派でも無い。そして、役人の追求は執拗だった。
(まずい、このままだと逃げ切れない)
 さらになお悪いことに、景信は袋小路に入りこんでしまう。
(しまった。万事休すか)
 その時、
「おい、そこの2人、こっちに来い」
 傍の家の玄関戸が開いて、中の住民が2人を招き入れる。
「え?しかし」
「早くしろ、追いつかれるぞ」
「くっ、やむえん」
 景信がその家の中に入ると玄関戸はぴしゃりとしまった。


「役人どもはしばらくは表をうろついているが、そのうち諦めて帰るだろ。それま
でゆっくりしていけばいいさ」
「さぁさ、白湯をどうぞ」
 住人の男性と女性が、あゆと景信に白湯を差し出す。
「ありがとうなの」
「かたじけない」
 白湯を飲みつつ景信は、自分たちを助けてくれた住人を検分する。
(このふたり、ただの町人じゃないな)
 女性の方は作法を学んだことがあるような身のこなし方をしており、男性の方も
粗末な身なりをしているが身のこなし、身にまとう雰囲気からわかる
(この男、武士だ。それも相当腕の立つ)
 そう思った瞬間、景信は男と目が合い、男は眼光鋭くしてにやりと笑う。
「俺の正体が気になるか、桂の坊ちゃん」
「なっ、どうして私が桂だと」
 景信がそう言った瞬間、男はくっくっと可笑しそうにする。
「ダメだぜ、坊ちゃん。あんたら一応お忍びだろ。桂と聞かれても桂なんて知らん
で押し通さないと、すぐに正体がばれるぜ」
 男の指摘に景信はかっとなる。
「ぶ、武士は卑怯ではならんのだ」
「卑怯じゃない、駆け引きだ。今の世の中、正直一辺倒、清廉潔白だけじゃ生き
残れない。時と場合を間違えると寿命を縮めることになるぜ」
「ぶ、無礼な」
「教えてやってんのさ。あんた、せっかく小早川の奉行人になれたんだろ。奉行人
なら駆け引きの心得も重要だぜ」
「ななな・・・」
 景信は怒りと屈辱で震え出すが・・・、
「なるほど、そうなのね。お勉強になったのよ。ありがとうなのよ」
 棒読みに近い発音で、あゆが景信の代わりにお礼を述べる。
「お方様、こんな奴にお礼なんか」
「どんな人からも学べることがあるのよ。だから誰に何を言われてもお勉強してい
るつもりで広い心で接しなさいって、尾崎のお姉様が教えてくれたのよ」
 それにとあゆは続ける。
「この人、話し方は悪いけど、声は綺麗だもの。悪い人じゃないの」
「おや、お方様は俺が悪人には見えないので?」
 男は、挑発するような目であゆを見る。
「お兄様ほどじゃないけど、私にもわかるの。あなた悪ぶってるけど、すごくいい
人でしょ。でないと私達を助けてくれたりしないもの」
「いい人・・・ね」
 そんなんじゃないと言いたげな男に対し、ずっと傍にいてやりとりを聞いていた
女がくすくすと笑う。
「弥四郎はいい人よ。良かったわね。わかってくれる人に出会えて」
「よせよ、あはい」
 女に笑われて恥ずかしいのか、男はそっぽをぬく。
「そこの者らは弥四郎とあはいと言うのね。沼田から来たあゆというのよ。改めて
助けてくれてありがとうなのよ。付き人の分もお礼を言うのよ」
「どういたしまして。ご丁寧にありがとう」
「お姫様の方が、物わかりがずっといいな」
「ぐぐぐ・・・」
 さすがにあゆの前で自を完全に出さないだけの理性はあったが、景信は憤りは
沸騰中だ。
「弥四郎は、物知りそうだからお尋ねするけど、なんで私達が追いかけられたか、
わかる?私達、壁の落書きを見てただけなの」
「ちょっ、お方様・・・!」
 その質問はまずいですってと焦る景信を見え、弥四郎はふんと鼻を鳴らす。」
「お姫様。それ、なんか奇妙な歌じゃなかったかい」
「そうなの。そのとおりなの」
「お姫様は、落首を知らないのか。沼田は安定しているんだな」
「落首?」
「お方様、それ以上はなりません。弥四郎殿、先ほどは助かった。さぁ、帰りま
しょう」
 と景信はあゆを連れて帰ろうとするとが、
「黙ってて、景信。私は落首が何か知りたいの。たぶん知らなくちゃいけないこと
なの」
「知らなくて良いですって。そんなのばれたら隆景様が・・・」
「私のお勉強の邪魔しないで、これは命令なの!!」
 初めて命令され。景信は「隆景様に知られたらなんて言い訳しよう~~」と嘆き
ながら大人しくする
「待たせたの。落首のことを教えて欲しいの」
「民草が、為政者を面白おかしくはやし立てて作る歌だ。よく作られるのは、為政
者の無能や落ちぶれぶりを歌ったものだな。もっとも為政者が善人でも書かれたり
するが」
「え~、ひどいの。皆一生懸命に表の仕事を頑張ってるのに」
 むむぅ~っとするあゆに、男はそうだなと言いつつも、
「そのあたりをどれだけ目が潰れるのが、為政者の度量だ。毛利の当主隆元は、
それをよくわかっていて、落首には目をつむり、むしろ自分の施政の反省をしたり
すると聞いてる」
「その通りだ。隆元様は、民が想像するよりずっと民のことを考えて気を配って
らっしゃるんだ。自分を卑下しすぎと言われるくらいにな」
 そのことで、父親の愚痴を聞いたことのある景信だが、景信はそれこそあのお優
しい隆元様らしいと、気にしたこともなかった。
 実際、隆元は優しい。
 あゆの付き人になったばかりの頃、部屋に引きこもっていたあゆの部屋の前に
張り付くだけだった景信は、恐れ多くも隆元より気遣いある言葉をいただいたのだ。
『毎日、ご苦労様。この寒い中大変だと思うが、あゆ姫は小早川からの大切な客人
だ。どうか見守ってあげて欲しい』
 その優しいお声に、景信はくじけそうになった心を奮起させ、無事お役目を果た
すことが出来たのだ。
「今、吉田中の落首を厳しき取り締まるよう命じているのは、その隆元だ。落首を
書いた者は厳重に処罰されていると聞く」
「お兄様は、頑張っている自分が、悪く言われていることに我慢ならなくなった
の?」
「いや。吉田の者はみんな隆元を慕っているからな。隆元を批判する落首なんて
吉田にはない。よく書かれていたのは、少し前は井上。大内義隆が討たれてからは、
大内とその関係者についてだ」
 大内と聞いてあゆは、はたと気づいた。
(尾崎のお姉様・・・・・)
 隆元の妻・あややは、大内義隆の養女だとはあゆは聞いていた。それはそれは
立派で華やかな結婚式を挙げて、毛利の人々は大内からお姫様が来たと諸手を挙げ
て歓迎したという。
「・・・・なんで、そんなこと言われるの」
「安芸の者達は、ずっと昔から大内と尼子の争いに巻き込まれてきたからな。しか
しも統治も支配的だ。そういう連中は繁栄をもたらすなら敬われるが、落ちぶれた
瞬間あざ笑われるのさ」
「おね・・・・大内から来たお姫様は、何かしたの?」
「いいや、なにも」
 首を横ふる弥四郎にあゆは、ならどうして?と問いかける。
「ただ、大内から来た姫と言うだけだ」
「姫と言うだけ・・・・」
 それだけで。でも、あゆにはなんとなくわかる気がした。
 あゆもまた小早川の姫と言うだけで、なんにもないのに、隆景の妻となっていた
のだから。
「それと女特有の妬みもあるだろうな。大きな家の女はそれだけで妬まれる」
「でも、大内のお姫様はお家がもうないんでしょ」
「養家はな。でも本当の実家はまだ残っている。もっともそれが潰れるのも時間の
問題だろうな」
「後継ぎ、いないの?」
「いる。だが、いても揉めるときもある」
「・・・・・・大内のお姫様は、かわいそうなのよ」
 あゆだって、実家があるということが、どれほどの女性にとって大きな支えとな
るがぐらいわかってる。
(でも、尾崎のお姉様には隆元お兄様がいるのよ。うらら姫も幸鶴殿も)
 隆元はすごく妻のことを慕っていた。子供達だっている。女の重要な役目は嫁ぎ
先で子供を産むことだと乳母から聞いた。それは自分の居場所を作る上でも大事な
ことなのだと。
(幸鶴殿は、後継ぎだもの。尾崎のお姉様は大丈夫よ)
 しかし、この胸にうずく不安感はなんだろう。
 抱いた疑問をあゆは振り払う。
「ううん。大丈夫よ。大内のお姫様は毛利のお方様だもの。毛利がお姫様のおうち
でしょ」
「だからこそ落首に書かれるんだ」
 弥四郎は、あゆにやや重い声で教える。
「覚えておくと言い。家名というのは、その実態がなくても力を持つんだ。大内し
かり、井上しかり。その名を持つだけで、他人にはその者が特別となる。お前も
同じだ、小早川の姫よ」


 弥四郎の家から城までの帰り道、幸いにも役人の姿はない。
 空は赤く染まりつつあり、人も家路につかんとしている。
「なんとか暗く前には城に着きそうですね」
「・・・・・」
 景信が話しかけてもあゆは無言のままだ。
(くっそ~、またお方様が、以前のむすっと姫に戻っちまったじゃねぇか。あの
野郎!!)
 ものすごい情報通で見識が深い男のようだが、常にすかした顔をして景信は気に
入らなかった。
(それにしてもあの落首。噂には聞いてたけど、本当にあったんだな)
 大内家への落首はわかる。弥四郎の言うとおり、安芸に住まう人間は誰しもかの
家に複雑な思いを持っている。厳しく支配されていたが故に、その反動も大きい。
 しかし、尾崎局に対してだろう落首は少し違う。聞いた話では確かに実家の没落
をあざ笑う内容もあったらしいが、大半は同情的なものだったそうだ。今日実際に
見た落首も実家を失いながらも当主の妻として扱われる尾崎局を羨ましがる内容
だった。
(とはいえ、隆元様としてはそりゃ怒るよなぁ)
 隆元が尾崎局にぞっこんであることは、毛利では知らない者はいない。少しでも
姿が見えなくなると母を探す子のように探していると、からかうように侍女達が
噂しているのを聞いたことがある。
 そんな隆元が、尾崎局の落首を許すはずがない。
 普段民に寛大な隆元があれほど厳しい措置を執っているのだ。相当な怒りをため
込んでいるに違いない。
 そんな隆元が自分たちが落首を見たことを知ったらどうするか、
「お方様、今日見たことは絶対に秘密ですからね」
「・・・・・・・うん。もちろんなのよ」
 景信に言われ、しばらく黙っていたあゆは、強く返事をする。
「お姉さまは何も悪くないのよ。お家に生まれたからって悪口言われる筋合いなん
てないんだから」
 決めたっとあゆは奮起する。
「私は、どんなときもお姉様の味方になるの。お姉様は、私の大好きな人だ
もん!!」
 どやっとした顔になるあゆに、景信は、
「いいと思いますよ。局様もきっと喜びますよ」
 実際にそれを行うのは難しいだろうけど、それでもそう思う、お方様のこういう
ところすごくいいな、と小さな主君を誇りに思った。
 
*作中の落首は、作者が作成したもので当時そんな落首があったかは不明です。
 意味は以下のとおり。

昨日まで めでたき名字 大内は ゆえにこんにち くぐつなりけり
(昨日までは大内の当主の名はめでたいものだったが、それゆえに今の大内当主は、
誰かの傀儡にしか過ぎない)

君が代は みじかたるべし おんなのみ なりたやうらまし 尾崎落窪
(女は、実家の力次第であり、その家の繁栄は短いものであるが、実家が没落しても
当主の妻であり続ける尾崎局は、落窪姫のようでうらやましく、そうなりたいものです)
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