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幻想庭園

いろいろ書き散らしてます。 なお、掲載している内容につきましては、原作者様その他関係者様には一切関係ありません

流れの果て-小早川異聞- 第5話 花戦・開幕

 天文22年2月。
 小早川、毛利、平賀の三家で、吉田郡山城にて同盟を結ぶことになり、
あゆも挨拶をするために同行することに。
 同盟を締結すればすぐに沼田に帰るはずが・・・。




*小早川隆景とその妻・問田大方の創作小説となります。
 問田大方の名前は、創作です。
 時代の流れに沿って進行しますが、作者の調査不足により流れがおかしい場所や
登場人物の名前が、おかしいときがあるときは、ご了承ください。
 また、作者の癖が詰め込まれますので、地雷になる表現がございますときは、すぐさま読了してください。
*最後に、この話は、フィクションです。実在の人物、団体、事件等とは関係はありません。

R8/9/11 本文を修正。



 天文22年2月10日。
 この日、毛利家の城・吉田郡山城にて、毛利家、小早川家、そして平賀家の間で
同盟が結ばれた。これにより三家は、互いの大事には協力し合うことになる。
「これで我が毛利家は、強力な味方を持つことが出来ました。平賀殿、どうぞ今後
ともご助力をお願いします」
「いやいや、毛利殿。どうぞ頭をお上げくだされ」
 頭を下げてお礼を述べる毛利家当主・毛利隆元に、平賀家当主・平賀広相は、
慌てる。
「それがしなど、あなた方の助力なければ当主にすらなれなかった身。さらに領地
までいただいて、このご恩を平賀の者は末代まで忘れはしません。今後とも毛利の
ために働くことを惜しみませぬ」
 平賀広相は、深々と隆元と小早川家当主・小早川隆景に頭を下げる。
 その時、どこからか赤子の声が聞こえてきた。
「お話は、お済みになりましたか」
 優美な仕草の女性と赤子を抱いた乳母らしき女性が入ってきた。
「局。起き上がってきて身体の方は大丈夫なのかい?」
 先ほどのまでの朗らかな表情とは打って変わって、隆元は心配そうな顔で女性を
自分の隣に座らせる。
「はい、もう大丈夫でございます。ご挨拶が遅れまして申し訳ございません。
隆元の妻の尾崎でございます」
「あなた様が、大内家から嫁がれたという方ですか。平賀広相にござる」
 平賀と聞いて、尾崎局はしなやかにうつむき申し訳なさそうな美しい横顔を向け
る。 
「平賀家のことはかねがね。我が父大内義隆様がしたこと、申し訳ございません。
義隆様にもお考えがあってそうなさったのでしょうが、平賀の皆様には不本意な
ことを」
「あっ、いやっ、だいじょぶでござる。こうして、平賀家を継ぐことが出来申した
ので気にしていないでござるよ。過去は水に流し申した」
 尾崎局から漂う高貴な女性の憐憫を誘う色香にやられ、あっさりと大内義隆の
仕打ちへの恨みを捨てた。
「なにとぞ、今後とも我が夫隆元と嫡子幸鶴丸を頼み申します」
「もちろん。ところで、幸鶴丸殿というのは?」
「先月の下頃に生まれたばかりの私と局の息子ですよ」
 隆元は、ニコニコデレデレとしながら乳母から赤子を受け取る。
「なんと、それはおめでとうござりまする。おっと、これは失礼。お祝いに差し上
げる者が何もなく」
 おめでたいけど、どうしようという広相に、隆元は
「我らと結んでいただいた同盟に勝る祝いの品はありませんよ。さっどうぞ抱いて
やってください」
「やっやっ、これはよろしいですか。それがし、赤ん坊の相手は不得意で」
「かまいませんよ。ほら、幸鶴、平賀殿だよ」
 隆元から赤子を受け取り、広相は慣れない手つきで赤子を抱き、可愛いですな。
べろべろばーとあやす。
 場には、和やかな雰囲気に包まれていた。
 それをあゆは、部屋の外から冷めた目で見つめていた。
 控えの間からあゆを広間に連れてきた尾崎局とあまり変わらない年頃の侍女が、
中へ入るように小さな声で促したあゆはその場から動かない。
 そんなあゆの存在に気づいた尾崎局がすこし不思議そうな顔をして、、
「中の丸殿。そちらの姫君様はどちらの方で?」
 と尋ねたところ、あゆはぷいっとそっぽを向いて、向こうへ行ってしまった。
「あの姫は、毛利家の姫君様で?」
 広相は、隆元に赤子を返しながら尋ねた。
「いえ、彼女は・・・・」
「私の妻です。私が甘やかしたために無作法で申し訳ありません」
 小早川隆景に謝られ、広相はなんと!?と目を丸くする。
「あの姫が、隆保が懸想していたという小早川の幼妻ですか。本当に子供ですな」
 その瞬間、隆景にぎろりと睨まれ、広相は心の中で、「あっ、やべっ」と焦った。




(隆景様のバカ。平賀なんかと仲良くしちゃって)
 平賀広相は正統なる平賀氏であり、平賀隆保とは全然違う誠実な人らしいが、
あの文の一件以来、あゆは平賀氏が嫌いであった。
 平賀がいるお屋敷なんかに居たくなくて、縁側から庭に降りた瞬間、身体がつり
上げられた。
「お方様。他所様の屋敷で歩き回るなど失礼千万ですぞ」
「いや~ん、離すのよ、桂~~!!」
 あゆは、ジタバタと暴れるが初老ながら歴戦の猛将でもある桂就延にはびくとも
せず、つり上げられたまま控えの部屋に運ばれる。
「まぁまぁ、あゆ姫様。なんという格好をなさるのですが就延様」
 あゆ姫を探していた案内役の侍女が運ばれてきたあゆの姿を見て、驚きの声を上げ
る。
「良いのだ、中の丸殿。この世間の知らずのお方様に、礼儀というものを教えねば
ならん」
 あゆには床に座らされると、その向かいに桂就延がどっかりと座り込み、先ほど
あゆが取った態度について、こってりと絞られる。 
「御夫君の大事なお客人になんという態度を取られるのですが。しかも、平賀殿は、
同盟相手なのですぞ。お客人の中でも特に大切にし、礼儀正しく付き合うて行かね
ばならない相手なのです」
「だって・・・」
「御夫君は、小早川の当主なのですぞ。当主の意向に逆らおうてはなりません。
お方様は妻として御夫君を支えていかねばなりません。これすなわち、小早川家を
守ること。小早川家の姫として生まれたのなら御家を危機にさらすまねをしてはな
りません」
 まだ10才にしか為らぬ姫君、しかも主君の妻に対し就延は厳しい態度で意見す
る。
(就延は嫌いなのよ・・・)
 しかし、それを口に出したり態度で表したりすると、説教がさらに長引くことは
すでに経験済みのため、あゆ姫はしゅんとして、
「ごめんなさい。平賀殿には後で謝りに行くのよ」
 と素直に謝る。
「誤りに行くのはよろしいですが、決して一人で行ってはいけませんよ。妻になっ
た女性がみだりに御夫君や一族以外の男性に会いに行くなど、あらぬ誤解を生みか
ねませんからな」
「それはわかってるのよ」
 平賀隆保の一件で、懲りたあゆはそれには深く同意した。
「隆景様に相談してから行くのよ」
「よろしい。では、隆景様がお帰りになるまでここで大人しく待たれますように。
中の丸殿、見張りの手配を頼みます」
「はい、それは・・・」
「お方様に甘くなく、毛利家のために動く者をお願いしますぞ」
 中の丸は、ちらりとあゆを見たが、元就からの信頼の篤い就延の言うことに逆ら
えず、あゆは部屋に閉じ込められ、毛利家に忠誠の篤い侍女が部屋の外で見張りを
兼ねて控えていた。


「また、怒られたの・・・・」
 部屋で一人寝転びながらあゆは、愚痴をこぼす。
 2年前、竹原の木村城から沼田の高山城に引っ越した際に、高山城に来たのは
あゆと隆景率いる竹原の人達だけなく、なぜか毛利家に仕えていた人達もいた。
 隆景が言うに、人手不足を補うために実家に要望して派遣してもらったらしい。
 その毛利家から来た一人が桂就延だ。
 桂家は毛利家の重臣の家柄で、就延は元就の信頼篤く、奉行の手腕に優れている
ので隆景の役に立ってくれるからと小早川に来たらしい。
 隆景は就延を信頼しているが、あゆは大っ嫌いだ。
 なぜなら、就延は他の家臣達と違ってあゆに厳しいから。
 久しぶりの高山城でうれしさと感じた変化を確かめたくて、あゆが高山城の縄張
り中を一人で走り回っていると、
『奥方がひとり気ままに、縄張り中を走り回るとは何事ですが。皆が迷惑しておる
のですぞ』
 と叱られ、隆景への来客に興味があるが同席が許されないので、武者隠しに潜ん
でのぞき見したら、
『奥方ともあろう方が、覗き見とは、はしたない。そもそも武者隠しは、隆景様が、
刺客に襲われた時のための護衛が潜む場所ですぞ。護衛の邪魔をしてはいけません』
 と言われ、まだ繁平が当主だった頃に安堵状を出した寺から安堵の効力が無事か
との愁訴状が母宛に届き、それを読んだあゆが、こういう文が届いたので安堵して
と隆景に頼めば、
『お方様、軽々しく人の頼みを聞いてはなりません。そもそも奥方の領域は奥向き
ですぞ。奥方が表向きのことに口を出してはなりません』
 と文句を言われ、あんまりにも腹の立ったあゆが、弓矢のけいこで的を嫌な奴に
見立てて見事射貫けば、
『なんということをなさるのですが。そのような振る舞いから人の恨みを買い、家
が滅ぶこともあるのですぞ。そもそも弓矢を始めとする武芸は、お方様のような
名門の女性がなさるものではありません』
 と、弓矢を取り上げられた。
 あれもだめ、これもだめばっかりで、すっかり就延が嫌いになったあゆは、隆景
に就延を小早川から追っ払って欲しいと言ったが、隆景は、
『それはできません』 
 と言ったのだ。いわく、桂就延は、父・元就から使わされた被官であり、自分の
一存ではどうにもならないとのこと。
  なぜ小早川家に仕えているにもかかわらず、小早川家の思いのままに出来ないの
かあゆにはわからず、あゆは、平賀の一件もあり、少しは戻ってきた隆景を慕う気
持ちが止まってしまう。 
 さらにその思いをいっそう遠くしたのは、高山城から新高山城への引っ越しだっ
た。
 隆景は突如、より利便のより所へ城を移すと良い、川向かいの雄高山にもともと
あった小早川の砦跡を改増築して、天文21年6月に新高山城を築くとそこを居城
とし、これに伴い高山城を廃城とした。
 お向かいの山に気づかれたとはいえ、新高山城はあゆにとって知らないお城であ
る。隆景はあゆに、新しくて広い部屋を用意したが、あゆの母には別棟の東局を用
意し、あゆと引き離した。
 あゆは、同じ城にいながら以前より母親に会えなくなり、ひとりぼっちになって
しまった。
 多くの家臣の態度は前の城より厳しくなり、新高山城の縄張りをあゆが自由に
歩けることはなくなった。
 奥向きを仕切るのもまだ子供のあゆには無理であり、あゆの母が仕切っている。
 やることがなく、あゆの生活はすっかり窮屈なものになってしまった。
 こうなってようやく、あゆは、こうなったのは隆景と出会ってから、毛利が小早
川に干渉しだしてからと気づいた。
(田坂の爺やが言ってたこと、本当だったの。毛利は小早川を乗っ取りに来たんだ)
 でも、もう遅い。
 あれほど毛利家の陰謀について警告していた田坂全慶はもうこの世にはいない。
 木村城から高山城に移って、あゆは真っ先に田坂全慶を探しに行った。
 田坂の爺に、隆景にひどいことをされたと聞いて欲しかった。
 あゆの言うことなら何でも聞いてくれる爺に、隆景を叱って欲しかった。
 でも、田坂全慶の屋敷だったはずの場所には、違う人が住んでいた。
『爺、どこ行ったの?』
 それどころか、高山城はあゆが竹原に行く前とはすっかり変わってしまった。
 何人もの家臣達がいなくなり、城のあちこちが奇妙に綺麗になっていた。
『お母様、田坂の爺がいないの、爺と仲良くしてたみんなも。ねぇ、どこに行った
の?』
 ずっと高山城にいたはずの母に尋ねたが、母はよくわからないと教えてはくれな
かった。でも、その時の母の表情から、母はすべてを知っているはずだとあゆには
理解できた。
  何が起こったのか、教えてくれたのは兄だけだった。
『お兄様ーーーー!!』
 やっと隆景の許しを得て、米山寺にいる繁平に再会した瞬間、あゆは泣きながら
兄に抱きついた。
『どうしたの?あゆ』
 僧になっても兄は変わらず優しかった。
『隆景様が、隆景様が、ひどいのよ~~~~』
 あゆは、ワンワン泣きながら隆景にされたひどいことを話した。
『なるほど、それであの声。そういうことか』
 繁平は、よしよしとあゆの頭を撫でた。
『まずね、あゆ。僕はここへ来てからお前に文なんて一度も送ってないよ』
『わかってるのよぉ。あれはいつものお兄様のお文と違うもの』
『もらった文は隠しちゃダメだよ。ちゃんと隆景殿に見せないとダメ』
『だって、わすれてたんだもの』
『うん。それは椋梨の言うとおり、隆景殿が大人げない。でも、思い出したらすぐ
に見せるんだよ』
『わかったの』
『あと、返事についてもちゃんと周りの人に相談するんだよ。変なこと言ってくる
人もいるからね』
『うん』
 それは、慕うの件でよくわかったので、あゆは必ず相談すると誓う。兄の言うこ
とには素直に従うところは変わらずだ。
『お兄様、田坂の爺はどこ行ったの?他の皆もいないのよ』
 すると繁平は、あゆの手を引いて、自身の部屋の隅に置いてある小さな供養塔の
前に連れて行った。
『これなに?』
『田坂の爺や他の皆を供養するために、隆景殿に作ってもらったんだよ。田坂の爺
はね。死んだんだ。高山城から消えた他の皆もね』
『・・・・・・うそ』
 あゆはふるふると首を横に振る。
『うそだもん。田坂の爺は死んでないもん!!』
『本当だよ。僕が看取った』
『うそだもん。お兄様、おめめが見えないじゃない!!』
『見えなくても触ればわかるさ。遺髪を分けてもらってね、この中に納めてあるん
だ』
 その日、繁平は当主の最後の務めとして、自分を擁立しようとした者達が隆景の
命を受けた乃美家の者に誅殺される現場に立ち会った。彼らの断末魔の叫びは今も
耳にこびりついている。彼らが死んだ後、繁平は乃美に頼んで、彼らの遺髪をもら
い受けた。
『こうなったのは、僕の責任だ。だから、僕が死ぬまで背負って、供養し続けるん
だ』
 責任感あふれる強い顔をする兄に、あゆはぐすぐすと泣く。
『なんで?なんでこうなっちゃったの?私達、何か悪いことしたの?』
『少なくともあゆは何も悪くないよ。だからあゆが自分を責める必要は無いからね』
 ただ、あゆは、沼田小早川家の姫というだけなのだ、兄は言った。
『なんで?お姫様だから、こうなっちゃったの?だったらお姫様なんてやめる』
『それは無理だよ。お姫様というのは生まれつきなんだから』
『だって・・・・』
『あゆ、僕はお寺に入って教えられたんだけどね。人はね、与えられた役目を果た
すために生まれてくるらしいよ』
『役目?』
 すんすんと悲しげに鼻をならすあゆに、繁平は優しく教える。
『僕が盲目であっても小早川の当主として生まれたように、あゆにもきっとなにか
役目があってお姫様として生まれたんだよ。それを探してごらん』

(わかんないのよ、お兄様・・・)
 あゆは、なぜ小早川家の姫として生まれたのだろう。
 姫として生まれなかったら、隆景と婚姻することも、田坂の爺がいなくなること
も故郷の城がなくなることもなかったのかも知れない。
 そんなことを考えていたら気づいたら眠っていたらしく、中の丸に起こされたら
すでに夜になっていた。
「広間で、同盟の締結を祝う宴が開かれております。あゆ姫様もおいでなさいませ」
「行きたくない。眠いのよ・・・」
「せめてご挨拶だけでもなされませ。桂殿に叱られますよ」
 就延に叱られるのがイヤなので、あゆは中の丸が用意してくれたタライの水で
顔を洗って目を覚ましてから、中の丸の案内の元に広間へと赴いた。
 広間は、大人達のはしゃぎ声であふれていた。
「いや、めでたい。これで毛利家、いやいや御三家は安泰だ」
「これで、陶に何を言われても対抗できる」
「今宵の酒はずいぶんうまいな。この肴も。干物があるとは珍しい」
「干物は小早川殿からだそう、さすがは海辺の所領よ。海の幸が食べられるとは
うらやましい」
「これからはよく食べられるようになるさ」
 そんなに同盟締結がうれしいのか、みんなニコニコして酔っ払って、なかには
舞を踊ろうとする者まで現れる。
 なんだが見ているだけで頭が痛くなってきたあゆは、すぐに帰りたくなるが、
叱られるのがイヤなので挨拶するために、隆景の傍に行く。
「隆景様・・・」
「あゆ姫、起きられたか。気分はどうです?」
 はしゃぐ皆と違って、隆景はあまり酒を飲んでいないらしく、いつものように
冷静だ。
「眠いし、挨拶したら帰りたい」
「では、兄上に挨拶をして下がられよ」
 隆景はあゆを連れて、主席にいる隆元に挨拶に行く。
「兄上。妻のあゆです」
「隆元様。昼間はごめんなさい。同盟締結おめでとうございます」
 あゆは、隆元に向かってお祝いの言葉を述べて、挨拶する。
「ありがとう、あゆ姫殿。ここはうるさいだろう。下がられて女衆の所へ行くと
良い」
 隆元は、一目見てあゆの状態を察したのか、早々に下がるよう言ってくれた。
「はい。あと、平賀殿にも謝りたいです」
「昼間のことは気にしないでいいよ。平賀殿も今はすっかりできあがっているし、
後で構わないから」
 そう言って隆元はあゆを気遣い、隆景に目配せして場から下がらせた。
「姫、今宵はもう休みなさい。中の丸。妻を頼む」
 席に戻った隆景は、後ろで控えていた中の丸にあゆを託し、自分は酒宴に戻る。
「あゆ姫様、尾崎局様がぜひ、ご相伴とのお誘いでございますよ。局様のところへ
参られませ。お膳の用意が出来ております」
「いらない。帰る」
 吉田郡山城内には、隆景の屋敷が設けられており、吉田に来るときはそこで宿泊
していた。もちろんあゆが泊まるのもその屋敷だ。
 元気のないあゆの様子を見て中の丸は、急ぎ輿を用意させて、あゆを屋敷に返し
てくれた。
 屋敷に帰ったあゆは、早々に床につく。
(私、なんでこんな所に来ちゃったんだろ)
 小早川家が、毛利家と平賀家と同盟を結ぶことになり、調印式を吉田郡山城で
行うため隆景が赴くので、あゆも妻として挨拶をと言うことで、連れてこられたの
だ。2月の山道は雪深く寒い。沼田から吉田も遠く、輿に乗っていたとはいえ来る
のは大変だった。
『君があゆ姫だね。隆景の兄の隆元です。ここもそなたの家を思い、くつろいでゆ
きなさい』
 毛利家当主隆元は、優しい顔であゆを歓迎してくれた。
 隆元には好意を抱いたあゆだが、なにせ他家に赴いたことがなく、しつけに
うるさい桂就延も付いてきたので、くつろげない。
 城内の隆景の屋敷にいる人も小早川家に仕えておきながら知らない人だし、ここ
は毛利だらけでなんだが居心地が悪い。
『とはいえ、うちは男だらけだし、生憎私の妻は、この間出産したばかりでまだ
床上げしていないんだ。うちの侍女達も、まだ小さい毛利の姫の世話かでかかりき
りだし、いろいろ至らぬ事があったら申し訳ない』
 床上げしたら、妻の尾崎局や子供達にもあって欲しいと隆元は言い、一人の中年
ぐらいの侍女を紹介した言った。
『妻が動けぬ間は、奥向きはこの中の丸が取り仕切るから困ったことがあったら
彼女に申しつけないさい』
『中の丸でございます。あゆ姫様、ご用の際はわたくしにお申し出くださいませ』
 中の丸は、優しく、面倒見がいい性格なのか、あゆにいろいろと気を使ってくれ
て、あゆは少しは態度をほぐした。
 それでも、新高山城と同じ山の中の城でも、吉田郡山城はさらにたくさんの山に
囲まれた場所だし、近くに沼田川のような大きな川もない。人もなんだが沼田より
少ない気がするし、とにかく何もかもが沼田と違って、あゆはどんどん寂しくなる。
「早く帰りたいな・・・」
 同盟が結ばれたら隆景はすぐに帰ると言っていた。
 早く帰って、母や乳母に会いたいとあゆは、布団の中に潜り込んだ。


 その頃、吉田郡山城の山頂にある屋敷で毛利元就が、桂就延から報告を聞いてい
た。
「ふむ、三家の同盟の成立はめでたい。が、あゆ姫の態度は少々問題があるな」
「少々どころか、大問題でございますぞ、お屋形様」
 少し甘い態度を見せる元就に、就延は強い口調で意見する。
「隆景様は、お方様を甘やかしすぎでございます。婿養子という身の上であるため
遠慮があるのかもございませんが、あれでは遠慮が過ぎるというもの」
 就延から見たあゆ姫は、名門の姫とは思えないほどのやんちゃぶりだ。
 縄張り中を走り回り、武者隠しに隠れる姫など聞いたこともない。
 さらに、男はだしで漢文の文を読み、字も書ける。
 その上、あの歳で弓矢の的を射貫くなど、とんでもない武芸の才能だ。
 なにより就延が危惧したのは、小早川の家中の者達ははもとより、隆景でさえ、
あゆ姫の行動を当たり前とし、許していたことだ。
「このままでは、お方様は、五龍局様を上回る猛女となり隆景様をすっかり尻に
敷いてしまいますぞ」
「おしんを超えるのか。それは困る」
 元就におしんと呼ばれた五龍局は、吉田郡山城からそれほど遠くない所に城を
持つ宍戸家当主・隆家に嫁がせた元就の娘だ。
 不幸なことで長女を亡くした元就と亡き妻は、それもあって五龍局を溺愛し、
弟を2人持つが故にか、五龍局は我が強く、気位の高い女性に育ってしまった。
 幸い宍戸の婿殿が気の優しい性格をしているため夫婦円満となり、そろって毛利
家を支えてくれているが、あゆ姫は違うし、隆景もそうだ。
 小早川家は、鎌倉以来の安芸の名門であり、室町幕府がしっかりしていた頃は、
幕府奉公衆として重用され、その所領はほぼ安芸国豊田郡一円であり、さらに瀬戸
内に浮かぶ島にも勢力圏を持つ。
 はっきり言えば、家格も勢力も毛利家より上なのだ。
 あゆ姫はわからないが、隆景は恐らくそれを自覚している。
(そして、親の目から見ても隆景は、自分が認めぬ者に膝を折る性格ではない)
 他の者からは、冷静で礼儀正しいと言われる隆景心の内に潜む誇り高さと激情を
元就は見抜いていた。
(しかし、その隆景が年下の姫に翻弄されるとはな)
 婚姻の経緯もあるだろうが、なにゆえかと元就は、ため息をつく。
「婿養子というのもあるが、隆景が末子だからな。年下の者の扱いになれておらん
のじゃろ。あゆ姫もまだ子供じゃし、父親も早くに亡くしておるからな。夫婦と
いうものがよくわかっとらんのじゃろうな」
(こんなときに、妙玖がおればな・・・)
 苦労の時代から元就を支えてくれた糟糠の妻。
 早くに亡くなり、継室を迎えることを求められたがとてもそんな気にはなれず、
かと言って世話が必要な子供が3人も居ることから側室を3人迎えた。
 それぞれに個性豊かで良い女達だが、妙玖を超える女はいない。
(いまここに妙玖がおったら、きっと隆景とあゆ姫に夫婦とは何かを教えてくれた
じゃろうな)
 そう思ったとき、はたと気づいた。
「そうじゃ、教えれば良いのじゃ」
 は?と首をかしげる就延に、元就はにっと謀神の笑い顔を見せた。



 翌日、同盟の締結の報告と沼田へ帰るために暇乞いの挨拶に来た隆景は、父親の
「あゆ姫をしばらく吉田郡山城に預けよ」
 という唐突な提案に唖然とした。
「つまり、父上は私の妻を毛利の人質として差し出せというのですか?」
 この時代、いくら夫の実家でも家が違えば、人を長期間預けると言うことは、
そういう意味合いで取られても仕方が無かった。
「違う、違う。物見遊山じゃ」
「物見遊山と申しましても、妻は山は見慣れていますし、ここは沼田よりなにもな
いですよ」
 新高山城下を流れる沼田川沿いは、古くからの交通の要所のため市が発達してお
り、吉田郡山城下の市よりも遙かに人通りも見せ数も多く、品も豊富であった。
「なにより妻が興味があるのは、山ではなく海です」
「ならば教育、修行じゃ。とにかくお前達は、夫婦というものがわかっとらん。
円滑に世継ぎを設けるためにも、知らねばならんのじゃ」
「妻の母御が教えるでしょうから。充分でしょう」 
 とにかく理由をつけて、あゆ姫を吉田郡山城に留めようとする元就に対し、
隆景は難色を示す。
 しかし、元就はそんな隆景をいぶかしげな眼で見る。
「いいのか、隆景。近頃姫との仲が微妙という話ではないか。へたをすると、一生
姫と手すらつなげない仲になるぞ」
「なっ!いくら父上でも失礼ですよ!!私とてやるときはやります!!
 久しぶりに隆景は、年頃の息子らしい態度を取る。
「本当か?就延からは、お前があゆ姫に遠慮して、ずいぶん甘やかしておると聞い
ておるぞ」
「・・・っ、しょうがないでしょ。幼い姫にいろいろ無理を強いたんですから」
 隆景は苦虫をかみつぶしたような顔をする。
「家中をまとめるために城を引っ越したせいか、あゆは年末に高熱を出して何日も
寝込んだんですよ。医師からは気鬱のせいだと言われました」
 理解し得ないままの婚儀から度重なる引っ越しに、慣れ親しんだ家臣の大量喪失、
肉親との別れ。めまぐるしい環境の変化にあゆの小さな身体と幼い精神は、限界を
迎えたのだ。
 隆景はあゆの母や乳母と交代で、できうる限りの時間を割いて看病に当たった。
「この吉田への訪問だって、寒い中を無理して連れ出したんです。これ以上、あゆ
に負担をかけたくはありません」
「だったら、なおさら寒い中を再び行かせるわけにはいかぬではないか。祝宴の膳
にも手をつけなかったと言うし、姫はご病気じゃ。暖かくなるまで吉田におれば
良い。よし、決定じゃ」
 誰ぞ、中の丸を呼べと、中の丸にあゆの滞在と引き続きの世話を申しつけようと
する元就に、隆景は焦る
「お待ちください、父上。乱暴すぎます。小早川の者に、いえ、そもそもあゆに、
なんと説明すればよろしいのですか!?」
「それくらい自分で考えい、でなくば当主としてやっていけぬぞ。まぁ、預かるの
で安堵せよとの文ぐらいは書いてやろう」
 こうなった父親は、誰が何を言おうと聞かないということを熟知している隆景は、
唐突な展開に頭を抱え込んだ。



「・・・・・と言うわけで、父がぜひ、あゆに春まで吉田郡山城にご滞在していた
だきたいと仰せです」
「・・・・・・・」
 元就の元から帰ってきた隆景の報告をあゆは黙ってきていた。
 幼い姫の表情は硬く、目は据わり、唇は引きむつっている。
「もちろん、決して不自由なくお過ごしいただくとのことですが・・・」
「・・・・・もういい」
 むっつりした顔のまま、あゆは立ち上がり、とことこと隆景の横を通り過ぎて
歩いてく。
「あゆ、どこに行くんです!?」
「隆元お兄様のところ。毛利の当主様なんでしょ」
「待ちなさい。行くなら一緒に行きますから」
 なんの用があるか知らないが、とにかく行こうとするあゆに隆景は付き従った。

***********

「要望に従い、人質になりに来ました。どうぞよろしくお願いします」
 むっつりした顔のまま挨拶にするあゆに、隆元は途方に暮れる。
「え~~~っと、父上が滞在しろと言ったそうけど、毛利は君を人質にする気は、
ほんの少しもないからね」
「お部屋はどこでも良いけど、せめて屋根あるところがいいです」
「うん。ちゃんと部屋も食事も用意するからね。というか、君は私の弟の妻じゃな
いか。家族をいじめるようなことは絶対しないし、安心していいから」
「ならいいです。私のお部屋はどこですか。案内してください」
 そう言ってすっくとあゆは立ち上がり、隆元は困惑しながらも侍女を呼んで、
昨日あゆのために用意した控えの間に案内させた。
 部屋に隆景と二人きりになり、隆元は隆景に尋ねた。
「聞いて言い?なにがどうなったら、こうなったの?」
「こっちが聞きたいですよ」
 隆景は怒りと悔しさで拳を握りしめる。
「父上に暇乞いに言ったら、いきなり妻を預けろですよ。同盟を結んだ家に対して
この行為。毛利は小早川を敵に回したいんですか!?」
「そんなつもりは毛頭無いから」
 隆元は弟をなだめるが隆景は納得しない。
 これが原因かは不明だが、後年2人の関係は互いの家を背景に決して穏やかなら
ないものとなる。
「父上も何かお考えがあってのことのようだけど、夫婦のことを教えるってなんだ
い?」
「わかりませんよ。私が妻を甘やかしすぎだのなんだの失礼な。だいたい、夫婦な
んて、母上はとっくの昔に亡くなってるじゃないですか」
 隆元と隆景の母妙玖は、隆景は竹原に養子に行って間もなく亡くなった。まだ、
母が必要な時期に養子に出され、その死に目に会えなかった隆景は、母親に対して
格別な思いがあった。
「その後、父上は側室を3人も抱えて。まぁ、中の丸はいい人ですけどね」
「みんないい人だよ。側室であることをわきまえているし、あややを重んじて、
よく支えてくれてる」
「でも、子供まで産ませたじゃないですか」
 実は、元就は、2年前の天文20年に側室乃美の方の間に、四男で後に穂井田
元清、1年前の天文21年に側室三吉氏との間に、五男で後に毛利元秋と名乗る
子供が生まれていた。
 隆景達正室の子とは、この時代では親子並みに年が離れている。
「側室の子とは言え、男子なんて」
 この時代、正室の子が優遇されていたが、他家へ養子に行けば、実家の相続権は
ほぼ放棄された者と見なし、場合によれば側室の子が当主となる場合もあった。
 元就の正室の子は隆元以外全員他家に養子に出された。
 この状況で万が一、元就と隆元に何かあれば。
 そう考えると隆景は心の内の激情が噴き出しそうになる。
「心配いらないよ。昨日会っただろう。私には幸鶴丸がいる」
 隆元は、落ち着いた声で答えた。
「毛利を継ぐのは幸鶴丸だ。安心して、私が何が何でも幸鶴を守る」
 そう告げた隆元は、いつもの自信なさげな当主ではなく、家族を守る覚悟にあふ
れた父親の姿であった。
「そうでしたね。失礼いたしました。兄上」
 そんな姿を見た瞬間、隆景は安心に満たされ激情が引いていく。
「父上の意図がどこにあるのか、まだわからないけれど、とにかくあゆ姫のことは
任せてくれ。多分だけど・・・・君達はしばらく距離を開けた方がいいと思う」
 隆元にも、小早川での隆景の所業は届いていた。
 先ほどのあゆ姫の態度から見ても、人一倍、他人の感情に敏感で、気遣いにたけ
る隆元には、幼い身の上で生家の変貌を間の当たりしている幼い姫の心情がわかる。
「あややもあゆ姫の面倒を見ると言っているし、中の丸も心得ている。そうだ。
あゆ姫の母御宛に文を書くよ。心配なら必ず返事をするからいくらでも文を送って
かまわないと伝えておくれ」
「兄上・・・」
 なんだが申し訳ないし、悔しいが、仕方がない。
 隆景も心のどこかでわかっているのだ。今の自分ではあゆを傷つけることしか
出来ないと。
「妻を・・・・・よろしくお願いします」
 隆景は深々と兄に向かって頭を下げた。


***********


 奥向きと元就をつなぐ中の丸から元就の意向を聞いたあややは、一瞬言葉を失う。
「なんと乱暴な。同盟を結んですぐにこれでは、毛利は小早川の信を失いますよ」
 さらに、隆景の当主としての信頼が揺らぎ、家中の統率が困難になるのではない
かと考える。
(小早川家は、大内家に劣らない家格を誇る。義隆様も彼らの気位の高さには苦労
されていた・・・)
 古くは幕府の勢力争いに絡んで大内氏と敵対し、近年は尼子、大内を乗り換えな
がら生き延びてきた小早川家。
 家中の結束も固く、大内義隆は、彼らを屈服させようと高山城まで取り上げたも
の結局は城を返し、当主継承問題についても結局決定打になったのは沼田当主・
繁平の決断があったからだ。
 味方にすれば心強いが、敵に回せば厄介だと義隆はいつもぼやいていた。
 あややは、まだ隆景と顔を合わせたことは数えるほどだが、すでに彼自身が持つ
気位の高さを見抜いていた。
「すぐに、隆景様と小早川家ご家中の方々への文をしたためます。その前に、
あゆ姫に会わねば。姫はどこです」
「昨日ご用意したお部屋にご案内いたしました」
「すぐにそこへ参ります」
 あややは、立ち上がると中の丸に部屋へ案内させる。
(今、毛利と小早川の間がこじれたら困るわ。なんとしても仲を取り持たないと)
 隠密役も兼ねる侍女からは、隆景はあゆ姫に甘いと聞いている。
 奥向きの関係は、表向きにも関係する。
 あゆ姫にはなんとしても毛利への好印象を抱いていただかねばならない。
 そう、あややは考えていた。
 あゆがいる部屋の傍に付いていた侍女が、あややと中の丸に気づいて頭を下げる。
「あゆ姫様は、どうしていらっしゃいますか」
「お部屋で大人しくしてらっしゃいますが、今はお会いに成られない方が良い
かと・・」
 事情の表情で察したあややは、そっと部屋のふすまをほんの少しだけ中をのぞき
見る。
 薄暗い部屋の中で、あゆは床に額をつけるようにうずくまり、小さく震えていた。
 時折、えずいたり、鼻をすすったりする音が聞こえる。
「・・・・・」
 あややは、そっとふすまをしめた。
「姫の様子に十分注意して。何かあったらすぐ知らせなさい」
「はい」
「中の丸ももういいわ。私は部屋に下がって文をしたためます」
 小さな声でそう告げると、あややは自室に戻った。


「釣れた魚に餌はやらぬ・・か」
 人払いをして1人になったあややは、舅である毛利元就の恐ろしさを改めて認識
する。
(お舅様は、毛利のためならどんな相手だろうと媚びへつらう)
 それを示すように、元就は、あややをお屋形様・大内義隆様から賜った一廉の方
と称していた。
(そして、相手と懇意になればとことん利用する)
 3年前、毛利元就が井上一族を誅伐する際に、自身の権威と縁故を利用された
あややは、それを認識していた。
 最も政略結婚とは、互いの力を双方が行使できることを期待して行うものだから
守護の娘であるあややも理解していたし、利用のされ方も想定の範囲内だ。
(そして、用済みになれば容赦なく捨てる)
 その大内義隆は、2年前謀反により無念の死を遂げた。
 その瞬間、あややは力を失った。
 女の力は、家の力で決まる。
 大内義隆の養女であるあややにとって、義隆亡き後の大内家に影響力は無い。
 そして、元々の実家である内藤家は、謀反の時に義隆を助けることはなかった。
 内藤家は大内家と共にあり、父興盛は義隆の信頼あって重臣でいられたのに、
恩義ある主君を見捨てた内藤家は、もはやあややの家ではない。
(私には、もうなにもない)
 それでも毛利の家に踏みとどまっているのは、ある目的を果たすため。
 そのためには、どうしても毛利の力が必要なのだ。
「あゆ姫、あなたは私とは違う。あなたにはまだ家がある」
 あの幼い姫は、まだ気づいていないのだろう。
 自分が、どれほど毛利にとって脅威となり得る存在なのか。
「・・・・・良いでしょう、教えて差し上げようではありませんか」
 それは、自分達を利用する者達へのささやかな復讐心だったのかもしれない。
 だが、あややはこの時まだ気づいていなかった。
 権威とは、あるからこそ利用するものではないことを。
 そんなものがなくても、自分を求める者達がいることを
 あややはまだ知らない。
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