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幻想庭園

いろいろ書き散らしてます。 なお、掲載している内容につきましては、原作者様その他関係者様には一切関係ありません

流れの果て-小早川異聞- 第四話 痴情騒乱

天文20年9月、大内領内に激震が走った。
毛利家の運命を大きく変えるとき、あゆは・・・。




 天文20年9月。大内氏に与する者、頼る者、敵対する者、それらすべての者に
激震を走らせた出来事が起こる。

「陶晴賢殿、御謀反!!」

「大内義隆様は、山口を放棄し、長門大寧寺にて自害されました!!」

 小早川の主君である大内義隆が、突如死に追いやられた。
  家臣は戸惑うか、主君の仇を討つべく陶晴賢を倒すための軍勢を立ち上げるのが
筋だろう。
 しかし、竹原小早川の居城木村城では、

「陶殿が、とうとうやり遂げたか」

「好機だな。今こそ平賀広相殿との約定を果たすときが来た」

「陶に使者を出せ。小早川は、陶殿の意向に従うとな」

 表の男達は、大内義隆の無念については一切触れずにバタバタと立ち回り、軍備
を整えている。
「隆景様。吉田より伝令です。毛利元就様、隆元様両名率いる毛利軍が高屋保の
頭崎城へ向けて進軍を開始しました」
「予定通りだな。我らも準備が整い次第出陣し、父上達と合流するぞ」
 隆景は、全軍に号令を発し、出陣の準備を行う。
「南。お前を留守居役に任じる。後のことは任せるぞ」
 具足を身につけた隆景は屋外へ向かって歩きながら、後ろを付いて歩く家老の南
に指示を出す。
「承知しました。・・・・・あの、隆景様」
「なんだ?」
「あゆ姫様に、出陣のご挨拶はなさらなくてよろしいのですか?」
 一瞬、隆景の足が止まる。
 しかし、
「不要だ。幼い姫に具足を見せて、怯えさせる必要は無い」
 そう言って再び歩き始める。
「はい。ですが、奥方様になられたのですし」
「そう言うのなら、我らが出陣した後、お前から伝えておけ」
 隆景は、振り向きもせずそう伝えて外に出ると待ち構えていた愛馬に騎乗する。
 ふと、目端に女の姿が入ったのでその方へ顔を向けると見送りの女房衆が並んで
いた。しかし、そこにあゆの姿はない。
 隆景はすぐに前を向いて、号令をかけた。
「全軍出陣。目標は、高屋保の頭崎城!」
 先頭を行く隆景の後を騎馬武者や足軽達が続いた。
 出陣する武士達の足音や蹄の音は、城の中まで聞こえた。
 もちろんあゆの部屋にも。
 あゆは、小さく身体を丸めながらその音を聞いていた。
「あゆ姫様、隆景様のご出陣ですよ。表にお出でなさいまし」
「いやっ、行かないっ」
 乳母の誘いに、あゆは、小さな身体をぎゅっと固くする。
「ご夫君の出陣に奥方様が見送られずにどうするのですか」
「そんなの知らない。勝手になっただけだもん」
「またそんなこと・・・」
 しかし、乳母はあゆを無理矢理連れ出そうとはせず、困ったこととため息をつき
ながらもあゆをそっとしておいてくれた。

(隆景様のバカ・・・)

 あゆは、むくれていた。
 事の始まりは、1月ほど前のこと。
 米山寺に入った兄・繁平へのお土産を買いに、あゆはお供の者達と共に、竹原の
町に出かけた。
 昨年の末に繁平は突然お城を出て、小早川家代々の菩提寺である米山寺でお坊さ
んになってしまった。
 あゆは、繁平が当主の座を隆景に譲り、出家することを宣言する所を目の当たり
にしたが、なぜそうなったのか全然わからなかった。
『お兄様、お兄様、どこ行くの?行っちゃ、イヤッ』
 城を出る兄にあゆは泣きついた。そんなあゆの頭を繁平は優しく撫でてくれた。
『米山寺に行くんだよ。何回か、一緒に行ったことあるだろう?僕は、そこでお坊
様になるんだよ。あゆや母上や、小早川の皆が幸せになることを祈るんだ』
『お坊様?お兄様、頭ツルツルになっちゃうの?』
『そうだよ。坊主頭の僕は嫌い?』
『ううん。どんな姿のお兄様も大好きよ』
 ぽろぽろと涙を流しながら妹が泣いていることを繁平は、手のひらにしたたり
落ちる水の感触と声で感じ取る。
『お兄様、もう会えないの?』
『そんなことないよ。会いたくなったらいつでも寺においで。でも・・・』
 今すぐはダメだよと、繁平はあゆに告げる。
『お寺に行ったらしばらくは準備をしなければいけないからね。そうだな。来年の
夏なら良いよ。その頃にはもう終わってるだろうからね』
『夏ね。うん。絶対会いに行くわ』
『うん。待ってるよ。隆景殿と仲良くね』
 そうして繁平と別れ、あゆは再び竹原に帰ることになった。 
 せっかく帰ってきた沼田をすぐに離れることは辛かったが、夏には会いに行ける
のだからと、その時交わした約束を支えにしてずっと我慢してきた
 そして、ようやく夏がやってきて、あゆは繁平に会いに行くことにした。
「夏が来たあのよ。お兄様に会いに行くの」
 しかし、隆景を含め竹原の人は難色を示した。まだ早いとか、暑くて病気になっ
たら大変だからと言って沼田に連れて行ってくれなかった。
「ヤダ、ヤダ。絶対行くの。約束したのよ!」
 大声を上げて張り叫んで、ジタバタと暴れ回って、泣いて、ようやく会いに行く
ことを許してくれた。
 兄に会いに行けることを聞いたあゆは、すぐさま機嫌を直し、沼田へ出発する日
を指折り数えて待っていた。
「そうだ。お兄様へのお土産が欲しいのよ」
 家老の南に何かないかと聞くと竹原名物の竹細工が良いと教えられた。
 木村城から少し離れた町で売っているというので、連れて行くように頼んだ。
 南は、従者に買ってこさせると言ったが盲目の繁平が気に入るものは自分しか
わからないとあゆが強く主張し、ダメなら一人で買いに行くと言って、根負けした
南が隆景には内緒と言うことで連れて行ってくれた。
  木村城に帰ってから少しも城の外に出してもらえなかったので、あゆは久しぶり
の外出を大いに楽しんだ。
 町は、なかなか賑やかであり、竹細工の店には見たことがない品物がいっぱい
並んでいた。目移りしたが、お寺に入っている者は余計な物を持ってはいけないと
あらかじめ聞かされていたので、いろいろ悩んで、教本や数珠を一緒に入れられそ
うな文箱ぐらいの大きさの竹細工の籠にした。
 ほどよく表面がボコボコしているので、目の見えない繁平でもわかりやすそう
だった。
 少し疲れたので、あゆ達は近くにあったお寺で休むことになった。
 行ったことがない寺だったので、従者から離れて境内をうろうろしていると一人
の僧侶が話しかけてきた。
『あゆ姫様でいらっしゃいますか。これを米山寺から来た者から預かりました。
お兄様からだそうで、誰もいないところで一人で読んで欲しいそうです。』
 と一通の文を渡された。兄からとあゆは素直に受け取り、誰もいないところと
言われて周囲を見渡して、見つかりづらい寺の床下に潜り込んだ。
 少し暗かったが文は読めた。そこにはかな文字で、
《隆景殿が、嫌になったら頭崎城に来て、平賀隆保を頼りなさい。彼は、あゆを
ずっと慕っていたんですよ》
 と書かれていた。
「????????」
 あゆはこれを読んできょとんとしてしまう。実は、文の練習にと、あゆ宛の繁平
からの文は、すべて男性同士でやりとりするような漢文で書かれていたからだ。
 なので、なんでかな文字なのかがわからず、そこで混乱した。
 その時、あゆを探す従者の声がしたので、あゆは急いで文をしまって床下から
這い出た。
 木村城に帰ったあゆは、買った竹籠以外に乃美宗勝が持ってきてくれた綺麗な
貝殻も持って行こうと上機嫌で兄へのお土産作りをしていた。
 そこへキリッとした表情の隆景がやってきた。
「あゆ姫、私に黙って城の外に出たそうですね」
「だって、お兄様へのお土産が欲しいかったんだもの。見て見て、素敵な竹かごな
の。こんなの作れるなんて竹原の人はすごいのよ」
 ニコニコしながら竹かごを見せてきて竹原を褒めるあゆに、みるみると雰囲気を
和らげた隆景はごほんと小さく咳をする。
「えー、お気に召したのはなにより。城を出たことはもう良いです。それで城の外
で誰かに何かもらいませんでしたか?たとえば文とか」
「知らないの。それでね、この貝もあげるの」
 この時、兄へのお土産作りで頭がいっぱいだったあゆは、本当にもらった文のこ
とをすっかり忘れていた。
 思い出したのは、次の日の朝に起きたときだ。
「お文、忘れてたの」
 その時誰にも知られてはいけないことも思いだし、咄嗟に口を両手で塞いだが、
幸い隣の布団で寝ていたはずの隆景は、とっくに起きだして姿はなかった。
 渡された時のことを守り、あゆは一人で字の練習をしたいからと部屋に一人に
してもらって、もらった文を改めて読んでみた。
「これは、お兄様からので、お兄様からのじゃないの」
 ではこれは誰からの文で、なぜあゆに宛てて出したのだろう。
 あゆはうんうんと考えるが、わけがわからない。しかし、頭崎城の平賀隆保とい
う人物には覚えがあった。
「思い出したの。前にお兄様に会いに来た、私達の親戚の人なの」
 平賀隆保は、元々は沼田小早川家の出身であゆの父・正平の従兄弟に当たる。
 正平の父であゆの祖父興平の代の時に尼子に下り、大内川の正平に父親を殺され
た後人質として山口に送られたらしい。そのあと、なぜか大内義隆の手で平賀氏を
継ぐことになり、平賀隆保と名乗った。
 彼が高山城に来たのは、平賀氏を継いですぐのことだった。
 あゆは直接は会わせてもらえず、武者隠れから様子を見ていた。
 平賀隆保は、隆景とよく似た年頃の青年であり、線が細く、なんだかなよなよ
していて、人を見下し、やたら大内義隆の名前を口にする人だった。
 繁平に向かって、『繁平殿も山口に行かれるといい。あなたなら大内義隆様も
お気に召し、可愛がっていただけますよ』と言って、田坂の爺だけでなく椋梨も
無礼だと怒っていた。
 あゆもなんだか兄がいじめられているような気がして、平賀隆保が帰った後、
武者隠しから出て繁平に抱きつき、大丈夫?と尋ねた。
『大丈夫だよ、僕は気にしていない』
 繁平は、よしよしとあゆの頭を優しく撫でてくれた。
『平賀隆保殿はね、かわいそうな人なんだよ。大内義隆様しか頼れる者がないんだ。
そうしなければいけなかった。そして、彼をそうさせたのは父上達だ。だから、
彼に怒ってはいけないよ』
 あゆには事情がよくわからなかったが、繁平の言葉に、田坂の爺や椋梨がなにか
申し訳ないような、しょうがなかったと言いたげな顔をしていたのを覚えている。
「そうよ。それで竹原に来る前に、平賀殿から頭崎城に遊びに来てってお文が来た
のだったわ」
 平賀隆保との音信は、彼が高山城に来たとき以来だったので、あゆはなぜそんな
文が来たのかわからなかったが、遊びに来いというのを断る理由もなかったので、
兄や田坂の爺達に遊びに行っても良いかと聞いたのだ。
 そうしたらなぜか椋梨が慌てだして、いつのまにか頭崎城ではなく竹原の木村城
に行くことになった。そして気がついたらあゆは、隆景の妻になっていたのだ。
「平賀殿は、そんなに私にお城に遊びに来て欲しかったのかしら」
 でも、なぜなんだろう。平賀隆保とあゆは、直接顔を合わせたことは一度も無い。
 文には、平賀殿はあゆを慕っていたと書いてあるが、慕うってなに?とあゆは
思っていた。
 
 ぜんぜんわからなくて頭が痛くなってきたあゆは、外に散歩に行くことにした。
 とはいえ自由だった沼田とは違い、すぐ後ろを侍女が付いてくるし、城の中を
好き勝手に歩くことは出来ない。でも、歩くことを許された場所にはあちこちに
花が植えられていてつまらなくはなかった。
 ぽてぽてと庭を歩いていると城に仕える下女達の声が聞こえてきた。
「見て。これあの方からいただいたの」
「わぁ、よかったね」
「やっぱり、あの方はあんたを慕ってたのね」
(慕う・・・・っ)
 その言葉に反応して、あゆが声がした方へ行ってみると井戸の傍で、一人の下女
が串を見せて、ほかの二人がうらやましがっていた。
「ねぇねぇ、そこの者。ちょっと教えて欲しいのよ」
「こ、これはあゆ姫様」
 突然の小さな姫の登場に下女達は慌てて、その場にひれ伏した。
「さっき、そなた達は慕うと申しておったけど、慕うとは物をくれた者のことを
いうのか?」
 あゆ姫の質問に下女達は意味がわからず、顔を見合わせる。
「櫛を持つ者よ、そなたはなぜ、櫛をくれた者が自分を慕っていると言うの?」
「櫛・・・ですか、ああ、これは、その・・・」
 櫛を自慢していた下女は、ぽっとを頬を染めて恥ずかしそうにしながら教えてく
れる。
「この櫛は、私が片思いをしている方がくださったのです。だからその人も私の
ことを慕っていると」
「片思い?」
「自分はその人のことが好きと言うことですよ。お姫様。そして慕うとは、相手も
自分のことが好きということ」
「つまり、好き同士、両思いって事よね」
 櫛を持つ下女をうらやましがっていた二人がキャッキャしながら言い合うが、
あゆは目を真ん丸にする、
「慕っているとは、相手が好きということの?会ったこともないのに?」
「会ったことがない相手を好きになることもありますよ。噂でかっこいいとか、
性格が良いとか、お金持ちとか聞きますと気になったりしますもの」
「あるある。それで実際にあってその通りだったり、そうじゃなかったりいろいろ
よね」
 下女達の話すことは、いままであゆが聞いたことがないことばかりで驚きだ。
(会ったこともない人を好きになることがあるの?)
 ポカ~ンとしているとあゆの後を付いてきた侍女が下女に注意する。
「あなた達、姫様に余計なことを教えないの。あゆ姫様は隆景様をお慕いしている
のですからね」
「う、うん・・・・」
 そう言いながらもあゆは、素直にそれに同意することは出来なかった。

 部屋に戻ったあゆは、床に寝っ転がって一人で悶々と考える。
(平賀殿は、私のこと好きだったの?)
 会ったこともない自分を平賀殿は、いったいどんな噂を聞いて好きになったのだ
ろう。
「・・・・なんかやだな」
 何を言われているのかわからない話を聞いて好きになるなんて恐い。
 それにあゆは、ちっとも平賀殿を慕っていない。
 親戚と言っていたけど、一度しか会いに来てないし、兄に意地悪だったし、文も
物もあゆがもらった城に遊びに来いの文以外何も送ってこない。
(隆景様は、何度も会いに来てくれるし、文もお土産もくれるし、お兄様に意地悪
をしないもの)
 平賀殿は隆景と同じくらいの大人の人だったけど、隆景と全然違う。
 あゆは、隠していた文を取り出し、もう一度よく読んでみた。
 明らかに兄からではない、誰かからの手紙。
 この文を出した人物は、なにゆえにあゆにこんな内容の文を出したのだろう。
(これ、どうしよう。隆景様に見せたら良いのかな。私が文をもらってないか聞い
てたし)
 でもそうしてはいけない気がして、あゆは悩む。
「そうだ。お兄様にお見せしよう。そうしたら、あっ」
 急に文が上に強く引っ張られて取り上げられる。
 誰?と思って後ろに振り向くと、隆景がいつの間にかそこに立っていた。
「隆景様、それ・・・」
 文のことを言おうとしてあゆはビクッと震える。
 隆景は、あゆが見たことがない顔をして文を読んでいた。
  その顔は明らかに怒っていた。
「繁平殿、よくもこんな・・・」
「違うの、それはお兄様からのお文じゃないの!!」 
 あゆは、必死にそれは兄が書いた文ではないと伝えた。
「お兄様は、私にかな文字のお文は出さないの、男の人に書くのと同じ漢文なの」
「なら、なぜすぐに言わなかったんです」
 明らかに怒りをにじませた隆景の声にあゆは怯える。
「だって、忘れてたし。よくわからなかったの。平賀殿が私のこと好きなんて知ら
なかったの」
「あゆ姫!あなたは大内義隆に尻を差し出してた男が好きと言うんですか!?」
 隆景の言っていることがあゆ姫には理解できなかったが、初めて聞く男の人の
怒鳴り声に身体が萎縮してしまう。
「隆景様、いったい何事ですか?」
「姫様!?」
 隆景の怒鳴り声を聞いた家老の南とあゆ姫の乳母が、急ぎ駆けつける。
「・・・・・・っ」
 隆景は怒りをこらえるように強く文を握りつぶして命じる。
「南、あゆ姫の米山寺行きは中止だ。事が済むまで姫を絶対に城から出すな!!」
「はっ?ははっ」
「なんで!?そんなのイヤなの!!」
 家老の南は、成り行きが理解できないがとりあえず隆景の命令に従うが、あゆは
兄に会えなくなるのを嫌がり、隆景に追いすがる。
「待って、隆景様!」
 あゆ姫が触れようとした手を隆景は手で払いのけた。
「痛っ」
 大人の、しかも武将の手で払いのけられ、あゆ姫の白く小さな手は真っ赤に腫れ
上がる。
「隆景様!まだ、小さい姫様になんと言うことを!!」
 乳母が抗議すると隆景は苦み潰した顔をして、部屋から去って行った。
「姫様、いまお手当を」
「・・・・ふぇ。ふぇ~~~ん!!」
 あゆ姫は、その場で床に伏して泣き崩れた。
 その日からあゆは部屋から出ることはなく、隆景があゆに会いに来ることはなく
なった。

***********


  大内義隆の突然の死で混乱しているところを攻撃された頭崎城は、城主の平賀隆
保が城内家中の信望をあまり得られていなかったこともあり、あっという間に陥落
した。
(なんでこんなことに・・・!)
 平賀隆保は、わずかな供回りと共に直前で脱出に成功し、槌山城を目指していた。
 こんなはずじゃなかった。
 宗家の寝返りにより父共々針の筵のような生活を強いられ、挙げ句の果てに父を
宗家に殺されて、あんな男に差し出された。
(けれど、義隆様は私に約束してくださった。小早川よりも大きな城をやると)
 隆保を気に入った大内義隆は、約束通り隆保を平賀氏の当主にして、高山城より
も大きな頭崎城をくれた。平賀の家中の者達は自分を疎ましく思っていたが大内義
隆の後見がある限り刃向かうことはしなかった。いずれは自分の意のままになる者
達ですべてを固めて、小早川よりも大きな家にするはずだったのに。
 なのに、あれほど強大であったはず大内義隆は消え、大きな城はあっという間に
落ちた。
(なぜだ。これでは、いったいなんのために、私は大内義隆様に尻を差し出したの
だ!?)
 拒否する選択肢はなく、心で悲鳴を上げながら小さな身体であの巨体を何度も
受け入れた。何も持たない自分が生きるために、陶晴賢のように、あの男が与えて
くれる地位や城を手に入れるために。
「いやだ、まだだ、まだ終われない!!あのめくらに負けてたまるか!!」
 隆保は、必死に馬を走らせ、大内義隆を支持する者達が集う槌山城に駆け込んだ。



 標高260メートルの山頂に築かれた槌山城は、山が険しく道が細いためかなり
の堅城を誇っていた。
 しかし、毛利軍は4,000もの将兵を集って勇猛果敢に責め立て、策を弄し
城兵をおびき寄せ、確実に城内に迫っていた。
「ここももうダメだ。逃げよう」
「逃げることなど出来ん。わしはここで自害する」
 逃げる者、自害する者でごった返す城内で、平賀隆保は格子越しに絶望の眼で
毛利軍の中に混じってはためく軍旗を見下ろした。
「小早川軍・・・」
 父と同じように、かつての一族が自分を殺しに来ている。
「なぜだ、どうして・・・繁平は守られてるのに」
 自分を捕らえ大内義隆に差し出した小早川正平が死に、その跡を継いだ息子は
幼少でさらに盲目だと教えてくれたのは大内義隆だった。
『めくらの子供に三原の要害を持つ小早川は任せられん。待っておれ、いずれ必ず
そなたを小早川に返してやろう』
 そう、夜の寝床でいつも囁いてくれた。
 けれど、小早川の年寄りどもは、繁平の代わりに隆保が当主になることを拒んだ。
 それどころか全く赤の他人の竹原小早川の当主に宗家を継がせようとした。
 大内義隆でさえ、鎌倉以来の名門に罪なくして当主交代を強要することは出来ず、
無駄に年月が流れたあげく、隆保は平賀氏を与えられた。
 腹が立ってしかたがなかった。いったい自分の何がめくらの子供に劣るのだろう
と。だから、平賀氏を継いですぐ繁平に会いに行った。
『よくぞ来られました。平賀殿』
 繁平は、ただ見ただけでは、噂通りの盲目の幼い少年だった。こんな子供の両脇
には、しっかりと幼い主君を守ろうとする者達が張り付いてた。
 半分腹ただしく、半分がっかりした気持ちでいろいろ話をした。
 繁平はただこちらの話を聞き、時折関心を持っていそうな口ぶりだった。山口で
はまともに話をする者がいなかったから、つい調子に乗っていた気がする。
 それがいけなかった。
 ふいに、繁平が口を開いた。
『あなたはようやく解放されたんですね。どうか家臣になった者達を大切になさっ
てください』
 一瞬何を言われたのかわからなかった。
 けれど、理解した瞬間、恥ずかしさと怒りで全身の血が煮えたぎった。
 自分は何も言ったつもりはない。いや、絶対に言っていない。
 なのに、繁平はわかっていたのだ。
 自分があの男に何をされていたのか、どうやって平賀の当主の座を手に入れたの
か、すべて知っていたのだ。
 これほどの屈辱はなかった。  
 絶対に、繁平の大切なものをすべて奪ってやろうと決めた。
 いろいろ周囲を探って、繁平がもっとも大切にしている者が自身の妹だと知った。
 さらに、妹の婿に家督を譲るつもりであることを。
 だから、妹を頭崎城に呼び寄せようとしたのに、妹はあの幼さで嫁に行ってしま
い、繁平はさっさと当主の座を譲って、出家してしまった。
 繁平の去った小早川家では、繁平続投を要望する者が相次ぎ、とうの繁平は、
小早川家と毛利家の庇護を受け、一生の安泰を約束されたという。
 あれほどの敗北感はなかった。
 なぜ、繁平だけは家族にも家臣にも慕われ、あんなにも守られるのか。
 せめて波紋を呼ぶ一滴をもたらしたいと、繁平の名で自分を頼れと妹をそそのか
す文を出した。
 しかし、すべては徒労に終わった。
「なぜ・・・」
 槌山城まで付いてきたわずかな供回りも去った。
 もう、自分には誰もいない。
  隆保は、その場に膝から崩れ落ちた。

「なんだ。まだ生きていたのか」

 冷たい声と共に複数の足音が隆保を囲む。
 咄嗟に顔を上げて、相手の顔を見た瞬間、腰が抜けた。
「小早川隆景・・・・!」
 小早川家の血を引かぬ男でありながら、小早川家の当主となり、小早川家の家紋
と甲冑を身にまとい、小早川の旗を背負う家臣達を引き連れている。
 父が死んだときと同じ光景だ。
「よくも手間を駈けさせてくれたな。頭崎城でさっさと死んでくれていたら、こん
なところまで追いかけずにすんだものを」
「は・・・はは・・・・なら、ざまぁみろ、だ」
 隆保は、狂った笑い声を上げて顔を狂気で歪ませる。
「ここに来るまでにどれだけの家臣にケガを負わせた?どれだけ死なせた!?赤の
他人のために、小早川の者達が可哀想だそうだ」
「・・・・・」
「繁平は大馬鹿者よ。私に当主の座を譲り渡しておけばこんなことには」
「なったさ。だから、繁平殿は、私に小早川とあゆ姫を託したんだ」
 冷たい視線と声で隆景は、隆保を見下しながら手にしていた刀の切っ先をその
喉元に突きつける。
「盲目と言うだけで繁平殿を見下す愚かな男よ。お前は、己のなすべき事を悟り、
なし、守るべき者を守り、そのために流された血をすべて背負ったあの方の足下に
すら及ばない。私に斬られる価値すらない」
 隆景は刀を降ろし、鞘に収めると、腰に差していた短刀を手にして、隆保に投げ
て渡す。
「自害しろ。介錯ぐらいはしてやる」
 こんな時、気骨ある男や狂気の沙汰の男は、渡された短刀で相手に一撃を加えよ
うとするだろう。
 けれど、山口という華やかで雅な生活に長年身を浸し、大内義隆に身を差し出し
ながら犯行という牙を抜かれていった男にそんな気概はない。
 けれど、
「ねぇ、隆景殿」  
 隆保は、渡された短刀を抜き、切っ先を自分の腹に向けながら告げた。
「私があゆ姫を慕っていたというのは本当なんですよ」
 そして、腹に短刀を突き刺す。
 その瞬間、隆景は抜刀し、見事な一刀で隆保の首を切断した。
「隆景様、介錯なら私が」
 従者の一言で隆景は我に返った。
「かまわん。つまらぬ者を斬った。後は任す」
 隆景は刀を鞘に収めると、絶命した隆保に背を向けた。


 槌山城は、城主の他に逃げ込んだ平賀隆保も死に、毛利軍の手により落城した。
 毛利本陣では、平賀家の先代当主平賀隆宗の弟・平賀広相が、大将である毛利
元就と毛利隆元に向かって頭を下げていた。
「ありがとうございました。これで、我ら平賀家は本来の家に戻れまする」
 先代亡き後血筋から言えば広相が当主になるはずが、大内義隆の横やりで平賀隆
保が当主となっていた。この状況からの脱却の機会をずっとうかがっていた平賀
広相ほか平賀家の者は、ついに当主の座を奪還したのだ。
「このご恩は末代まで忘れません。我ら平賀家は、いかなる時も毛利家の助けに
なることをお約束いたしまする」
「うむ、うれしいぞ。平賀殿」
「では、起請文を交わすのは後日にしまして、後はよろしくお願いします。父上」
 ずっとそわそわしていた隆元は、広相の挨拶が終わるなり立ち上がる。
「おい、隆元。毛利軍の大将がそんなせわしなくてどうする」
「申し訳ございません。家庭の危機ですので」 
 いつもなら何事も優先する父親を振り切ってまで急ぎ足で本陣を出た隆元は、
槌山城から帰ってきた隆景に遭遇する。
「隆元兄上、もうお帰りですか?」
「すまない、隆景。此度の戦は、平賀家を味方につけるためにやむを得ず、非常に
不本意ながら陶晴賢の味方として戦ったからな。一刻も早く帰って、あややに土下
座して謝らないと、あややに出て行かれる!!」
 うっかりその場面を想像したらしく、隆元は真っ青になってあああ、どうしよう
どうしよう、絶対イヤだ~~!と身もだえる。
「出て行くって、もう大内家はないですし、内藤家はどうなっているか不明ですよ」
 行く所なんてどこにもないのだからと隆景は、隆元を諫めるが。
「尼寺に行かれたらどうするんだ。いや、あややほどの才能ある美女なら受け入れ
る家なんていくらでもある。ももももしそこで他の男を選んだら、だだだだダメだ、
やっと結婚できたのに!可愛い姫もいるのに!!あやや、ごめ~~~ん!!!」
 謝るから、許してくれ~~!!と隆元は泣きながら用意された馬に飛び乗り、
一路吉田郡山城に向かって走り去っていった。
「惚れてるなぁ、兄上」 
 女性に対し堅物で、女性より父親と毛利家が大事だった兄を大内の姫は、あそこ
まで変えた。とても賢い女性なので、滅んだ大内のために毛利を利用することは
ないだろうが、女性とはなんと恐ろしいのだろう。
「まっ、私は違いますけどね」
 父に報告に行こうと陣幕に入ろうとしたところで、同じく戦場から帰ってきた
吉川元春が話しかけてきた。
「よぉ、兄貴の奴、慌てて帰って行きやがったな。お前の策が功を奏したわけだ」
「はっ?私の策って何がですが?」
「何言ってるんだよ。お前が俺にたきつけたんじゃねぇか。兄貴は持久戦をするつ
もりだったのに、それじゃ包囲に何日もかかって、兄貴の家庭が危機に陥るから
それを回避して、なおかつ吉川の功を立てるためにも俺に命令を無視しても突撃し
ろって」
「ああ・・・・そうでしたね」
 槌山城は堅城だが城兵は少ない。一方こちらは4,000もの軍勢だ。籠城して
も味方の救援は見込めず、毛利側の損害を抑えるために隆元は当初持久戦のつもり
だった。それを吉川元春が命令を無視して城に突撃、それに他の兵もあおられ、
隆元もやむを得ず突撃を命じたのだ。
「結構きつかったが、おかげで戦功は誇れるし、陶の義兄貴(あにき)も満足す
るだろ」
 実は、元春は陶晴賢と義兄弟の契りを結んでいた。互いに相手の勇猛なところが
気に入ったらしい。 
「けど、驚いたぜ。お前が城内に突撃するなんて。今まで策の献上はするが、いざ
戦闘になると後方に控えてたろ。意外に血の気の多い奴だったんだな」
「べつに、小早川のためにしただけです。僕らも戦功を立てなくてはなりませんか
らね。ほら、父上に報告に行きますよ」
 すました顔で陣幕の内に入る隆景の後を元春はニヤニヤしながら続いた。
「よくやったな、元春、隆景。これで我らを脅かす者が減り、平賀が味方に付いた」
 元就は、上機嫌で息子達を迎える。
「そして隆景よ、これでお前の地位を狙う者はいなくなったわけだ。よりいっそう
小早川の当主として気を引き締めねばならんぞ」
「はい。父上」
 隆景は素直に返事をした。
 平賀隆保は、平賀広相との約定の他に小早川宗家の血を引くが故に、毛利にとっ
て消えてもらわなければならなかった。
 それが叶った今、小早川のすべては隆景の物だ。
(これで、あゆ姫の帰る場所はなくなった)
 あの小さな姫を奪おうとする者は、もういない。
「元春もだ。大内義隆様が突如消えた今、大内領内は混乱の極みとなろう。我らは
気を引き締め、息を潜め、事の成り行きを見定めねばならん」
「おう。それにしてもあの大内の大殿がね。平家物語もビックリだぜ。いずれ太平
記みたいになっちまうのかね」
 毛利家中随一の武将ながら文学にも親しむ元春は、特に太平記を愛好していた。
 大内家は南北朝の争いの頃より中国地方を支配し、山口は西の京として栄華を
誇っていた。それが一瞬で灰燼と化した。
「まこと、五里霧中の世の中よ。なればこそ身近な絆。家族の仲が大事なのだ。
二人共も他家を継いだ身だとしても兄の隆元をよく支えるのだぞ」
 元就の言葉に二人は頷く。
「もちろん、家族の最小単位は夫婦だ。夫婦仲良くな。特に隆景」
 元就は、困った息子を見るような目を隆景に向ける。
「妻とは言え、幼い姫を相手に大人げない振る舞いをするでないぞ」
 父の指摘に隆景はぐっと喉の奥を鳴らず。
 隆景とあゆの間に起こった喧噪は、元就の耳にも届いていたらしい。
「なんだよ隆景、お前、姫さん相手になにかしたのか?相手はまだ子供なんだろ」
 元春は何も知らないが、弟が何かしでかしたことは察して呆れた声を出す。
「こちらの都合で急いでお前に娶せたからな。姫にはすまぬ事をしたと思うておる」
 時に血も涙もないと言われる元就にも憐憫の情はあったらしい。
「姫は事情を何も知らぬのだ。繁平殿は、姫の安泰を条件にこちらに協力してくれ
たのだぞ。なのに、その姫に何かあれば申し訳が立たぬではないか」
「それは・・・・・わかっています」
 小早川家の統一に加え、井上一族の誅伐と吉川興経の謀殺を行えたのも繁平が
妹の婿に家督を譲るつもりでいるという噂を流したからだ。
 これを双方が聞きつけ、井上一族は一族からあゆ姫に年相応の男子を、吉川興経
は、あゆ姫と歳が釣り合う自身の息子を婿にしようとした。
 そして、毛利はそれを家の危機の原因として、彼らを排除できた。
 誰かを排除するにはそれなりの理由がいる。繁平はその理由を作ってくれたのだ。
「わかっておるのなら、ちゃんと優しくせい」
「はい・・・・」
 隆景は先ほどまでの自信のある態度を喪い、父に叱られる息子として神妙な態度
を取った。



 小早川軍は、無事勝利の凱旋を果たした。
「お帰りなさいませ、隆景様」
「おかえりなさいませ」
 木村城に帰ると家老の南を始めとする留守の者が出迎えてくれたが、その中に
あゆ姫の姿はない。
「あゆ姫は?」
「いまだ、お部屋に閉じこもっておられます」
「そうか。・・・・・・着替えたら会いに行くので、伝えておいてくれ」
 隆景の言葉に、家老の南は「直ちに」とうれし驚きの態度であゆに伝えに向かっ
た。
 着替えを終えて、あゆ姫の部屋に向かう。
 気を使ったのか、部屋の周囲に人気は少ない。
 部屋に入る前に一呼吸置いてからあゆ姫の部屋のふすまに手をかける。
「あゆ姫、入りますよ」
 すっと滑りよくふすまがあくと部屋の奥で、あゆ姫がこちらに背を向けて座り
込んでいた。少し見ない間に大きくなった気がする。
「頭崎城の平賀隆保が死にました。これで高山城は安全になりましたので、来月に
はそちらに移ります。準備をしておいてください」
 そう伝えるとあゆが反応を示して、こちらを振り向く。
「沼田に帰れるの?」
「ええ。向こうの方が宗家ですし、いろいろ便利ですからね。木村城は破却し、
竹原は手嶋に任せます」
「・・・・わかった」
 あゆはこくんと頷く。
「それと少しは外に出なさい。ずっと部屋に閉じこもっていると病気になりますよ」
 それだけ伝えて、隆景は出て行こうとする。
「隆景様」
 あゆ姫は立ち上がり、隆景に向かい合う。
「私ね、平賀隆保殿には、一度もちゃんとお会いしたことはないの。お慕いはして
いないの」
 そう告げるあゆは、嘘をついていない顔をしていた。
「そう、ですか」
 ふいに隆景の口元がうれしさで緩む。

「でね、隆景様もね、もう、お慕いはしてないの」

 涙に濡れた、鎌倉以来の名門の血を引く気高さを携えた姫の瞳は、まっすぐに
隆景を見上げていた。
「・・・・・・・・・」
 隆景は、
「・・・・・・・・そうですか」
 こみ上げてくる怒りを隆景は必死に抑えながらそれだけを口にして、荒い足取り
であゆの部屋から出て行った。


***********


 山口では、謀反を起こした陶晴賢が、続々ともたらされる報告を聞いていた。
「槌山城が落ちました。多数討ち死に、城番を含め平賀隆保らは自害し、他の者達
は毛利勢に降伏しました」
「そうか。毛利勢は良くやってくれた」
 報告を聞き終えた陶晴賢は、しばらく一人になりたいと人払いをする。
「これで、義隆様の他の寵童はみんな消えた」
 そうつぶやいた陶晴賢の口元が面白おかしいように、泣きたそうに、歪む。
「バカだな。今更消したところで、義隆様はもういないのに」
 もういない。自分の所へは戻ってこない。自分が追い詰めて殺したから。
「私は、あの女のように共には滅べない。腐り落ちてゆく義隆様を見たくない」
 だから、まだ腐り行く前に死なせたかった。この手で。
 そうすれば、我が主君は、
 初めて出会ったときからこの身と心のすべてを捧げてきた愛おしい人は、
 晴賢を見て、晴賢を恨み、
 最後の瞬間まで心に、晴賢の存在を刻みつけてくれるから。
 これほど喜ばしいことはない。
「望みは果たした。早く会いに来い、あやや」
 男とも女とも性愛でしか愛情を結べなかった大内義隆が、唯一娘として愛し、
父として愛された存在。
 彼女は、きっと復讐しに来るだろう。
 自分自身でなくても自分をあがめ奉る男を使って。
「待っている」
 その日まで、あの人がいない世の中を生きていく。
 空っぽになったこの身体に偽物を詰め込んで、あの人が築いたすべてを壊しなが
ら。





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