私の生まれ育った国は、海の傍。
西の京と謳われし、遙かな都・山口よ。
大内の栄華に包まれたる西の都で、私は彼の人に出会い、ただ一度の恋をして、
あの方々に仕え、生涯の忠誠を誓った。
我が主は、大内ご夫妻。
我が養父は、大内義隆様。
我が養母は、万里小路貞子様。
お二人とずっとお仕えしていったかった。
お二人とずっとずっと一緒に居たかった。
なれど、
貞子様は、東の荒れ果てたる京の都へ。
義隆様は、浄土の彼方へと旅立たれた。
残された私は一人、山の中。
ここはお二人の居る場所から遙かに遠い。
***********
ふと目を覚ますとあややは、見知らぬ部屋に寝かされていた。
「ここは・・・・?」
その時、部屋のふすまが開いて小さな少女が入ってきた。
「尾崎のお姉様、目を覚ましたの!?」
少女はあややと目が合うなり、うれしそうに駆け寄ってきた。
「あゆ・・・ひめ?」
「ここは太郎丸にある小早川のお屋敷なのよ。ちょっと待ってね。あや、来てー、
お姉様目覚めたー!!」
そう言いながら駈けていったあゆ姫を背中を見送りながら、あややは、
「そう・・・・全部終わったのね」
そうつぶやいた。
あゆ姫に呼ばれて、あやや付きの侍女・あやは、すぐにやってきて白湯を飲ませ
てくれた。
「ご気分はいかがですか?」
「いいわ。なにもかもがどうでも良くなって、清々しいほどよ」
「あやや様」
憑き物が落ちたように何もかもすっきりと、悟りきった顔をするあややを、あや
は痛々しそうに見る。
「お前がここにいると言うことは、何もかもが知られてしまったという事ね。私へ
の処分は?もう決まって」
隆元は、あややの不必要な外出を禁じていた。
それに逆らい、毛利に嫁いだ身でありながら周囲に黙って城を出て、実の弟を
殺そうとしたのだ。
そして、それを隆元に見られてしまった。
当主の命に逆らって、あんな場面を見られて、ただですむはずがない。
「どこぞの山奥の尼寺にでも軟禁されるのかしら。それなら離縁して山口に送り
返してくれるとありがたいのだけど。私にはもう何もないし、毛利の今後を考えた
ら、どこぞの有力な国人の娘を改めて妻に迎えた方がいいでしょう」
「いえ、なんの処分も下されておりません。隆元様は心身を労るようにとだけ。
小早川のお方様からは、好きなだけ屋敷に居ていいと伺っております」
あやの言葉に、あややは耳を疑う。
「そんな馬鹿な。なぜ、なにもしないの。まさか、あなたたちが代わりに厳罰を
受けたのではないでしょうね。盛詮はどうしたの?」
「兄は下におります。お方様を襲った賊にやられたので合わせる顔がないと」
「賊ですって!?」
「実は、郡山城には気づいた毛利氏でさえ気づかない間道があったのでございます」
あやが言うに、間道を上がって賊は、仏堂で供養に励んでいた尾崎局をさらい、
あの廃寺まで運んだという。それに気づいたのがあやで、あやは他に間者がいない
か見定めるため仏堂の見張りを続け、盛詮は毛利家をはばかり、騒ぎにならないよ
うあやの知らせで密かに賊を追ったという。
「隆元様に知られたのは、お方様をさらう賊を目撃したあゆ姫さまのせいです」
あゆ姫は、尾崎局をさらって間道を通る賊の存在に気づき、尾崎局を助けるため
にひとりその間道を通って郡山城を出て、廃寺まで追いかけたという。
小早川の姫がいないと言うことで城は大騒ぎになり、それにより尾崎局の誘拐も
発覚したという。
「残念ながら賊は取り逃がしましたが、あやや様とあゆ姫様がご無事で何よりと」
「そんな馬鹿な。わたしは、盛詮に連れられて」
「賊に、さらわれたのでございます」
そういうことにしてくださいませと目で訴えるあやに、あややはせっかくの晴れ
晴れした気分がまた塞ぎ込む。
「あゆ姫まで巻き込んで、私はなんと言うことを」
「そんなことないよ」
そう言いながら、あゆが部屋に入ってきた。
「むしろ、そうしてもらわないと困るのよ~~、誰にも何も言わずにお城を出ちゃ
んだもの。間道だって、本当は見つけたの私だもん。怒られるのやだし、小早川と
毛利の同盟が大変なことになっちゃうのよ」
え~んと鳴き真似をするあゆ姫に、あややは心の底から申し訳なく思う。
「ほんとうにごめんなさい。私が決断できなかったばかりに」
「ううん。いいのよ。じゃあ、そういうことでお願いしますの」
先ほどの態度をコロッとさせ、あゆはてへっと笑う。
「私はこれから毎日郡山城とここを往復するから、なにか持ってきてほしいものと
かあったら遠慮無く言って欲しいの」
「そんな。これ以上迷惑はかけられないわ。私は城に戻ります。いえ、むしろこの
まま尼寺に行って」
思考が暗くなってゆくあややに、あゆはアワワとする。
「気にしてなくていいのよぉ。小早川の屋敷のお客様のお世話をするのは、小早川
の姫の務めだもの。それに言ったでしょ、私はお姉様の味方だって」
「・・・・・・どうしてそこまで私の味方をしてくれるの?私達は、毛利と小早川
の家に属する者。家が敵対すれば敵同士になる身。だから私達のような者に友は
いないわ」
あややの質問にあゆは、
「え~、でもいま毛利と小早川は同盟を結んでるでしょ。表が仲良くすれば奥も
仲良くするのよ。それに、隆景様のお兄様が、隆元お兄様で、その奥方がお姉様。
私達は義理の姉妹なの」
と特に葛藤なしに答え、さらに、
「なにより、私は尾崎のお姉様が大好きだから、なのよ!!」
と、なんの迷いもない明るい笑顔でそう言い切った。
「・・・・ごめんなさい。馬鹿な質問をしたわ」
あややはまた涙を流す。
しかし、その涙は哀しみのものではなかった。
***********
あゆは宣言したとおり、翌日から郡山城と小早川の屋敷を往復を開始した。
「おはようございますなの。尾崎のお姉様。ご気分はいかかですか?」
あゆが来ると、あややは布団から起き上がる。
「おはよう、あゆ姫。今日もありがとう」
「幸鶴丸様とうらら姫様もお元気なの。これ、うらら姫様からお預かりしましたの」
と、一枚の紙をあややに渡す。そこにはかろうじて読める程度に、「かもじへ」と
いう文字とともに女の人の絵が描かれていた。
「なんて上手なの。これをうららが?」
「そうなの。「おかあしゃまにはやくおげんきになってほしいの」って」
うらら姫の口まねをするあゆを見て、あややの口元に笑みがこぼれる。
「奥向きは中の丸が見ててくれるから大丈夫なの。中の丸も養生なさってくださ
いって」
「そう。中の丸が居るなら大丈夫ね」
「でもでも、お姉様が居ないとなにか違うのよ。なにかキラキラしてないっていう
か、侍女達もきびきびしてないの」
「そう・・・」
「あっ、あと中の丸からお姉様宛の荷物を預かってきたから、侍女のあやに渡して
おくの」
そう告げて、あゆは一旦あややの側を離れた。
「あや、お姉様の荷物を確認してくれた?」
控えのまで、風呂敷をほどいているあやにあゆは話しかける。
「はい。あやや様のご入り用のものはすべてそろっております」
「風呂敷包みがすごく大きいからビックリしたのよ。」
「大内家から来られた尊い身の上の御方ですからね。身の回りにもいろいろ
ご入り用なのですよ」
「そっか。足りない物があったら持ってくるから言って欲しいの」
「あゆ姫様。ありがとうございます」
深々とお礼をする綾に小さく手を振って、あゆは屋敷の外に出た。
外の馬屋では景信とあややのお付きの永富盛詮が何やら話をしていたが、あゆの
姿を見ると盛詮はどこかへと行ってしまう。
「景信、ご苦労様なのよ。皆は?」
「周辺の見回りに行ってます。なにせ、賊が現れた地域ですから」
「だからって、あんなにたくさんの護衛をつけられても困るのよ」
「我慢してください。毛利家の一大事だったんですよ。あの沈着冷静な父上が終始、
うろたえまくりだったんですから」
事が露見した発端は、景信の父・桂元澄があゆに挨拶しようとやってきたこと
だった。
行く当ての少ない四男坊がせっかく小早川に仕官できたというのに、多忙ゆえに
ずっと挨拶できないで居たことが気がかりだった元澄は、時間が出来たことで、
前触れなしで失礼とは思ったもの中の丸に仲介を依頼し、あゆの部屋を尋ねてきた
のである。
しかし、部屋の前で見張りをしているはずの息子の姿はなく、部屋の戸を叩いて
の返事がないしなにより人の気配が無い。まさかと中の丸と二人あゆ姫の部屋に
入ったところ誰も居ないことに気づいたのである。
最初は手洗いか散歩と思ったが、侍女や見張りの者に尋ねても姿を見ていないと
いうのでこれは失踪と言うことになり、城中が大騒ぎ。
話を聞いた元就から城の隅々まで探すように命が下ったため、普段なら近づいて
はならない尾崎局の仏堂も捜索の対象となったところ、尾崎局の失踪も明らかに
なったのである。
あはいから屋敷に届けられた、弥四郎の指示であゆが書いた文を見て景信が城に
上がったのは、そんなときだった。
急いで戻ってあゆが部屋に居るようなふりをするつもりが、城の者がみんな半狂
乱になっているのを見て、これはもう遅いと悟った景信は、あゆ姫とあややが
向かったという廃寺に行こうと元来た道を引き返そうとしたが、
『この馬鹿息子が!!なにやっとったんじゃ貴様!!』
運悪く父親に見つかり、付き人をしていなかったことを怒鳴られた。
『小早川の姫に何かあったらどうすんだわりゃあ!!小早川を怒らせたら毛利の
危機だぞ!!御局様もいないし、どうなっとんだわれぇ!!』
常に冷静さを保っている父親の初めて見るうろたえぶりに呑まれた景信は、つい、
『大丈夫ですって。お二人の居場所はわかってますから。今から連れ戻してきます
から』
そう言って、なんとか父親を振りほどいていこうとしたら、
『待て、景信。あややの居る場所を知っているのか!?』
よりにもよって隆元に聞かれたのである。
自分も連れて行けと主張する隆元をなんとかなだめようとした景信だったが、
普段優しい隆元のあまりの迫力と殺意ほとばしる眼光にすっかり気圧され、同行
することにしたのである。
結果的にはそれで良かったのであるが。
「表の方がどうなってるの?」
「隆元様が事態の沈静化を図ってらっしゃいます。これ以上大事に成ったら敵に隙
を突かれますからね」
陶晴賢の謀反以降、尼子のみならず、このどさくさに紛れて近隣に侵攻し領地を
拡大しようと虎視眈々と狙っている連中は多い。今回のような事件は、彼らにとっ
ては餌でしかない。
「間道も間もなくつぶされます。これでお方様も勝手に城から出ることは出来ませ
んからね!!」
間道の存在は、毛利方も本当に知らなかったらしく賊誘拐説の信憑性が増す結果
となった。元就は直ちに道を潰す工事と他に間道がないか捜索するよう命じた。
「まったく勘弁してくださいよ。勝手に城から出たあげく、よりによってあいつの
手を借りるなんて」
あいつとは、弥四郎のことである。
毛利に使えているわけでもなく、さらに井上一族の者だったので、今回の事件の賊
である嫌疑を受けたが、あゆが弥四郎は雇ったばかりの小早川の被官であると
主張し、それを押し通してかばったので、それ以上の追求はなかった。
あゆは今回のお礼として、まだ屋敷にあった干物を全部弥四郎にあげた。
弥四郎は、金の方が良かったが、干物はここでは高く売れるからとそれを受け取
り帰って行った。
『また用があれば呼んでくれ』
という言葉を残して。
「お方様、本当にあいつを雇うつもりですか。あいつは井上一族ですよ」
「小早川では、井上一族なんて関係ないもの。弥四郎はずっごく腕が立つのよ。
バババーンなんだから」
ぶんぶんと拳を振るあゆに、景信はそうですかとため息をつく。
「そんな顔しないの。同僚になるんだから仲良くなの」
「私の方が上司ですけどね」
つんとする景信だが、やがて弥四郎も奉行人となり、連名で書状を発給するなど
の付き合いにより互いに認め合う仲になるとは、この時はつゆぞ思わなかった。
「とにかく、これで体制は整ったの。尾崎のお姉様にはしばらくここでご養生して
いただいて、どうするか決めていただくの」
「まぁ、お局様には一人になる時間が必要かも知れませんね」
景信は弥四郎の話を聞いただけだけだが、あの室内の惨状を見ればあややの心情
は察せられた。
「隆元様にもお局様を頼むと言われてますし、とにかくしばらくはそっとしておき
ましょう」
「小早川の力を見せるときなの。頑張るのよ」
おーっと拳を振り上げて、やる気を見せるあゆだったが、
この体制は、三日と持たなかった。