いろいろ書き散らしてます。 なお、掲載している内容につきましては、原作者様その他関係者様には一切関係ありません
冴える月の輝く夜に
灰色の空がだんだんと濃くなり始め、鈍いねずみ色艶めいた黒に染まる時、東の空に青白い光彩を放つ丸いコップの底のような物体がぽっかりとそこに現れる。
それを見た途端、ジークフリートは忌々しげに顔をしかめた。
(チッ、今夜は満月か)
満月は月の光が最も強いときだ。月光は夜の闇を貫き、雪に反射して周囲を青白く発光する世界に変えてします。
それが、幻想的で美しいなどとほざいたり、闇が払われて夜が怖くない、安心できるなどとありがたがっている人間は多いが、それは平和で安全な場所にいてこそ言える言葉なのだ。
ジークフリートは握っている剣の刃を見た。刃には赤いものがこびりついていた。そしてそれには塩のようなものがうっすらとついている。
(もう凍り付いて来やがったか)
最悪だとジークフリートは苦みつぶす。こびりついている赤いモノは血だ。それも獣ではなく人の。
なぜそんなものがこびりついているのかというと、
ジークフリートがその剣で人を斬ったからだ。
なぜ人を斬ったのかというと、
襲われたからだ。
なぜ、襲われたかというと、
ジークフリートがアスガルドの兵士だったからだ。
そして、今ジークフリートがいるのはアスガルド国内ではなかった。
なぜ、アスガルドの兵であるジークフリートが外国の地にいるのかというと 、
アスガルドとその外国が戦争をしているからである。
この極寒の地では、水分を含んだモノは一時間せずに凍結する。それが、土の上や木の板などなら問題はないが、武器や人間や動物の皮膚につくことは大問題だ。
武器に付着した血が氷結すると必然的に武器の温度も下がる。凍り付いたモノは固いが強い衝撃に脆くなりやすいという矛盾を持つ。
生き物の皮膚に付着することは凍傷を作り、徐々に身体の体温を奪っていく。
双方とも戦場という場所では死に直結する出来事であった。
武器はすぐに取り替えなければならないが、あいにく味方の陣は遠く、適当な敵も見あたらない。
一応は使えし拳闘でも敵は十分に倒せるが、体力の足りないジークフリートが生き延びるにはまだ剣の力が必要だ。
この凍てついた剣で倒せるのはおそらく後一人か二人だ。そして、一撃で仕留めるところを狙わなくてはならない。剣撃用の長剣であるから一撃必殺はやれないことはないが条件がいる、相手に悟られずに傍まで近づくことだ。
ジークフリートがいる場所は森の中だ。
通常、森は生い茂った木々の枝のおかげで光りが届きにくく、木立の間も狭いため、姿を隠しやすい。
しかし、今いる森は、木と木の間が離れすぎていて、月光が地面にまで届き、周囲を明るくしている、
コレでは気配を消していても姿が見えてしまい意味がない
仕方なく無理せず、今夜一晩はこの森でやり過ごすとこに決めた。
夜の襲撃は非常に危険だ。狙うのに易く、守りにくい。幸いここは敵の陣が近くにない。
ジークフリートはただの一兵卒だ。
偶然近くにいた、見つかった場合を除いて、向こうからわざわざ出向いて襲撃するような相手ではない。
そう考え、ジークフリートは一晩身を潜める場所を探すことにした。もう少し奥に行けば、木々の間が狭くなり光も届きにくいだろう・・・。
パァン!
耳の奥でなにかがはじけた瞬間、ジークフリートは急いですぐ近くの木の後ろに隠れる。
ダン!と何かが木に突き刺さる音がした。 見なくても突き刺さったものが何かジークフリートにはわかった。
(見つかったか!?)
幸い身を潜めた木の幹はジークフリートが身を隠すには十分な太さがあった。 そこから放たれた方角をそっと伺い見る弓矢を構えている兵が三人ほど経っている。更にジークフリートには、その後ろにも二人ほどいるのがわかった。
(まずいな・・・)
反撃しようにも相手までの距離が長く、身を隠しつつ近づくにも木々の間が開きすぎている。奥に逃げ込もうにも同じ油に間隔が空きすぎているので、背中を見せれば狙い撃ちされる。
せめてこの光さえなければ・・・。
ジークフリートは空を見上げた。
短い間だけでいい。ここが暗闇になればこの状況から脱出することができる。
だが、月は煌々と輝き、月の周りには雲一つない。
冴え凍る月の輝きは無慈悲な死の女王ヘルの微笑みに見えた。
弓兵の後ろにいた兵が姿を現し、左右二手に分かれ、ジークフリートを取り囲むように向かってくる。
(あんたは俺を殺したいようだな)
ジークフリートは月に向かってにやりと口元を歪ませる。
一陣の風が待った。
大気がごうごうとうねり声を上げる。
森が一瞬で地上の海原とかし、波の音が絶え間なく鳴り響く。
だんだんと周囲が暗くなり始めた。
どこからか流れてきた黒い雲が月を覆い隠す。
当たりは底なしの闇となった。
「なんだ、急に!?」
「おいっ。気をつけろよ」
その瞬間、ジークフリートの身体が右へ飛んだ。
「 がっ!?」
声で絶命を確認し、ジークフリートは素早く倒した相手の剣を奪い取ると、そのまま前方へ駆け抜ける。
「に、逃がすなっ」
敵はそう叫んでいたが、追っ手が来る気配はない。
ジークフリートはそのまま走り続けた。どこへ向かっているのかわからなかった。ただ、前の障害物に当たらないように気をつけながら、ひたすらに走り抜けた。
再び風がなった。
大気が再びうねり声を上げ、森がさざ波となり雲が流れ、月が姿を現す。
月は相変わらず輝いていた。
しかし、ジークフリートにはその明るさがわからなかった。
ジークフリートが走り抜けた場所は、木々の間隔が狭く薄暗かったからだ。
ジークフリートは息を整えつつ周辺を見回す。すると、ジークフリートの両腕を広げたよりもまだ二回りほど太い幹の立派な木があった。
近くまで行って見上げてみると枝も太く人が乗っても折れなさそうだ。
ジークフリートはそこを今夜の宿に決めた。
剣を腰に差し、よじ登る。
たどり着いた枝はとても太く寝床には良さそうだ。幹に背中を預け、枝に両足を投げ出す。座り心地は悪くない。
ようやくひと心地がつけたような気がして、少し安心した。
ふと、上を見上げると枝と枝の間から月が見えた。
不思議なことに、その月の微笑みは慈悲めいているような気がした。
「・・・・・・助けてくれたのか?」
ジークフリートはそう語りかけたが、月はただ微笑むばかりであった。
それから一〇数年・・・・。
ジークフリートは酒瓶を一つ抱えて、ワルハラ宮で最も高い塔の屋根に登る。
「今夜もいい満月だ」
ジークフリートは一人そうつぶやきながら月を眺めつつ酒分瓶あける。
あの日以来、ジークフリートは月に惹かれるようになった。
月の光を好み、満月の夜にはこうして誰も来ない最も月に近い場所でこうして一人月見をして過ごす。
月はあの日以来少しも変わらず、青白く輝き、微笑み続ける。
ジークフリートはその場に寝転び、冴え凍る月に手を伸ばす。
「こい、月よ・・・・・」
それは恋人に話しかけているようであった。