1人の男を4体のドラゴンが取り囲んでいた。
『一緒に行きたい』
『あなたは我が牙をふるうにふさわしい』
『俺の翼で一緒に飛ぼうぜ』
『君といれば、飢えることはなようですね』
口々に叫ぶドラゴンたちに男は、うれしそうな顔をする。
『そうか。一緒に来てくれるのか』
でもなぁと男はちょっと困ったような顔をした。
『どうしたの?』
赤いドラゴンが首をかしげる。
『その姿のままじゃなぁ』
みんな見慣れてないし・・・という男の心情を牙を持つドラゴンが察した。
『なるほど。あなたの言いたいことはわかった。では、人が見ても安心する姿となろう』
『って、どうすんだよ。鳥にでもなるのか?』
エメラルドの翼を持つドラゴンに、触手を持つ紫のドラゴンが突っ込みを入れる。
『そんなまどろっこしいことをせず、そのまま人間になればいいんですよ』
『なるほど・・・』
ドラゴンたちはみなそれに賛同すると、力を使った。
光に包まれたドラゴンたちはみるみる小さくなり、光が去ると5歳くらいの人間の
男の子が4人いた。
『・・・・・・もう少し大きくなれなかったのか?』
『なに?巨大化しろってこと?』
『そうじゃなくて、もう少し年長になれないのかと言うことだ』
『って、いっても人間になるのなんて初めてだしなぁ』
『変身って結構力使うんですよね。僕たちの力じゃこれが限界ですよ』
『そうか・・・』
なら仕方ないなと男は納得して、どうしようかと言った。
『なにが?』
『名前だよ。せっかく人間になったんだから、人間の名前をつけた方がいいだろう?』
『うん、欲しい。ズァークつけて』
『そうだな・・・』
ズァークはしばし考えて、彼らに名前をつけた。
『おまえ達は兄弟だし、統一性を持たせようか。オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴ
ンは遊矢。ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴンはユート。クリアウィング・シ
ンクロ・ドラゴンはユーゴ。スターヴ・ヴェノム・フュージョン・ドラゴンはユーリで
どうだ?』
新しい名前に、少年達は次々にはしゃぎ出す。
『名前、名前。気に入った。俺、遊矢だよ』
『俺はユートだ。ちょっと照れるな』
『僕はユーリで、君が融合だね』
『融合じゃねえ。ユーゴだっ』
気に入ってくれたことにズァークはほっとした。
1人の人間の男が、4体のドラゴンと出会った。
それがすべての始まりであった。
長い、
甘く楽しい狂ったような夢を見ていた。
遊矢が目を覚ますと、兄弟達が心配そうな顔で寄ってきた。
「遊矢。おい、大丈夫か?」
「よかった。気がついたんですね」
「気分はどうだ?」
次々と話しかけてくる。
ユート、ユーゴ、ユーリ。
俺の大切な兄弟達。
いつも俺の味方をしてくれて守ってくれる。
大切に大切にしてくれるの俺の大切な兄弟達。
(そうか、ずっと傍にいてくれてたんだ)
狂気に犯されていた自分の傍でずっと。
「ユート、ユーゴ、ユーリ」
遊矢が自分たちの顔をしっかりと見て名を呼んだのを聞いて、3人ははっとなる。
自分たちを見ている遊矢の顔はあの頃と同じ・・・。
「遊矢、おまえ・・・」
「元に戻ったのか?」
「ありがとう。ずっと傍にいてくれて」
「ああ、信じられません」
3人は遊矢に抱きついた。
戻ってきたのだ、あの頃のやさしい遊矢が。
長かった。長い時を待ってようやく帰ってきてくれたのだ。
「もう大丈夫だ。いままで心配かけてごめん」
「いいんだ。戻ってくてくれたらなら」
「ゆうや~、俺は信じてたぜ~」
「さっそくお祝いをしましょう」
喜びをかみしめる兄弟達に、ふと遊矢は周囲を見回して、柚子がいないことに気づく。
「ゆずは?」
「ゆず?」
思わぬ言葉に3人は顔を見合わせる。
「ゆずが欲しいんですか?あれは酸っぱくてそのままでは食べられませんよ。ゆず茶を
用意しましょうか?」
「違う。柚子だよ。柚子はどこだ?」
あの少女のことを言っているのだと気づき、ユーゴがまずそうな顔をして告げる。
「あ~、柚子なら地下牢だよ。とりあえずそこに入れとけってユーリが・・・」
「地下牢!?」
教えられたとたん、遊矢はあわててベットから降りると地下牢へと飛んだ。
牢の中で膝を抱えていた柚子は、突然現れた遊矢に目を丸くする。
「遊矢・・・?」
「大丈夫か、柚子?いま出してやるからな」
遊矢は、牢の入り口を力尽くで引きはがすと中に入って柚子を抱きしめる。
「遊矢、あなた大丈夫なの?」
「心配いらない。さぁ、部屋に行こう。ブルーム・ディーヴァはいるか?」
遊矢は柚子を連れて牢を後にした。
ブルーム・ディーヴァに、久しぶりにお湯に入れてもらいさっぱりした柚子を遊矢が
待っていた。
「ごめん柚子、あんな所に入れて。あいつらは俺を一番大事に思ってるんだ。それで
時々やり過ぎることがある。根は悪い奴らじゃないんだよ。俺からよく言っておくから
あいつらを許してくれないか?」
「いいけど・・・・なんか遊矢変わったわね」
今の遊矢は柚子が知っている遊矢とまるで違う。
そう、まるで憑き物が落ちたように身にまとう雰囲気が穏やかだった。
「・・・・そうだね、何から話そうか」
やっぱり一番最初からかな、と遊矢は言った。
「ずっとずっと遠い昔。俺はユートやユーゴ、ユーリ達と森の中で暮らしていたんだ」
「ずっとってどれくらい」
「遙か昔のことさ。いまの4つの国が一つの国だった頃のさらに前だよ」
「そんなに昔?遊矢あなたいくつなの?」
「さぁ?いつ生まれたのかも知らない。俺はドラゴンだからね。寿命なんてわからないさ」
ドラゴンと聞いて目をぱちくりとさせる柚子に、ああそうかと遊矢は気づく。
「ずっと人の姿で暮らしてたからなぁ。まだ見せたことがなかったっけ。見せてあげる
よ」
そして遊矢が光に包まれる。光はみるみるうちに巨大化し光が消えるとそこには巨大な
赤い竜が姿を現した。
「きゃあああっ!」
『あっ、やっぱり驚いた?ズァークは初めて見たときカッコイイって言ってくれたんだ
けどなぁ』
遊矢は、すぐに元の少年の姿に戻る。
「ズァークって誰?」
「俺達が一番最初に契約した人間だよ。すっごいいい人でさぁ、優しくて俺達のことを
すっごくかわいがってくれたんだ」
よくズァークを背中に乗せて荒野を駆け巡ったもんだよと、遊矢はその頃を思い出し
てしみじみとする。
その頃の世界は、規模が大きなものから小さなものまでいくつかの国に分かれていて、
争いが絶えなかった。
その中の一つの国が、巨大な力を持つ『荒れ地の魔女』と手を組んで次々と他の国を
征服していった。
「荒れ地の魔女?」
「彼女は、自然界のエネルギーを吸い取り魔力に変えて魔法を使う人でね、彼女が通っ
た後は荒れ果てた大地が広がったことから『荒れ地の魔女』と呼ばれてたんだよ。その
力は精霊すら脅かしていてね、俺達はズァークに味方するって決めたんだ」
遊矢達は、ズァークと契約を結び彼に力を与え、守護した。
ズァークは、その力で荒れ地の魔女を倒したのだ。
「それからズァークは王となって世界を統一したんだ。俺達はずっとズァークの傍にい
て守ったんだ」
「どうして?」
「決まってるんじゃん。ズァークが大好きだったんだよ。愛していた」
戦いが終わった後もズァークの側を離れがたく、遊矢達はズァークの側を離れなかった。
ズァークは、そんな彼らを慈しみ可愛がった。
「でも人の寿命は短い。やがてズァークは死んで、ズァークの子が次の王となった。俺
達は今度はその子を守護したんだ」
「どうして?」
「ズァークと約束したからね。ずっと守るって。その子も俺達のことを好きになってく
れたし・・・なにより俺が人の傍にいたかったんだ」
ズァークと一緒に過ごして、遊矢は人間が好きになった。
人は遊矢を慕い、大切にしてくれた。
遊矢もまた彼らを大切に思い、愛した。
「最後の王は、子供が4人いたんだけど全員お姫様でね、争いが起きないようにって国
をそれぞれに分けて、それぞれお姫様の夫に与えたんだ。それがペンデュラム、エクシーズ、
シンクロ、フュージョンの各国の始まりだよ」
「遊矢達はどうしたの?」
「ちょうど4つに分かれたから。俺達も1人ずつ別れることにしたんだ。俺はペンデュラム
へ、ユートはエクシーズに、ユーゴはシンクロ。そしてユーリがフュージョンへと散ら
ばったんだ」
「遊矢が、ペンデュラムへ・・・」
そして柚子はあることを思い出した。
それは、柚子の国の者なら幼い頃に誰でも聞かされる話。
《かつてこの国は、二色の眼を持つ赤い竜に守られていた。だが、人は過ちを犯して赤い竜に罰を下された》
先ほど見たドラゴンは、赤い身体に赤と緑の二色の眼をしていた。
(遊矢が、伝説のドラゴン?)
遊矢は遙か昔から人の中で暮らしていた。
その頃の遊矢は、言ったとおり本当に人を愛していたのだろう。
なのに、あれほどまでに人を憎むようになってしまった。
「それから、どうしたの?」
「しばらくは平和だったよ。王家のみんなは変わらず俺を大切にしてくれた。でも、彼
の出現ですべてが変わってしまった」
彼は、ペンデュラム国の最後の王だった。彼は、即位したばかりの頃は人と精霊が仲
良く暮らす国を作る、平和を守る意思にあふれた人物だったが、やがて他の王国をも統
一してその頂点に立つという野望にとりつかれて、侵略戦争を始めたのだ。
「彼はね、精霊を兵器として扱ったんだ」
「精霊を兵器に!?」
「そう。その頃はね、人は誰でも精霊の守護を受けていたんだよ。俺が精霊の王として、
人の王たるズァークと契約を交わしたんだ。互いの心が通じ合えば、誰でも精霊と契約
が交わせるように」
けれど、その時は人が精霊を兵器として扱うなど思いもしなかった。
遊矢達はズァークと共に戦ったが、彼の兵器などではなく、仲間として共に戦ったのだ。
大いなる契約を交わした後も、人は遊矢が望んだとおりに契約を履行した。
人は、精霊を寄り添う者として共に過ごしたのだ。
「でも彼が精霊を兵器として扱うようになって人は変わった。彼以外にも兵器として扱
うような人間が出始めたんだ。俺の元には毎日のように精霊の悲鳴と怒りの声が届いていた」
遊矢は迷っていた。
それでもまだ人を愛していた。
でも、精霊達のことも無視するわけには行かなかった。
毎日悩んで、声にさらされ続けて、遊矢は壊れた。
『あっ。あああああああああ』
王宮の最上部にあるテラスから遊矢は燃えさかる都を見てその場に崩れ落ちた。
炎の勢いは空を焦がさんばかりにすさまじく、暗い夜空は大地と繋がっている箇所が
赤くなっていた。
『どうして、どうしてこんなことに・・・・』
遊矢は胸元を押さえて震えた。
『遊矢様、こんな所におられましたか』
やってきたのは国王だった。
『もう都が持ちません。どうかあなた様のお力をお貸しください』
うちひしがれている遊矢に国王はさらなる契約の実行を要求した。
『どうかお力をオッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン様。あなた様のその灼熱の炎で
侵略者達を焼き払い、この国をお救いください』
『だれが・・・・・』
遊矢の身体から黒いオーラが立ち上がる。
『誰がおまえ達などに力を貸すものか!!』
遊矢は雄叫びを上げて、竜の姿となりそのまま空へと舞い上がった。
『すべての精霊と人よ、よく聞け!』
精霊の王の荘厳なる声が世界中に響き渡り、都の上空に紋章が浮かび上がる。
『いま、この時をもって、精霊と人との間で結ばれし契約をすべて破棄する!』
その瞬間、紋章が粉々に砕け散った。遊矢達4体のドラゴンとズァークが契約したと
き出来た契約の証がなくなった。
『これで契約は破棄された。己が欲望のために争い、我等の力を使いし愚かな人間達よ。
我等は今、おまえ達と決別する』
この時決まったのだ、今の世界の姿が。
『人に傷つけられし哀れな精霊達よ。その身に宿いしすべての痛みと悲しみと怒りを我
が引き受けよう』
すると世界中から黒いオーラが次々と飛んできて、オッドアイズ・ペンデュラム・ド
ラゴンの身体に吸い込まれ、オッドアイズの赤い身体は暗黒へと変化していく。
『人よ、受けるがいい。我等の怒りと悲しみを』
暗黒の炎が世界を包んだ。
「その後のことはよく覚えていないんだ。ただ、気づいたらここにいいて、ユート達と
精霊達がいたんだ」
ただ、人だけがいなかった。
「それから俺はずっと、さめない夢を見ていたんだ」
夢の中の遊矢は、ずっと自分が楽しいと思うことだけをしていた。
時には他の者に迷惑となることもしただろう。
だけど、ユートもユーゴもユーリも、精霊達もみんなそれを許した。
「目を覚ましたからには償いをしないとね。ユート達にも迷惑をかけたし謝らないと。
君にもね」
「えっ?」
「柚子、今まで酷いことしてごめん」
急にしゅんとして謝る遊矢に柚子は戸惑う。
「や、やだ。なによきゅうに」
「ヒッポを助けてくれたのに、怪我させた。あげくに俺のわがままでここにとどめて。
ほんとにごめん。君を家に帰すよ」
「えっ・・・・?」
唐突に言われ、柚子は思わず戸惑う。
「君にあげた物は全部持って行ってくれていいから。荷造りは、華歌聖たちに言えばい
いよ」
「・・・・うん」
「じゃあ、俺はこれで。他に持って行きたい物があったら遠慮なく持って行ってくれ」
そう言って遊矢は部屋を出て行った。
とたん、柚子の全身から力が抜けていく。
家に帰れる。
それはずっと望んでいたことだったはずだ。うれしいはずだ。
なのに、なぜだろうか。
帰すと言われて、なにをいまさらとあっけにとられている自分がいた。