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幻想庭園

いろいろ書き散らしてます。 なお、掲載している内容につきましては、原作者様その他関係者様には一切関係ありません

夫婦げんかは犬も食わない

世界一初恋 純情ロマンチカ 伊集院・桐嶋

コメディー












丸川書店 シャプン編集部。

 締め切り直前のどろりとしたソース瓶の底にたまったようなソースのような空気が
漂う中、編集長の桐嶋は、受け取ってきたばかりの原稿を手に帰ってきた。
「あ、編集長お帰りなさい」
「・・・・ああ」
「伊集院先生から原稿受け取れました」
「・・・・ああ」
 今回無事に看板作家である伊集院の原稿を受け取れたにも関わらず、桐嶋は心どこか
ここにあらずといった感じで、生返事を繰り返し、他の編集者は首をかしげる。
 今日は、出社したときからこんな感じであり、何かあったのかなぁとささやきあって
いた。

 編集デスクの電話が鳴り、近くにいた編集者がよろよろとした手つきで受話器を取る。
「も・・・・もしもし・・・」
 憔悴しきった声を出したが次の瞬間、シュピッと姿勢と声色をただす。
「伊集院先生、お世話になっております」
 伊集院と聞いただけで、編集部の雰囲気がやや緊張めいた物ものに変わる。
「え、は、ちょ、ちょっとおまちください」
 応答していた編集者は、やや慌てたように桐嶋に向かって話し出す。
「編集長。伊集院先生からお電話です。なんかすごく怒ってるんですけど・・・」
 その場にいた者達がぎょっとする中、桐嶋は冷静に受話器を取る。
「もしもし、桐嶋です。」

『桐嶋!!お前、原稿間違って持ってっただろ        !!』

「は?原稿・・・・・・・・?あれ?」
 桐嶋はへ!?とした顔つきで、先ほどもらってきた原稿を調べる。
 すると中から出てきたのは、シャプン掲載の「ゲテモノ料理人ザ☆漢」ではなく、
伊集院が別誌で掲載している作品の原稿が出てきた。
「げっ」
『あっちの担当が泣いてるんだよ。今すぐそっちに受取りに行くからちょっと
待ってろ』
 ガチャンと音と共に電話が切れたとたん、桐嶋はあちゃーという表情で
ぐしゃぐしゃと頭の髪をかきむしった。


「きーりーしーまー」


 一時間後、別誌の担当と共に丸川書店に現れた伊集院は、原稿の交換を見届けた後、
桐嶋に怒りの声を上げる。
「おまえなー。」
 伊集院の背からは、早めに上げたのに、眠いのに、ぐっすり寝る予定だったのに、
余計な手間かけさせやがって(怒)!などなどが、透けて見えた。

「悪かったって。でもよかったよ、わかって。もし校了ぎりぎりだったら、会社中が
ひっくり返るほどの大騒ぎになってたな」
「全く、変な間違いしやがって。どうせあれだろ。ひよちゃんに冷たくされたか。
嫁とけんかしたか何かだろ」
 伊集院は、皮肉を言ったつもりだったが、桐嶋がびくりと反応を示す。
(あっ、まずい・・・)
 図星だったかと悟った瞬間、伊集院は帰宅の挨拶をする。
「じゃあ、俺はこれで・・・」
「聞いてくれよ、伊集院」
 以降とした瞬間、がしっと腕を捕まれる。
「離せ!俺は眠いんだ!」
「横澤がさぁー、冷たいんだよー」
「知るか。自分の嫁ぐらい自分で何とかしろ」
「ひよもさぁー。近頃は横澤の味方ばっかりだし・・・」
「はーなーせー」
「二人して横澤の実家(注 横澤が一人暮らししていた家)に行っちゃって。
俺ざびしーんだよー」


 ぶちっ・・・・・・・。


「いー加減にしろーこのあほ担当っっっっっ(怒)」


 ばきぃっと派手な音が廊下にまで鳴り響いた。

「もう、お前のとこなんかで描いてやんないからな(怒)!!」

 捨て台詞をはいて、怒り心頭で去る伊集院の後には、床にぶっ倒れた担当の姿
があった。




 月が明けて数日後。
 あの後、ぐっすり寝て、たまっていた読みたい漫画なども読んで、気もほぐれた頃、
伊集院は、思わぬ人物の訪問を受けた。

「申し訳ありませんでした」
 伊集院は、その謝罪にさすがに戸惑った。
「桐嶋がご迷惑をかけしまして・・・」
「嫌、あの、横澤さんあなたが悪いわけでは・・」
 むしろあなたは被害者でしょうという思いが強かった。

 横澤が、切々と今回の原因と顛末を語った。
 けんかの原因は、なんてことはない、桐嶋が、横澤が嫌がるようにからかったのだ。
 いつもなら嫌がりながらも流す横澤だったが、今回ばかりは怒り浸透し、家に帰って
しまったらしい。娘の日和は、パパが悪いと横澤に付いていったのだ。
 つまり、桐嶋の自業自得だ。
 が、天罰は受けたらしい。
 伊集院が怒ったことがあっというまに会社中に知れ渡り、桐嶋に原因があるとされ、
叱責を受けたのだ。
 それを知った横澤は、なぜそんなことをしたのか問いただし、自分にも原因があると
今回の謝罪訪問に来たのだ。

(できた人だ・・・)

 あの何もできない桐嶋にはもったいない。よくまぁ、見つけ、ゲットできたものだ。
 感心する伊集院に、横澤は、桐嶋とは仲直りしたことを告げる。

「俺は、伊集院先生の件をきいて、すぐに桐嶋を問いただしたんです。そしたら桐嶋が、
「会社をクビになるから、ひよをよろしく」と言ってきまして」
「え・・・」
「丸川一の売れっ子である伊集院先生を怒らせて掲載を断られたので、もう会社に
入られないと。俺はどうなってもいいが、日和には申し訳ない。お前しか日和を託せる
奴がいないから。日和を頼む、と」
「・・・・・・・・」
「おれは、聞いたとたん桐嶋を殴りつけましてね」
「えっ!」
「ひよの、日和の父親はあいつしかいません。日和からは母親だけでなく父親も奪う
つもりかって。」
「・・・・・・・・」
「そしたら・・・桐嶋が     
 と、それ以降はのろけ話と化していくのだが、要は桐嶋は横澤の心をつなぎ止める
ことに成功したらしい。
(あいつ、俺をダシにしやがったな )

 むかつくことはむかつくが、

(まぁ、もうしょうがないか・・・・)

「ご心配なく。今後もちゃんと丸川で描きますから。こちらから井坂専務にそう伝えて
おきます。桐嶋にもそう言っておいて下さい」
 とたん、横澤の顔色が明るくなる。
 桐嶋とは深く長い付き合いだし、こちらもいろいろ迷惑を掛けている。
 嫁(よこざわ)が来て以来のろけ話を聞かされたり、うっとうしい面が増えたけど、
それでも桐嶋は頼りになる人で、「ザ☆漢」を最後まで描くにも桐嶋の力は必要だ。
「先生」
「ほんとに、良くできた奥さんををもらって、桐嶋がうらやましいですよ」
「先生っ」
 横澤の頬がほんのりと色づく。
 「暴れグマ」と呼ばれ、いかつい雰囲気と体格なのに、どこか妙に可愛らしい。
(旦那の力かね)
 本当によい嫁をもらったと、桐嶋が憎くなる。

 重ね重ね謝罪し、桐嶋にも謝罪に来させると約束した横澤を送り出し、一息ついた
途端、電話が鳴る。
 ディスプレイを見ると丸川書店からで、相手は専務か。
 あの一件以来、専務からたびたび電話はもらっているが、適当にはぐらかしていた。
 でも、もう横澤に約束したし、話すべきだろう。
「もしもし・・・」

 
 夫婦喧嘩は犬も食わないといけれど、もっともだ。
 もう二度と食いたくない。
 けど、まぁ、桐嶋を見てきたから。
 横澤が良くできた人だから。
 今回は許してやろうと思うのだ。













*令和5年8月13日少し修正しました。

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