今でもその姿を鮮明に覚えている。
私が初めて目にした『騎士』。
あの頃のことを思い出すと、すべての景色は灰色と赤で染まり、口の中で血と土と鉄
の味がした。
けれど、その姿を思い浮かべるときは世界は色づき、温かな思いで満ちあふれるのだ。
「つまりさ、そいつがスグリの『初恋』だったってことだろ」
クラウスの言葉に、スグリは飲んでいた酒をむせこんだ。
「なっ・・・・」
「だってそうじゃねぇか。でなかったら25年も覚えてねぇだろ」
あんたにもそんな時代があったんだなぁと、おもしろい発見をしたような顔で
クラウスは酒の入ったグラスをあおる。
「その姿を思い浮かべるだけで、胸が熱くなる。甘やかな想いに浸れる。どんなつらい
状況であっても乗り越えられる。これを恋と言わずになんて言うんだよ」
「馬鹿な。彼のことは姿を垣間見ただけで、言葉を交わしたこともないんだぞ」
ただ、ひと目垣間見た。あの一瞬。
あの一瞬の姿が、まぶたの裏に強烈に焼き付いている。
「初恋なんてものは、案外そんなものさ。噂だけ聞いて恋に落ちるなんてよくある話だ
ろ」
「・・・・・・他人のものであってもか」
「なんだ、すでに相手がいた奴なのか。残念だったな。まぁ、気にすんなよ。それもよ
くある話さ。相手に恋人がいようがいまいが恋に落ちる。これぞ初恋」
すぱっと言い切られ、スグリはがっくりとうなだれた。
「・・・・・そうか」
(恋だったのか)
気づかなかったのか、気づきたくなかったのか。
出会ったときからすでに、手の届かぬ存在。
いや、手を伸ばすことすらできぬ相手であった。
「そんなに落ち込むなって。言うだろ、初恋は実らないってさ」
そう言いながら、クラウスは空になったグラスになみなみと酒を注ぐ。
「それでいいんだよ。初恋なんてものは、たいがい身勝手なもんだ。相手はこうだろう、
ああだろうって、勝手に想像して期待して、一人で盛り上がるんだ」
盛り上がって、ぶつかって、幻想が打ち砕かれたとき、本物の恋が始まるのだ。
「でもさ、スグリ。その想い、消すなよ」
「・・・・・・なぜだ?」
「だからこそ、生きてこれたんだろ?」
クラウスの言葉に、スグリはむくりと顔を上げた。
あの地獄の日々から生還。悪夢にうなされ眠れぬ夜もあった。
それでも、今こうして生きている。
この温かな思いとともに。
「・・・・かもしれん」
スグリは否定せず、それを飲み込むようにグラスの中の酒をあおった。
あとがき
本編未収録ネタあり。
原作者先生のHPによるとアクアが廃刊となったので、未収録は同人誌にしたりピクシブを使って発表するそう。
ぜひ、お願いします。
クラウスとスグリのコンビは好きです。すごくいい組み合わせだと思います。
仲良くなれば、酒を酌み交わす仲が理想です。
アシュレイがいる設定で、スグリの片思いとか書いてみたい。