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幻想庭園

いろいろ書き散らしてます。 なお、掲載している内容につきましては、原作者様その他関係者様には一切関係ありません

飛び立つ鳥の止まり木

創作ノートを整理していたら、ずいぶん昔に書いた原稿を見つけたので、アップします。
伊集院先生好きだ。

世界一初恋 伊集院+高野

時間的には、本編開始前だと思います。





 一目見たときから何となく感じていた。
 ああ、この人はここには合わないと・・・。


 集談社から描いてくれないかとオファーがあり、編集部を訪ねた先で彼と出会った。 
   出会ったと言うよりは、目撃したといった方が正しいのかもしれない、
 オファー先の雑誌の隣の編集部。
「ザ☆漢」を連載しているジャプンのライバル誌週刊アースは、編集長と編集者らしき
二人が今にもつかみ合いに発展しそうな迫力で怒鳴りあっていた。
「も、申し訳ありません。伊集院先生、うるさくて」
「いえ、かまいませんよ」
 全然どころか、おもしろいとさえ思った。
 漫画家も10年近くやっていると出版社の中身も分かってくる。編集部も十人十色で、
編集長の意向一つでがらりと雰囲気が変わる。
 ジャプンは、担当である桐嶋が、最近編集長に着いた。
 厳しいが結構情が厚いので、編集者、作家の双方に慕われている。
 さてさて、週刊アースの編集長はどうかというと。
 見た目は40代の男だ。近頃編集長が若年が着く傾向になる中では、古株という所か。
 顔つき、表情からして信念はあるが、口ぶりからして多少ワンマンなところがある
らしい。
 話の内容も編集者の言い分に対して「だめだ」「だめだ」の一点張り。
 あれでは、だめだなぁ・・・と心の中で思う。
 会社勤めをしたことがない身の上ではあるが、社会と関わり、編集者他お偉方と
関わってきて、なんとなくわかってきた。
 編集者の方も顔つきは、編集長と同じタイプのようだ。
 同じだから、かみ合わない。対峙し合い、自身から引き下がることはしない。

「先生。会議室が空きましたので、こちらへ」
 もう少しあの怒鳴りあいを聞いていたかったが、仕方がないとその場を後にした。


 編集の方針と希望するテーマを聞いて、条件をとりまとめ、オファーを受けること
に決めた。
 受けたことがうれしいのか、相手は満面の笑顔で挨拶をした、
「これからよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
「ザ☆漢」との連載と2本立てとなり、ますます暇がなくなるが、自分がどこまで
行けるか確かめたい。
「玄関まで送ります」という編集者に案内されて会議室を出る。先程の怒鳴りあいの
行方が気になり、他の編集者にも挨拶したいことを口実に編集部に戻ると、すでに
怒鳴りあいは終わっていた。
 編集長はデスクに座っていたが、あの編集者はいなかった.



 玄関までの道のりで、彼を見かけた。
 一角に設けられた喫煙所で煙草をくわえていた。あの表情。おそらく編集長に負け
たのだろう。
 ふと、彼と話したいと思った。
「先生、タクシーが来ました」
「んっ、ああ・・・」
 後ろ髪を引かれつつ流されるようにタクシーに乗り込む。その寸前聞いた。
「あの、週刊アースの編集長と怒鳴り合っていた人は誰ですか?」
「ああ。あいつですか。高野ですよ。高野政宗。いつもああやって自分が正しいと
編集長にくってかかるんです。いつもうるさくて。今日は申し訳ありませんでした。
後で言っておきます」
「いや、そんな気にしないでください」
(高野政宗・・・か)
 不思議に心に刻まれる名前だった。


 それから、集談社に行くたびに、彼の姿が目に入った。
 けれど、集談社に一歩踏みいれると担当がぴったりとくっついてくるので、別雑誌と
いう手前、中々話しかける機会はなかった。
 そうこうしているううちに、彼の姿をぱったりと見かけなくなった。
「高野さん、見かけなくなったけど、どうかしたんですか?」
「高野ですか?あいつならやめましたよ」
 編集長とやり合い、とうとう飛び出したらしい。
 ふいにさみしさとも残念だともつかぬ思いが胸をきゅっとしめつけた。


 ここを飛び出した彼はどこへ行ったのだろう?
 またべつの止まり木を探しに行ったのだろうか?
 それとも別の世界へと旅立っていったのだろうか?



 それから半年経ったある日、彼の姿を再び見かけた。
 打ち合わせのために丸川書店を訪れたとき、喫煙所で彼は煙草を吸っていたのだ。
「桐嶋、彼は?」
「あぁ、新しくエメラルドの編集長になった高野だよ」
 エメラルドと言えば、丸川のお荷物と言われている少女漫画の月刊誌だ。
(なんで少年漫画の編集者だった彼が、少女漫画に?)
 疑問に思ったものの、すぐに彼ならやるかもしれないという思いがわいた。
「なぁ、その配属を決めたの、もしかして井坂さん?」
「らしいな。専務と社長の息子の権限で押し込んだらしい」
「そうか・・・」
 井坂さんが見込んだなら間違いないだろう。
 一見ちゃらけているが、目と能力は折り紙付きだ。

 そして、その見込みは確かに間違いなかったのだ。


 彼は、がたがただったエメラルドをあっという間に立て直し、丸川一の雑誌にして
しまった(それをみて、「俺も負けてられねぇ-」と桐嶋も奮起していた)。
 やっぱりだ。彼はやる人だった。


 それは、打ち合わせのために丸川書店を訪れたときのこと。桐嶋が会議の遅れの
ためにまだ来ていないというので、飲み物でも買おうと休憩室に行ったところ、
高野政宗がいたのだ。
 他には誰もおらず、彼は隅の方でコーヒーを飲んでいた。
 自分も缶コーヒーを一つ買い、一息入れると、思い切って彼に声をかけた。
「あの、エメラルド編集長の高野さん・・・ですよね」
「はい、そうですが・・・」
 あなたは?という顔をされ、自己紹介をする。
「はじめまして、ジャプンで「ザ☆漢」を描かさせていただいてる伊集院響です」
 高野は、あっと言う顔をして、少し崩していた姿勢をすぐに正した。
「失礼しました伊集院先生」
 そんな硬くならないでくださいと伊集院は笑みを作って受け答えをする。
 作家や作家希望者は星の数ほどいて、編集者の中には彼らを上から目線で見たり、
馬鹿にする者もいるが、伊集院ほどの売れっ子になると、どこもこんなものだ。
 とくに、伊集院は丸川一の売り上げを持つ作家である。機嫌を損ねたり、失礼が
あってはならないと相手が気を張ったり、萎縮してしまうのだった。 
「高野さんは、少女漫画の編集長でしょう。ジャンルが違うんですから知らなくても
仕方がないですよ。それにこのあいだの丸川のパーティーに私は出席できなかったし」
 本当は出席する予定だったのだが、年末進行と今までの無理がたたってしまい、
当日高熱を出して休むはめになったのだ(回復した後は、関係各者に体調不良の件を
わびまくった桐嶋の恨み言を聞くはめになった)。
「あなたの評判は聞いていますよ、高野さん。桐嶋もすごいやつが入ってきたと言って
いたし、作家仲間の間でも評判なんですよ。すごい編集者がいるって」
「恐縮です」
 おせじには動じない男かと思っていたが、少し頬が緩み、耳元が赤くなっていた。
「・・・・やはりあなたはやる人でしたね」
「え?」
「あなたはご存じなかったかもしれませんが。集談社にいたとき、何度か見かけたことが
あるんですよ。ほとんど編集長との怒鳴りあいの場面でしたけど」
「!?」
 高野の顔に動揺が走り、伊集院はクスクスと笑いながら話を続けた。
「すごい編集者もいるもんだと思いましたよ。言い分もむちゃくちゃのようで筋は
通っていて」
「お恥ずかしい限りです」
「でも、俺はそうゆう編集者嫌いじゃないですよ。何度か話しかけようと思って
いたんですが、なかなか機会がなくて。今日こうして話が出来きてうれしいです」
「そんな、こちらこそ伊集院先生とじかにお話しできるなんて・・・」
 高野がやや目を伏せがちにする。どうやら照れているらしい。
「集談社をやめたと聞いたときは残念に思いました。まさか、丸川で再会できるとは」
「こちらに務めている友人がいまして。彼に誘われてきたんです。でも私も、まさか
少女漫画雑誌の編集長を任されるとは思いませんでした」
「そうですね。残念だな、もし少年漫画にいたら、あなたと組んで作品を作ってみた
かった」
 高野は目を丸くして伊集院を見た。伊集院はにこっと笑う。
「ほんとうですよ。あなたと組んでみたら、「ザ☆漢」とはまた違うおもしろい
作品が作れそうな気がするんです」
「井坂さんがそれを聞いたらすぐに実現しますよ」
「ええ、でも井坂さんが絡んだら、なにか恐ろしいことになるような気がするんです
よね」
「そうですね。井坂さんならやりかねない・・・」
 ハハハと二人同時に乾いた笑い声を立てる。
「でも、何か連動企画が出来たらいいですね、最近は少年漫画の番外編を少女漫画に
載せるという手法が他の出版社でも見られますし」
「そうですね。少年漫画の王道を描いているつもりなんですが、女性の読者の方も
多いんですよ。なにかできたらいいですね」
 そこへ、伊集院を呼ぶ桐嶋の声が聞こえてきた。
「じゃあ、高野さん、また。今度一緒に飲みに行きませんか?」
「光栄です」
 伊集院は、缶コーヒーの中身を飲み終えると、ポンとゴミ箱へ向かって放り投げる。
 先程交わした約束が叶うかのように、缶は、すとんとゴミ箱の中に入った。





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