「百日の薔薇」 ハロウィンパロ。
花言葉でいろはの御題 都忘れ また逢う日まで・別れ・しばしの憩い
久しぶりの更新です。誤字、脱字はご容赦ください。
己の役割が終わったと悟ったのは、主が夜の国を制した、まさにその瞬間であった。
それは、誰かに告げられたわけではない。
ただ、本能がそう感じとったのだ
別れの時は、いつか必ず来ることは分かっていた。
けれど、あまりにも一緒にいた時が長すぎて、
まるでこの世に生まれ落ちたその瞬間から、共にいたような感覚に囚われていたから、
そのときは、さぞ、ひどく寂しい気分になるのだろうと思っていた。
けれど、いざその時がやってくると、自分でも驚くほど冷静に、事を受け止めていた 。
心はとても・・・とても落ち着いていた。
己がどうすべきか、その答えを抱いていた。
長き放浪の果てに、夜を制した主の元には、大勢の夜の世界に属する者たちが、主を慕い、集まっていた。
かつての、二人きりだったあの時は、もうない。
狼は、誇り高き生き物。
死に行く姿を誰かの目に晒すことはない。
その日、狼は旅に出た。
今度はたった一人で。
己の死に行く場所を探すために
その場所にたどり着くまで、狼はとてもとても永い刻を流離っていたように感じた。
終わりどころか、始まりさえ忘れさせるほどのあの放浪の日々よりも長く、果てしなく・・・・。
たどり着いたときは、ようやくで、狼は、疲労困憊の身体を大地に横たえさせた。
そして、待った。
その時を。
『××××』
夢を見た。
まだ、主と二人きりで世界を流離っていたあの頃。
二人はいつもともに在った。
己は主の傍らに在り、主はそれを許した。
流離いの果てに、主を慕う者達が増え、やがて夜の国を制したときも、許してくれていた。
『××××』
主が名を呼んでくれた。
夢の中なのに、ああ、なんと鮮明なことか。
あの日、別れを告げたとき、名を呼ばれる日々にも別れを告げたというのに。
我が主よ、夢の中でさえ私の名を呼んでくださるのですか。
その小鳥が囀るような声で、私の名を。
『××××!!』
主の細く白い指先が、私の体毛を撫でさする。
お前の毛はふさふさしてとてもさわり心地がよいと、言って愛でてくれた。
私の身体は温かいと言って、いつも抱きしめてくれた。
その主が、夢の中で私を抱きしめてくれる。
ああ、そのなんと幸せなことか。
『××××・・・・』
鼻先に冷たいものがぽたりと落ちた。
しょっぱいにおい。
ああ、このにおいはあなたの。
あなたは泣き虫で、よく一人で泣いていた。
そのあふれる涙を舐めとってやり、悲しみに震える身体を包み込むように寄り添って、
慰めるのが私の役目だった。
なぜ泣くのですか、我が主よ。
どうか悲しまないでください。
私はとても幸せです。
こうしてあなたに名を呼ばれ、あなたに抱かれて逝くのだから。
だから、笑ってください。
あなたのすべてが好きでした。
さようなら、我が主。
私は幸せでしたよ。
狼の身体から温かみが消え、冷たい骸となりはてても、夜の王は決して、狼の身体
を離そうとはしなかった。
「馬鹿者・・・・」
あの日、狼が己の元を去った日。夜の王もまた旅だった。
一人でいってしまった狼を探すために。
探して、探して。夜の国で見つからなければ、昼の国まで行ってでも。地の果てへ
も行く覚悟で、果てなき大地をさまよい続けた。
そしてようやく、人や生物がようとして近づかぬ荒れ果てた渓谷で見つけたのだ。
周囲を飛びつつけるハゲタカどもを追い散らし、抱き上げた狼の身体は、あばらが
浮き出るほどにやせて、あのふさふさとしていた太陽の光を思わせる金色の毛はすっ
かりボサボサになっていた。
「傍にいると言ったではないか」
いつでも、どんなときでも、共にあると。
なのに、たった一人でいってしまった。
もう狼は、名前を呼んでも、抱きしめても、あの金色の瞳が己を見ることはなく、
あのざらざらとした長い舌が己の肌を舐めることもない。
ふさふさと長いしっぽが己の身体をなでることはなく、ふっさりとした金色の体毛
に顔を埋めることも、もうできないのだ。
夜の国を制したことで初めて知った、玉座の重さと孤独。
今までは狼がいた。
彼がいたからあの旅路もつらい者など少しも思わなかった。
永遠に続き、それもいいかと思っていた。
狼がいたから。
でも、これからはたった一人で歩まねばならない。
寸ぷん先も見えぬ、闇に包まれた道を。
その傍らに狼はいない。
「うっ・・・ううっ・・・・」
涙が枯れ果てた。それでも、慟哭はとまらなかった。
泣く声がする。
主が泣く声がする。
それを慰めるのは私の役目・・・・。
狼の身体を狙っていた鳥たちが一斉に羽ばたいた。
乾いた風が吹き抜ける。
泣かれるな、我が主よ。
夜の王は、はっと顔を上げた。
必ず会うから。
それは私ではないけれど。
私の魂に連なる者が、
必ず会いに行くから。
だから、待っていて・・・。
風に交じりささやくように聞こえてきた声。その声の主を夜の王は知っている。
「必ずか?」
そうだと返事をするように、一陣の風が夜の王をなでるように吹いた。
「そうか・・・」
夜の王は虚空を見つめた。
待っている。
「だっこしろ」
白い卵から生まれたばかりの生き物が、クラウスに向かって手を差し出した。
言われるがままにクラウスが抱き上げると、その生き物はクラウスの首筋に吸い付
いた。ちゅーと血を吸われ倒れ伏したクラウスに、その生き物は満面の笑みを浮かべる。
「これでお前は私の贄だ」
待っているから会いに来て。
その時は、もう二度と離さないから。
「ずっと一緒だ」