いろいろ書き散らしてます。 なお、掲載している内容につきましては、原作者様その他関係者様には一切関係ありません
百日の薔薇
カツラギ独白です。
瑠璃繁縷(ルリハコベ) 変わり身・変化・追想・約束
大極殿に殿上したとたん、顔だけは見たことがある男が声を掛けてきた。
「カツラギ殿、ご存じですか?本日は、左近衛大将が軍装で殿上されるとか」
「初耳です」
軍装と言うことは、束帯ではないということだ。通常なら無礼として眉をしかめら
れる行為であるが・・・。
「御上の仰せだそうです。左近衛大将の軍装を是非見てみたいとおっしゃったそうで
・・・・」
帝が、甥である左近衛大将タキ・レイゼンに特別目をかけ可愛がっていることは宮
中で知らぬ者はいない。
レイゼン卿は、心許せる数少ない血の近しい者であるから・・・という者もあるが、
それをおもしろく思わない者もいるのも事実だ。
「左近衛大将は、戦車にもお乗りになられるとか。そのうち搭乗姿を見たいとおっし
ゃられかねませんな」
「・・・・・・」
「左近衛大将は、甥とは言え臣下。帝は少々目をかけすぎではないかと思うのですが
・・・・」
暗に同意を求めれるも、カツラギはそれには乗らない。厳かな美しさをもつ宮殿の
姿とは裏腹に、内部では魑魅魍魎うごめくこの宮中には、あげ足をとろうとする者達
の目と耳が張り巡らされている。
「ところで、貴殿はその姿をご覧になったのですか?」
相手は虚を突かれたかのように間抜けな顔になり、何とも気の抜けた声で返事を返
す。
「いえ、まだですが・・・」
「では、私が奏上するときに目にするかもしれませんね」
急ぎますので失礼といい去りながら、カツラギは悠然とその場を去った。
カツラギに付き添ってきた従者たちも、相手に目をくれることなくカツラギに続き、
その場には、唐突にはしごを外されぽかんとしている相手だけが残された。
帝の御前にはせ参じると、先ほどの言葉どおり、軍装姿のレイゼンと相まみえるこ
とになった。
参じる直前まで、場の雰囲気はどこか華やいだものであった。
だが、カツラギ奏上が伝えられた途端、場に緊張が走り、その場にいた人々はそそくさと襟を正し、姿勢をただす。
場に降りていた帝も急ぎ座に戻り、襟と姿勢を正した。
レイゼンも退出しようとしたが、帝に「そのまま」とつげられた。
レイゼンは一瞬帝を見たが、帝の言葉には逆らえず、短く承諾の言葉を告げると横に並ぶ臣下の者達と共に座した。
御前に進み出でたカツラギは、ちらりとレイゼンに目を向ける。
そしてすぐに目の前の帝に視線を戻した。
「・・・・・・以上のこと、御上に奏上申し上げます」
「よきにはからえ」
カツラギの奏上に、帝は何ら異議を唱えずいつもどおりの言葉をかける。
そう、いつもそうなのだ。
そして帝はそれしか言えない。
この国の最高位に在りながら、帝にはそれを行使する権限はない。
「御意にございます」
カツラギがそう告げた途端、場にどこかほっとした空気が流れる。
この言葉を告げることはその場から下がると言うことだ。
だが、カツラギはすぐには下がらなかった。
「御上、少し申し上げたいことが・・・」
「・・・・なんでしょう?」
御簾の向こうの帝がギクリと震えるのを、カツラギの目は捉えた。
「御上、血が近しい者には親しみがわくものです。ですがここは御前の場。皆の目も
あります」
カツラギは、今度はあらかさまにレイゼンに目を向ける。
「御上の左近衛大将へのお気持ちを知らぬ者は、この宮中にはおりませんから」
カツラギの怜悧な目は、レイゼンが肩をかすかにふるわせたのを見逃さなかった。
「・・・そうですね。今後気をつけましょう」
それは明らかに、帝が自分の非を認めたことに他ならなかった。
そしてこの場でカツラギは、自分が帝を制することができることを知らしめたのだ。
陰で言えば足を取られかねない言葉も、皆の目の前でどうどうと言えば、それは己
の力となる。
とはいえ、カツラギは決して直接的な非難の言葉を口にしていない。
ただ、遠回しに遠慮または配慮してはどうかと告げただけだ。
それを大事と帝が勝手に捉えただけだ。
だから、誰もカツラギに対し咎める言葉も、反論も、諫める言葉もかけられない。
誰も帝を庇わない。
カツラギは今日もまた、心の中で帝に誠心誠意お仕えしているとうそぶく連中を笑
ったのだ。
帝の元から下がり、内心愉快な気分で廊下を歩いていると、若い女の甲高い声が聞こえてきた。
「見たー、レイゼン様の麗しいお姿」
「見た見た。ほんっと素敵よねー」
「私、思わず見惚れちゃったー」
後宮の若い女官たちだ。レイゼンが綺麗だの麗しいだのきゃいきゃい言い合っている。
後宮の女たちは年中男ひでりだ。男と言えば年老いた帝とまだ子供の東宮ぐらいしかいないのだから、無理もない。
カツラギは先程御前の場で見た光景を思い出す。
確かに、軍服を身にまとったレイゼンの姿は美しかった。
レイゼンは母親の美貌をひいたのか、男性だが眉目秀麗であり、身にまとう雰囲気
も高貴な血のせいか凜としている。
髪も漆黒に塗れ艶やかであり、まだ大人になりきれていないところが、逆に軍服を身にまとうことでよりストイックな雰囲気を醸し出している。
最も軍服が一般兵の物であったならこうはいかない。
士官服であるから効果が現れるのだ。
カツラギはそれを、かつて傍にいた騎士から教えられた。
(アシュレイ・・・・)
騎士の顔を思い出しそうになり、カツラギの目の前が真っ暗になりかける。
「カツラギ様? いかががされました?」
異変に気づいた従者の一人が心配そうに声をかける。
「ご気分がお悪いなら医務室の方へ」
「・・・大丈夫だ」
そう口にしたカツラギの声は、先ほどとは裏腹な冷たい刃物のようだった。