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幻想庭園

いろいろ書き散らしてます。 なお、掲載している内容につきましては、原作者様その他関係者様には一切関係ありません

彩とりどりの世界

紅葉の舞

クラウス×タキ

12の月の物語 11月のお話



 春は桜。
 夏は蛍。
 秋は紅葉。
 冬は雪。
 この国を彩る四季の美しさ。
 それらを背に、花が舞う。

 

 吹き抜けた冷たい風に身がぶるりと震えた。
 この国の主要な式典は、ほぼ野外の吹きさらしの式典場で行われるので、その季節の
暑さや寒さにこうして耐えなければならない。
 普段は平気なのだが、つい最近ようやく起き上がれるようになったこの身では
少々つらい。
 こんな風に小さなくしゃみを一つでもたてれば、
     っ」
 折れた肋骨がずきりと痛む。
「どうなされた?」
 背後から降りかかる声にクラウスはぎくりとする。
「傷が痛むのですか?なら、すぐに御殿医を・・・」
「いや。たいしたことはない。気遣いは無用です」
 大丈夫と、クラウスは手を振って見せた。
「今日は朝から冷えますからね。寒いのなら上掛けか火鉢でも持ってこさせましょう」
「いや、タキの舞が終われば俺は部屋に引っ込みますので、このままで結構です」
「・・・・・あなたは主想いですね」
「タキが来るって言うんなら、俺は這いずってでも来ますよ」
 そう、たとえ、帝(あんた)の席近くなんていう今すぐ立ち去りたい席に座らされても
ねと、クラウスは心の中で毒づいた。

 

 春先から本土を騒がせていた陰謀の首謀者が、ようやくそのしっぽの先を出したのは、
夏の終わりの頃のことだった。
 それから一気に捜査を進め、捕縛・逮捕にまで至ったのは秋の初め。
 クラウスはそれらの陣頭指揮を執り、首謀者の潜伏場所における突入捕獲作戦では、
現場で直接指示と捕獲行動を行ったのだが、その際の戦闘で負傷し、全身に至る打撲と
肋骨を3本も折る重傷を負った。
 幸い命に別状はなく、一ヶ月ほど入院は必要だが、後は退院して療養すれば良いとの
診断を受け、これでようやくタキの元に帰れると喜んだクラウスだったが、この知らせを
聞いて驚いた帝直々のありがたい指示により、完治するまで宮中にとどめ置かれることに
なったのだ。
 そのおかげで、事件を解決し、事後処理を他の者に任せ、帝の護衛という当初の任務も
負傷による続行不可能により終了という結果も得たというのに、今だクラウスは、タキの
元へ戻ることはできなかった。 

 

(早く治んねぇかな・・・)
 クラウスはそっと己の骨折した箇所に手をあてる。
 年齢(とし)なのか、治療が悪いのかは分からないが明らかに治りが遅い。
 レイゼンにいたときは、一ヶ月もすればまだ完治していなくても自由に動き回ることが
できたのだが、ここにいると部屋から出るのもおっくうになる。
 クラウスが少しでも出歩こうものなら、すぐに人が飛んでくるのだ。
 クラウスは帝の命を助け、陰謀の魔の手から守った恩人。何かあったら大変と言う
ことなのだが、うっとうしいことこの上ない。
 タキが、ルッケンヴァルデではのびのびとしていた理由が今更ながら分かり、この国の
皇族の人知れぬ苦労というものに気づかされ、自由に歩き回れるということが実に素晴ら
しいものなのだというが身に染みた。
 今日の式典でも、レイゼンの席ではなく特別席に案内すると言われた。
 どこからかクラウスが舞を鑑賞するのが好きであると聞きつけたらしく、舞が最もよく
見える席を用意すると。
 その席はどこにあるのか、察したクラウスは、正直出席をやめようかとも思ったのだが、
タキが出ると言うのなら話は別だ。
 タキは、皇族の中でもとびきりの舞上手で名手だった。
 その美貌もあいまって、その舞は普段はタキに厳しい態度をとる者達にでさえ人気で、
式典ではいつも舞を一曲求められる。
 クラウスにとってもタキの舞は格別なものだ。

 

 あの日、薄紫色の藤が咲き誇る中で披露された舞。
 その瞬間から、クラウスの世界は一変した。
 今まで見ていたものは世界の色は、色ではなかった。
 あっという間に色はあせていき、すべてはモノローグとなった。
  色を奪われた世界にたった一人取り残され、その日からクラウスの迷走は始まる。
 満たされず、さまよい、探し求め、そしてようやく見つけたのだ。

 

 
 ふいに、式典場のざわついた空気がしーんと静まった。
 厳かな雰囲気が一瞬で場を包み込む。
 ひくりとどこからともなく漂ってきた薫りに、クラウスは鼻をひくつかせた。
(花の匂い・・・)
 トントンと軽快な太鼓の音が鳴る。それに合わせるように舞手が出でて舞台へと
上がる。
 花が咲いた。
 その瞬間、クラウスの目の前の世界が様々な色で染まってゆく。

 

 赤と、金と、茶と・・・。
 秋にこの国を彩る色。
 ひとたびタキが舞えば、
 そのかざした手のひらから、色が葉となって風に乗って舞い散り、鮮やかにクラウスの
世界を染め上げていく。
 そのコントラストの、なんと美しいことか。
 秋がこんなにも美しいだと、今まで知らなかった。
 


 かつて、クラウスから色を奪った花は、クラウスの世界を己の色で染めていく。
 花は、己がもたらす色しか認めぬと、傲慢に謳った。
  お前のすべては私のものだと謳う。
 


 そうなのだ。だから傷の治りが遅いのだ。
 その花がいないから、クラウスのいる世界は世界ではないから。
 異世界に一人残され、なぜ治ることができるだろうか。
 クラウスを治せるのは花だけだ。
 タキだけが、クラウスを治し、癒やし、奮い立たせる。
 タキの存在が、クラウスの生きている理由だ。 
 還らなくてはいけないのだ、一日も早く。
 例え、帝の命令があろうとも、制止する手を振り切ってでさえも。
  その手が差し出されなくなる前に・・・。

 

 歓声が上がる。
 タキの舞が止む。
 色が失せた。
 また、クラウスはたった一人、色のない世界に取り残される・・・・・。

 

「すばらしい舞でしたね。騎士殿」
「・・・・・・・・・ああ」
 花がいた世界から今だ冷めあらぬクラウスは、ぼんやと先ほどまでタキがいた舞台を
見つめていた。


 舞終えたタキは、帝がいる方へ向いてゆっくりと優雅に礼をした。
 頭を上げる際、タキの目がクラウスを見た。
 何とも言えぬ思い詰めた目をして。
 一瞬のことだった。
 すぐにタキを目をそらし、そのまま背を向けて、去った。


 一緒に行きたかった。
 ここから連れ出してくれと叫びたかった。
 だが、動けず、声も出せず、ただ黙って去って行く背中を見つめていた。


 かけられる声はなく、差し出される手もない。
 花は己を見捨てたか?
 いつまでも他人の元へとどまり、還ってこない男を。
 花に見捨てられたら、どうやって自分は生きていけば良いのだろう・・・・?


 そのとき、薄い風が吹き抜けて、ひらひらと空から一枚の葉が舞い降りてきた。
  ゆっくりと舞ながら、クラウスを目がけて降りてきた。
 クラウスは、それを手のひらの中で受け止めた。
 舞い降りてきたのは、見事な赤に染まった椛(もみじ)だった。
「ほう、『赤子の手』ですね」
 帝が言った。
「赤子の手?」
「椛の葉は、人の手のひらのようでしょう?その姿が赤子の愛らしい手のひらに似ている
ことからそう呼ぶのですよ」
「手・・・・か・・・」
 クラウスは、手のひらの上の椛をつぶさぬようそっと握り込んだ。


 まだ手は差し伸べられていると、そう信じて良いのだろうか?


「帝」
「はい?」
「俺、帰るよ」
「部屋にですか?」
「まさか。タキの元へだ。俺の傷は、あいつの傍じゃねぇと治ねぇんだよ」
「騎士殿・・・」
「止めようったって無駄だぜ。俺は止めようとする奴らを殴り倒してでも帰る」

 そうしてクラウスは立ち上がり、歩き出す。

 

 帰るのだ。
 この色のない世界から。
 帰ろう。
  俺の世界へ。
 タキがいる、花が彩る世界へ。



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