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幻想庭園

いろいろ書き散らしてます。 なお、掲載している内容につきましては、原作者様その他関係者様には一切関係ありません

Dear・・・

クラウスから亡き人へ

クラウス独白

12の月の物語 9月のお話







 覚えているのは、背中を丸めて椅子に座っている姿であった。
(じいさま・・・・)
 優しかった祖父。
 真夜中に、姉と二人こっそりとベットから起き出しては寝室まで訪ねてくる俺たちを、
祖父は嫌な顔一つせず喜んで迎え入れてくれた。
 そして「秘密の話」を聞かせてくれた。

 
 それは、置き去りにしてきた約束の話。


 その話をする度に、祖父は言った。花を探せ、と。
 臨終の折、枕元で交わした言葉もそうだった。


『クラウス。花の香りは我らが半身。見失うな・・・』

 

 花の香りがした。
 甘い甘い薔薇の香りだ。
 どこからだろうと頭を動かして、起き抜けでぼんやりとした眼で探してみたら、
ベットサイドのテーブルの上に置かれた花瓶に生けられている白薔薇に目がとまった。
 あっ・・・・と思いだした。
 昨日、庭で見つけて摘んだ薔薇だった。


 祖父は、薔薇の花が好きだった。
 屋敷をぐるりと囲むように植えられた薔薇の群れの中を、散歩するのを日課としていた。
 祖父は足を悪くしており、移動にはいつも車いすを使っていた。
 その車いすを押して一緒に散歩に行くのが、自分の役目だった。
 そのある日の散歩で、あの白薔薇を譲られたのだ。
 己のためだけに咲くと、約束された白薔薇。
 誰も知らぬ、秘密の薔薇。


「そうか・・・・・」
 クラウスは夢見心地につぶやいた。
「あんな夢を見たのは、お前のせいか・・・」
 その姿も甘い芳香も、あの薔薇にそっくりで・・・。
 薔薇が見せた懐かしい夢。
 ふいに、瞼の裏が熱くなった。

 


「どうした?」
 司令室までの道のりを二人で歩いていて、タキがふいに話しかけてきた。
「何かあったのか?」
「・・・なんでそんなこと聞くんだよ」
「いつもと雰囲気が違う」
 タキの言葉に胸がドキリとする。
「そうか」
「ああ」
「気のせいだよ。なんにもねぇ。いつもどおりだ」
 そう口先でごまかした。
 タキは案外鋭い。
 気づいて欲しい、察してほしい時に限って鈍く、こういうときだけは鋭いのだ。
(気づかれちまったかな・・・)
 内心ドキドキしていたのだが、タキは表情こそ、何か言いたそうにしたものの、
それ以上言及することはなかった。
 そのまま言葉は続かず、二人は黙ったまま廊下を歩いた。
 司令室まであと数mという距離まで来て、タキが急に足を止めた。
 どうした?とクラウスもタキの横で足を止める。
 ?と思い、前の方を見てみると、ハルキとその友達の士官候補生達三人組が、廊下の
ど真ん中でしょげかえっていた。
「どうした?」
 タキが優しい顔と声で話しかける。
「タキ様っ」
「クラウス様」
 三人は驚いて、わっと慌てた。
「おい、ハルキどうしたんだよ、こんなところでしょげて」
「あっ、はい。あの、じつは・・・・」
「僕たち、敬老の日のお祝いを配って回っていたんです」
「敬老の日?」
 なんだそれと言うクラウスに、タキが答える。
「我が国の祝いの一つだ。我が国では長寿を尊び、多年にわたり社会に尽くしてきた
高齢者への敬愛とその長寿と、末永い健康を祝うのだ」
「へぇ・・・・」
「それで、僕たち軍の高齢者の方々へお祝いの品を渡していたんですけど」
「ハセベ侍従長が怒っちゃって・・・」
 三人によると、お祝いの品を渡そうとしたら、ハセベは怒鳴りこそしなかったもの、
眉間に深くしわを作り、ものすごく不快な顔をしたらしい。
 ああ・・・・・と、クラウスは思った。
 つまりハセベの中では自分はそんな年ではないと思っていたらしい。 
(よかったー、しっといて・・・)
 そうとは知らず、何かハセベの機敏に触れる振る舞いをしたならば、あのハセベのこと
だ。そのいつのりを自分に向けてくるに違いない。
 普段の数倍の怒号と罵声が飛んでくることは確実だ。
(今日一日、近づかねぇようにしとかねぇと)
 そんなとこを考えているクラウスに比べ、タキは優しく微笑む。
「そうか。それは悲しかったな。でも、大丈夫だ」
 慈愛にあふれる声でタキは告げた。
「君たちの祝いたかった気持ちは、ちゃんと届いているよ。ただ、彼は照れ屋だからね」
(いや、タキ。それは絶対違う)
 心の中で突っ込むクラウスの心を知らず、タキはそうなんですか>という顔をする三人
にむかって、こくんとうなずいた。 
「心からの言葉で、届かぬ言葉はないのだよ」
 例え、どんなに遠く離れていても・・・。


 タキの言葉に込められた想いは、三人に一応届いたのか、三人は雲が晴れたかのように
顔を晴らした。


 クラウスは、タキの言葉を聞いて思った。
 届くだろうか。
 遙か東の果てから、西の果てへ。
 もう二度と手の届かぬ、飛行機に乗ってさえも行けぬ、遠い空の彼方へ行ってしまった
あの人に、この思いは届くだろうか。
 届くのなら、伝えたい。

 

「ようこそ、クラウス大尉。準備出てきてますよ。いつでも飛べます」
「悪ぃな、突然」
 その次の空が晴れた日。クラウスは一人タチバナ領を訪れた。
 飛行機を一機貸して欲しいと朝一番に突然申し出でたというのに、それを二つ返事で
了承し、嫌な顔どころか整備士はにこにこと笑って、クラウスを準備した飛行機へ案内した。
「偵察ですか?」
「ああ。詳しいことは機密だ」
 と、いうことにしておく。
 幸いにも他の領ではクラウスに対する認識が甘いのか、そうですかと整備士はあっさり
納得した。
「後で俺たちのとこに寄ってくださいね。みんな、大尉の話を聞きたがってますから」
「わかった。あとでな」
 本当は面倒なのだが、世渡りのためと了承し、クラウスは持ってきた荷袋と共に飛行機
に乗り込む。
 そのまま誘導員の誘導に従って滑走路へ出ると、空の彼方へと飛び立った。


 上昇気流の力も借りて、大きく旋回しつつ高度をあげ、規定の飛行高度に到達すると、
クラウスは飛行機の針路をレイゼン領上空へと向けた。
 領空へ入り、眼下の領土を眺めながら、クラウスは心の中で亡き祖父に語りかけた。


(見えますか、じいさま)
(これがたどり着いた場所です)
(花の香りを追って、こんな東の果てまで来ました)

 
 亡き祖父に見せるように、クラウスは領土をぐるりと一筆書きで囲むように飛行する。


(花を見つけました)
(あなたが、我らが祖父が、見つけることができなかった花です)
(この空の下に、その花は咲いています)


 領空を一周するとクラウスはさらに上空を目指し高度を上げた。
 最早地上から肉眼では確認できない高度にまで上げて、クラウスは飛行機を低速度で
水平飛行させつつ、持ってきた荷袋を開けた。
 中にはぎっしりと詰まった薔薇の花びら。
 夜明け前の朝咲きを摘み取ってきたのだ。
 クラウスは、その花びらを片手でつかみ取ると、操縦席の外へその手を差し出す。


(俺の花です)


 クラウスの革袋をはめた手のひらから、さらさらと花びらが風に乗り、流れていく。


(気高く、強情で、潔癖で)
(涙もろく、優しくて、強い)
(俺には、微笑むことも優しい言葉も中々かけてくれない、つれない、王たる花です)


 クラウスは、視界一面で舞い、流れゆく花を見つめながら告げた。


(じいさま。俺はこの花のために死にます)
(この空の下で、この国の土に還ります)
(どうか見守っていてください)

 

 この花が枯れ果てぬように。交わした約束を果たせるように   

 

 

 想いをのせて、薔薇の花が空に、風に、舞う。

 

 

「あら?」
 祖父の墓参りに来ていたクロウディアは、風に乗ってひらひらと舞い降りてきたもの
を手のひらでそっと受け止めた。
「薔薇の花びら・・・・?」
 クロウディアは周辺(あた)りを見まわした。
 周辺には、薔薇は咲いておらず、いくつもの墓標が物言わず、その眠りを乱すなと無言
の警告を告げていた。
 クロウディアは、祖父の墓へと視線を戻して、あらっと思った。
 その墓石の上にも、舞い降りた薔薇の花びら。
 まるでその花を待っていたかのように、その花が来たことを喜んでいるかのように、
墓が微笑んでいるようだった。








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