百日の薔薇 クラウス×タキ
コメディー
節分の恵方巻きがテーマです。
12の月の物語 2月のお話
「ちくしょう、ひどい目に遭ったぜ」
はぁはぁと息を切らしながら、クラウスは草葉の陰に身を潜める。
「またんかー!!おにーめー!!!」
「おにはそとー」
バシバシィと激しく何かをまき散らす音に、さらに身を縮めながら、やり過ごす。
だんだんと声と音が遠ざかっていき、辺りがすっかり静まりかえったのを確認して、
クラウスはやっとほっと息をついた。
「ちっくしょう、ハセベにスグリの奴。ここぞとばかりに豆ぶつけやがって」
バシバシと服をはたくと、ぱらぱらとどこかに挟まっていた豆が転がり落ちてくる。
無理矢理頭に付けさせられた鬼の角飾りをもぎ取り、こんなもんとそこらに投げつけた。
『今日は、節分だから、鬼の役をやれ』
といわれ、毎度おなじみの三爺共に、無理矢理鬼の角を付けさせられたのは今日の
昼過ぎのこと。
一応あげた抗議の声もすっかり無視され、鬼退治と称して豆をぶつけられた。
姫さん達の相手はまだ良いとして、ハセベとスグリには参った。
ハセベは日頃の恨みとばかりに全力でぶつけてきて、スグリなぞ特殊豆鉄砲なるものを
持参して撃ってきた。
煎った豆は堅く、非力な姫さん達が投げる前に比べ格段に痛く、さすがに耐えれず
逃げ出したが、なおも追いかけられた。
「あの二人こそ鬼じゃねぇか」
豆をぶつけてやろうと思ったが、当然仕返しされるだろうし、タキが悲しむのでかろう
じてこらえてやる。
「くっそ~、ジジィ共め。今に見てろよ」
遠吠えしつつ、草葉の陰からそろそろと這い出す。
きょろきょろと念を入れて周囲を見回すが気配はない。
「よし、完全に行ったな」
とはいえどうするか。
今再び屋敷内に戻れば、また二人にぶつかって豆をぶつけられるだろう。部屋に戻るに
は、屋敷を通らないと行けない。外に飛び出すまで室内にいたので、外套着を着ていない。
2月の厳冬の最中に外套なしでは、凍え死にしてしまう。
走り回ったことで、一時的に上がっていた体温もだんだんと冷えてきて、身体がぶるりと
震えた。
「まずいな・・・」
とりあえず、屋敷づたいに外を歩いて、どこかで隙を見て中に入り込もうと、クラウスは
歩き出した。
表よりは裏だろうと、屋敷の裏手側に向かって歩くと、壁から飛び出した煙突から煙と
良い匂いがしている場所に来た。
「おっ、調理場じゃん」
タキに自分専用のキッチンをもらうまで、空いた調理場を借りて料理をしていたので、
ここの料理人とは顔なじみであり、今でも時折互いの国の料理を教え合う仲であった。
窓越しに、顔見知りが見えたので、窓を叩いて合図を送る。
「よっ、何作ってんだ」
「騎士殿。どうしたんですか、こんな寒い中そんな薄着で」
「ジジィ共に追いかけられてさぁ。ところで何を作ってんだ?」
「恵方巻きですよ。今日の夕食に出すんです。ところで寒いでしょう。どうぞ中へ」
クラウスはありがたいと、裏口から調理場の中へ入った。
入れてもらった温かなお茶をすすりつつ、クラウスは恵方巻き作りを見学する。
「恵方巻きってさ、つまり太巻きのことだろ?」
「ええでも、この時期は呼び名を変えるんです。そして太巻きのように切り分けません。
丸かぶりするんですよ。それもその年の恵方の方角を向いて、食べ終わるまで絶対に
しゃべっちゃいけないんです」
「・・・・・なんか、ルールが面倒だし、ちょっとしんどい行事だな」
全員が一斉に同じ方角を向いて、無言で太巻きを食べる。
その場面を想像したクラウスは、異様な光景に少しぞっとした。
「でも、食べきったら、いい年になるって言われているんです。チャレンジする人は多い
ですよ」
「じゃあタキも・・・」
そこまで考えて、クラウスは急に下半身に血が集まるのを感じ、内心ヤベッと必死で
押さえ込んだ。
黒い太巻きを一生懸命食べるタキ。
それとナニをしているタキの姿を連想してしまい、クラウスは焦る。
(落ち着け俺!冷静になれクラウス)
マツタケの二の舞はごめんだと、クラウスはそのときに起こった我が身の悲劇を必死に
思い出して、己を押さえ込む。
「・・・?どうなさったんですか大尉?」
「ああ、気にしないでくれ。熱いお茶で身震いがしただけだよ」
ハハッとごまかすように笑いながら、クラウスはお茶をすする。
「?そうですか?もう一杯飲まれます」
「ああ、いや。・・・・そうだ。なぁ、俺にもやらしてくれねぇ?恵方巻き作り」
クラウスの突然の申し出に、料理人はえっと戸惑いの表情を見せる。
「俺の分だけで良いからさ。太巻きって作るの初めてだし、やってみてぇんだ」
「そういうことなら、よろしいですよ」
料理人はすぐに笑顔に成り、クラウスの分を別に用意してくれる。
「太巻きのこつは、あまり具を乗せすぎないことと、巻くときしっかり具を押せ込みなが
ら巻くことですね」
「ふぅん、ちょっとやってみるな」
試しに一つ巻いてみた。
巻き簀と呼ばれる竹の敷物にのりを敷いて、寿司飯を平らになるように置き、具を乗せる。
「で、巻くっと」
具をしっかり押さえ込みながら巻いてみた。
巻き簀を取り、断面を切ってみる。なぜか具は真ん中ではなく端の方に寄っていた。
「げっ、なんで」
「巻くとき具を強く押しすぎですよ。あと、形はきれいに丸くなっていますが、整えるとき
強くしすぎると四角になりますので、気をつけてくださいね」
「結構難しいんだな」
「こういうのはコツですよ。何回も作ってたら上手になりますよ」
「わかった、やってみる」
幸いにもまだ材料はある。せめて一つでもきれいに巻くべく、クラウスの瞳は真剣みが
宿った。
「クラウスー。どこへ行ったのだー」
タキは、おろおろと屋敷中を探し回っていた。
ウエムラとスグリは、いい汗かいたと実にすっきりした表情で帰ってきたのだが、
クラウスだけがいつまでたっても帰ってこなかった。
お茶の時間もとっくに過ぎ、もうすぐ夕食の時間だというのに姿を見せない。
ウエムラは、そうさせたのは自分だと言うことを棚に上げて、「腹が減ればそのうち
帰ってきますよ」と素っ気なく答えるのみで、スグリも同様だった。
こんなことになるなら、あの時もっと強く言って止めればよかったと後悔するタキの
目尻には、涙が溜まり始めていた。
タキが調理場付近へたどり着いたとき、クラウスの声がした。
「じゃあ、ありがとうな」
何かが山盛りになっている大きな皿を手に、調理場から出てきたクラウスに、タキは
駆け寄る。
「クラウス」
「タキ。どうしたんだこんなところまで」
「お前を探しに来たのだ。どうしてすぐに帰ってこなかった」
ぽこぽこと怒りを露わにするタキに、クラウスは居心地悪そうに謝る。
「悪かったよ。すぐに帰っても、まだ二人に追いかけられそうだったしさ。調理場で
恵方巻き作ってたから、作らせてもらってたんだよ」
「恵方巻き?」
そう聞いて、ああとタキは気づく。
「その皿は恵方巻きか」
「そ、俺の練習作の山だ。巻くのって結構難しいな、結局1本しかうまくできなかったぜ」
ロールケーキとはまた少し違うなと、クラウスは少し悔しそうに言った。
「なら、それを今日の夕食で食すとしよう・・・・」
「おう・・・・・」
そこでクラウスはハッとして、あわてて言った。
「い、いやダメだ。これはダメだ」
「えっ?」
タキは、どうしてだ?という顔をする。
「言ったろ、うまく巻けなかったって。お前には、ちゃんと料理長が巻いたきれいな
恵方巻きが出るからさ。それを食え」
「・・・・いやだ」
タキは、フルフルと首を横に振った。
「クラウスが作った奴の方がよい」
「タキ・・・・」
それほどまでに俺の作った恵方巻きをとクラウスは、胸をきゅんとさせるが、すぐに
イカンイカンと頭を振る。
(バカ、俺、よく考えろ)
タキが、俺の作った恵方巻きを食う。
黒くて太い恵方巻きを食べるタキ。
無言で、一生懸命に恵方巻きにかぶりつくタキ。
俺の×××を食べるタキ・・・・。
(うぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!)
脳裏に浮かぶのは、・・・・を口にくわえるタキの姿と、マツタケ・・・・。
「と、とにかくダメだ。な、大人しく料理長の恵方巻き食っとけ」
「クラウス!?」
「な!」
しっぽをぽふぽふと振って怒っているタキに、クラウスは冷や汗をかきつつ、必死で
説得する。
その場の雰囲気が調理場にまで伝わったのか、わらわらと料理場のスタッフが廊下に
出てきた。料理長まで顔を出す。
「タキ様?騎士殿、いかがされました?」
「何でもねぇ、料理長。騒がしちまってすまねぇな」
クラウスは、ハハと笑ってごまかし、そんなことよりと話題をふる。
「急いで夕食の支度をしてやってくれ。タキが早く恵方巻きを食いたいってさ」
「待て、クラウス、私は・・・・」
「さようでございますか。では早速」
料理長はその場にいたスタッフに指示を出し、配膳係を呼ぶように指示した。
「タキ様、今日は特製恵方巻きですよ」
にこにこ笑う料理長に、タキはそれ以上は何も言えず、クラウスに共に食卓にこいと、
命を出した。
「えっ、いや、俺はいいよ。恵方巻き試食しすぎて腹一杯・・・」
「いいから来い。命令だ」
命令と言われれば、主に逆らうことはできず、クラウスはしょぼしょぼとタキの後に
従った。
「では、恵方巻きをいただきましょう」
ウエムラの合図に、皆がハーイと一斉に恵方巻きを手に取り、口にくわえる。
「タキ様、どうなさいました?」
ウエムラは、恵方巻きに手を付けようとしない、不機嫌な面持ちのタキに困惑げに
声を掛ける。
「御具合でも悪いのですか?」
「いや・・・」
ちらりと、タキは傍らに立つクラウスの方に視線を向けるが、クラウスはさっと目を
そらす。
「なんでもない」
タキは不機嫌な表情のまま、料理長が作った恵方巻きとそのとなりの皿のクラウス作の
恵方巻きを凝視する。
「お前は、食べないのか?」
まだ、恵方巻きを口にくわえる前のスグリが、クラウスに話しかけた。
「俺はいい。恵方巻き作るとき、試食しすぎて腹一杯でさ」
「ふん、その不細工な恵方巻きは貴様の作か」
わるかったな不細工でと、クラウスはにらみ返すが、スグリは意にも返さない。
「なに、貴様そんなものをタキ様の御前に。さっさと下げんか!」
「言われなくったって、下げるよ」
しかしハセベが言ってくれて助かったと内心思いつつ、クラウスはタキの前から自分が
作った恵方巻きの載った皿を下げた。
タキは、残念そうな目でその皿を追い、スグリはそんなタキを見て、内心やれやれと
ため息をついた。
さぁ、タキ様とウエムラに促され、タキは仕方なく料理長の恵方巻きに手を伸ばす。
「クラウス。お前は恵方巻きの行事は初めてだったな」
タキの突然の話し声に、クラウスはどきりとしつつ、「ああ」と返事を返す。
「食さなくてもよい。見ておくがいい。コレが恵方の行事だ」
といって、タキは今年の恵方である南南東の方へ向き、その場にいるクラウスを除いた
全員が南南東を向く。
「では、いたたこう」
「いただきます」
そう言って、全員が一斉の恵方巻きを食べ始める。
その異様な光景を目の辺りにし、クラウスはうわぁ~と若干ひきつつ、タキの姿を見て、
予想どおり、下半身に熱がこもり始めるのを感じた。
(うぉぉぉぉぉぉっ!!落ち着け!!俺っ!!)
マツタケの二の舞、マツタケの二の舞・・・と冷却の呪文をつぶやきつつも、クラウス
はタキの姿から目を離せない。
料理長は食べやすさも考慮したはずだが、タキの小さな口には手に余るのか、途中で
頬を染め、息苦しそうな表情になる。
それでも、声を出すまいとし、最後まで食べきろうとする必死さ。
冷却の呪文は可愛い、可愛いという賛美の言葉に変わっていった。
はっと気づいたときには、外観にもわかり掛けそうなくらいに変化してしまい、
クラウスはひぃぃぃと青ざめる。
(ちょっ、マジヤバイ。マジでヤバイ。)
どうするよ、俺!と思ったそのとき。
「おい、ライカンスロープはココか」
ガチャリと食堂の扉が開き、ベルクートが顔を出す。
「おい、あのエホウマキとはなんだ?食べ方が分からなくて、陛下が・・」
ベルクートは、クラウスの姿を見るなり、そう言いながら近づく・・・。
「俺の福、きたぁぁぁl!!」
「なっ」
ベルクートは、ぎょっとした瞬間、クラウスに背後を捕られ、後ろからつかみかかられる。
そして・・・・・。
「うがぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「悪りぃ、ベルク-ト。俺のナニが治まるまで我慢してくれ!!」
そういって、クラウスはベルクートを思いっきり締め上げる。
「!!!!っ」
突然の事態に、タキは恵方の方角から振り向こうとするが、傍にいた者達に大慌てで
止められる。
せめて食べ終わるまでと無言で説得され、タキは急いで恵方巻きを食し始める。
「うぉ、やめっ。いででだだだだだだ!!!!」
「もうちょっとだから、がんばってくれ!」
何をがんばれってんだぁ!!!とベルクートは、声なき叫び声を上げる。
一方、クラウスも必死の形相でベルクートを締め上げ、ムスコを沈めようとする。
この光景は、どう見たってクラウスがベルクートを締め技で締め上げているようにしか
見えなかった。
しかし、タキの本人も気づいていない特殊な眼鏡を通してみた光景は、クラウスが
ベルクートを抱きしめているようにしか見えなかった。
タキは必死で恵方巻きを食し、ようやく最後まで口に含む。
口の中のものを飲み込み、振り向いたときには、事態は終わっていた。
「はぁ・・・・・、はぁ・・・・・」
治まったと床に膝を突き、肩で息をしているクラウスの傍で、ベルクートが口から
よだれを流して倒れ伏していた。
「助かったぜ、ベルクート」
ポンと、クラウスはベルクートの肩を叩く。
「お礼に、俺の作った恵方巻き、全部お前にやるからな」
「!?」
目覚めたら食えよというクラウスを見て、タキの怒りが爆発した。
ベルクートが、クラウスの作った恵方巻きを食べることができたのかは、定かではない。