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幻想庭園

いろいろ書き散らしてます。 なお、掲載している内容につきましては、原作者様その他関係者様には一切関係ありません

神の花(2)

 百日の薔薇 クラウス×タキ


 
 

 


 幼い頃、誰かに叱られたり、つらいことがあると、いつもバラの中に逃げ込んだ。
 屋敷の周囲の植えられた何万本の薔薇たち。
 生まれたときから共に在り、共に育った薔薇。
 彼女たちは優しかった。
 逃げ込んできた自分を優しくつつみ、追ってくる奴らがいるとこの身を覆い隠し、その茨の棘で相手を追い返してくれた。
 泣いていると、甘い芳香を漂わせて、そっと慰めてくれるのだ。
 薔薇はいつも、クラウスに微笑んでいた。


 神殿の奥深く、木立の中に忽然とある薔薇が咲き誇る庭で、クラウスは石造りのベンチに座り、悶々としていた。
(・・・・・・逃げちまった)
 自分でも予期しなかった行動に、むずむずとわけもわからない罪悪感に襲われて、クラウスは、はぁ・・・・・・と肩を落とした。
 怖かった、恐ろしかった。
 腹の底からわき上がるぞくりとした感覚。
(神の花か・・・・) 
 今まで、自分が見ていたものは何だったのだろう。
 自分は、タキの何を見ていたのだろう。
 なぜ、彼らがタキを「我らが花」と呼ぶのか。
 巫(かんなぎ)として心の拠り所にするのか。
 その意味を、本当の理由を、今夜初めて知った気がする。
(知ってればよかったのか・・・・)
 もし、知っていたならば、
 あの日出会ったときから、神の花であることを知っていたなら、
 自分はタキを求めただろうか?
 焦がれて、満たされず、餓えはてだろうか。
  無理矢理手折って、傷つけることもしただろうか・・・・。
 無知であることの恐ろしさ。
 知らぬということの何という幸福と罪深さ。
「今になって、思い知らされるなんてよ・・・」
 このどうしようもない想いとやりきれなさを晴らそうと、胸ポケットから煙草を取り出す。
 一本口にくわえて、火を付けようとしたとき、ある薔薇が目にとまった。
 その姿を目にした途端、驚きのあまり目を見開いた。
 ぽとりと口から落ちた煙草に目もくれず、クラウスはふらふらとその薔薇へ歩み寄った。

 

 ここより遙か西にある薔薇の群れの中で、その薔薇は咲いていた。
 数万本の中で唯一咲いていたプリマ・マテリア。
 幼き日、密かに譲り受け、俺のためにだけ咲いた白い薔薇。 
 
「なんで、こんなとこに・・・」
 声が震えた。
 あの日、あまりに綺麗で、あまりに儚げで、乱暴に摘み取ったのに安心してほころんで微笑んでいたから、怖くなって、土の中へ埋めてしまった白い薔薇。
 真っ暗な冷たい土の中で、永遠にその姿をとどめて眠りについていたはずなのに・・・・。


 その白薔薇は、今宵月明かりに照らされて、楚々として咲いていて、クラウスに向かって静かに微笑んでいた。
 あの日初めて出会ったときと同じように、安心しきって手を伸ばしていた。


 ああ・・・とクラウスは両の手を伸ばした。
 震える指先で、その手に触れて、クラウスはようやく心の底から安心することができた。
 自然と笑みがこぼれた。
 まるで、昔の恋人との再会を喜ぶかのように。
 クラウスはその薔薇を摘んだ。
 あの時のように乱暴にではなくそっと、この手の中に迎え入れるように。
 薔薇は、あの時のようにクラウスの手の中でほころんでいた。
 安心しきって、微笑んでいた。


 甘く、懐かしい思い出に口づけるように、クラウスはその薔薇の顔貌(かんばせ)にそっと口唇を寄せた。 

 

 


 耳の奥に歓声が沸き上がった。
 喜び一色に染まった、民の声。
 高まりきった緊張から解き放たれ、現実へ引き戻される。
 とどまることのない、歓喜の声。
 その声で、タキは、儀式が無事成功したことを知った。
 それを万民に知らしめるべく、祭壇から目を外し、民へと寄り添ったとき、目にとめた。
 己に背を向けて、走り去る騎士の姿を。 

 

「クラウスはどこだ?」
 儀式を無事に終えたというのに、ほっとしているどころか、険しい目をして戻ってきたタキに、ハセベをはじめ付き従ってきた者達は戸惑う。
「タキ様、どうなさいました?」
「私の騎士が走り去っていくのを見た。何かあったのか?」
「クラウスがですか?いえ、何の報告は受けておりませんが」
 そうだなと、ハセベは周囲の者達に目配せすると、皆もはいと頷く。
「すぐに連絡を取ります」
「よい、自分で探す」
「タキ様!?」
 お待ちください、というハセベの呼び止める声も聞かず、タキはすぐさま控えの間から飛び出した。

 

「た、タキ様」
 まだ神殿の中にいるはずのタキに出会って、外で警備をしていた者達は驚きの声を上げる。
「クラウスを知らぬか?」
「クラウス大尉ですか?」
「いえ、お見かけしておりません」
「いっしょにお探しいたしましょうか?」
「よい、一人で探す」
「そんな、お一人なんて危険です」
「大丈夫だ、皆、持ち場へ戻れ」
 警備の者達の申し出も振り切り、タキは一人でどんどん神殿の奥深くへと行ってしまう。


 花の香りがした。
 レイゼン家の紋章である薔薇の甘く強い芳香。
 何かに気づいたかのように、タキはその香りの源へと向かった。
 香りがどんどん強くなっていく。むせかえるほどに。
 この香りがクラウスは好きだった。
 木立の中を突き抜けると忽然と現れる薔薇の庭。
 月光の力を借りて、薔薇たちが輝き、華麗に咲き誇っていた。
 
「クラウスーーー!」
 タキは、庭全体に響き渡るようにクラウスの名を呼んだ。
 返事はなかった。
 だが、タキは確信を掴んだかのように薔薇の中へと突き進んだ。
 薔薇は、タキを拒むかのようにその行く手に立ちふさがった。
 鋭い棘の付いた枝を伸ばし、これ以上進まぬようにと警告する。
 しかし、タキはもろともせず、その枝を踏み分けて、どんどん奥へと進んでいく。


 薔薇の群れをかき分けて・・・・・。


 そして、目撃する。


 クラウスが、まるで愛しい恋人を見るような目で、愛おしげに白薔薇に口づける姿を・・・。


 その瞬間、全身の血が沸騰した。
 


 「クラウス!!!」

 

 名を呼ばれた。
 その瞬間、パンッ!!と空気を裂くような音が鳴った。
 それと同時に、左の頬が熱く痛んだ。
「タ・・・・キ・・・?」
 クラウスが、信じられないような者を目にするような表情でタキを見た。
 タキが叫んだ。
「そんなに薔薇がいいのか!!」
 タキはすがりつくかのように両の手でクラウスの胸ぐらを掴みあげ、叫んだ。 
「この私より、その薔薇の方が良いというのか!?」
 そう叫ぶタキの目は、離れていこうとする恋人を必死でつなぎ止めようとする女の目だった。
「タキ・・・、お前・・・」
「私よりこんな・・・、こんな花の方が・・・・」
 ギリッと、タキの指がクラウスの胸に食い込む。
「こんな花なんかに・・・・」
 下を向くタキ。
 声色で、どんな顔をしているのか分かる。
 クラウスはそんなタキを見下ろした。
 ぽっかりと開いていた口が、ふいに不敵にゆがんだ。


「は、ははははははははは。あっ、ははははははははは」


 降ってわいた笑い声に、タキを目を剥いて顔を上げた。


「あっははははは、ははは、はははははは」
「何がおかしい!?」
 哄笑の原因が自分と気づいて、タキは鋭い目をして睨みつける。
「なぜ、笑うクラウス!?」
「なぜだって・・・・・?」
 クラウスは、くっくっと笑いをかみ殺す。
(これが笑わずにいられるかよ)


 神の花が、
 神に捧げられし、この世で最も美しき花が、
 こんな男を、
 常に餓え、乾き、満たされず、
 それを満たすためなら、神の花とて容赦なくむさぼる男なんかに、
 己以外の、他の花に目を向けることを許さず、激しく怒り狂い、
 恐れている。


 クラウスは瞼を片手で覆って、天を仰ぐ。
「は、ははははは・・・・」

 乾いた笑い声が、天へと吸い込まれていく。

 

 求めていたのは、自分ばかりだと思っていた・・・・・。

 

 ひとりしき笑い尽くして、クラウスはタキを抱きしめた。
「俺の花・・・・」
 愛おしげにつぶやく。
「タキ、お前に触れたい」
 きゅっとクラウスの抱きしめる腕に力がこもる。
「お前が欲しい」


 そう、考えるまでもなかった。
 悩むこともなかった。
 それがどんな花であっても、欲しかったのはたった一つ。


「いいか?」
 ささやかれた声に、タキの腕がゆっくりと差し出され、そっとクラウスの背中に回された。


 二人の足下には、白薔薇がぽとりと落ちていた。



あとがき

 嫉妬するタキが書きたかったのです。
 本編でも見てみたい。
 クラウスは本質は優しいから、理解されたらかなりモテると思う。
 モテモテのクラウスに焼き餅を焼くタキ。
 見てみたいし、書いてみたいです。

 

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