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幻想庭園

いろいろ書き散らしてます。 なお、掲載している内容につきましては、原作者様その他関係者様には一切関係ありません

神の花(1)

百日の薔薇 クラウス×タキ

大祭の夜。クラウスは宸華の者を目撃する


白膠木(ヌルデ)       信仰


 

 


「宸華」とは天子が華。
 神に捧げられし、この世で最も美しい花。


「沸き立ってるな・・・・」
 夕暮れで薄暗くなってゆく窓の外を眺めながら、クラウスはつぶやいた。
「夜が近づくほどに。そわそわしてやがる」
「当然だろう。今宵は我らにとって大事な儀式が行われるのだから」
 救急箱にクスリを詰め終え、ふたをパタンと閉めながら、スグリが言った。
「タキ様が宸華となられた姿を拝謁できる数少ない機会だ。心が躍らん民はおらん」
「さすがは、神の花だな」
 ふっと、クラウスは口元を緩めた。
「それよりお前、本当に行かないつもりか?」
 スグリが念を押すように言った。
「・・・・ああ」
「お前はタキ様の騎士だぞ。それが許されるとでも思うのか?」
「許すも、許さないもねぇよ」
 クラウスは、窓の外から視線を外し、スグリの方を振り向く。
「俺はタキに触れるなって言われてんだ。あんたは俺の餓えをよく知ってるだろ?」
 クラウスはまっすぐに、スグリを見据えた。
「だからこうして離れてるんだ。それは儀式が終わるときまで続く。それだけの話だ」


 それは、10日前のこと。
『10日後に、神殿にて我が領内にとって重要な儀式が執り行われる』
 タキは、厳かな口調で告げた。
『月を祭る大祭であり、領を上げて行われる』
 クラウスはふぅんとした。
『で、お前はどうするんだ』
『私は、「宸華」とならねばならない』
 タキの目が冷ややかに細る。
『清浄潔斎に努める必要がある』
『あーつまり、禁欲しなくちゃならないってことだろ?』
 はいはいはいと、クラウスは了解したと手を上げた。
『いつからだ?』
『・・・・・今からだ』
 タキの答えに、クラウスはにやりと笑って聞いた。
『ちなみに口づけは?』
『肌の交わりは一切禁じられている』
『そっか』
 わかったよとクラウスはにんまりとすると、その場に跪いた。
『我が主、今より誓おう。俺は儀式が終わるまで、お前に一切触れない』

 

「・・・・俺はタキとの約束を守る」
 もう、以前の自分ではないのだ。
「・・・そうか」
 小さく返事をして、スグリは救急箱を手に持った。

 

 二人して、大祭が行われる神殿へ向かった。
 神殿は、大祭の準備に追われる人々が忙しく行き来しており、出入り口付近では、
神殿警備の者達が集まり、警備の最終チェックに追われていた。
 クラウスは、その中の神殿警備の最高責任者であるウエムラと、タキの身辺警護を取り締まるハセベに声をかけた。
「ウエムラ。ハセベ」
「大尉」
「クラウス・・・」
 ハセベは、クラウスの姿を見るなり、むむむと眉間にしわを寄せた。
「貴様、その格好は・・・」
「俺の役目は外警だ。直衣姿でなくったっていいだろ?」
 そういったクラウスが着ているのは、いつものカーキの軍服であり、周りの者が皆、色とりどりの直衣であるなかで妙に目立っていた。
「警備の者は、配置にかかわらず直衣を着ると決まっておる。用意はしてあっただろうが!」
「アレは着慣れてないから、動きづらいんだよ」
 それにいまいち似合わないしなと、クラウスはへらっと笑った。
「いざってとき、動けない方が困るだろ?」
「しかし、それでは体裁が」
「俺は、ここに来ている奴から見えない場所で警護するから大丈夫だ」
 それにと、クラウスは言った。
「みんなタキを見に来てるんだ。大事なのは、タキの立派な宸華の姿を衆目にさらして、無事大祭を終えることだろ?」
 正面から正論を吐かれ、ハセベは、むむっと唸って黙ってしまう。
「タキの傍には、あんたらがいる。あいつら三人組もな」
 だからと、クラウスは急にまじめな表情になる。
「頼んだぜ、タキのこと。俺が傍にいられない以上、お前らだけが頼りだ」 
「・・・・・・・言われるまでもない」
 ふん、とハセベは胸を張った。
「そうです。タキ様のことは私たちに任せなさい」
 ウエムラが、しっかりとした表情で告げた。
「貴様こそ、ネズミを取り逃がすんじゃないぞ」
 スグリの言葉に、クラウスはにやりと笑う。
「安心しろ、蟻の子一匹入れやしねぇよ」
 そして、クラウスはくるりと踵を返した。
「じゃあ、頼んだぜ」
 後ろ手を振って、クラウスはさっさと神殿から出て行ってしまった。 

 

「・・・・ほんとに傍にいないとはな」
 ハセベの言葉に、ウエムラも「ええ」と同意した。
「騎士のくせに、勝手な奴だ」
「ですが、自ら外に回ってくださってよかったですよ」
 ウエムラはとうとうと語る。
「領民の間には、タキ様の騎士が異国の者、しかも敵国の人間であることに眉をひそめる者は多いですし、第一、儀式の最中はクラウス大尉の役目はないわけですから」
 それにと、ウエムラは少し口ごもる。
「口惜しきことながら、外の警備には少々不安が。この時勢下ですし、外に回ってくださったほうが安心です」
「適材適所という奴だな」
 スグリはため息をついた。
「ところで、タキ様のご様子は」
「落ち着いておられるよ。先ほど報告を兼ねて様子を訪ねたのだが、さすがは我らが花。あの神々しさ、気高さ。神々でさえ見惚れるだろう」
 今宵の大祭は大成功だなと、満足げにうなずくハセベに、ウエムラもうれしげに同調する。
 しかし、スグリは冷ややかな表情で、クラウスが去って行った方向を見つめていた。

 

 夕暮れが去り、空に夜の帳が降りた。
 満ちた月が天へと昇り、神殿の屋根に懸かる頃、大祭は始まる。
 神殿内部設けられた広場には、宸華たるタキの姿を一目見ようと、大勢の領民が詰めかけていた。
 クラウスは、彼らから見えず、広場全体が見渡せる位置から、と彼らの動向に注意しつつ、もたらされる報告に耳を傾けながら、儀式の場にタキが現れるのを待っていた。


 赤々と燃えていた松明の炎が激しく揺らいだ。
 ぼうっと、天井から吊された燭台の灯がともる。
 シャンシャンという無数の鈴の音が、辺りに響き始めた。
 それに合わせるかのように人々のざわめきがなりを潜め、神殿内に腹の底がぞくりとするほどの静かな沈黙が訪れる。
 鈴の音がだんだんと大きくなってゆく。
 頭に響くほどの鈴の音。
 神殿の奥から誰かゆっくりと歩み出てくるのが見えた。
 歩み出でる影は、灯台の灯に照らされて、その姿をさらした。
「おお・・・・・・・」という人々の感嘆の声が漏れる。

 

 宸華とは、天子が華。
 神に捧げられし、この世で最も美しい花。
 清浄にして、清純の、人の形をした花。
 荒れ果てた地にでさえ、美しく鮮やかに、その気高さと誇り高さで咲き誇る。
 決して手折られることのない花。

 

 クラウスは、目を離すことができなかった。
(ああ、なんて・・・・)
 美しい。
 この世でこれほど美しい花はあっただろうか。
(これが宸華)
 神の花。
 かつて一度だけ見た花よりも、
 己の世界の色を奪い取ってしまった花よりもなお、
 美しく、苛烈で、己を捕らえて、従わせ、情熱と情動をかき立て、命も何も、すべ
てを捧げさせる。
 我が支配者。


 花がうたう。
 神へ捧げる厳かなる詩を。
 花が舞う。
 神へ捧げる、艶やかな舞を。


 この声が、この舞う仕草が、
 紡がれる唇が、その手、指の先までもが、あまりに美しく、鮮烈で、


 恐怖を・・・・・感じた・・・。


 花が舞う。
 月が満ちる。
 光が差して、花に降り注ぐ。


 歓声が上がった。
 それを引き金とするかのように、クラウスはその場から逃げ出した。

 



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