ベルクートは高揚していた。
再び相まみえるのだあいつに。
今度こそは逃がしやしない。
「死体は後方車両に集めたか」
「はい、仰せの通りに」
「おまえたちは、先頭車両で陛下をお守りしろ。奴の相手は俺がする」
嬉々とするベルクートに女はおもしろいとばかりに声をかけた。
「うれしそうね。昔の恋人?」
「まさか。ですが奴と俺は不思議な縁で結ばれているようです」
「妬けるわね」
「ご冗談を」
後方車両へ向かうベルクートの背中を見つめながら、女はつぶやく。
「気づいてるのかしら。レイゼンの騎士が女だって」
予定では、給水をするため列車は止まるはずだった。しかし列車は速度を速め
クラウス達の足下を足早に通り過ぎようとしている。
「くっそ、なんで」
(まさか、情報を漏れてた?)
しかし考えている暇はない。このまま列車を止めなければ、領内への侵入を許し
てしまう。
「アズサ、あたしはここから飛び移る。あんたはここで残ってな」
衝撃的な知らせに呆然としていたアズサはクラウスの声で我に返った。
「えええええ、でででででも大尉」
「足手まといよ。いいわね」
「まってください大尉。さっきスグリ少尉が妊娠って」
「その話は後。行くわよ」
クラウスは列車に併走するようにかけだし、給水塔から列車に向かって飛び降り
た。
何とか屋根の端をつかんでうまく飛び乗れたが、後から飛んできたアズサはバラ
ンスを崩して転げ落ちそうになる。
慌てて足をつかみ、屋根に縫い止める。
「なにやってんのよ」
「す、すみません」
「残ってろって言ったのに」
「女性でしかも妊婦の方に任せるなんて・・・」
「皇国軍人の名折れ、でしょ」
たくっと、クラウスが下を見ると見張り兵と目がかち合った。
「侵入者だ」
「ちっ」
クラウスはその場から撃ち、ガラス越しに何人か打ち倒す。
「ぐずぐずしてる場合じゃない。最後部車両のデッキから内部に侵入する」
「このまま屋根を伝って、先頭車両に行っては?」
「足音で割れるし、遮蔽物がない。的になるのがオチさ」
クラウスは、デッキにいた兵を射殺すると屋根から降り、侵入を開始する。
その頃、大隊本部にはようやくアサクラ総司令官からの直接入電が入った。
『待たせたかね』
「申し訳ありません。くだらない用件なら切らせていただきます」
『まぁ、待ち給えレイゼン師団長』
タキのいつもと違う早口で有無を言わせない予想外の態度に、アサクラはおやっと思う。
『あれだけさんざん要請しておいて、いざ繋がれば言うことがそれかね?』
「すみません。事情が変わりまして」
『こちらだって、そうだ。君が独断専行してくれたおかげで総司令部では両務省か
らの攻撃にさらされておる』
「そうですか。責任は後でいかようにでもとりますので、これで失礼します」
と言って切ろうとするタキをアサクラは、待て待て待てと引き留めた。
『だから待ち給え。いいのかね。あの列車に誰が乗ってるのか知りたくないのかね』
「すでに知っています」
『何・・・・?』
アサクラはふむと片目をつり上げる。
いったい、いつどこでどうやってレイゼンはこの状況を知り得たのか。
『それでは知っていながら、君は部隊を出したのかね。相手はエウロテ公妃以下現
閣僚7名だぞ』
「それは初めて知りました」
タキの言葉に、アサクラはんん?と首をかしげる
『レイゼン師団長。上官をからかうとは君らしくないな。君は今知っていると言っ
たじゃないか』
「今の私には、そんなことなどどうでもいい事態が発生したのです。急ぐので失礼
します」
そう言ってタキは通信を切った。
「タキ様、準備できました」
「よし、この場は副司令官にまかす。各員撤収作業を完了させ本部に帰投せよ」
そして、タキは用意させたジープに乗り込んだ。
一方、そう言われて通信を切られたアサクラは、目を白黒させていた。
同じ頃、列車内を探索するクラウスとアズサは、車両を開ける度におびただしい
死体の数に出くわし、異変を感じ取っていた。
「大尉、これ」
「仲間割れでもしたのかもね」
素早く弾薬を拾いつつ、クラウスは先に進む。
「死角に注意して。敵がどこに潜んでいるわからない」
『そのとおりだ』
突如上から降ってきた声にアズサが顔を上げる。
「バカっ、逃げるのよ」
その瞬間頭上から打たれ、クラウスはアズサを拾いつつ後方に飛ぶ。
アズサをさらに後ろに放り投げたクラウスは、さらに後方車両へ移るようにと
指示を出す。
そのとき後ろに気配を感じたクラウスはすぐさま銃を後ろに向ける。首筋に剣が
突きつけられ、そこに立つのは左目に傷がある男。
「あんたは・・・」
「感動の再会だな、クラウス」
にやりとベルクートが笑う。
「大尉!!」
後方車両にいるはずのアズサがベルクートに向かって撃つ。隙を狙って距離を
とったクラウスは、そのまま後退した。
タキは、雪が溶け始めた泥道を全力でジープを走らせていた。
「だめです。工兵部隊からの応答はありません」
「さっきの工作員多数潜入の報は本物らしいですな」
つい先ほど、師団本部憲兵所から連絡があったのだ。予備部隊の一人と店主を
エウロテの内通者として逮捕。多数の工作員が部隊内に潜入している可能性がある
とのことだった。
「鉄橋に急げ」
タキは先を急がせつつ、心の中で愛しい人の名を呼んだ。
(クラウス)
「どうした、クラウス。もう後がないぞ」
(言われなくてもわかってるわよ)
クラウスは、ベレッタのマガジンを変えながら、いらついた。
アズサは足を負傷し、弾は貫通しているようだが傷は深く、出血が止まらない。
なにより白兵戦が不得手のアズサを庇いながらの戦闘は、いくらクラウスでも
問題を難しくしていた。
「大尉。ボクを置いていってください」
「バカ言わないで。タキの無線手はあんたしかいないのよ」
「でも・・・」
「男がごちゃごちゃうるさいわよ。女に守られるのは皇国軍人の名折れなんでしょ。
ならこう思えばいい。クラウスは騎士だ。女じゃないってね」
そう、クラウスは騎士なのだ。主の命は必ず遂行する。
「帰るわよ。二人で、ううん3人で。タキが待ってる」
「大尉、やっぱり」
その瞬間クラウスは駈けだした。
飛び出してきたクラウスとベルクートが対峙し、互いの銃と剣を違える。
一瞬だった。ベルクートの剣はクラウスの腕をかすめてはいたもののその手を
離れ、クラウスの銃はベルクートに突きつけられている。
「終わりよ」
そのとき激しく汽笛が鳴った。
それに気をとられた瞬間、ベルクートはクラウスの腹部を思い切り蹴り上げる。
「がはっ」
すさまじい勢いで後方に吹き飛び、金属部分に激しく頭をぶつける。
「大尉!!」
アズサが近づこうとした瞬間、もともと車両に仕掛けられていた時限爆弾が爆破。
閃光が輝いた瞬間、二人の体は吹き飛ばされ、冷たい水の中へと落ちた。