さかのぼること数ヶ月前、ルッケンヴァルデ町外れの酒場。
閉店後でだれもいない店で、クラウスは読んでいた新聞をパサリとテーブルの上
に投げ出した。
一面の見出しには、でかでかと「エウロテ、我が連合国内に侵攻」とあった。
カランカランとドアベルが鳴った。入ってきたのは、タキで、黒い髪に全身黒の
スーツを身にまとい、頭のてっぺんからつま先までどっぷりとぬれていた。こんな
閉店後の夜遅い時間に薄暗い店内にタキだと知っていなかったら、幽霊が来たと、
さぞや驚くだろう。
「バカね。この雨の中を傘も差さずに・・・」
こんな時間に来るのはただ一人。
「こっちに。そのままじゃ風邪を引くわ」
クラウスは、タキを店の奥へと案内した。
ぬれることも気にせずクラウスはタキをベッドサイドに座らせると、とりあえず
上着を脱がせ、タオルを頭からかぶせてやる。
「シャワーでも浴びたら?」
声をかけるも返事はなく、クラウスはタキの後ろに回り、髪をタオルで拭いてや
る。
「新聞、見たわ」
クラウスの言葉にタキの方がぴくりと動く。
「どうするの?」
「・・・・・国外退去処分となった」
クラウスの手が止まる。
「帰るの?」
「この週末には、国へ去る」
「帰ったら、どうするの?」
「我が国の軍は、領ごとに独立編成されている。私は領主だ。領民達を率いて闘う
ことになる」
「でも、前線には出ないんでしょ?」
「いや、私は前線に立つ」
「司令官が?」
タキの言葉にクラウスはぷはっと笑い出す。
「なにいってんの。司令官が死んだらその軍は負けなのよ」
「私の代わりなどいくらでもいる」
「タキ・レイゼンの代わりはいないじゃない。どうするの?妹ちゃん達を置いてい
くつもり?まだ小さいんでしょ?」
話の中で、クラウスはタキが両親がすでにおらず、まだ幼い妹たちが6人もいる
ことを知った。
「それでもだ」
タキは拳を強く握りしめた。
「私は、領主だ。民を守る義務がある。民の命が蹂躙されていくのを遠くからただ
黙ってみていることなどできない」
握りしめすぎて、血がにじむのではないかと思った。
クラウスはタキの手を片方取り、口づける。
「バカね、これから闘おうっている人が手を大事にしなくてどうするの」
「クラウス」
タキはもう片方の手をクラウスの手に重ね合わせる。
「あなたにも大変お世話に・・・」
「こんなときに女に言う台詞がそれ?」
すねるような声に、タキはかぁっと頬を赤くする。
「す、すまない。気の利いた言葉が言えなくて」
「いいわよ。それがタキじゃない」
クラウスはクスクスと笑って、タキを後ろからぎゅっと抱きしめた。
「クラウス?」
「なら、後悔がないようにしないとね」
そう言うと、クラウスはタキにこっち向いてと誘った。それに乗ってタキが
クラウスに向き合うと、クラウスはチュッとタキの唇に口づけた。
その瞬間、タキの顔が赤い薔薇のように染まる。
「あら、この程度で赤くなったらダメよ。先はまだまだ長いんだから」
そして、クラウスはタキのシャツに手をかけた。
「ク、クラウス!?」
「なに?女は初めて?」
「い、いや。元服するときに添伏の女性があてがわれるから」
「つまり経験済みってことね」
「一度だけだ」
なんだが男として情けないような気がしてタキは、シュンとなる。
そんなタキにクラウスは再び口づけた。
「そんなにしょげることないわ。大丈夫あたしに任せて」
クラウスは包み込むように両腕を広げた。
「いらっしゃい」
***********
「ハルキー」
「みんなー」
司令部に帰投したハルキは、仲間との再会を喜びつつクラウスのことを聞いた。
「クラウス様、先に帰ってるはずなんだけど知らない?」
「そういえば、引き継ぎの後タキ様と何か話しあってるような感じだったけど、
その後、二人でどこかへ行っちゃた」
「部屋に戻ったんじゃないのか」
そんな会話をする少年達の横をスグリは冷ややかな目をして聞きながし、通り過
ぎる。
「スグリ侍従長」
話しかけてきたのは、女官長だった。
「お疲れのところ、申し訳ありません。少しお時間をいただいてよろしいでしょう
か」
「私はもう休むところなのだが」
「話はすぐにすみます。とても大事なことなのです」
女官長は、張り詰めるほどの真剣な表情をしていた。
レイゼン家の奥向きのすべてを取り仕切る女官長の滅多にない表情と申し出に、
スグリは、わかったと女官長の案内に従った。
強姦というのは、男の専売特許のように思われるが、力を封じ込めるコツさえ
知っていれば女が男に対してするのは可能だ。
もともとサクソン人は男女ともに体格がよく、サクソン人の女と東洋人の男が
並べば、サクソン人の女の方が体格がいいなんてことはざらにある。
なによりクラウスはタキよりも長く戦場を経験してきた。複雑な過去の経緯から
男を喜ばすすべも知っていた。
クラウス以外の女は一人しか知らないタキを籠絡するなど分けなかった。
無理矢理奮い立たせた逸物をくわえ込んで、絶頂へと駆け巡る。
あの日からこの瞬間だけに生を感じていた。
「う・・・うう・・・」
「なに、もう終わり?まだ、3回しかしてないわよ、ご主人様」
「うぁっ」
ぐっと腰を深くして動かすと、びくびくとする。
苦しいのかベッドボードにくくりつけられた両手が動く。
「よく働いたご褒美をくれないとね。もっと悦ばせてくれなきゃ」
「だれが・・・」
はぁと肩で息をしながらタキは、クラウスをにらみつける。
「こんなことをして、なにがうれしい」
「うれしくないの?」
「こんな浅ましい行為」
その瞬間、タキの頬がぴしりと打たれた。
「浅ましいだって?馬鹿なこといってんじゃないわよ。子供がどうやってできるか
知ってる?こうして女の腹の中に男がぶち込むからできるんじゃない」
思い知らせるようにクラウスが動くと、タキは喉がつぶれたような声を上げる。
「おまえもあたしもみーんなこうして生まれてきたんだ。ここから生まれてくるん
だよ」
クラウスは、腹部に手を添える。
「そう、みんなここから」
そうつぶやいた瞬間、クラウスはタキの首に手をかけた。
「クッ・・・・ラウ・・・・ス・・・」
「タキ、どうして言ってくれないのっ」
泣き叫ぶような声だった
「何にもいらないんだ、あたしは。その言葉を声さえ聞けたなら、あたしは・・・」
クラウスの首を絞める力が強くなる。
「あたしは、それだけで・・・」
クラウスがタキに目をやると、タキの唇は青ざめ、泡を吹き出していた。
はっと反射的に手を離し、泡をぬぐい取ると、タキは青ざめた唇を動かし、
「・・・・・ゆるせ」
そう一言告げて、意識を手放した。
「あ・・・・」
クラウスは、すぐに呼吸を確かめた。呼吸は合った。行為と締められたことの
ショックで意識が飛んだのであろう。ほっとしたおもつかの間、胸の奥から激しい
後悔がわいてくる。
「あああああ・・・・」
クラウスはタキにすがりつき、泣いた。
「こんな、こんなことをするためにあたしは・・・、この国に来たんじゃないのに」
その頃、戦闘地点を捜索していた部隊が、敵部隊の残した装甲車を鹵獲した。
そこで、うち捨てられたバックパックを見つける。中身を確認したところ、西方
諸国連合軍国内で発行されている新聞と、隙間に詰められるようにあった手紙が
1通。発見した者はむこうの文字が読めなかったため、その手紙は司令部に持ち帰
られた。情報部が読んだところ驚くべき内容が記されていた。
女官長の話を聞き終え部屋に戻ったスグリは、すぐに休むはずが、疲れはどこか
へ吹き飛び、考え込んでしまった。
そこへ、玄関の扉がノックされる。
はじめ無視したスグリだが、何度もしつこく叩かれるのでいらつきながらドアを開けた。
そこにいたのは、今最も会いたくない人物だった。
「クラウス・・・」
「スグリ、お願い。タキを見てやって」
クラウスが抱きかかえていたのは、白いシーツに包まれたタキだった。