英雄の安息所。
そこは、光と闇の戦いが繰り返されていた頃、互いの陣営の英雄達を祀り、その
安らかな眠りを約束した場所。
ゆえに常に多くの光と闇の者達が参籠に訪れたが、光と闇の戦いが過去のものと
なった今では、安息所を訪れる者はめっきり減っていた。
そんな中、毎年欠かさず訪れる者もいた。
ここに眠りし者達の王たちである。
「見ろ、闇の王陛下だ」
「今年もいらっしゃったか」
安息所内にいた参籠者達は、闇の王の姿を見るなり頭を垂れようとするが、
「なんだか、今日の陛下はいつもと違う気がしないか?」
「そういえば、ずいぶんはっきりとお姿が見えるような」
安息所は常に薄暗いため、ここに来た闇の王は、その闇に溶け込むような感じに
見えていたのだが、今日の闇の王は、妙に目立ち、闇から浮き立っているように
見えて、姿を見た者はつい王の姿を凝視してしまう。
「これは陛下の周りが明るいせいだ」
「ここに外灯はないし。陛下は光り輝いておられるのか?」
「いや・・・。あれは陛下の傍におられる女性のせいではないか?」
「本当だ。あれは陛下の新しい愛妾か?なんと美しい・・・」
参籠者は、闇の王の傍についている女性の存在に気づき、感嘆の息を漏らす。
その女性は、手に純白の百合の花束を持ち、黒づくめの喪のドレスを身にまとい、
頭に顔を隠すように長い薄墨の喪のベールがついた帽子を被っている。
ベールのせいで顔はよく見えないが、腰まで波打つように流れる彼女の豊かな
金色の髪は、黒いベールに包まれてなお漆黒の夜空で輝く星々のような輝きを放っ
ている。
皆は、闇の王がこの薄暗い闇から浮き立って見えたのは外灯の明るさではなく、
この黒いベールの女性が放つ輝きのせいであると気づいた。
そして、そのベールの向こうに女性のたぐいまれなる美しさが隠されていること
にも。
「思ったより、人がいるわね」
喪服の女性は安息所内の様子を見て、なんだかほっとしたような声を出した。
「これでも往時に比べてほとんど減った。今来ている連中は、この眠る者達の子孫
だな」
「今でも彼らの偉業を忘れず、こうして忍んでくれるていることはうれしいことだ
わ」
「あいにくだがな、光の女王。今日ここに来ている者達は、お前が思うような純粋
な気持ちではない」
感謝するように述べる光の女王に、闇の王は皮肉を述べる。
「奴らは、己の血筋の高貴さを他者に示しすためにここに来ているんだ。それによ
り得られる既得権益を維持するためにな」
「・・・嫌なことを言うわね」
「今のエテルナは闇の世紀。腐敗は闇の好むところだ」
ふっと笑う闇の王に、女王と呼ばれた女性は嫌な者を見るようにぷいっと顔を
背ける。
「そう怒るな、光の女王。この程度のことは、我々が戦っているときからあっただ
ろう」
「・・・・そうだけど」
「お前が気に入らないなら、奴らから既得権益を奪ってもいいが?」
「そこまでする必要はないでしょ。彼らの腐敗があまりにも目に余れば自然と淘汰
されるわよ」
光の女王は、つんとして闇の王の申し出を断った。
正義を尊ぶ光とて目をつむることもあるのだ。
「もうっ。せっかく落ち着いた気分できたのに、嫌な思いをさせられたわ。やっぱ
り、一人でこれば良かった」
と光の女王はぷりぷりと機嫌そうに口にする。
「そう言うな。礼拝堂では一人にしてやるから」
ほら、その門の向こうだと闇の王が指さす先には、門の傍で安息所を守る司祭達
が二人の到着を待っていた。
闇の王と結ばれてしばらく経った頃、光の女王はかつて自分に忠義を尽くしてく
れていた光の戦士達への慰霊に、どうしても行かなければならない衝動に駆られた。
そんな女王に対し、闇の王は当初つれない態度を取った。
『何を今更。もう何百年も前に死んで、お前を探しにも来なかった連中に立てる
義理などないだろう』
その言葉にかちんと頭にきた光の女王は、闇の王との閨を拒否し、彼を一切無視
して、今日の慰霊の旅の計画を立て、侍女に命じて喪服のドレスを作らせた。
そして一人で出発する直前の女王の下に、闇の王がひょっこりと現れた。
『準備ができたか。では、行くぞ』
『行くってどこによ。私は今から慰霊に行くのよっ』
『だからそれにだ』
闇の王が言うには、女王が誰にも邪魔されずに慰霊ができるように安息所の司祭
に話はつけたらしいが、自分が一緒に行かなければ通じないというのだ。
出発直前まで、慰霊に出た勢いで世界中に散らばる光の戦士達の慰霊碑を回る
長い旅に出ようかとなかば本気で考えていた光の女王だったが、着いてくる気満々
の闇の王に渋々同行を許したのだ。
(もう、この人ったら)
こんなことをするくらいなら、なぜ最初にわざわざ人を怒らせるようなことを
言うのか。
挑発が得意な闇の者らしいと言えばそうだが、面倒くさすぎる。
(もっと素直になればいいのに)
もっとも、そんなものは闇の者らしくないと王は言うだろうけど。
「着いたぞ、女王」
そんなことを考えているうちに、光の女王は礼拝堂に着いた。
英雄の安息所には、光の者と闇の者が共に埋葬されているため、常に多くの光と
闇の者達が参籠に訪れた。それゆえ、ここでは仇同士が巡り会うことがあったが、
英霊達の眠りを妨げないよう、ここで剣を取ることは禁じられており、彼らは互い
にいないかのように振る舞い、静かに埋葬された同胞を弔った。
もっとも彼らの衝突が軽減されるよういくつか方策は採られており、その一つが
それぞれ専用の礼拝堂が設けられたことだ。
この礼拝堂には、入り口上部に光の紋章が刻まれているので光の者専用のものだ。
「周辺も含め人払いをしてある。好きなだけ祈りを捧げるがいい」
「あなたは中に入らないの?」
「闇の者である私がこんな所に入ったら、気分が悪くなる」
そう言って、闇の王は肩をすくめる。
「・・・・・そう」
扉を開けて、光の女王は中に入ろうとするが、
「女王」
闇の王が声をかけた。
「祈りに入りすぎて、死者に捕らわれるなよ」
その言葉で、そう告げたときの彼の表情で、光の女王は闇の王が何を不安がって
いるのかに気づいた。
(・・・・馬鹿な人)
そう思いながら光の女王は礼拝堂の中に入った。
***********
「我が忠義なる光の戦士達よ」
光の女王は、持参した花束を祭壇に捧げると、その前に跪き、祈りを捧げた。
「今更お前達の前に現れることを許して欲しい。私の祈りなど・・・・不愉快なこ
とでしょう。それでも、これだけは伝えておきたい。私は、長きに渡り続いたお前
達の忠義に心の底から感謝しています」
彼らが支えてくれたから自分は光の女王としてやってこれた。
彼らが供に戦ってくれたから闇の王と戦い続けることができた。
「お前達の光への忠義を決して忘れることはありません。お前達の忠義を、同胞へ
の愛を、敗れた事への無念を、すべての思いをこの胸に抱いて、私は・・・・
私は・・・」
光の女王の声は震えていた。
それでもぐっと胸に詰まった重くつらい思いを強く強く抱きしめて、ぎゅっと唇
を引き締め、決意の表情でしっかりとした声で告げた。
「私は、闇の王との戦いをやめることを決意しました」
石造りの礼拝堂に冷たい空気が流れる。
「今のエテルナは闇の世紀。私達は闇が支配する世界は、光は迫害され、腐敗と
堕落が満ちあふれたものになると教えられてきました。それを防ぐために光は戦う
のだと」
光とは正義であり、正義を守護する光の者がエテルナを支配するのが正しいのだ
と、光の者達は誰もがそう口にしていた。
女王もそれを信じていた。
「でも、今のエテルナはどうでしょう。あなたたちも冥府から見ているはずです。
闇が支配する世界の姿を。光の者は滅びましたか?世界に腐敗と堕落が満ちあふれ
ていますか?」
否と女王は首を横に振った。
「そうはならなかった。闇の王は光の者達を保護してくれた。光と闇の戦いは自然
と収まり戦争はなくなり、エテルナは安定しました」
腐敗と堕落は満ちなかった。全くないというわけではないが、法と秩序はきちん
と機能している。
闇の王の統治の元に、世界は安定と平穏を手に入れていた。
「今、私が剣を取ることはこの安定と平穏を壊すことになります。それは、光が
掲げる正義でしょうか?」
光の女王は知ったのだ。
世界の安定に、光も闇も関係ないと言うことに。
「私は、世界の安定と平穏を守りたい」
だからと女王は組んでいた祈りの手を強く握りしめる。
「どうか、今はただ安らかに眠り、今のエテルナを見守っていて」
もう女王の下に集い、戦う必要はないのだ。
「闇の王の動向は、私が監視し続けます。彼が光の者や世界に害をなさんとすると
きは、私がこの命をかけて彼を止めてみせるわ」
この身にかけられたカオスの呪いは、今だ解ける気配はない。
ならば共に呪いをかけられた者として、見守ろう。世界が終わるまで。
「だからすべてを私に任せて、どうかあなたたちは安らかに。それが私からあなた
たちへの最後の願いです」
そしてこの償いに、誰一人巻き込みたくない。
すべては、自分が抱いた疑問と願いが原因なのだから。
(すべての責任は私が負うわ)
それが、光の女王の覚悟なのだ。
「そのために私は・・・」
光の女王は、冥府の戦士達にもう一つ告白した。
***********
その頃礼拝堂の外で、闇の王は光の女王を待ちながらもらしくない自分の行動を
振り返っていた。
「この私が、こんなところで女の帰りを待つとはな」
ここは、光の者達が埋葬されているエリアだ。
そこかしこに光の気配が漂っていて、闇の者である自分にとっては居心地は良く
ない。
それでも闇の王はここを離れる気はない。
エテルナの宮殿で光の女王がここへの慰霊の準備に追われている頃、闇の王は
日々いらだちが絶えなかった。
『女王の奴。私よりあの薄情者共の方がいいというのか!?』
光の者は、光の女王の再誕を待ちながら自ら探そうとはせず、やがて彼女の存在
を忘れた。
それに対し、自分は光の女王のことを忘れなかった。
現れるのをずっとずっと待ち続けて、とうとう自分から探しに行った。
だから女王は選んだはずなのだ。
薄情者の同胞より同じ運命を背負うかつての敵対者を。
『女王の夫は私だろう? なのになぜ、妻はいつまでもあいつらのことを気にかけ
るんだ?』
いまだに光の女王の心に住み続ける存在に闇の王は憤慨する。
『そのような不機嫌なオーラを漂わせていれば、他の者が怯えますよ。闇の王』
『誰だ!?』
不意にかけられた女の声に闇の王は声を荒げる。
振り返るとそこには不思議な雰囲気を身にまとった一人の女性が立っていた。
エテルナを統べる偉大なる闇の王に声をかけたというのに、彼女からはいっさい
の躊躇が見えない。平然とそこに立ち、逆にこちらを下に見ているようにも見える。
この城に仕える女官どころか、闇の者にも光の者にも見えない。
『人払いを命じたはずだぞ。闇の王の命に従わないとは貴様、何者だ?』
『闇の王ともあろう者が、なんとも狭量なことですね』
女性は、その質問には一切答えなかった。ただ切々と語るのみ。
『何が不満なのですか。今の光の女王は昔の女王とは違うのです。剣を捨て、立場
を捨てて、あなたを愛することを選んだ』
『私を愛する・・・・だと?』
この言葉に闇の王はふっと肩をすくめる。
『どうだかな。彼女は私との仲を他人に知られるのを嫌がる。好きな男にふりとは
いえ自分が他の男と仲良くしているのを見られたくないんじゃないのか?』
『そうでないことは、あなたが一番よくご存じのはずです』
女性は何一つ動揺しないい声で告げる。
『闇の王。光の女王は、いまだ葛藤の最中にいるのですよ』
『葛藤だと?』
『長い眠りについていた女王は、今のエテルナの現状を知ってなお、光と闇が争っ
ていた頃の印象が強いのです。あの方は恐れている。自分たちの婚姻がきっかけと
して、再び争いが起こることを。あなたと離ればなれになることを』
『馬鹿なことを。私はもう二度と女王を手放す気はない』
『あなたがそのつもりでも光の女王はどうでしょうか。闇の王、あなたの愛する
光の女王は、恋に溺れて仲間を平気で裏切るような女性ですか』
『・・・・・違うな。愚かなほど真面目で、高潔で、他者への慈愛に満ちたあの女
は、自分の心を偽ってでも仲間の利益や気持ちとやらを優先するだろうな』
だからこそ腹立だしく、妬ましいのだ。
『わかっていながらなぜ愚弄するようなことを言ったのですか、闇の王』
女性の指摘に闇の王はぐっと喉を詰まらせる。
『闇の王。つまらない嫉妬はおやめなさい』
『嫉妬?くだらん。そんな感情、闇の王には・・・』
『愛する女性の心の中に他の者がいる有様を見るのは、不愉快極まりないかも知れ
ませんが、すべては過程の一つなのです。やがては収まるべき所へ収まります。
望む結果を手に入れたければ、黙って見守る度量が必要です』
『・・・・・・・わかっている』
ちっと闇の王は舌打ちし、次に自分のなすべき事をするべく行動に移しのだ。
女王のために。
「まったく嫌な女だった。何者だあいつは」
それを問おうとしたとき、すでに女性の姿は消えていた。
王の力が張り巡らされている宮殿から王に気づかれるずに消え去るなど、ただ者
ではないことは確かだった。
「この私に言いたい放題とは・・・・。まぁいい。闇の王はだからと言って罰を
下すほどの狭量ではない」
と言いつつもその顔から不機嫌さは消えていなかった。
「女王の奴、城に帰ったら思い知らせてやろう」
自分が誰のものなのか。
誰のことだけを思っていればいいのか。
堕ちるような甘さと快楽で包み込んで、その身と心に闇をしみこませよう。
もう二度と他の者に心を移さないように。
「闇の王陛下!!」
そんなとき、安息所の司祭が血相抱えて走ってきた。
「ああ、良かったまだおられて。大変でございます」
「どうした、騒がしい。ここには近づくなと命じたはずだぞ」
「申し訳ございません。ですが、緊急の要件でございまして」
その場で平伏する司祭に闇の王は舌打ちしながらも用件を聞く。
「言ってみろ」
「じつは・・・・・」
***********
光の礼拝堂から光の女王が出てきたとき、外には誰もいなかった。
「闇の王?」
周辺を見てみたが、誰の気配もない。
「なんだ・・・一人で帰ったのね」
女王はなんだか落ち込んだようなため息をついた。
思ったよりかなり長い時間祈りを捧げていたから、待ちくたびれたのかも知れな
い。
(待ってくれてると・・・思ったのに)
そんな考えがよぎったが女王はすぐに打ち消す。
彼がそこまでする義理はないだろう。こうして一人でゆっくりと光の英霊達に
向き合えるよう協力してくれただけでも充分ではないか。
「私・・・帰ろう」
慰霊の旅に出る気も失せ、女王は帰路につく。
帰る場所はもちろん先に王が帰っているはずのエテルナの宮殿だ。
しかしその足取りは心なしかとぼとぼとしていた。
他のエリアと光の礼拝堂があるエリアを区切る門をくぐり、出口へ行こうとした
とき、司祭達の立ち話が女王の耳に入った。
「もっと炎の勢いを強化しなければ」
「範囲も広げましょう。昔のように出入り口にまで火を」
(火?)
彼らの話を聞いて女王はそうだったわと思い出した。
安息所内にある中央広場は、英霊の中でも強い恨みを抱いたり、死してなお戦い
を望むなど荒ぶる魂の持ち主が眠る場所だ。
彼らの力は光でも闇でも非常に厄介なため、彼らが出てこれないよう中央広場に
ある庭園には、永遠に消えることない炎の装飾が施されていた。
その炎は、この薄暗い闇の中に赤々とした光を放ちそれは、遠い出入り口からで
も見えるほどだ。
でも、今日来たとき赤々と燃えるような光に女王は気づかなかった。
「昔に比べて火は小さくなり、燃える範囲も狭くなったというのに、また大きく
広げなくてはならないとは」
「いつかは消えるものと思っていたのに、ままなりませんなぁ」
(火が小さくなった?)
しかも消えようとしていたとは。
では火の中に封じ込められた荒ぶる魂の多くは浄化されたということか。
これも光と闇の戦いの成果としたらうれしいことはない。
(なのにまた大きくなろうとしているなんて。いったい何があったの?)
「幸いにも闇の王が来てくださっていてよかった。奏上したところすぐに対処に
向かってくださった」
「それはよかった。何せ相手は陛下との戦いを望んでいましたからな」
「陛下が負けることなどありえないし、すぐに落ち着きを取り戻しましょう」
「それにしても随分高名な光の戦士だと思われるが、光と闇の戦いは遙か昔のこと
だというのにいまだに捕らわれ続けているとは気の毒に・・・」
「光の戦士ですって!?」
光の女王はつい声に出てしまう。
誇り高き光の戦士が中央広場に封じられてなど、さすがに看過できない。
「あなたたち、闇の王との戦いを望んでいるという戦士は中央広場のどの辺りにい
るの!?」
いきなり話しかけられたことに司祭達はぎょっとしうろたえるが、彼らの様子を
気にせず女王は白状するようせまる。
「言いなさい。闇の王はどこへ向かったの?」
「ちゅ、中央広場にある英雄達の集会所です」
「わかったわ、ありがとう」
さっそく向かおうとする光の女王を司祭達は慌てて止める。
「お、お待ちください。中央広場はとても危険な場所ですよ」
「今、闇の王陛下が対処してくださっております」
「心配ありがとう。でも私には無用よ」
彼らを振り払い、女王は英雄達の集会所へ向かった。
司祭達の言うとおり、封印の火は女王の記憶の中では出入り口付近から燃え
広がっていたはずなのに、今の眼前では、炎はずいぶん遠くの方で灯火のように
燃えていた。きっとあの炎の向こうにくだんの集会所があるのだろう。
「ここまで来たのね。ならば私のやることはただ一つ」
いまだに荒ぶる光の戦士を説得し、安らかな眠りにつかせるのだ。
もう忠義は尽くしてもらった。これ以上は必要ない。
女王は炎が燃える場所へいそいだ。
英雄達の集会所にいる者は、よほどの大物らしく、炎の壁の他に炎の茨で周囲を
囲まれていた。
しかし、狭い足場もクリスタルアローを持つ光の女王ならば造作もない。
茨を超えて、女王は集会所に着いた。
「この中ね」
かすかに中から剣と剣がぶつかり合っているような金属音が聞こえてくる。
女王は急いで扉を開けた。
「でやあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「ふっ」
上空からの落下攻撃を闇の王はジャンプして避ける。
落下攻撃後のわずかな硬直を狙い、顔を含めて全身を甲冑に身を包んだ大男を
攻撃するが、相手はすぐにテレポートして、
「うぉぉぉぉぉりゃぁ!!」
と自身の身長ぐらいあるような大剣でなぎ払ってくる。
さらに、
「くらえっ」
と、集会所の天井と床に仕掛けられた飛び出すヤリまで使って縦横無尽の攻撃を
仕掛けられる。
「きゃっ」
床から飛び出すヤリは女王のつま先からわずかな距離からも飛び出し、思わず
女王は声を上げた。
「おまえ、なぜ来た!?」
闇の王は、光の女王の存在に気づき、咄嗟に自分の背中に隠す。
「出て行け。戦いの邪魔だ」
「そうはいかないわ。かつての臣下がこんなところで捕らわれているならば黙って
いられるわけないでしょう」
どいてちょうだいともがく光の女王に気が取られている闇の王に、大男はほぅ?と珍しいものを見るような態度を取る。
「ほう、卑怯者の貴様が女をかばうとはな。気でも触れたか?」
「生憎正気だ」
「それはよくない。ご婦人。その男は危険だ。今、私が成敗いたしますので、ここ
より立ち去られよ」
「いいえ、そうはいかないわ。それにその声、その姿・・・」
光の女王は闇の王を押しのけ、前に進み出た。
「ガリバルディ将軍。あなたなの?」
「おお、私の名をいまだに存じている貴婦人がおられるとは。何という幸運か」
なんだかうれしそうなガリバルディに、女王はもちろんだと告げる。
「当然です。ジェフリー・ガリバルディ。誉れ高きガリバルディ家の戦士よ。
あなたは我が軍の中で最も栄誉ある将軍であり、私の最も忠実なる臣下でした」
「その声、その言葉・・・・、ま、まさかあなたは!?」
宙に浮いていたガリバルディは、急いで床に降りてその場に平伏する。
「光の女王陛下!!お久しぶりでございます。再びご尊顔を拝謁することになろう
とは。我が名を覚えていてくださり、恐悦至極に存じます」
そして、顔を上げたとき、ガリバルディはおぉ・・・と感嘆の声を漏らした。
「甲冑を身につけていないあなたを見るのはいつぶりのことか。我が記憶の中の
女王のお姿よりも遙かに美しく、太陽よりも光り輝いておられる。女神すらあなた
にはかなわないでしょう」
女王が黒物ドレスを着ているせいか、彼女の放つ輝きがより鮮烈なものとなり、
久しぶりに美しき者を見たガリバルディの目を焦がす。
まさしく眼福であった。
「ガリバルディ将軍。あなたが冥府へ下ったのは最後の戦いのおりでした。エテル
ナ宮殿でせっかくあなたが活路を切り開いてくれたのに、私はその戦いで敗れてし
まった」
そして復活してすぐ長い眠りについたのだ。
「あなたのことは、部下が丁重に埋葬してくれたと思っていたのに、そうではな
かったの?」
「いいえ、女王。我が同胞は、私の遺体を我が家の霊廟まで運び丁重に葬ってくれ
ました」
その行程は、闇の者の報復の手が及ばないよう慎重に帰したものだった。そのよ
うな危険を冒してまで一族の墓に葬ってくれた仲間達への感謝の気持ちは、今でも
薄れていない。
「ですが、先祖と交わした約束を果たせなかった無念が私を現世に縛り付けました」「無念というのは・・・」
「無論、闇の王を倒すことにございます」
ガリバルディはキリッとして答える。
「女王陛下もご存じでしょう。私の父も祖父も、私自身も、我々の一族は全員、
闇の王の手により殺されました。それも正々堂々とした戦いではなく、暗殺や謀略
など卑劣な手によりです」
「ええ・・・・そうだったわね」
光の者は、正義を尊び、礼節を守り、戦いは互いの力を真正面から出し合うこと
を好む。
その最も体現者たるのが代々のガリバルディ家の戦士達だ。
そんな彼らにとって、暗殺などの奸計により命を失うのは最も不名誉な事だった。
だからこそ闇の王は、彼らに挑むときに必ずその手を使ったのだろう。
いかにも闇の者らしい戦い方だ。
「私が当主の座に着いた際に立てた誓いが闇の王を倒すことです。我が一族は、
正統なるエテルナの王である女王の偉大さと栄光で世界中を照らし、闇の王の卑劣
さにより無念な死を遂げた先祖達の復讐の誓いを果たすために命を捧げて参りました。この無念が晴らされるときまで、我らに安息はありません」
「将軍・・・」
この忠実な家臣の揺るがぬ忠誠を以前はうれしく思っていたが、いまは痛ましく
てたまらない。
(彼らをそこまで追い詰めたのは、私のせいでもあるわね)
今にして思えば、彼らのその純粋さを利用していたのかも知れない。
ガリバルディ家のめざましい戦いぶりは闇の王への怨讐が起因しているのだと、
光の女王は知っていたのだから。
ガリバルディ家の代々の無念は今や魂に刻まれている。
だから彼は死してなお、ここにいるのだ。
(どうしよう。こんな彼が、私と王のことを知ったら)
この純粋なる光の魂の行く末が想像され、光の女王は己のしたことの罪の大きさ
を思い知らされた。
「闇の王よ、ここであったが数百年目。女王の御前で貴様の首を上げてやろう。
これで我が一族の無念は晴らされ、我らが光の世界が訪れるのだ」
そんな光の女王の苦悩など露と知らず、戦う気満々のガリバルディを闇の王は
あざ笑う。
「残念だが、世界はすでに闇のものであり、そして平和だ」
「なにを!?」
「光の者達も大人しく私に従っている。お前のしようとしていることは平穏を壊し、
世界を再び血に染まった戦いの日々に戻す行為だ。私は別に構わないがな。だが、
光の者が勝利のために平和を壊そうとするとはなんたる皮肉だ」
「だまれ!!みな、偽りの平和に欺されているのだ!!」
ガリバルディは、言い突っぱねた。
どうやら彼にもエテルナの現状は伝わっていたらしい。
しかしそれを受け入れるつもりはないようだ。
「私にはわかっているのだぞ。おまえはいずれ漆黒の闇で世界を破壊しようとする
のを」
「それはない。世界の平和が妻の願いだ。私は愛しい妻を裏切るつもりは毛頭ない」
「貴様の妻だと~~~~~~~~!?」
はっとガリバルディは、侮蔑するように吐き捨てる。
「闇の王の妻になりたいと願う女がいるとはな。どうせ不実で、不貞極まりない
下品で下劣で卑猥な、淫欲にまみれたな女だろうが!!」
「とんでもない。この上なく誠実で、貞節と貞淑を守り、上品で優美な最上の女だ」
そう言って、闇の王は光の女王を背中から抱き寄せ、その手を招き寄せて、その
の甲に口づける。
「き、ききききききさまぁぁぁぁぁ、女王陛下に何というまねをーーーー!!」
ガリバルディは頭から湯気が出そうなほど憤激した。
「自分の妻に触れて何が悪い」
「世迷い言を言うなぁぁ!!女王陛下、今お助けします」
剣を取って飛びかからんとするガリバルディを女王は止める。
「落ち着いて、ガリバルディ。・・・・・・本当の事よ」
「なんですとぉぉぉぉぉぉ!!!?!?!!?」
ガリバルディの絶叫が、集会所に響き渡った。
「じょじょじょ女王陛下!!ご冗談が過ぎますぞ!!」
「冗談ではないわ。闇の王は私の夫よ」
闇の王に勝つためにやむを得ず心にもないことを言うなどの計略を使うことが
あったことをガリバルディはよく知っている。
そして、自分を含め数少ない心を許せる臣下には決して嘘をつかないことを。
その女王の口からも言われ、ガリバルディはショックで膝から崩れ落ちた。
「私はたとえ闇が支配していても、この平和な世界が長続きすることを望みます。
ガリバルディ」
女王は闇の王から離れると、ガリバルディに優雅なお辞儀を返した。
「あなたは、誰よりも誇り高く、勇猛で忠実な臣下でした。どうか今はその怒りを
静め、安らかに」
「女王陛下・・・・・・、うううううぉぉぉぉぉぉおおお!!!」
ガリバルディは絶叫した。
「認めん!!俺は認めんんぞぉぉぉぉぉ!!」
「ガリバルディ将軍」
「光が闇に堕ちることなど、断じて認めん!!認めるものか!!!」
「いけない。将軍の魂が・・・!」
光の女王には見えた。ガリバルディの魂がその強すぎる恨みから憎しみに染まっ
ていく。そして、憎しみから絶望へ。闇に堕ちる・・・・っ。
「お願い、聞いて、私は」
「ぬおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
『いい加減にせんか。不肖の子孫よ!!』
突然、ガリバルディそっくりの戦士が現れ、ガリバルディに一撃を与える。
「何をする貴様ぁぁぁl」
『臣下の分際で女王陛下のご英断をないがしろにするとは何事だ。控えよ』
「英断だと!? 女王は闇の支配を認めたんだぞ」
『愚か者めが。忘れたか?我らが戦ってきたのはエテルナの平穏をもたらすためよ。
それができるのは我ら光だと思ったからこそ闇に挑んだのだ。闇が平穏を実現した
のなら目的は達せられた。女王陛下はそうおっしゃられておられるのだ』
「だが・・・」
『我が子孫よ、恩讐を超えよ。それが我ら光の誇り。光の支配に執着し、逆に闇の
堕ちてどうする』
毅然とした態度で諭す戦士に気負され、ガリバルディは先ほどまでの勢いを落と
す。
「あなたは・・・」
『お久しぶりにございます。女王陛下。初代ガリバルディにございます』
戦士は女王の前に平伏し、ガリバルディは「ご先祖様!?」と驚愕していた。
「あなたもさまよっていたの?」
『いえ。あなたの祈りを聞き、光の英霊達を取りまとめるべく冥府より出てまいり
ました』
初代ガリバルディは、女王を見上げ、先ほどガリバルディを叱りつけたときとは
全然違う穏やかな声を発した。
『女王陛下の貴婦人の姿を見られるとは、爺はうれしうござます。光の指導者とし
て剣を取って以来、あなたがその姿をなられることは滅多にありませんでしたから
なぁ』
「カオスに呪われる前の話ね。そんな昔のことを覚えていてくれているの?」
『鮮明に覚えております。あの頃のあなた様は、笑われることもあった。ですが、
光の指導者としての責務をまっとうしようと奮闘される日々のなか、いつしか笑顔
を見せなくなった』
常に甲冑に身を包み、目つきを厳しくし、女王としての威厳を崩さないようにし
ていた。
『爺は、あなた様のことを子供の頃から存じ上げているがゆえに、多くの光の者だ
けではなく、あなた様もいつか再び笑顔になれる日々が来るようにと、その思いで
戦って参りました。それができなくてもせめて穏やかになられるようにと』
あの頃は、こんな永遠に繰り返す戦いに発展するとは思ってはいなかった。
やがては決着がつき、光の世紀が訪れるのだと、誰もがそう信じていた。
『女王陛下、今あなた様はあの頃の穏やかさを取り戻された。このような形になり
ましたが、我々の願いは叶ったのです』
だからもういいのだと、初代ガリバルディと言った。
『この不肖の子孫も英霊達のことも、我々にお任せください。女王陛下は、現世に
て己の誓いをまっとうなさいませ』
そして、立ち上がるとガリバルディの首根っこをつかんだ。
『さぁ、ゆくぞ。おまえには、長い時に渡り歪んでしまったガリバルディ家の真の
教訓を教え直さなければならん』
「そ、そんなぁぁ~~~」
『それでは女王陛下、失礼いたします』
「女王陛下・・・・、うぉぉぉぉ~~~~~んん!!!」
ガリバルディはむせび泣くときっと闇の王を睨みつける。
「闇の王、女王を裏切ったときは我が剣の錆にしてくれるわ!!!」
覚えておけよ~~~~~~~~!!と叫びながら、二人のガリバルディの魂は、
集会所から消えた。
「奴らの気配がない。ここを去ったか」
まったく迷惑な連中だったと、闇の王は前髪をかき上げる。
「これでここも静かになったな。司祭達も喜ぶだろう」
「爺、ガリバルディ将軍・・・・」
光の女王はまぶたを手で拭った。
「闇の王。悪いけど、私はしばらく城には戻らないわ」
「なんだと!?」
光の女王の発言に闇の王はかみつく。
「おい、今度はどこへ行く気だ。いったい何が不満なんだ」
「ガリバルディ家の霊廟よ。まだ、残っていればいいけど・・・・」
女王曰く、ガリバルディ家は、光の者達の中でも格式が高く、代々女王の忠実な
る臣下であったため、英雄の安息所以外の場所に墓を作ることが許されていた。
「私の記憶では、ガリバルディ家の霊廟は、倒れし者達の廃地の地下にあったはず
よ」
倒れし者達の廃置は、戦いの始まりの場所であるがゆえ、地下を掘るなど両陣営
の相当高位な者でしか許されない行為だ。
ガリバルディ家の格式の高さがうかがえる。
「当時霊廟へ行く道は、墓が荒らされないよう隠されていたわ。たしか東の壁付近
に出入り口があったはず」
「あの辺りでそんなものが見つかったという話は聞いたことがないが・・・」
「エテルナの戦いは、闇の勝利で終わり、光の者は遠方の領域に移されて参拝者が
来なくなったからいつしかすべて砂に埋まってしまったのね。掘り起こさせば出て
くるかも」
「場所は見当がついているのか?掘り起こすにどれぐらいかかると思っているんだ」
「不死である私に、時間は関係ないわ」
そう言ってのける光の女王に、闇の王はふざけるなと言いかけるが・・・・、
『望む結果を手に入れたければ、黙って見守る度量が必要です』
ふいに、あの謎の女の言葉が脳裏に蘇り、苦虫を噛み潰したような顔でぐしゃぐ
しゃと己の髪をかく。
「そういう発掘が得意な奴に心当たりがある。そいつにやらせるから城で吉報を
待っていろ」
「・・・・また、協力してくれるの?」
意外そうな顔をする光の女王に対し、闇の王はふんと鼻を鳴らす。
「私を見損なうな。闇の王は器量があるんだ」
ほら、今日は帰るぞと闇の王に手を差し出されると、光の女王は少し考えた後
その手を取った。
***********
英雄達の集会所での一件からしばらく経った頃、光の女王の下に待ちに待った
知らせが届いた。
その一方を受け取りさっそく倒れし者の廃地にある東の壁近くに向かった女王を
一人の老人がうやうやしく出迎えた。
「お初にお目にかかります。女王陛下。ロード・ドレイク6世と申します」
「あなたが闇の王が言っていた考古学者ね?」
「はい。闇の王より今回の発掘の責任者に任じられました考古学者、歴史家にござ
います。主な専門はエテルナ全史ですが、失われた文明の研究もしております。
それゆえいくつもの発掘は行っているのですが、これほど大規模かつ資金が潤沢な
発掘は滅多になく、それ故我々は大いに力を発揮して・・・・」
「ありがとう、あなたの功績はまた今度聞くわね。それで、私が見つけてと頼んだ
墓はどこかしら?」
「おお、これは失礼いたしました。こちらでございます。ご案内いたしましょう」
ロード・ドレイク6世率いる発掘隊は、闇の王直々の命により東の壁付近を徹底
的に調査し、ついにガリバルディ家の霊廟へ通じる出入り口を発見した。
「陛下には、中まで入れるようにしろと命じられておりましたので、いろいろと
整備させていただきました」
ロード・ドレイク6世いわく、長い間砂の中に埋もれていたため砂もかなり入り
込んでいたが、奥深くは天然の鍾乳洞を利用されていたせいかそれほどでもなかっ
たらしい。しかし、やはり年月には敵わず埃がつもり、いくつかの彫像類は崩れて
いたそうだ。それはすべて綺麗に掃除されており、考古学価値のあるものはすでに
外に運び出されていた。埋葬物の扱いに感しては、光の女王は目をつむった。
それより大事なのは棺の方だ。
だが、長い間埋もれていったせいでほとんどが大地に帰り、見つかったのはわず
か3つだという。
「棺自体には闇の王陛下のご命令により手を出しておりません。それと中央室に
ある大きな墓廟の中にもです。もっともその墓廟については出入り口が固く閉ざされ、
中に入れないせいでもあるのですが」
「それでいいのよ。新しい墓ができたら皆そこに移して改めて埋葬するから、いま
はそのままにそっとしておいてちょうだい」
中央室に着くとしばらく一人にして欲しいと言ってロード・ドレイク6世を下が
らせ、女王は墓廟の前に立つと、扉に刻まれた碑文を読む。
“ここに、呪われた者達が眠る。ここに血筋の終焉がある”
カオスに呪われていたのは、自分と闇の王だけだったはず。
けれど、自分たちに率いられ終わりなき戦いに参戦していた彼らもまた呪われた
存在だったのかも知れない。
その果てに、ガリバルディ家の血筋は途絶えた。
ガリバルディ家の当主は、当主の座を継ぐとすぐに結婚し、子を残してから参戦
していたが、最後のガリバルディはなぜかそれをしなかった。
適齢の娘がいなかったわけでもなかったし、時間も充分にあったのに。
“私は、先祖と交わした約束を破ってしまった”
「・・・・・ごめんなさい」
ガリバルディの闇の王への無念を半ば無理矢理断ち切らせることとなってしまっ
た。
この罪は重い。
「私は、この重さをすべて背負うわ」
それでなお、光の女王は今のエテルナの平穏を望んだのだ。
女王は持参した花束を墓廟の前に置く。
「いずれ、あなたたちをここから光の者の領域へ移すわ。どうか同胞達を見守って
いて。同胞達もまたあなたたちの輝かしい功績を思い出すでしょう」
そしていつか、穏やかな日々の中でまた会いましょう。
「その時までどうか安らかに」
女王は、忠義であった将軍達のために祈りを捧げた。
中央室から出ると闇の王が来ていた。
「ここがガリバルディ家の霊廟か。ずいぶん大層だな」
「彼らはそれだけの功績があったのよ。あなたは臣下への敬意はないの?」
「もちろんあるさ。けれど、こんな仰々しいものは作らない。時間が経てばこれら
も忘れさられ、埃や砂まみれとなる。ここがそうだったように。そんな姿にするこ
とこそ哀れではないか?」
闇の王の言うことも一理ある。
「それでも私は、彼らの栄光と功績を現す物を作ってあげたいの」
「そうか。好きにしろ」
女王の気持ちはわかるが、なんとなく気に入らない闇の王は、女王を抱き寄せる
と首筋に唇を落とす。
「ちょ、ちょっとダメよ。ここをどこだと思ってるの!?」
「闇の者にとって、墓は家のようなものだ。ここでお前を抱いて、お前が私の妻だ
とガリバルディ達に見せつけるのも悪くない」
「悪趣味が過ぎるわっ」
「それが闇の王だ」
その時、鍾乳洞の天井のつららがいくつか折れ、闇の王めがけて降り注いだ。
「危ないっ」
女王が叫ぶまもなく、闇の王は女王を抱きかかえてつららを回避する。
「怒りを買ったか」
「当然でしょ!!さっさとここを出るわよ」
闇の王の腕から降りると、ぷりぷりとしながら外へと歩いて行く光の女王の後ろ
を闇の王はやれやれという表情で続いた。
「私は一足先に城に帰る。お前は気の済むまで慰霊をしてこい」
外に出るなりそう告げた闇の王に光の女王は、「え」?という顔をする。
「私の自由にしていいの?」
「ああ」
「光の領域に行っても?」
「ここまでやったんだ。もう好きにしろ」
これ以上は関心なさげな闇の王に、光の女王は複雑な心境になる。
この急な心変わりは何だろう。
「・・・・怒ってるの?」
「なにをいまさら」
闇の王はくいっと光の女王の顎を指でつかむ。
「私の寛大さに感謝することだな。女王」
「・・・・ありがとう」
そう告げた女王の唇に闇の王は口づけたが寸前で離す。
「じゃあな」
そう言うと闇の王は本当に一人でエテルナの宮殿に帰ってしまった。
後に残された光の女王は、自由に慰霊ができることへの感謝よりも
置いてきぼりにされた子供のような心細さを感じた。
***********
一人城に戻った闇の王だったが、不思議と腹立だしさはなかった。
少し前までは、光の女王の言動にいらつき、彼女の行動を憤懣やるせなかったが、
今はそんな気持ちにはない。
「腹が据わったようですね、闇の王」
声をかけてきたのは、あの謎の女だった。
しかし、闇の王は「またお前か」と言ったが、今度は警戒心を起こさなかった。
冷静さを取り戻した闇の王は、情況判断能力や推察力に優れていた。
だから、察せられたのだ。この声の主が何者なのか。
「女に振り回されるなど、闇の王のすることではない」
「おやまぁ。今まで散々振り回されてきたようですが」
「いってくれるな。だが、ここまでだ」
「ふふっ。いまはそれでいいでしょう」
女は、可笑しそうにからかうようにクスクスと笑う。
「ですが、油断はならさぬように。彼女はまだ不安定。最後の一押しが必要です。
その時を逃がさぬように」
「言われずともわかっている」
闇の王はもう理解していた。
あと少し、あと少しなのだ。
あとほんの一押しで、極上の光は我が闇の手の中に堕ちてくる。
「女王がケリをつけた時、彼女は私のものだ」
逃しはしない。
その時をずっと待っていたのだから。
***********
エテルナにある光の領域。
闇の王の裁定により設けられたその領域には光の者達が住んでおり、ほとんどの
者は今の現状を受け入れて静かに暮らしいた。
「どうかしら。新しいお墓の住み心地は?」
光の女王は、目の前にある子供が遊び場とするくらいの小さなサイズで屋敷の形
をした墓に語りかける。
「前のよりずいぶん小さくなってしまったけど、ここの神官はあなた達のことを
ちゃんと世話をすると約束してくれたわ」
だからきっと寂しくないと女王は、墓に刻まれた名前に優しいまなざしを向ける。
墓の主の名前は、ガリバルディ。
女王は、英雄の安息所とは別に多くの光の英霊達が葬られているこの墓地に
ガリバルディ家の墓を移したのだ。
元々の墓は、ロード・ドレイク6世に任せてきた。
発掘してくれたお礼もあるし、現存する遺体はすべて引き取れたし、彼なら遺物
を悪いようにはしないだろうと思ったからだ。
彼はガリバルディ家について本も書きたいと言っていた。
その本を読んだ誰かがここを訪れるときがあるかも知れない。
ガリバルディ家の名は、別の形で残されていくのだ。
「時々お参りに来るわ。また会いましょう」
そう告げて、光の女王は墓地から去って行った。
光の領域は、光の者がほとんどであるからか光の力を強く感じられる。
懐かしい同胞達がいる雰囲気に触れ、光の女王は故郷に帰ってきたかのような
心境に駆られる。
でも、
「さて、帰ろうかしら」
光の女王は帰路に着くことにした。
あの時抱えた寂しさが、帰るのだと決めたとき、喜びに変わった。
その時はっきりと感じた。
今の自分の居場所はここではないのだと。
「また来るわね」
光の女王は、境界からもう一度光の領域の姿を目に焼き付ける。
(光は、ここにある)
故郷はここにあるからと思うこそ旅立ち、新たな居場所を持つことができるのだ。
女王は光から闇の中へ足を踏み入れた。
闇の雰囲気も慣れてしまえばどうと言うことはない。
闇の王の領域を旅し、廃地まで戻ってきた。
天の階を守る衛兵は、女王の姿を見るなり敬礼した。
女王は彼らに軽く会釈して、天の階を昇る。
エテルナの宮殿の扉の前に着くと、扉を守る衛兵もまた女王を見て敬礼し、
素直に扉を開けた。
城の中の者も行く先々、出会う者すべて女王に深々と頭を下げる。
エテルナの玉座の前に着くと扉がゆっくり開いた。
玉座には、闇の王が座っていた。
「帰ってきたか」
「もちろん。ここが私のいる場所だから」
玉座から疑わしげなまなざしを向ける闇の王に、光の女王は太陽のように微笑ん
で答えた。
闇の王が玉座から降りてきた。
王は、光の女王の前に立つと腕を伸ばし、彼女の身体をしっかりと抱きしめた。
(これで、女王は私のものだ)
もう離さない。離れない。
けれど、今言う言葉はそんな言葉じゃない。
その時を逃さぬよう、この時にふさわしい言葉を闇の王は口にした。
「おかえり」
光の女王は闇の王の背中に腕を回して答えた。
「ただいま」
その瞬間、光は闇に捕らえられたのかも知れない。
けれど、この光景を別のどこかで盗み見ていたとある神には見えたのだ。
闇と光が入り交じり、ただの灰色となったのを。