「でも、これから寂しくなるわ。私にはお父さんが唯一の家族だったから」
クリスタルの坑道をとぼとぼと歩きながら、鍛冶師の娘はしょんぼりと口にこぼ
す。
「お母さんは小さい頃に死んじゃって、兄弟もいないし、ひとりぼっちになっ
ちゃった」
「そう、でも大丈夫よ。あなたは素敵な子だもの。良い人が必ず現れるわ」
そして、新たな血を紡ぐといい。
やがて哀しみは癒やされ、幸福が娘を包み込むだろう。
(そういえばよく結婚式に招かれ、祝福を授けたわね)
それも光の指導者としての光の女王の役目だった。
夫婦は女王に感謝し、その子にも女王の素晴らしさを伝え、子らは女王と共に
闇と戦う者達となった。
今、彼らは誰に祝福をもらい、命を紡いでいるのだろう。
もう自分は祝福を授け得ることはできないけれど、幸せであって欲しいと女王は
願うのだった。
「そうかな?お父さんからは、少しはおしとやかにしないと嫁のもらい手がなくな
るってよく言われたわ。お父さんを探して村を出るときも娘一人が危ないって大反
対されたし」
「何を言っているの。自分の父親を心配するのは当然のことだし、あなたはこんな
危険な坑道にまで一人でやってきた。とても勇気がある子よ。ぜひ、私の騎士団に
入ってほしいものだわ」
光の女王の騎士団は、ハイオーロラを団長として、主に女性で構成されている。
鍛冶師の娘なら多少鍛冶の心得もあるだろう。もし入隊してくれれば、なかなか
頼もしい担任となる。
「騎士団?お姉さんは騎士なの?」
「え?え、ええ・・・・昔ね。今は違うんだったわ」
光の女王は、おっといけないと笑ってごまかす、
「とにかく、あなたは素晴らしい子よ。自信を持って」
「ありがとう」
鍛冶師の娘は初めて笑顔を見せた。
「でも、当分は一人でもいいかな。村の男達なんてやな奴ばっかりだし」
(まぁ、父親を追うのに反対されたらそう思うのも仕方がないわね)
「私もお父さんに鍛冶を教えてもらって鍛冶師の心得はあるから、どこか他の村の
鍛冶師に弟子入りしてちゃんと鍛冶師になろうかな。お父さんの鍛冶場を守りたい
し。お姉さんどう思う?」
「あら、いいじゃない。女の鍛冶師なんて素敵よ。私の所にはたくさんいたわ。
彼女たちは、女性の身体の仕組みや大変さを知っているから女性が扱いやすい武器
や鎧が作れたの」
といいながら女王は心の中で、しまった、また言い過ぎたと思ったが、鍛冶師の
娘は気にせず逆に「それいいっ」と賛同する。
「それってすごい利点よね。女性の騎士様はたくさんいるし。これならお父さんの
鍛冶場を守っていけそう。ありがとう、やる気出た」
「そう、よかったわ」
「お姉さん、強いでしょ。もし、私が一人前の鍛冶師になったらお姉さんの武器や
鎧を作るわ。きっと来てね」
「ええ、いつかね」
自分は、もう剣も鎧も必要としないからそんな機会はないかも知れないが、それ
は口にしなかった。
「よし、まずは村に帰ってお父さんを埋葬して、それから私を弟子にしてくれそう
な鍛冶師を探して旅に出る!うん、決まり!!」
と勢いづいた鍛冶師の娘であったが、急に少しだけ恥ずかしそうにする。
「でもね・・・、もし、もしも、私が鍛冶師になるのを応援してくれたり、鍛冶師
でもいいって言う人がいたら、結婚してもいいかな、って思うんだよね」
それを聞いた光の女王はクスッと笑う。
「いいんじゃない。あなたのお父さんは鍛冶師であなたのお母さんと結婚したんで
しょ。あなたは、鍛冶師か妻かどちらかしか選べないなんて、そんなことないわ」
「そうかな?」
「ええ。むしろ、どちらかしか選ばせない包容力のない男なんてこっちから願い下
げでしょ」
「うん。そうだよね。きっと私のことを受け入れてくれる人が居るわよね」
「そうよ。あなたのご両親も見守ってくれるわ。あなたに光の加護がありますよう
に」
そう言って、鍛冶師の娘の頭に手を置くと、娘がきょとんとする。
「光の加護。やっぱりお姉さんは光の者なのね」
それを聞いて、光の女王はしまったという顔をする。今のエテルナは、闇の者の
時代。光の加護は御法度のはず。
「あ、あのね」
「いいの。誰にも言わないから」
鍛冶師の娘はニコッと笑う。
「お父さんがね、炎は光に属するものだから光を嫌っては鍛冶師になれないって
言ってたわ。実際に炎の加護を求めて光を信望する人もいるし、それを咎める役人
なんていないわ」
どうやら闇の役人は、よい武具や道具を作るために炎の信仰を黙認しているらし
い。
「だから、光の加護はうれしいわ。ありがとう、お姉さん」
鍛冶師の娘の良い子ぶりに光の女王はほっとし、心の中で涙した。
「そういえば、お姉さんの方はどうなの?」
「え?」
「好きな人とかいないの?お姉さんはすっごく綺麗だし、恋人とかいるんでしょ?」
「わ、私!?」
びっくりして、光の女王は強く否定する。
「ない、ない。私に恋人なんて」
「え~~~!? お姉さん、すっごい美人なのに何でいないの?」
「な、何でと言われても・・・」
カオスに呪いをかけられる以前のことは、もうほとんど覚えていないが、ずっと
光の戦士として戦いに明け暮れていた。
光の指導者に選ばれ、光の女王になった後は闇の王を倒すことばかり考えていた。
すべての者は、臣下であり導くべき民だ。
彼らは女王に強い忠誠を誓い、忠実に使えてくれる者達であり、彼らに対し、
そんな恋愛感情など抱いたことはない。
(ど、どうしよう・・・)
こういう話題になるとさりげなくハイオーロラがさばいてくれていたため、あま
り深く話をすることが無かったのだが、いまは自分で対処しなければいけない。
「そ、そう。いなくて当然よ。私は夫がある身・・・・だもの」
正式に、ではないが、それがオラクルとの約束だ。
オラクル以外知らないが、自分は闇の王の妻なのだ。
「ええ!?そうなの!?」
恋人ではなくすでに夫が居ると知って、鍛冶師の娘はきゃ~~っと黄色い悲鳴を上げる。
「旦那様ってどんな人?素敵な人?かっこいいの?」
「え、ええ・・・・まぁね」
(闇の王が素敵ね、そんなの考えたこと無かったわ)
彼は、初めて出会ったときから自分と仲間の敵で、倒すべき相手だった。
(闇の王)
彼は、いくつかの前の輪廻では髭を蓄えた筋骨隆々な大柄の男になっていたこと
もあるが、基本的には白髪で青白い顔色をした薄っぺらな男だ。
闇の者らしく悪や堕落を好み、口を開けばさげすみや皮肉ばかり。
(でも、他者への愛情が全くないわけじゃない)
城の者からは、闇の王から受けた優しさや配慮をうれしそうに語る者の何度も耳
にした。
民も闇の王を敬っていた。ワームホールからの避難民からはさすがに闇の王への
愚痴がこぼれたが、それでも最後には王がなんとかしてくれるだろうという希望を
持っていた。
宮殿での様子や民から聞いた話から闇の王がワームホールへの対策にかなり力を入れたことはわかった。
闇の王は、決して自分にかけられた呪いや責務から逃げない。
(闇の王は、立派だわ)
闇の王のことを考えると、昔のように相手への悪感情が出てこない。
むしろ、彼が王としてエテルナを平穏に統治していたことを尊敬している。
宿敵である自分に対しても、厚遇してくれ、オラクルの神殿では振り回されたの
に愚痴は言っても最後まで付き合ってくれた。
あの時触れた彼の唇。
冷たいと思っていたのに、とても温かった
(なに、これは・・・・)
胸の奥がきゅんと熱くなる。
光の女王は自分の気持ちに戸惑った。
「おねえさん、どうしたの?顔が赤いけど」
鍛冶師の娘しかけられ、女王は我に返る。
「なんでもないわ」
「さては、旦那さんのことを考えてたんでしょ。会えなくて寂しいとか」
「ち、違うわよ。大人をからかうもんじゃありません」
「うふふ、図星なんだ。そんなに好きなのね。いいなぁ、私も鍛冶師になりたい
けど、そういう人にも出会いたいわ」
「さぁ、もういいでしょ、私の話は。さっさと外に出ましょう」
しかし、話し込んでいたせいで、霊安所へ行くはずの道を逸れてしまった。
このまま行けばゴブリンのテリトリーに行ってしまう。
「うっかり道を通り過ぎてしまったわ。少し戻るわよ」
その時、最悪の事態が起こってしまった。
「人間だぞ」
「人間が我々の領地に何のようだ」
どこからか、緑色の小さい子どもくらいの大きさで気味の悪い容姿の魔物が現れ
る。ゴブリンだ。
(こいつら、偵察隊ね)。
光の女王は、鍛冶師の娘を自分の後ろにかばう。
ゴブリンは、女王を見ていっせいに騒ぎ立てた。
「見ろ、金だ。金色の女だぞ」
「黄金色だ。捕らえて王に献上しろ」
「あっちの女からも金目の匂いがする」
ゴブリン達は強欲で、とくに金に目がないのだ。
「面倒なことになったわね」
ここは狭すぎるし、周囲はクリスタルだらけだ。自分一人なら逃げ切れるが、
鍛冶師の娘を連れている。
「どうしよう、お父さんのお守りが」
鍛冶師の娘はぎゅっとお守りを握りしめる。
光の女王はどうすると思案した。
「くんくん、このにおい、強い光の匂いだ。クリスタルより強いぞ」
(光の匂い?)
鍛冶師が娘に作ったお守りはただの金属製で、そんな気配はまとっていなかった。
(そういえば、鍛冶師は謎の素材に手を出したから罰を受けたと言ってたわね)
「ねぇ、あなた。お父さんが研究してたって言う素材を持っているの?」
「え、ええ。これよ」
鍛冶師の娘が取り出した物を見て、光の女王は目を見開いた。
「光の素材。そう、これだったの」
これなら何となるかも知れない。
女王は鍛冶師の娘に持ちかけた。
「あなた、それを私にくれない。そしたら私がゴブリンと話して、あなたを解放す
るわ」
「え?でも、お姉さんは」
「私は自分でなんとかする。溶鉄教団の教祖とも話ができたのよ、。ゴブリンなん
てことないわ」
鍛冶師の娘は、少し躊躇しながら光の女王に光の素材を渡した。
女王は、それを受け取るとゴブリン達に女王の威厳を持って宣した。
「お前達の欲しがる者は私の手の中にある。私はお前達と行こう。代わりにこの娘
を見逃しなさい」
「なにを言う」
「人間が俺達に命令するな!!」
「見逃すの?どうするの?」
女王は覇気を高める。彼女の放つ光のオーラで周囲にクリスタルが強い輝きを放つ。
ゴブリンは地下に住んでいるため、光のクリスタルを採取しているとはいえ強い
光は苦手なのだ。
「わ、わかった」
女王に気圧され、ゴブリンは了承する。
「さぁ、この道を少し戻って最初の分岐をひたすら上に行きなさい。そうすれば
英雄の安息所の地下道に出るからそこから地上に出られるわ」
光の女王は自分の髪を一房切って鍛冶師の娘に渡す。
「これを持って行きなさい。これで、墓から出られるわ」
「は、はい」
鍛冶師の娘は少しだけ振り返ったが、光の女王に見送られ、坑道を上がっていっ
た。
***********
光の塔の地下にある昇天の洞の奥深くにゴブリン達の村はあった。
光の女王は、ゴブリンに村まで連行されゴブリンの王の御前にひったれられた。
「なんと見事な金色だ。人間の女よ、わしはお前を気に入ったぞ。わしはゴブリン
の王ゴブリンキングジョッポ3世だ」
宝石をゴテゴテとあしらいギラギラ光る趣味の悪い玉座に座るのゴブリンキング
が、機嫌のいい下品な笑い声を上げた。
(これこそ堕落した者にふさわしい傲慢さよね)
自分の威勢と権勢を他者に見せつけるために、でかでかとした宝石や、これ見よ
がしの金の指輪や王冠を身につける。
光の女王が最も嫌うタイプだ。
「わしに仕えられることを光栄に思うがいい」
「生憎と私は主は持たぬ身。あなたのためには戦えないわ」
「何を言っている。侍らせた女は愛妾と決まっているだろう。戦士はすでに間に
合っておる」
「なら、なおさら遠慮するわ。私はすでに夫を持つ身。誰のものにもならないわ」
「なんと、このゴブリンキングが人間の男に劣るというのか」
ゴブリンキングは激怒するが、光の女王はものともしない。
「王といいながら、ゴブリンキングよ、あなたは王冠は持っているけれど王笏を
持っていないじゃない。ゴブリンの王は、この二つがそろって初めて名乗れると
聞くわ」
この女王の言葉に、ゴブリンキングはぎぐっとなり、急に苦虫をかみつぶしたよ
うな顔になる。
「わしらの掟を知っておるとは、女、ただ者ではないな」
「今は、ただの女よ・・・・・今はね」
「だが、王笏を持っていないのはわしのせいではないぞ。先代が宝物庫に保管した
のはいいが、あの怪物から逃れる際に置き去りにしたのだ」
「後で取りに行かなかったの?」
「その怪物は宝物庫までの道のりに巣を作り、取りに行こうとする者を餌にしてし
まうのだ。何人もの部下を派遣したが無事に帰ってきた者はいない」
「お前は自ら討伐にゆかないのか?ゴブリンの王を名乗る者よ。民を害する怪物を
倒すのは王の責務であり、見事討ち果たすのは王の誉れだろう」
そう光の女王に指摘されると、ゴブリンキングはガッハッハッと豪快で下品な
笑い声を上げた。
「それは人間の王たちのすることだろう。ゴブリンの王は、玉座に座り、指を動か
すだけで物事を成功させるのが誉れよ」
それは自分に戦う力が無いのか、勇気が無いのからの言い訳か。
ゴブリンキングは、危険なことは自らせずに他人にやらせたがる性格らしい。
「どうだ女。愛妾になるのを拒むというのならその怪物を退治し、王笏を持ってき
てくれまいか?果たせばそなたの身は自由だ」
値踏みするような目を向けてくるゴブリンキングに、光の女王はあらっと興味を
示す。
「いい取引ね。条件に嘘はないでしょうね」
「もちろんだ」
「引き受けるわ。宝物庫の場所はどこ?」
「この昇天の洞の奥深くに、我らの祖先の地がある。数百年前にうち捨てられた村
だ。そこにあるはずだ」
「わかったわ」
「逃げようとしても無駄だぞ。坑道内で我らの目が届かぬ場所はない」
「安心して、逃げるなんて私は嫌いだから」
そう言って、光の女王はゴブリンキングから宝物庫の鍵を預かると村を出て、
坑道のさらに奥を目指した。
(ゴブリンキング、意外にあっさりしてたわね。もっと強欲かと思ってたけど、
目的のための選択肢の取り捨てはできるようね)
坑道の奥には確かに朽ち果てた村の跡があった。
ここが古来の村だろう。
しかし、床や壁、天井にまで虫の卵らしきものがびっしりと植え付けられ、非常
に気色の悪い光景だ。さすがの光の女王も嫌悪感をあらわにする。
「これだから地下って嫌なのよね。暗いし、ジメジメするし、こんなのがいっぱい
あるし」
その時、地面が揺れ、巨大なワームロックが現れる。
「これが怪物ね。そういえば何回か前の輪廻で、こんな生物を探している奴がいた
わね」
そんなことを思い出しながら、光の矢でワームロックを倒すと、さらに奥に進み、
蔓延りし裂け目を呼ばれる坑道の奥で、宝物庫を発見した。
「あらまぁ。見渡す限り金と宝石だらけね。すごい量だわ」
辺りは光の女王でさえ目がくらむほどの輝く金銀財宝の山だ。クロニクラーの
果てなき書庫もいっぱいになるだろう。
闇の王が見れば、ここまで手間取らせた報酬とばかりに幾ばくかいただくに違い
ない。
「私は盗むなんて卑劣な行為はしないけれどね。さて、王笏はどこ?」
光の女王は金銀財宝をかき分けて、目的のものを見つけ出し、ゴブリンキングの
元へ戻った。
「地上に戻ったら水浴びがしたいわね。さすがのドレスも泥だらけだし、着替えな
いと」
旅を続けるならあの少女のような旅装束にしようかと考えながらゴブリンの村へ
着くとゴブリンの王に王笏を渡した。
「さぁ、約束は果たしたわ。これで私は自由よ」
「本当に持ってくるとはたいした女だ。どうだ、愛妾ではなく、わしの妻にならな
いか?」
どうやらゴブリンキングは、光の女王の美貌の他に、度胸と強さが気に入ったら
しい。
しかし、光の女王はきっぱりとした態度を取る。
「お断りするわ。前にも言ったけど私は夫ある身よ」
「宝物庫の財宝を見ただろう?わしの妻になればアレを自由にしていいのだぞ。
このゴブリンキングの妻という名誉が手に入る」
「財宝にも名誉にも興味が無いわ。私を閉じ込めるにはここは狭すぎる。私の光は
この洞穴をやがて崩壊させるだろう。無用な犠牲は望まない。そうなる前にここを
立ち去るわ」
「ま、待て」
そう言って去りゆく女王をなおもゴブリンキングは引き留めようとするが、下の
方からゴブリンの悲鳴が聞こえてきて、部下のゴブリンが血相変えて走り込んでき
た。
「キング、だめです。誰にも抑えられません」
「たかが人間風情に何をしておるのだ。さっさと始末せんか」
次の軍勢を出せと指示するゴブリンキングに光の女王は尋ねる。
「人間!?待って、誰が来ているの?」
「お前が王笏を取りに言っている間、いきなりやってきてな、自分から盗ったもの
を返せと言ってきた」
ゴブリンキングは鬱陶しそうな表情で答えた。
「それを返さなかったの?」
「この坑道にあるものはすべてわしのものだ。そしたら奴め、激怒して、わしに刃
を向けてきてな。コロシアムに誘い出し、わしの軍勢を差し向けたのだ」
この言い分に光の女王はあきれる。
「そんなこと言うから怒りを買うのよ。コロシアムはどこ?」
「このすぐ下の階の西の端だ」
それを聞くなり女王はコロシアムに向かって走り出した。
こんなところまで来て、ゴブリン相手に大立ち回りする人間は限られている。
よほどの物好きか、血に飢えた者だ。
しかしゴブリンキングが話した男のここへ来た理由は、そのどちらにも当てはま
らない。
「まさか・・・」
コロシアムにたどり着いてみたのは、
「闇の王!!」
彼は明らかに怒っており、かかってくる魔物やらゴブリンやらを容赦なく切り伏
せていた。コロシアムの床には、王にやられたらしい、魔物やらゴブリンやらの死
体が転がっている。
「お姉さん、無事だったんですね」
驚いたことに逃がしたはずの鍛冶師の娘がいた。
「あなた、どうしたの?逃げなさいと言ったでしょう」
「恩人を見捨てることなんてできません。陛下と共にあなたを助けに来たんです」
鍛冶師の娘は、光の女王に逃された後、無事、墓所の地下道へたどり着き地上へ
出た。
しかし、限られた者しか出入りできない場所から見知らぬ娘が出てきたため、
警備兵に捕まり、女王の髪を見せ事情を話した。
その時ちょうど、光の塔へ行くために城から来ていた闇の王に謁見したのだ。
「陛下はすぐに事情を汲んでくださり、陛下自ら助けに向かわれたのです」
娘も同行を願い出て、共に向かうもゴブリンキングに欺されコロシアムに閉じ込
められたという。
「ゴブリンはなんて卑怯なんでしょう、でも、陛下はとてもお強くて、彼らをもの
ともしません。お姉さんと無事に合流できたし、早くここを出ましょう」
鍛冶師の娘は闇の王に向かって声を上げる。
「陛下、闇の王さま、お姉さんは無事です。ここにいます!!」
闇の王はすぐに反応し、ゴブリンを斬り捨てると二人の元にやってきた。
鎧は、ゴブリンや魔物の体液ですっかり汚れてしまっている。
「生きていたか」
心なしか声が安堵しているように聞こえた。
「ええ。そうよ。わかったら早くここを出ましょう。これ以上の争いは無用よ」
「待て、お前達。わしをここまで愚弄して無事に帰れるとは思うなよ」
女王を追いかけてきたゴブリンキングは、怒りを露わにしていた。
「お前達。やれ」
と部下に命じるが、闇の王に散々痛めつけられた彼らは怯えて逃げ去ってしまっ
た。
「ううむ、なんたる腰抜け共だ・・・」
「今度はお前が相手か?」
王を名乗りながら、せっかくの王冠がずれて脱げかけ、せっかく手に入れた王笏
が泣くような醜態をさらすゴブリンキングに、闇の王が王手をかける。
「ちょうどいい。城への土産として、お前の首を持って帰るとするか。オブジェぐ
らいにはなるだろう」
「ま、まて。そうだ。金色の女よ。奴を倒せ。そうすれば、わしの妻にしてやるぞ」
ゴブリンキングは、光の女王に助け船を求めるが、
「だから断るって言ったでしょ。私にも好みがあるのよ」
すっぱりと言い切る光の女王の横で、鍛冶師の娘がそーよそーよと応戦する。
「お姉さんが、あんたの奥さんなんかになるはずがないじゃない。お姉さんには、
もう素敵な旦那さんがいるのよ!!」
「!?」
「ちょ、ちょっと・・・」
光の女王は焦った。
(闇の王がいるのに)
鍛冶師の娘は助け船を出したつもりなのだろうが、正直困るのが心情だ。
(彼は、どう思ったのかしら)
光の女王は、闇の王がどんな顔をしているのか気になったが、恐くて見ることが
できなかった。
二人の王の周囲の空気が冷たくなってゆくが、鍛冶師の娘は気づかず、ゴブリン
キングに立ち向かう。
「なにをっ。このゴブリンキングの妻が不服というのか」
「自分の顔を見て言いなさいよ。この青ハゲデブ!! なんか不潔っぽいし、それ
になに?そのでかくてごついばかりでダサいデザインのネックレスと指輪は!
そんなの身につけるのは、自分は権力と財力しか取り柄のないバカですって言っ
てるようなものよ。まー、部下ばっかりにやらせて、自分は何もしないんだもの当
然よね」
と鍛冶師の娘はゴブリンキングを思いっきりあざ笑う。年頃の女の子は、興に乗
ると容赦なかった。
「ねぇ、あなた、落ち着いて・・・・」
光の女王は、鍛冶師の娘を止めようとするが、娘の口攻撃は止まらない。
「それに比べてお姉さんの旦那さんはね、いろんな鉱石や武具を扱えるお金持ちで、
清潔で、二の腕がたくましくってかっこいい、超素敵な人なんだから!! あんた
なんか出る幕ではないわ!!!」
(そんなこと一言も言ってないんだけど・・・・)
光の女王にしてみれば、誰よ、そいつ?と言う感じである。鉱石やたくましい
二の腕と聞くに、それは鍛冶師の娘の理想のように聞こえる。
「お姉さんと旦那さんは、ラブラブなのよ。すっこんでなさいよ!!!」
「ううぅ、確かに夫ある身で、誰のものにもならんと言っていた。ぐぅ、仕方が無
い」
ゴブリンキングは鍛冶師の娘の口攻撃が効いたのか、がっくりと肩を落としてと
ぼとぼとコロシアムを去って行った。ゴブリン達も退散し、周囲は一気に静かにな
る。
「奴らが退散したわ。お姉さん、陛下。ここを出ましょう」
「そ、そうね・・・」
ゴブリンキングを退散させたことで自信ができたのが胸を張る鍛冶師の娘に対
し、光の女王は、なにかまずい方向に話が進んだような気がしてならなかった。
(どうしよう・・・・)
胸がドキドキする。
闇の王の反応が恐い。
彼は何というのかと思ったとき、
「・・・・・・くだらん」
闇の王はそれだけ言うと剣をしまい、彼女たちに目もくれずに歩き出した。
「待ってください陛下。お姉さん、早く」
「え、ええ・・・」
二人は王の後を追った。
先を行く闇の王は非常に気迫があり、ゴブリンどころか坑道内の魔物達も王の気
配を感じて襲ってこないどころか我先にと逃げ出してしまう。
そのおかげで、三人は無事に地上に出ることができた。
「地上だわ。さすが、陛下。ねっ、良かったわね、お姉さん」
「そう、ね・・・」
鍛冶師の娘は無邪気に喜んでいるが、光の女王は嫌な予感がしてならなかった。