すべてを知ったと思ったのに、世界にはまだ秘密が隠されていた。
(やっぱり世界は広くて、奥深いわね)
光の女王は、自室のベットに寝転がりながら自分の甘さを反省する。
オラクルの神殿へ行き、代償を払い、世界の片隅で一人その行く末を見守り続け
ようと思っていたのに、光の女王はまだエテルナの宮殿にいた。
無人の地にある自分の墓所でワームホールに遭遇した後、再び闇の王に宮殿に
連れ戻された。
けれど今度は虜囚の塔ではなく、王の居住区にある客間に移されたのだ。
ここは闇の王の私室にも近く、ふとした瞬間聞こえる足音などから彼が近くにい
ることがわかる。
けれども、オラクルの神殿から帰ってきて以来、闇の王は光の女王の元を訪れる
ことは無かった。
(塔に居たときは頻繁に訪ねてきたのに・・・)
世話係の者に尋ねてみるとなにやら仕事で忙しいらしい。
王の仕事に暇はないので忙しいのは常日頃のことだが、どうやら緊急で対策しな
ければならないことが頻発したらしい。
それは、あの無人の地で目撃したワームホールの事ではないかと思い、何か知っ
ているかと尋ねてみると、
『な、なぜそれを。い、いえ。私には答えられません』
と、なにやら大いに動揺して、口をつぐんだ。
どうやら光の女王には私に知られたくないことらしい。
思い返せば、闇の王は女王に何でもかんでも見せたわけでもない。たまに会議や
報告を受ける際に光の女王に席を外させることがあった。
しかし、全く問題のない世界の方がおかしいと思い、あまり気にしなかった。
(ワームホールの件は、クロニクラーの書庫で見た本にも書かれてなった。別の本
に書いてたのね。ちゃんと教えてくれたらいいのに)
クロニクラーは、見た目は老人だが、中身も相当老いているのかたまに記憶が
混同してとんちんかんな受け答えをすることがある。女王は、この前会いに行った
時に、全部見せてくれと言ったが抜けてしまったのだろう。
(まいったわね。クロニクラーの元へ行けたらすぐにわかるだろんでしょうけど・・・・)
闇の王が許可するとは思えない。
別に、宮殿を勝手に抜け出して行ってもいいが、そうなったときの闇の王の出方
を考えるとそうもいかない。
どうも、今の闇の王は自分に執着している。
「なんなの、あの目は・・・・」
闇の王が自分に向ける目は、尋常じゃない。
闇の王の瞳は、闇の者らしく暗い。
それでも以前は、戦意や好奇、戦えることの喜びが入り交じり嬉々と輝いていた
気がする。
けれど、今の王の瞳は暗黒そのものだ。
好敵手と出会えた喜びはそこになく、憂いと失望で濁っている。
「はじめてだわ・・・」
あの目が恐いと感じるのは。
ワームホールの件が関係しているのかと思ったが、この部屋に移されて以来、
日課の散歩は許されたものの仕事への同伴はすべて断られている。
状況がつかめず、どうすべきかもわからず、悶々とした日々を送っていたある日
の夜。
「・・・・・・・?」
一人寝台で眠っていた光の女王は、ふと自分の近くに気配を感じて目を覚ました。
(誰?)
昔の感覚が蘇り、密かに身構え、気配を探る。
(この気配・・・・闇の王!?)
なぜ来たのだろう。それもこんな時間に。
彼が尋ねてくるときは、一回の例外を除ききちんと侍女の前触れがあった。
(なのに、こんな・・・、女が寝ている場所に来るなんて)
そういう所へ尋ねるなり、偲んできた男が何をするかくらい、女王だって知って
いる。武器や矢はない。しかし、体術の心得ぐらいある女王だが、なぜだか身体が
硬くなって動かない。
心臓がバクバクと痛いほどなっている。
幸い、闇の王がいる側に背を向けて寝ていたので、こちらの状況は気づかれてい
ないはずだ。隙を見てなんとか反撃しないとと思っていると、王の気配がすぐ傍ま
で近づいてくる。
心音が最高潮に達した。
「光の女王・・・・」
闇の王が女王の名を呼び、シーツの上に乱れる髪を一房手に取る。
そして、その髪に唇を落とした。
しばし口づけた後、王は髪を手放し、そっと女王の側を離れ部屋から出て行った。
「・・・・・・・・・っ」
闇の王がいなくなった後も女王はしばらく動けずにいた。
(なん・・・なの・・・?あれは)
親族がバクバクし、呼吸もままならない。
あんなに恐ろしいと思った闇の王は初めてだった。
次の日の夜は闇の王は来なかったが、光の女王はもうあんな恐怖はごめんだった。
「これも全部、ワームホールのせいよ。悪いけど、調べさせてもらうよ」
自分の身を守るためよと、光の女王はこっそり調査することにした。
こういうときに思い出すのは、諜報活動が得意な側近のことだ。
(こういうことは、ハイオーロラが得意なのよね)
自分に忠実で有能な光の騎士団団長。
彼女はいつの輪廻も巡り会い、自分に付き従ってくれた。
今頃どうしているだろうと心を痛める。
(彼女は普通の人間。多分すでに天寿をまっとうしているわ)
この輪廻では、ハイオーロラには会わなかった。彼女は、光の女王が闇の王を
倒し、光の栄光を築くのだと信じている。
光の女王が下した決断は、ハイオーロラの信頼と忠誠を裏切るものだ。
「ダメよ、私。しっかりしないと」
今の自分には彼女の主たる資格はない。すべての光の者に対してもだ。今後のことは、すべて一人でやらなくてはならない。
かつて、ハイオーロラから聞いた忍びの極意を思い出しながら、女王は散歩の合
間や書庫に居る時に探りを入れ、城の者の話しに耳を傾けた。
なかなかつかめなかったが、情報は思わぬ所からやってきた。
気分転換に中庭で侍女達とお茶をした後なんだか眠くなってしまい、うっかり
その場で眠ってしまったのだ。ほんの5分くらいだったのだが、その間に侍女達が
片付けをし、巡回中の警備兵に警備を頼んでその場を離れた。
そのまま寝たふりをしていると、その警備兵が立ち話をはじめた。
光の女王はそっと耳を澄ました。
「気楽なもんだな。宮殿の女は」
「ワームホールが、また頻発しているらしいな。巻き込まれて崩壊した村もでたそ
うだ」
「昔はそう多くはなかったのにな。お偉方は隠しているが、やはり世界は少しずつ
崩れていっているんだな」
(・・・・・・っ)
この世界は平穏なはず。
けれど、光の女王は一つ気づいたことがある。
ワームホールなど、自分たちが戦っていたときには、聞いたことがない現象だっ
た。
カオスは自分たちに永遠の戦いを強いた時、それを世界の均衡を保つ方法だと
言った。
(まさか、戦わないことで均衡が崩れているの?)
しかし、戦わなくなったのはわずか数百年の間だ。
創世記から相当な時間が経っているはずなのに、光と闇の戦いがないくらいで、世界の均衡は崩れるものなのだろうか。
「ところで、ワームホールが全く出ない場所もあるそうだ」
「知っている。あの緩衝地帯だろ。そこへ避難するものもいるらしいな」
(緩衝地帯には、発生していない?)
光の者の領地と闇の者の領地の間に設けられた地帯が、緩衝地帯だ。
双方が自由に出入りできる場所にはなぜ発生しないのだろう。
「それと光の塔の周辺だな」
「いや、つい最近あそこでも観測されたそうだ。どうやら昔に比べて光の塔の光が
弱くなっているらしい。光の女王が消えたことが原因だろうな」
(光の塔が・・・・?)
光の塔は女王の魂が封じられている場所であり、女王はその塔から生まれてくる。
そこは、光に属する稲妻のエネルギーが常に満ちあふれ、カオスによる制御が
必要なほどだと言うのに。
(いったい、何があったの?)
光の塔の様子が気になりつつも寝たふりを続ける女王だが、次の警備兵達の会話
で完全に目が覚めた。
「光の女王と言えば、闇の王がそこで寝ている女性をそう呼んでるよな」
「彼女は違うだろ。消えたのは伝説の光の女王のほうさ。なんでも、でっかい剣や
斧をぶん回す、魔獣のような女らしいぜ。ステンドグラスを見ただろ?」
魔獣と言われて、光の女王は額に青筋を立てたが寝たふりを続けた。
「あ~~、あれなぁ。知ってるか?あれ、一部では夫婦喧嘩の絵って言われてるん
だぜ」
その言葉に、女王は「なんですって!?」と耳を疑う。
「あ~、確かに言われて見れば・・・」
「だろ?俺、女王が王に剣とか斧とか振りかざしてる絵とか、『てめぇ、なに浮気
してんだ!!』みたいな感じにしか見えないもん」
あはははと警備兵は笑い合う。
「しかし、浮気にいちいち怒ってたら、あの王相手じゃ身が持たないぜ。愛人めっ
ちゃいるって話しだし」
「らしいな。彼女も愛妾の一人だろ?でも、光の者ははじめて・・・」
「誰が、愛妾よ!!!」
光の女王は大声を上げて飛び起きた。
「何が、夫婦喧嘩の絵よ!!神聖な戦いを描いた絵をけなすとはどういうつも
り!!」
稲妻のような怒りを放つ女王に怒鳴りつけられ、警備兵は一瞬で萎縮し、その場
に平伏する。
「忘れられたのは仕方がないけれど、こればっかりは我慢できないわ!
私は出てく!闇の王にそう言っておいて!!!」
と言い放ち、光の女王はカンカンに怒りながらその場を去った
***********
光の女王は、いつでも闇の王の傍で話を聞け得るよう持ち歩いていた闇のマント
をまといフードを被ると、宮殿の正面から堂々と出ていった。
「あの何のご用で?」
「闇の王の密命です。さっさと扉を開けなさい!!」
闇のマントを被った女性は、闇の王の愛妾だか側近だかわからないが重要人物で
ある、とは宮殿内に広く知られており、命令を邪魔したら大変と扉の警備兵は恐縮
しながら扉を開けた。
こんな調子で、女王は警備兵を次々クリアして天から降り、飢えた街に降り立っ
た。
ここは天へと昇るための王の梯がある場所であり、かつては光と闇それぞれの信
望者が街のあちこちで討論をするような光と闇の入り交じる賑やかな場所であった
が、闇の世紀が続いたせいか光の名残はない。けれど、宮殿の城下町としては今も
機能しており、街の賑わいは健在だ。
「これは、これは、闇の王の側近の方ですよね。何かご入り用のものはございます
でしょうか?」
出入り口付近の商店の主人が、手をもみこすりしながらも声をかけてくる。
「今日は必要ないわ。ありがとう」
そう言って、光の女王はそそくさと街を抜ける。
「あれは、闇の王の側近か?任務にでも行くのかな?」
「俺は、愛妾だって聞いたぜ。暇でももらったんじゃないか?」
「フードの下はすごい美人だって噂だけど、ほんとうかねぇ?」
そんな噂話を全部無視して、光の女王は出入り口ある東の壁を目指した。
とはいえ、東の壁はいくら宮殿の者でも通行証がなければ通れない。
しかし、女王には秘策があった。
女王は、東の壁の出入り口付近にある工事現場に足を向けた。
「ご苦労様」
そして、現場監督らしき人物に声をかけた。
「王の命令により抜き打ちの監査に来たわ。中に入らせてもらうわよ」
「ええ!?いきなりですか?」
「抜き打ちだから当然よ。供は不要。しっかりと見せてもらうわよ」
動揺する現場監督を無視して、女王は足場を昇り工事中の東の壁の中に入った。
飢えた者の街を囲むように作られた壁の中は牢獄のような造りになっており、
数々の罪人の遺体が骨となっていまだに転がっている。
中には、光と闇の最後の戦いで捕虜になり連れてこられた者もいるだろう。
光の女王は工事の様子を見るふりをして、階層を降りていき、街の反対側に出る
出入り口に出る。
「ご苦労様。私はまだ視察があるからこのまま出るわね」
「はっ、話は届いております。どうぞ、お通りください」
警備兵はあっさり通してくれ、光の女王は街の外に出た。
(緩んでるわね。まぁ、助かったからいいけど)
さて、勢いのまま出てきたがこの先どこへ行こうかと女王は考える。
このまま主要道路の先を進み湖を渡れば、光と闇の戦いで散った双方の英雄達の
眠る英雄の安息所に行き着くが、女王はそれを避けた。
(今の私には、彼らに合わす顔がないわ)
女王は主要道路を外れ、一般の民が住まう集落を通る街道を歩くことにした。
街道を歩く民は、フードなど被らないのでこの姿はかなり目立つ。
しかし、視察先で自分を見変えたらしい者達が会釈したりするため、自然とお偉
方の一人とみなされたらしく、視察できてますという態度を出して入れば、向こう
から距離を離し、無用なドラブルは避けられた。
「もし、貴女様は宮殿の方でございますか?」
しかし、あえて声をかけてくる者がいた。
見た感じや商人風や裕福そうな者、下心がありそうな者は適当にあしらったが、
衣服が薄汚れた者や見るからに疲れていたり、切羽詰まっていそうな者の話は聞いた。
その多くは、ワームホールで故郷や大切な人を失った者達であった。
「私の故郷は、ワームホールのせいで畑がめちゃくちゃで、もう住めなくなってし
まいました」
「突然現れて、私の家族を吸い込んでしまったんです」
彼らは、皆泣きながら己の受けた被害を話した。
さらに、この近くで小さな村がワームホールに丸ごと飲み込まれたという話を
聞き、女王はその跡地に足を運んだ。
「・・・・・なにもない」
光と闇の戦闘に巻き込まれた村よりもひどかった。
一度経験してわかったが、ワームホールの吸い込む力は非常に強く、この村は、
太い木の根やかろうじて残った家の基礎がむき出しになるほどの強い力で吸い込ま
れたらしい。
人や家畜などはひとたまりもなかっただろう。
少し離れた場所にいた者が伝えた話では、一瞬の出来事だったという。
「こんなにひどい状況を隠していたなんて」
闇の王は、何の対処もしていないのだろうか?と一瞬思ったが、すぐにそれはな
いと考えを否定する。
恐らくこれが闇の王が女王に見せたくなかったものだ。
ワームホールは自然現象に近いものなので、王の威厳でどうにかなるものではな
い。そして、なにやら対策をさせたり、予算を割いたりしていたのもこれに関する
ことなのだろう。
「世界の均衡は本当に崩れてきているのね」
でも、全く被害のない場所もあるという。
女王は、ここからでも見える光の塔を見た。
警備兵の話によると、光の塔周辺の被害は昔から少ないらしい。
その光の塔には今異変が発生しているという。
光の塔は自分の魂が眠る場所。放っておくわけにはいかない。
「行くしかないわね」
女王は、光の塔に向かって歩き出した。
光の塔から少し離れた場所には、多くの避難民達が集まっていた。
少しだけ話を聞くと皆、ワームホールを恐れ逃げてきたのだというという。
「あそこに見える塔周辺は安全だと聞いたのです」
光の塔周辺はワームホール発生率が少ないと公式見解は出ていない。
(でも、民は思った以上によく知っているし、行動が早いわ)
民とは本当にしたたかなのだ。
けれど、彼らはこれ以上近づけない。
王の兵士達が陣を張っており、来た避難民達を別の場所に移動させたり、援助が
出るので故郷に帰って再興せよなど言って、引き返させたりしていた。
大半は大人しく従うが、中には不満や反発をする者もいた。
兵士は大抵説得させて諦めさせていたが、中には引き摺り連行する場合もあった。
光の塔は王にとって重要な地なので、近くに街は作れない。
けれど、民も必死なのだ。
放っておけば、避難民の数は増え続け、ついには動かすことができなくなり、
下手すれば無秩序な街ができあがる恐れはある。
それは光の女王に取っても困るのだ。
「なんとかしないと・・・」
幸い光の女王はこの辺りの地形には詳しい。兵士の目を盗んで、この場を離れ
先に進んだ。
騒がしい場所を抜けると美しい紫の花々が咲き乱れる群生地にたどり着いた。
「この花を見ると帰ってきたって感じね」
花は光の塔まで咲いており、女王はいつも塔を降りるとこの花と花畑の中で待っ
ていたハイオーロラに迎えられるのだ。
ここまで来ると光の塔は目と鼻の先だ。近くまで来ると巨大な塔がぐんと天高く
そびえ立っている。
しかし、塔周辺には強固な警備が敷かれており、容易には近づけない。
「ここは私の魂が目覚める場所であり、強烈な光のパワーであふれている。闇の者
は闇の王以外は容易には近づけないはずなのに」
あの警備兵の言うとおり、塔の力が弱まっているのだろうか。
少し様子をうかがって見ると、警備兵に混じって文官らしき人物の姿をちらほら
見える。
どうやらこの辺りを調査しているらしい。
「エネルギーは地下のゆりかごから・・・・」
「機械の・・・・」
機械のことについては調べはついている。彼らはこの世界のエネルギーを狙って
あちこちを採掘しているらしい。
この塔の地下にある光のクリスタルのエネルギーを狙っていたのだろう。
「影響は少ない。別の可能性が・・・・」
(そうよ、カオスエネルギーは無尽蔵。原因は別にあるわ)
やはり塔内部を確かめなくてはならない。
塔自体は、どちらかの王が行けば鍵は解除されるようになっている。
(さて、どうやって近づこうかしら・・・・)
隙を見てクリスタルアローを連発して近づき侵入してもいいが、瞬発力が要され
る。配置をよくよく見てみると、闇の王の謁見の際に見た顔が何人がいる。
これなら行けるだろうと、光の女王は堂々と正面入り口に近づいた。
「これは、闇の王の側近殿」
やはり、光の女王を見知っている者がおり、女王を見るなり頭を下げる。
「本日はどのようなご用件で?陛下はいらっしゃらないようですが」
「陛下に塔内部を視察するように言われたの。中に通してちょうだい」
そう言って通ろうとするが、文官や警備兵は顔を見合わせて道を開けようとしな
い。
「失礼ながらそれは本当に、陛下のご命令で?」
「そうよ。いいから開けて。供は不要よ」
「されど、陛下は我々に、この塔は闇の者にはきつい環境ゆえ、中には絶対に入っ
てはならないと厳命されました。なのに、ご寵愛の側近殿に中に入るよう命じるの
は不自然なのですが」
女王を怪しむ目を向けるが、女王は怯まない。
「私は大丈夫よ。だから王は私に命じたの。さぁ、わかったら通して」
と進もうとするが、なおも彼らはどかない。
職分を何が何でも守ろうとする姿勢は、命じる側なら評価できるが、今の立場で
はうっとうしさしかない。業を煮やした女王はとうとうマントを脱いだ。
「見ての通り、私は光の者よ。だから大丈夫なの。わかった!?」
そう言うが、彼らは、
「マントの側近殿が、金色の美女に変身した!?」
と叫んで、大いに動揺した。
「なによ、変身って・・・」
私は、いったいどういうふうに見られてたのよと思いつつ、
「わかったわね、通るわよ!?」
と言って、とうとう兵士達を押しのけて、塔の内部に入った。
***********
塔の中に入るとどっと疲れが押し寄せてくる。
調査は、まだこれからだというのに。
「なんなのよ、あいつら・・・・」
人のことを愛妾だの、野獣だの好き勝手に呼んで。
いくら忘れ去られていたとしても、実在している人物に対しこれはあんまりで
ある。
光の女王は、自分のことを知っている人のことが、なんだか恋しくなってしまっ
た。
でも、よく考えてみると光の者も世代交代が進んでいる。
こう闇の世紀が長く続けば、彼らの中でも自分は伝説の存在となっているだろう。
今も当時のまま自分のことを知っているのは、
「闇の王」
彼だけが当時のままずっと生き続けていて、自分のことを覚えている。
彼だけが、今も・・・・。
「私の夫」
光の女王は、自分が口にした言葉にはっとして唇を手で押さえる。
(だめよ、それを口にしちゃ。闇の王は、なにも知らないのよ)
自分が、彼の妻となったのはオラクルの力を借りる代償であり、闇の王は何ら
承諾をしていない。そもそも、光の女王を目覚めさせ、妻としたことすら偶然の
産物なのだ。
押しかけ妻なんて迷惑だろうし、さすがにかわいそうだし、そもそも妻など彼に
は必要ないだろう。
彼は、エテルナの王だ。
必要なら若くて綺麗な女を調達してこればいい。
(闇の者は、そういうのが得意そうだし、応じる女も多そうだわ。なによりもう
愛人がたくさんいるらしいじゃない)
馬鹿なことを考えてはいけない。
自分は、世界の片隅でひっそりと生きるのだと、女王は決意を新たにする。
「さぁ、その前にこれだけは解決しないと」
光の女王は。さっそく光の塔の調査を始めた。
「そんな・・・」
塔の中を渦巻いていた稲妻はすっかり衰え、頻繁な爆発も無く、カオスの制御も
必要としないほどエネルギーが衰えていた。
「どうして?供給されていないというの?」
いや待てと、光の女王は考えた。そもそもなぜここに膨大なエネルギーが供給さ
れているのか。
「ここには私の魂の片割れがあり、私の魂はここのエネルギーを糧としてる」
光の女王の力は、ここから供給されているのだ。
「私が・・・必要としていないからだわ。長い眠りはエネルギーの摂取を止める。
そのため供給がされずに先細りしたのね」
光の女王が、エテルナの王を目指せばエネルギーの供給量が増えるだろう。
しかし、今の女王はそのつもりがない。
「なにか、私に変わるものを探さないと」
自分ほどで無くても大量のエネルギーを必要とするものがいれば、供給量は増え
る。機械以外でそんな存在を探さなくてはならない。
「そういえば、あの子はどうしているかしら」
自分を永久の主と称え、この魂を守護してくれている、我が剣。
彼もまた光のエネルギーを吸収し強くなる。
彼は塔の上部にいるはずだ
「登って、探してみる必要があるわね」
光の女王は塔の内部を登ることにした。幸い登るための機能は生きており、クリ
スタルアローもあるのでなんとか登り切る。
「この辺りに居るはずなんだけど」
上層部の昇天への道まで来たとき、剣の姿を探したが、どこにも見当たらない。
「もっと上かしら」
光の女王は塔を登り続け、とうとう自分の魂が捕らえられている至聖所まで来た。
そこで、鎖に縛られた光り輝く魂に寄り添うようにぽつんと置かれている一本の
剣を見つけた。
「守護の剣!!」
女王守りし剣は、主の傍で眠るように寄りかかっていた。
エネルギーを吸収し巨大だったはずの剣は、すっかり元の大きさを取り戻し、
蓄えていた力も感じない。
「私がずっと来なかったからお前も眠りについたのね。ごめんなさい」
光の女王は、剣を抱きしめた。
けれど同時に考える。
この剣ならばこの塔を復活させることができるのではないかと。
「守護の剣よ。女王の命を受けて目覚めよ」
光の女王が声を開けると、剣はカタカタを動き、柄についている目の方な赤い宝石が輝く。
『我が主よ。お久しゅう。やはり生きておられたか』
剣が言葉を発した。長き眠りから目覚めたのだ。
「ごめんなさい。すっかり待たせてしまったわね」
『待っていた我が女王、さぁ、共に参らん。我はあなたの先兵として闇の王を今度
こそ屠らん』
剣は己の身を鞘から抜いて、やる気を示すようにブンブンと振り回すが、女王はそれを止める。
「まって、剣よ。お前にはやってほしいことがあるの」
『なにか?女王よ』
「あなたの姿をよく見て。あなたはすっかり力を失っている。闇の王は強大。あなたは、まず自分の力を取り戻さなければならない」
『・・・・たしかに』
剣は、自分が往年の力を失っていることに気づいた。
『不甲斐なし。許されよ女王』
「いいのよ、ずっと来なかった私のせいもある。あなたはここで光のエネルギーを
吸収しなさい。塔を再起動させ、力を取り戻すのです」
ただし、と女王は付け加えた。
「光のエネルギーをただ吸収し続けるだけではダメよ。定期的に外に放出して欲し
いの」
『女王、それでは我が力を取り戻すのが遅くなる』
剣は不服そうだが、光の女王は説得する。
「良く聞いて。今世界は均等が崩れてワームホールが発生しているの。この現象は
深刻で、私が世界を取り戻すのが早いか世界が崩壊するのが早いかの瀬戸際なの」
『なんと。我が眠っている間にそんなことが』
「エテルナの王となっても、世界が壊れては意味がない。私達は闇の王を倒すけれ
ど、民は守らなければならないわ」
そう、だから自分に忠誠を尽くす忠実な剣を欺すことになっても、彼にはこの塔
の礎になってもらわなければならないのだ。
「この塔のエネルギーで均衡は取り戻せるわ。お願いよ、我が剣よ。私が再びこの
塔を訪れるまで」
『承知した』
守護の剣は、塔の上部へ陣取り、光のクリスタルを復活させた。
クリスタルは、地下にある光の揺り籠からエネルギーを吸収しはじめる。
一定量を吸収したクリスタルは、光の爆発を起こす。
放出されたエネルギーは塔の外へ漏れ出て、生じかけていたワームホールを鎮め
た。
剣はエネルギーを吸収し続け、クリスタルによる光の爆発は定期的に起こり続け
る。
その度に放出された光のエネルギーが、この地の均衡を保ち続けるだろう。
「これでいい・・・」
剣に告げた言葉に嘘はない。
もし万が一、次の輪廻で支配を取り戻そうとしても世界が壊れていては意味が
無いのだ。
(・・・・ごめんなさい)
剣は、ここでもう二度と訪れることのない主を待ち続けるのだ。
世界の終わりまで。
忠実なる剣を自分と同じように永遠の牢獄に閉じ込めておきながら、それでも、
これは、世界のためと、女王は何度も自分にそう言い聞かせた。