「それじゃあ、今日も散歩に行くわ」
「お供いたします」
不意に転ばないようにゆっくりと歩いて部屋を出る光の女王の後を世話係の侍女
がひっそりとついてくる。
部屋の扉の廊下側には、女性の警備兵がいるものの彼女たちは女王に一瞥を向け
るだけで、その行動を咎めるようなことはしなかった。
『私が王であり続けるために、光の女王。お前を私の虜囚とする』
闇の王にそう告げられながらも、光の女王はエテルナの宮殿で比較的自由に過ご
していた。
宮殿の北側にある塔は、虜囚の塔と呼ばれ、外からは塔自体が見えないように
なっている。エテルナや王にとって重要な人物を入れる塔であり、外との出入り口
は宮殿でも重要な場所にあり厳重に警備され、許された者しか出入りできない。
自由に出入りできるのは王くらいだ。
光の女王が目覚めたのはその塔の最上部にある部屋だった。
その部屋を牢獄とされたが、この部屋自体は最高クラスの賓客を迎え入れたとき
に使われる部屋と同等に作られており、広さは充分にあり、住環境も整い、調度品
は最高級品で、窓からの景色は最高だ。
世話係という名の監視はつけられたものの拘束はされず、幽閉とは言いがたい。
光の女王を侮ったというより、その必要が無いと判断したのだろう。
長き眠りから目覚めた光の女王は、光り輝く白い鎧も愛用の長剣も持っていな
かったからだ。
女王を発見したとき、彼女は鎧ではなく、当時の光を崇める巫女達が着ていた
キトーンドレスを着ていた。
さすがの女王も丸腰で闇の王に挑むような無謀はするつもりはないし、王の方も
それを見越しての措置だろう。
『女王様は、鎖骨がお綺麗ですからこのくらい大胆に見せた方が素敵ですわ』
世話係の侍女がニコニコしながら用意したドレスを光の女王に着せる。
女王が身につけていたドレスは、さすがに今の時代には合わないので、世話係の
者が今風のドレスを用意してくれた。
鎖骨どころか肩口まで大胆に見せるオフショルダーの白いチュニックドレスで、
袖口やスカートの裾が青く染められ、腰も太めの青い紐で結ぶので、アクセントが
効いて、女王の輝く黄金の髪がよく映える。
コルセットもなく、全体的にゆったりとしてるので動いても楽であり、女王は
大いにこのドレスを気に入った。
しかし、鏡に映る己の姿を見るとその変わりようを見せつけられてやるせない気
分になる
(こんなに痩せちゃって・・・・。あれほど鍛えたのに、全然名残がないわね)
数百年にわたる長き眠りについていた女王の身体は鍛えていたのが嘘だったかの
のようにすっかり衰えてしまい、目覚めた当初は歩くのもやっとの状態だった。
闇の王は光の女王に医師の診察を受けさせ、女王は医師から運動制限を言い渡さ
れた。
『激しい運動は禁止です。まずは歩いて体力をつけてください』
数百年前のことが、ついこの間のことのように思える光の女王は、幾年、上は
天の果てから下は地の底までエテルナ中を歩き回り、時に理不尽とも思える数々の
トラップをかいぐるる試練を乗り越え、闇の王と激闘を繰り広げていた自分がこう
言われたことに、少なからずショックを受けた。
(光の女王ともあろう者が・・・・・)
とはいえ、嘆いていても仕方が無い。何もせずにいれば、身体は衰えるばかりな
のだ。
『闇の王。部屋の外とかを散歩したいんだけど・・・・』
光の女王は、医師の診察後ややしょんぼり気味に頼んでみると、
『構わない。ただし、監視はつけるからな』
意外にも闇の王はあっさりと許可した。
こうして、光の女王は毎日散歩することにした。
とはいえ、散歩を始めてしばらくはあまりに体力がなさすぎて、すぐに息切れす
るなどヘトヘトになり時には床に座り込んでしまうほどで、部屋からそれほど離れ
られなかった。
それでもさすがは不死の戦う女王。毎日歩いていれば、だんだんと感覚を取り戻
し、体力も少しずつ戻っていった。
「今日からは塔の外に出てみようかしら」
歩ける範囲を少しずつ広げ、部屋のある塔の最上階から最下層を楽に行き来でき
るくらいには体力を回復した女王は塔を出て見ることにした。
とはいえ完全に出られるわけではなく、塔周辺に設けられた小さな庭園に出ただ
けだ。
「やっぱり外はいいわね」
とはいえ、宮殿を闇が支配している影響で薄暗く、空には黒い太陽が浮かんでい
る。
それでも植えられた植物の色彩が完全に奪われているわけでもなく、空気は新鮮
でよかった。
「今日のお茶は、ここでしたいわ。できるかしら」
庭に設けられた展望用のガゼボ内のベンチに腰掛けた光の女王は、侍女に尋ねた。
「お疲れでございますか?」
侍女が心配そうな顔をする。
光の女王はいつも散歩から戻るとお茶をして疲れた身体を休めるのだ。
「大丈夫よ。けどせっかく外に出たからいつもと気分を変えたいの。無理ならいつ
ものように部屋に戻ってからいただくわ」
「陛下からは、この塔内で自由にさせよとのご命令です。承知いたしました。すぐ
にご用意いたします。すぐに別の者を寄越しますので、ご用があればその者に
おっしゃってください」
侍女は一礼するとお茶の用意のためにこの場を離れた。
光の女王は一瞬一人だけになる。
逃げ出すチャンスだが、今の女王にはそのつもりはない。
逃げ出すにも体力がいるが、その体力が女王にはまだ無いのだ。
それにまだ理由がある。
「約束は・・・守らなければ・・・・・ね」
その時、外から話し声が聞こえてきた。
侍女が寄越した代わりの者だろうか。それにしてはずいぶんはしゃいでいる。
ああ、もしかしてサボリの者かも知れないと女王は思った。
どのような素晴らしい職場でもサボる者はいる者だ。
女王はそれを咎めない。使用人にも息抜きは必要だし、サボリは人によっては
不満のガス抜きとも言える。それに潜入する場合は、ああいう者から貴重な情報が
手に入れられる事もある。
彼らのような人間は、きちんと手綱を握り、適度に調教することが大切なのだ。
(何を話しているのかしら)
逃げる気はないが、情報は仕入れたい女王は、隠密行動を得意とした部下か
教わった忍び足と気配の消し方を使い、そっとしゃべっている者達の側に近づいた。
「驚いたわね~~、こんな所にもう一つ塔があっただなんて。家族に自慢しちゃお」
「だめよ。この塔の存在やここで見聞きしたことは絶対に秘密だって、女官長様に
きつ~く言われたでしょ」
「そうだった♪」
はしゃいでいた侍女がてへっととぼけた笑顔を見せる。二人ともとても若い。そ
れに宮殿に使えている割にはあの落ち着きのなさと好奇心の強さ。おそらくここに
来てまだ間もない新人だろう。
「ところでさぁ、この塔に捕らえられてる人って、結局、何したの?」
「さぁ?ある日、陛下がどこからか連れてきて、この虜囚の塔に入れたんだから
すごく悪いことをしたんじゃない?でも、どこかで反乱や謀反が起こったって話は
全然聞いてないのよね。この世界に、あの陛下に逆らおうって言う人がいるってこ
と自体がビックリよ」
「だよね。陛下、すごくいい王様だし。何の不満があるのかしら?」
(闇の王が・・・いい王様・・・・・・)
二人の口から闇の王を慕う言葉を聞いて、光の女王は胸がぎゅっと苦しくなる。
この宮殿で使えているのだから、二人が闇の王に忠誠心を持っているのはわかる。
しかし反乱もないとは、現在の光の者はどうなっているのだろう。
「そういえば、ここにいる人って女性でしょ。陛下は、光の女王って呼んでたわ」
「光の女王って、まさかあの光の女王?陛下とエテルナの王の座を巡って、長い
戦いを繰り広げたって言う」
光の女王はドキリとした。
(まさか、私が目覚めたのが知れ渡っている?)
なら、光の者に話が伝わるのも時間の問題だ。
けれど、今の光の女王には虐げられているかも知れない光の者の希望とは慣れな
い事情があり、あまり自分の正体について広く知られたくなかった。
けれど、話を聞いた侍女の反応は、光の女王の予想を超えるものであった。
「まっさかーーー、何言ってんのよ、あんた」
アハハハハと侍女は大笑いしたのだ。
「光の女王なんているはずがないでしょ。あれはおとぎ話よ」
(お、おとぎ話・・・・ですって?)
光の女王はビックリした。自分の存在をそんな風に否定されたのは初めてだった。
「でも、宮殿に陛下と光の女王の戦いを描いたステンドグラスがあるじゃない」
「だから、おとぎ話を描いたものなんでしょ、あれは」
「そうかなぁ? あの黒い王はどう見ても陛下でしょ。なんで自分の宮殿に自分が
負けたシーンを描くのよ。普通なら自分が勝利する場面だけじゃない?」
(あれは、戒めのためにわざと描かせたのよ)
光と闇の戦いは繰り返される。たとえ勝利してもそれは一時的なもの。次に相手
が現れるときに備えて、心が緩まぬよう、鍛錬を怠らぬよう己を戒めるために
あえてそうしたのだ。
かつては、宮殿の者全員がそれを知っていたが、あの戦いから数百年経ち忘れら
れてしまったらしい。
(闇の王はどうなのかしら)
彼にとっても過去の出来事を描いたものに過ぎないのだろうか。
「それもそっか。でも、二人の戦いって何百年も前のことでしょ。光の女王は闇の
王に倒された。今更現れるわけないじゃない」
「私のひいおばあちゃんは、光と闇の戦いは永遠に続くものだから、光の女王はい
ずれ必ず現れるって言ってたけどなぁ」
「本物なら捕らえられてる方が不思議じゃない?おとぎ話が本当なら陛下と対等に
戦えるんでしょ?」
(なんだろう・・・・いつもの侮りよりキくわね)
戦場ではあおることも戦術の一つに数えられる。相手の挑発や侮りに乗らないと
も重要な心得だ。
彼女たちは別に光の女王を侮ってはいない。
ただ無知で無邪気な発言は、時に兵士達による侮りより心をえぐる。
光の女王は、ここは勇気ある撤退をすべきと無意識に判断し、強烈な一撃を食
らったかのようなふらふらとした足取りで、その場を去った。
「だから絶対に違うって。それに、先輩に聞いたんだけど、ここにいる女性は、
すっごい美人らしいよ。それに、陛下も定期的に訪れていらっしゃるらしいのよ」
「ええっ!?。それってもしかして」
「きっとそうよ」
きゃ~~!!とはしゃぐ侍女達の言葉は、光の女王の耳には届いていなかった。
***********
その夜、光の女王は与えられた部屋で一人考え事をしていた。
「光の女王は、語られる存在に・・・か・・・・」
光の女王は、まるで自分が名前のない幽霊になったような錯覚に陥る。
いつも世話をしてくれる侍女にも、かつて闇の王と対峙した光の女王について
何か知っているかと尋ねたところ
『はい。遙か昔、この世界に平和をもたらすために陛下が何度も光の女王と戦った
という話は子どもの頃より聞かれて育ちました』
では、私のことについてはなんと聞いているのかと尋ねると、
『陛下よりは丁重に扱うようにとだけ。失礼ながらどちらの国の方であるかは、
教えられておりません』
なんと彼女も目の前にいる光の女王が、子どもの頃から聞かれてきた話に出て
くる光の女王と同一人物であると思っていなかった。
光と闇の戦いは、光の女王は、忘れ去られようとした。
(ステンドグラスの絵も見ているだろうに)
痩せただけと思っていたが、そんなに容姿が変わってしまっただろうか?
女王は、おもむろにドレスを脱ぎ、身につけているものすべてを脱いで一糸まと
わぬ姿となると姿見の前に立つ。
目覚めた当初は痩せすぎと思っていた身体も少しは戻った。待遇は悪くないので
肌の血色もいい。
「変わったと言えば、傷の数ぐらいかしら」
この輪廻では目覚めてから長い眠りにつくまでに行った戦闘の数は、今まで輪廻
の中で一番少ない。取り戻した王の力の数もだ。そのおかげで、肌にあまり傷はつ
いていない。
「唯一取り戻せたのは、これくらいね」
光の女王は、右手をぎゅっと握り締め力をそこへ集中させる。
すると、握りしめられた手の中から翡翠の光があふれ出した。
女王が手の平を解放すると翡翠色をした光の塊が女王の周囲を飛び回る。
「よかった。これは失われていなかったわね」
結晶化した光の矢クリスタルアロー。戦闘能力はないが、矢を飛ばした距離を瞬
間移動できるため、敵との戦闘や障害を回避できるなど移動に非常に便利なのだ。
王の力は、王の神殿の断片を取り戻したり、王の試練を乗り越えるたびに復活す
る。それと同時に、光の本能を取り戻すのだ。
女王の願いを叶えるためにはできる限りそれを避けたかったが、これだけはどう
しても取り戻しておかなければいけなかった。
彼の神のいる場所へ行くために。
「・・・・・そうよ。これもまた結果の一つなんだわ」
彼の神のことを思い出し、光の女王は自分が何のために長き眠りについたことを
思い出した。
「これじゃまだ足りない。もっと確かめなければ」
その時、ノックもなしにいきなり部屋のドアが開いた。
「光の女王、懐かしい気配を感じるが、力を取り戻し・・・・」
ずかずかと入ってきた闇の王だったが光の女王の姿を見るなりぎょっとして、
顔を横にそらす。
その時、はたと光の女王は自分が全裸だと言うことを思い出した。
「で、出ていって!!!」
と叫びながらクリスタルアローを闇の王に向かって発射する。
クリスタルアローは敵や障害物に当たると消滅しダメージは与えない。しかし、
壁には刺さるのだ。
ダンッ!!と闇の王から逸れたクリスタルアローが、闇の王の目の前を通り過ぎ
て壁に突き刺さる。
「~~~~~~~~話がある。廊下で待つから着替えたら呼べ」
そう言って、闇の王は光の女王の方を見ずに、部屋から出て行った。
「元気がないと聞いてやってきたが、話が違うじゃないか」
そんなつぶやきが口から漏れたが、幸いにも誰にも聞かれることはなかった。
「まったくとんでもない目に遭った」
「それはこっちのセリフよ」
なんだか気疲れしたような顔をする闇の王に、光の女王は怒りを露わにする。
闇の王に裸を見られるなど、一生の不覚である。
「レディの部屋にノックもなしにいきなり入るなんて、何を考えてるの」
「・・・・闇の王は悪徳も司るからな」
自分に非はないと言いたけな闇の王に、光の女王は額に青筋を立てる。
不穏な空気の二人に、世話係の侍女が少々震えながら二人が席に着くテーブルに
お茶を出す。それを見たのか闇の王は侍女に下がるよう命じ、侍女はその命に従っ
た。この光景に光の女王は心の中でふ~んと思った。
「そんなこと言うお前が『いい王』ね」
「どういう意味だ?」
「そのままよ。この宮殿の者は、あなたをいい王だと言って、慕っているようだけ
ど実際にはどうかしらね」
「なんだ、私の治世が気になるのか?」
闇の王が先ほどとは違い、ふっと余裕のある笑みを見せる。
「お前を倒してから数十年はお前を慕う者達の反乱が多少はあったが、そいつらが
この世を去った以降、私に逆らう者は減り続け、ここ数十年は平和そのものだ。
今やすべての者が私の前に膝をつく」
「私は違うから、すべての者じゃないでしょ」
「矜持だけは捨てなかったか。私に対抗する力もなく虜囚の身でありながらそんな
ことを口にすることだけは、さすがは光の女王と褒めてやろう」
闇の王は、くくくっと鼻先で笑うが、光の女王は『別に』とそれを正面から受け
止めなかった。
「皮肉とかじゃないわ。私は心から知りたいの。今の世界がどうなっているのか。
私の眠りに意味はあったのか、とね」
それを聞いて闇の王の表情が変わる。
「お前は、誰かに眠らされたのではないのか?」
「・・・・・それについては、今は答えることはできないわ」
闇の王、と光の女王は真剣な表情で告げた。
「私に、あなたの世界を見せてちょうだい。私は、知らなければならない。見なけ
ればならない。受け止めなければならない。今の世界、闇が支配するエテルナの
すべてを」
「・・・・・・・・・・」
闇の王は、すぐには返事をしなかった。
(へんね。先ほどまであんなに自分の治世を自慢していたのに)
不思議だった。
エテルナの王となり、どちらが世界を支配するか。
それが自分たちが戦ってきた理由だった。
その片方が、お前の治世を見たいと言っているのだ。
先ほどのように、各地を連れ回して散々自慢すればよいものを。
(やっぱり、口先だけだったのかしら)
侍女達も宮殿に上がるくらいだから身元がしっかりしているはずだ。裕福な街や
階級出身なのかも知れない。当然闇の王の贔屓があるだろうし、その恩恵を受ける
だけの生活しか知らないからあんなことが言えたのかも知れない。
けれど、闇の王は思わぬ事を口にした。
「私の治世を見て、お前はどうする気だ?」
それについて、光の女王は淡々した口調で答えた。
「私が想像したとおりなら私はその代償を払うわ。想像したのと違っていれば、
私の運命に従う。それだけよ」
迷いなく言いきった光の女王に、闇の王は静かに告げた。
「わかった。お前の望みを叶えよう」
そう告げる王の顔からは、先ほどまでの自慢や余裕は少しも見えなかった
***********
それから闇の王は、玉座の間で謁見を受ける際や視察に出る際には光の女王を
伴った。
そんなところに堂々と姿を現してまで世界の様子を知りたくはなかった光の女王
は当初それを断ったが、なら正体を隠せばいいと闇の王から光の気配を消す闇の
マントを与えられた。
マントには大きなフードがついており、それを被れば顔を隠すことはできたので、
女王はその提案を受け入れた。
闇の王の傍に突然現れた謎のマントの女性は、すぐに注目と噂の的になった
女性は、深くフードを被っているため顔がよく見えないが、艶やかなバラ色の唇
やフードからこぼれる日の光のように輝く金色の髪は、見る者達の想像をかき立て
た。
「陛下が女性を伴うとはな。常に傍らに置かれているし、よほどのお気に入りらし
い」
「きっとあのフードの下はそれは美しいに違いない。しかし、金色の髪とはな、
彼女はもしや・・・」
「そういえば王は塔に囲っている者がいるとか・・・」
(みんな、好きね。そういう話・・・)
そんな話が宮殿や領地の至る所で囁かれたが、光の女王はそんな噂には耳を貸さ
なかった。
それより注意深く耳を傾けたのは、闇の王の統治の姿勢や評判だ。
「陛下は、公平公正に裁いてくださる」
「我々の意見に耳を傾けてくださる」
「闇の王は最高だ」
聞こえるのは、そんな賛辞ばかりだ。
闇の王の元へは、エテルナ各地から様々な者が謁見に訪れ、闇の王に挨拶したり、
嘆願をしたりした。
「・・・の新しく領主になりました。我が都市はこれからも陛下に変わりのない
忠誠を誓います」
「お前の領主就任を承認する。その言葉が偽りでない限り、お前の街の平穏は約束
しよう」
「これにより周辺地域の移動はより楽になり、住人の生活はよりよくなります。
どうか、工事の許可を」
「許可する。補助金は財務官に申請せよ」
というようにちゃんとやっており、意外にも闇の王はそれらを公平に裁いた。
また、
「陛下。例の件ですが、環境の悪化が著しく、地元住人の許容範囲をすでに超えて
おります。もうこれ以上の移動はおやめください。地元からはすでに反発の声が
出ております」
「闇の王の決定に逆らうのか」
「このままでは、紛争の種となります」
「仕方がないか。だが、次の行き先は決めてからだ」
「候補としてはこちらがよいかと」
「すぐに交渉させろ」
このように、厳しくてもよい意見を述べる者、魅力的な提案をする者の話には耳
を傾け、必要であれば支援を行った。
「陛下、~~~伯爵が目通りを求めております。こちらは、贈り物です」
「ふん。いい品だな。寄付として受け取って予算に回せ」
「目通りはいかがいたしましょう」
「適当な理由をつけて追い返せ、あいつの下手な世辞なんか聞きたくない」
一方で、へりくだる者や世辞を述べる者、豪華な贈り物をする者をこれと言って
贔屓することはなかった。
「闇の王さまーーー!!」
「陛下、ようそこ我が町へ」
視察に行けばどこでも歓迎を受けたが、それを行う住民達の姿を素直には受け取らない。
夜がふけると宿泊先にいる闇の王の元に黒い影の者が訪れた。
「陛下。こちらが報告書です」
「ふむ。・・・・・・証拠はつかんでいるか?」
「すでに抑えております」
「明日、住人の前で裁く。準備を整えておけ」
黒き影の者は、闇の査察官。世界を裏から見る者。彼らからの報告を受け、裏の
姿まで見て、必要な裁きを行った。
それは光の者に対してもそうだった。
「光の者達は、生きてるの?」
「ああ。領地を与え、その中で大人しく暮らしている」
地図で確かめたところ、光の者達に与えられた領地はエテルナでも端の方にある
が、ひどい環境ではない。
さらに闇の王は光の者達の領地と闇の者の領地の間に緩衝地帯をしいて、そこで
の両者の交流を認めると共に、戦闘などの争う行為を行うことを固く禁じていた。
それさえ守っていれば、闇の世紀であっても光の者達は穏やかに暮らせていけた。
闇の王は光の女王へ宮殿内にある書庫への出入りの自由を許可したので、光の女
王は自分が眠りについてからの歴史書などを片っ端から読みあさった。
その結果、闇の王は光の者へのむやみな迫害などはしていないことがわかった。
闇の王の統治が始まってしばらくは、反発から光の者達の反乱などは起こったが、
有力な指導者がいないせいか規模は小さく、長くは続かず、すぐに鎮圧された。
しかし闇の王は、当事者を罰した後、他の者を連座的に罰することはしなかった。
さらに、他の者達にも光の者達への不当な扱いをすることを禁止していた。
時を得て、世代が交代を重ね、徐々に光の者達は闇の王の治世になれていった。
そんな同族に対しを闇の王に飼い慣らされたと反発し、今でも反乱を企てる
グループは存在するが、そんなことくらいでは闇の王の治世は崩れない。
女王は、さらにクロニクラーにも会いに行った。無論、闇の王の同伴でだ。
「久しぶりね、クロニクラー」
「目覚めたか女王よ。これからのそなたの活躍を紙にしたためるのが楽しみじゃ。
筆がのるわい」
エテルナのすべてを把握するクロニクラーに、光の女王は自分が眠ってから起き
るまでの出来事について書かれた本を見せてくれるよう頼んだ。
「エテルナの宮殿のも読んだけど、あなたの書いた本が一番中立で客観的に書いて
あると思うのよ」
「それは道理じゃ。光の女王。好きなだけ読んでいくがよい。ふむ、どこの棚に
入れておったかのう」
「自分で探すから大丈夫よ」
そう言って書庫の奥に行こうとする光の女王にクロニクラーは声をかける。
「して、女王よ。そなたはその選択の果てになにを得るつもりじゃったのじゃ?」
「あら、あなたはすでにそれを知っているはずよ。クロニクラー」
「本人に直接聞くのも悪くはないと思ってのう」
それにとクロニクラーは少し離れた場所からこちらを見ている闇の王を見る。
「知っての通り、私の書庫は王の試練の扉へとつながっておる。ここに二人の王が
同時に来ることは初めてのこと。想定外なのじゃ」
「あなたにもわからないことがあるのね。クロニクラー」
光の女王はクスッと笑う。
「でも、どうかそれ以上は聞かないで。でもこれだけは言っておくわ。私は、私の
取った選択を後悔しないし、その責任は必ず取るわ」
「強いのう、そなたは・・・」
「強いのかしら?今の私には、彼に対抗する力はないのよ。ただ、見据えるだけ」
世界の真実もその果てにある自分のすべきことをだ。
様々なものを見聞きし、書物を読み、光の女王は一つの結論に達した。
その時代にも反発は存在する。それらを鑑みても闇の世紀は平穏そのもの。
「世界は平和なのね」
光の女王は、自分の選択は間違いでは無かったことを知った。
「どうだ、女王。私の世界は」
人払いをした宮殿内の自室で、闇の王は光の女王に尋ねた。
「そうね。意外にもあなたはまともに統治していて、世界は平穏だったわ」
光の女王は、何の感情もこもらない表情をしてお茶を飲みながら答えた。
今女王がまとう光は、焼き尽くすような熱く鮮烈な太陽ではなく、闇の中で心細
げに光るしかない冷たい月の光だ。
「そうだろう。私を侮辱し続けた光の指導者達は、奈落の底でさぞ悔しがっている
だろうな」
光は、闇が支配するエテルナは、悪と堕落がはびこり腐敗の温床になるとの吹聴
していたことを闇の王は知っている。
けれど、今自分が統治するエテルナのどこに腐敗があるというのだ。
闇にも闇なりに守らなければならない筋と正義があることを光の指導者達は知ら
なかった。
「・・・・・かもしれないわね」
光の女王は静かに飲み終えたカップをソーサーに戻した。
「ありがとう、闇の王」
光の女王が口にした感謝の言葉に闇の王は目を見開く。
「女王の口からそんな言葉が聞けるとはな・・・」
「私は、今の世界を知り、すべてを見た。そしてそれを受け入れる。答えは出たわ」
そう告げるなり光の女王は立ち上がった。
「これから私は、私に課せられた代償を払いに行く。今まで世話になったわね」
そして立ち去ろうとする女王を闇の王は引き留める。
「待て、どこへ行く?」
「言ったとおり、代償を払いによ。私は、力を貸してくれた彼の神の元へ行かなく
てないけないの」
「彼の神?」
「神との約束は必ず果たさなければならない。だから、止めても無駄よ」
「わかっている。ここはお前の宮殿でもあるのだから。お前が望めばその道は開く
だろう」
エテルナの宮殿は、実はエテルナの王のものではない。光の女王と闇の王、その
二人のものなのだ。ゆえに、光の女王は虜囚の塔に閉じ込められていたが、本当の
意味で閉じ込められていたのではなく、彼女の意思で抜け出さなかっただけだ。
宮殿の鍵は二人の王の前では意味をなさない。
光の女王はその気になれば、いつでもエテルナの宮殿を出て行くことができた。
「だが、私にも守るべき評判がある。闇の王が捕らえた虜囚をむざむざ逃したと
あれば私の沽券に関わる。その神とやらの元へ行きたければ行ってもいいが、監視
を連れていけ」
「馬鹿なことを言わないでちょうだい」
光の女王はあきれた声を出す。
「彼の神の神殿は複雑怪奇でとても危険なの。部下を無駄死にさせるだけだわ」
だから大人しく見逃せと言うが闇の王は驚きの提案をした。
「安心しろ、監視役は私だ」
闇の王は、どうしても光の女王を手元に置いて監視しておきたいらしい。
あっけにとられた光の女王は、闇の王の激しい執着にただただ困惑した。