エテルナ。
それは、カオスにより世界の均衡を保つためにエテルナの支配権を巡り、光と闇
が永遠に戦いを繰り返すことを定められた世界。
その時代は、闇の王がエテルナの王となり世界を支配する時代だった。
闇の王に敗れ再び転生した光の女王は、己に課せられた宿命に従い、闇の王を
倒すために、エテルナの宮殿へ昇るための王の神殿の断片を探して、エテルナ各地
を巡っていた。
「今夜はこの村で休ませてもらいましょう」
ある日の夕方、光の女王は部下と今夜休む場所を探していたところ、近くに小さ
な村を発見し、そこで宿を取ることにした。
この辺りは、まだ闇の王の勢力が強いため、光の女王一行は身分を隠した。
幸い村人は疑うことはなく、女王一行は今夜はここで休むこととなった。
早めに到着したため少し時間のあった女王は、下々の暮らしぶりを見ておこうと
一人で村を散策することにした。
村はずれには一本の木が生えており、その根元に小さな女の子がぽつんと座って
いた。なんだかしょんぼりとしていたため気になった女王は声をかけた。
「こんにちは、どうしたの?お嬢ちゃん」
「こんにちは」
となりいい?と聞くと小さな女の子はこくんと頷いたので、隣に腰掛けた。
「そろそろ日が暮れるわ。おうちに帰らなくていいの?」
「おかーさん、まだおしごとだから」
「おとうさんは?」
「いない。王さまのへーたいさんになるって言って村を出たの」
「そう」
闇の王は、光の女王の進撃に備えて勢力下で徴兵を行い、軍勢を整えているのだ
ろう。
闇の王と光の女王の戦いは、単なる二人だけの戦いではない。
彼らの臣下もエテルナのあちこちの戦場でぶつかり合うのだ。
「ねぇ、おねえさんはよそから来た人だよね?」
「ええ、そうよ。あちこちを旅していて、今夜はこの村に泊まりに来たの」
「あのね、きいてもいい?」
と小さな女の子が聞いてきたので、女王は「ええ、いいわよ」と答えた。
すると女の子は、周りをきょろきょろと見回してから女王に小さな声で耳打ちした。
「闇の王さまって、ほんとうに悪い人なの?悪いのは、光の女王さまのほうじゃな
いの?」
光の女王は目を丸くした。
「どうして・・・そうおもうの?」
「だって・・・・せんそうは、光の女王さまがはじめたんでしょ? せんそうがな
かったら、お父さんは、へーたいに行ってないもの」
「それは・・・・そう・・・ね」
はっきりと言われて見れば確かにそうだ
光の女王は復活し、力を取り戻し、仲間と再会し、自分の軍勢を整え闇の王に
戦いを挑んだから、闇の王は軍勢を整えるために少女の父親を徴兵したのだ。
「それに、王さま、私たちにひどいこと何にもしてないよ。こんど、学校を作って
くれるって役人のおじさんが言ってたもん」
「それは・・・よかった・・・わね」
そう言いながらも光の女王はそれを素直に口にできず、歯切れの悪い口調をする
しかなかった。
「おかーさんは、女王さまの方がいいって。でも裏のおばちゃんは、戦争がなくなるなら王さまなんてどっちでもいいって言ってたよ」
(どっちでもいい・・・・)
それからすぐに、女の子の母親が迎えに来て、女の子との会話はそれきりとなったが、女王は喉の奥に小骨が引っかかっているようなつかえを感じた。
その夜、光の女王は出された夕食にほとんど手をつけず、部下に心配された。
それを疲れただけと上手くごまかし、女王は早々に休んだ。
しかし眠ることができない。
あなたの中で、夕方に出会ったあの女の子の声が木霊していた。
『闇の王さまって、ほんとうに悪い人なの?』
(そうよ、彼は闇の化身。悪と堕落を司る・・・)
『王さま、私たちにひどいこと何にもしてないよ。こんど、学校を作ってくれるっ
て役人のおじさんが言ってたもん』
(それは欺瞞よ。今はよくても、いずれ世界は悪と堕落に染まり腐敗するわ)
それを防ぎ、善と正義で世界を統治し、平和な世界を作る。
それが、光の者の理念。
光の女王は、その理念の実現のために戦っているのだ。
『せんそうは、光の女王さまがはじめたんでしょ。せんそうがなかったら、お父さ
んは、へーたいに行ってないもの』
(あの子のお父さんを徴兵したのは、闇の王よ。私は関係ないわ)
闇を徴兵するかどうかは今のエテルナを支配する闇の王が決めることと、光の
女王は思うが、一方で「本当にそうか?」という疑惑が心のどこかからか湧き始め
る。戦いを仕掛けたのは光の女王であることは事実なのだ。
(でも、それはカオスの呪いによって仕方なく・・・)
『裏のおばちゃんは、戦争がなくなるなら王さまなんてどっちでもいいって言って
たよ』
「やめて!!」
光の女王は頭から毛布を被り、ベットの中で苦悩で震えた。
光と闇の戦いは、二人の王の戦いだけではない。
エテルナ中のあらゆる勢力がどちらに味方するかを天秤にかけている。
二人は、彼らと交渉し説得し信頼を得て、彼らを自分の味方にしなければならな
い。時には脅し、時には送り物などで懐柔してでもだ。
それはやがて自分の治世の長い存続と安定を助けることにつながるのだ。
だから、光の女王は時に相手を軽蔑しながらも、それを行ってきた。
そう、わかっているのだ。心のどこかで気づいている。
ただ、認められないのだ。
光の女王と闇の王は、永遠に戦い続けなければならない。
これは、遙か昔、光と闇がエテルナの支配を巡って争い、それぞれの勢力の王と
なった二人が、カオスにより永遠に戦い続けることを義務づけられたときから
定められていること。
二人は不死となり、決して死ぬことはない。
破れた者は、失った力を取り返し、再び王に戦いを挑む。
繰り返し、繰り返し、輪廻が果てるその時まで。
二人は、巡り会い、戦うのだ。
***********
光の女王は、王の神殿の断片をすべてを集め、往年の力を取り戻し、エテルナを
巡る間に鍛えた力に加える。
「光の女王。あなたはさらに強くなられました」
光の女王に仕える忠実なる騎士。光の騎士団団長ハイオーロラが女王を称える。
「闇の王の卑劣な手に破れたガリバルディ将軍も黄泉路で女王を称えておりましょう」
「そうね」
光の女王は、エテルナの王城があるであろう空を見上げる。
「一族代々忠実に尽くしてくれた将軍のためにも、光の栄光のために倒れた多くの
臣民のためにも今度は必ず勝つわ」
ハイオーロラに見送られ、光の女王は王の梯を昇った。
エテルナの宮殿に入城し、闇の王が待つ玉座の間を目指した。
宮殿に満ちる闇の力を抑えるために、二つの塔を制し、光の栄光を取り戻す。
そして、ついに決着の時と、玉座の間の扉に手をかけたとき、ふとあの村で
出会った小さな女の子の言葉が蘇った。
『闇の王さまって、ほんとうに悪い人なの?』
「・・・・・っ」
光の女王は額を手で押さえる。
「こんな時に・・・・」
ここまで来て迷っている暇などない。
闇の王の軍勢は手強く、此度の輪廻では、長きに渡り一族代々自分に仕えてくれ
た忠実なる将軍家の最後の一人が闇の王の手にかかってしまったのだ。
強力な味方を失った。彼の先祖もみな闇の王の手にかかっている。
彼とその一族の忠誠心に報いるためにも、ここまで共に戦ってくれた臣民のため
にも、この戦いは勝利しなくてはならない。
光の女王は迷いを振り払い、扉を開けた。
「待っていたぞ、光の女王」
玉座に座る闇の王が、邪悪な笑みを浮かべる。
「遅かったな。お前が来る前に部下の世代が交代するかと思ったぞ」
闇の王お得意の挑発が、光の女王に浴びせられる。
「私はお前と話をしに来たのではない。闇の王」
光の女王は剣を抜いた。
「さぁ、決着をつけましょう。今度こそ私がエテルナの王冠をいただくわ」
「ふっ、お前にできるかな」
光と闇。
二人の剣と力がぶつかり合う。
「はぁぁぁぁぁ!!」
「くっ・・・・・・」
宮殿を破壊するほどの激しい戦闘の果てに、光の女王は剣撃で、闇の王を床に
叩きつけた倒した。
「ぐっ」
その衝撃はすさまじく、闇の王はすぐには起き上がれない。
(いまよ!)
ここで一撃を決めれば、女王の勝利だ。
最後の一撃を加えようと闇の王に剣を突きつけた時、またしても小さな女の子の
言葉が女王の脳裏に蘇った。
『王さま、私たちにひどいこと何にもしてないよ。こんど、学校を作ってくれるっ
て役人のおじさんが言ってたもん』
光の女王の動きが止まる。
『裏のおばちゃんは、戦争がなくなるなら王さまなんてどっちでもいいって言って
たよ』
「私は・・・」
女王はそれ以上動くことができなかった。
カタカタと剣を持つ手が震える。
その隙を闇の王は見逃さなかった。
「ふんっ!!」
闇の王は、まだ残しておいた闇の力で足下の剣を取ると、光の女王の身体を貫い
た。
「あっ・・・・・」
「油断したな、女王。お前らしくもない」
ふいに、光の女王の顔が闇の王を見た。
その顔は絶望とも哀しみとも取れる表情をしていた。
女王の瞳から光が消える。
それと当時に光の女王の身体は光に包まれて微粒子となって拡散する。
「また、光の塔に戻ったか」
光の塔の最上部には、光の女王の魂と捕らえている場所がある。
今頃女王はそこで復活し、己の不覚に絶望するだろう。
「その顔が直に見られないことが残念だな」
闇の王は立ち上がると、剣をしまった。
「さて、次はいつ来るのか」
闇の王は玉座に座り直し、次は光の女王はどんな手で来るのかを考え、楽しんだ。
しかし、それから何年も、何十年も、何百年を過ぎても、光の女王は闇の王の前
に姿を現さなかった。
エテルナは、空前の闇の時代を迎えていた。
***********
『光の女王よ』
『それは、あなたに確実な眠りを約束します』
『その果てに、あなたは望みを叶えるでしょう』
『でも、どうか忘れないで』
『それには代償が伴うことを・・・』
光の女王は、ふと目を覚ました。
「ここは・・・・」
布地の天井が目に入る。
(テントの中・・・・?)
それにしてはずいぶん豪華な布地に見える。
光の女王に用意されるテントは、女王にふさわしいものとして丈夫でしっかりし
たものを使われるが、こんな防水性がなさそうで、重そうで携帯に不便そうな布地
は使われない。
これでは、まるで天蓋の中にいるようではないか。
そう思っていたとき光の女王ははたと気づいた。
自分はまさしくその天蓋の中にいることを。
光の女王は、建物の外に設けられたテントの中ではなく、建物の中にある天蓋付
きのベットの中で眠っていた。
(どういうこと?)
事前に予想していた事態では、自分は周囲に誰もいない草木の上か仲間により設け
られたテントの中で目覚めているはずだった。
けれど今自分は、肌触りのよいシーツが敷かれた、ふかふかしてちょうどよい寝
心地のベットに寝かされていたのだ。
混乱する頭を抱えながらゆっくりと起き上がる。何の音も声も聞こえないことか
ら周りに誰もいないようだ。
ずいぶん長く眠っていたせいか、身体がとても重い。
それども少しずつゆっくりと身体を動かし、落ちないようにそっとベットから
降りる。幸いにも立ったり、歩くことはでき、少しふらつきながら窓辺に近づいて
外の光景を見たとき女王の目は驚愕で見開かれた。
ガラスの向こうに見渡す限りに広がるのは薄暗い夜のような空。
嵐の前触れのような薄墨の雲海。
空に浮かぶ漆のは、黒の太陽
女王は改めて周囲を見渡した。
部屋の室内灯は点灯している。確かに明かりはついているはずのなのに、わずか
な月明かりしかないような薄暗さ。
宮殿が、闇に支配されている場合に起こる現象だ。
「ここは・・・・まさか・・・・エテルナの宮殿・・・・!?」
そんな馬鹿なと予想の斜め上を行く展開に、光の女王は大いに困惑する。
そんなはずはない。
ありえない。
「わたしは・・・まだ力をとりもどしていない・・・はず・・・・」
あの時、確かに自分は闇の王に敗れた。
その時力をすべて失い、もう一度力を取り戻さなければ、宮殿への道は開けない。
王城へ来れるはずがない。
誰かに連れてこられない限りは。
「私は・・・誰かに連れてこられたの?」
いったい誰が?なんのために?と困惑しながら心当たりを探しているとき、部屋
の扉が開いた。
「目覚めたのか、光の女王」
現れたのは、なんと闇の王だった。
光の女王は咄嗟に身構える。
「ほぅ、私を覚えていたか。何百年ぶりの再会だというのにその反応。さすがだな」
「何百年ぶり!?」
それを聞いて、光の女王は驚愕したもののつかのま急に力を失ったかのように、
表情を暗くし、身構えるのをやめてしまう。
「それは・・・・本当なの?」
「そんなことに嘘をついてどうする」
「それは、そうよね・・・・・・・・・。そう・・・・成功したのね」
光の女王は、表情を改め、背筋を伸ばし深呼吸をしてからまっすぐに闇の王を
見据えて尋ねた。
「闇の王。本来ならこんなことをお前に尋ねるのは非常に不本意ではあるが、私に
とっては大切なことなので、正直答えてもらいたい。なぜ、私はここいる?」
「・・・・・・・」
闇の王は答えなかった。ただ、感情のない目を向けてくるだけ。
けれど、光の女王は質問を辞めなかった。
「おまえなら気づいているはず。私にはまだ、ここへ来る資格が備わっていない。
ここへ自力ではまだ来られない。誰かに連れてこられない限りはだ。私をここへ
連れてきたのは誰?」
「・・・・・・・」
「私達の宮殿への登城方法はカオスが定めたもの。そのルールを破ればどうなる
か。わかならないおまえではあるまい」
「私に対して、そのような口をきけるお前は、たしかに光の女王だ」
闇の王は、静かに答えた。まるで感情のこもっていない声。
彼のこんな顔を、こんな声を聞いたのは光の女王は初めてだった。
(これはなに?これが闇の王?)
光の女王が記憶している闇の王は、いつも闇の者らしく他人を見下し、好戦的で、
光の女王を見れば挑発的な発言をやめなかった。
今の闇の王からはそれらが消え、雰囲気からしてすっかり大人しくなっている。
「無人の地で眠っていたお前を見つけ、この城に連れてきたのは、私だ」
その答えに光の女王は驚きと困惑を隠せない。
「あな・・た・・・が?なぜ・・・・・・?」
「そうだな・・・・・・、我が時代を永続させるため・・・・だ」
闇の王は、自分で自分を納得させるように答える。
「私が王であり続けるために、光の女王。お前を私の虜囚とする」
それはもっともらしい答え。
けれど、光の女王はその旨に疑問を抱く。
(そんなことをして何になるの?)
虜囚など、そんなことできるのだろうか?
なぜなら、この城は光の女王の城でもあるのだから。
それに、
「自分の時代の永続を望むなら、なぜ私を目覚めさせたの?」
眠り続けていれば、王位を狙うこともないのに。
けれど、その質問に闇の王は答えなかった。
「この部屋がお前の牢獄だ。用があれば世話係に言うがいい」
それだけ告げると部屋から出て行った。
こうして、光と闇がエテルナの王の座を巡る争いが勃発して以降初めて、王の住
まうエテルナの宮殿に、光と闇のそれぞれの王が同居するという事態が発生したの
であった。