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幻想庭園

いろいろ書き散らしてます。 なお、掲載している内容につきましては、原作者様その他関係者様には一切関係ありません

伊集院先生の実力


 世界一初恋  伊集院響+エメラルド編集部

「飛び立つ鳥の止まり木」の続編。

 少女マンガ雑誌であるエメラルドで、超売れっ子ハードボイルド少年マンガ家伊集院
先生が描くことに。さて、どんな作品ができるのか?

 昔のネタ帳から出てきたので、せっかくなのでアップ。
 なので、現在の原作の展開とは異なりますので、ご了承ください。







 『もし少年漫画にいたら、あなたと組んで作品を作ってみたかった』
 そう言ったときの気持ちは嘘じゃない。
 高野政宗。
 廃刊寸前だった少女マンガ雑誌『月刊エメラルド』を復活させた敏腕編集長。
 前にいた出版社で見かけたとき、彼と組めたらどんな少年マンガがかけただろうか。



「というわけで、ジャンルは全然違うけど、一生懸命描くからさ。よろしく髙野さん☆」
 爽やかな笑顔を振りまく漫画家伊集響院に対し、少女漫画雑誌「月刊エメラルド」
編集長高野政宗は冷静さを保っていたが、同席した編集部員の小野寺律は完全に困惑して
いた。
(なななななんで伊集院先生がうちでマンガを??????)
 伊集院といえば、丸川、いや業界一の超売れっ子の『少年』漫画家だ。
 そして、代表作の『ゲテモノ料理人 ザ☆漢』は、ハードボイルド作品として知られて
いる。
 それが、乙女の夢と希望で満ちあふれている『少女漫画』雑誌である月刊エメラルドで
描くというのだ。
 ジャンルも方向性も正反対であるというのに、どうしてこうなったのか。

「こちらこそ、よろしくお願いします。伊集院先生」
 小野寺とは裏腹に、髙野はいつもすました顔で対応した。
「ではまず、内容はどうしましょうか?うちとしましては、伊集院先生の作品が載るだけ
でも話題となりますが、様々な事情を鑑みますと少女漫画としての完全新作は難しいかと・・・・」
 髙野は、のっけからなにげに厳しいことを言う。
 しかし、これは仕方がない。描くジャンルが全く違うのだ。
 下手な作品を載せて、伊集院の名に傷がつけば、エメラルドどころか丸川書店、
ひいては業界全体の損失となりかねない。
「そうそう。髙野の言うとおりですよ~~~。他社で、少年漫画のヒット作品の
アンソロジーが同じ会社の少女漫画雑誌に載りましたから、その方式でうちも行かせて
いただけたらな~~と」
 と、高野の意見の後押しを言うのが、丸川書店の無敵の専務井坂だ。
 今回のコラボ話の報告を聞いて、こちらが読んでもいないのに打ち合わせに乗り込んで
きたのだ。
 その目的は、今回の企画を成功させること、そして、伊集院の機嫌を損ねないことだ。
 髙野は、身内では鬼編集長として知られている。
 たとえベテランや大御所相手でも厳しいことを言うこともある。
 それを伊集院が知っているかは定かではないが、万が一伊集院の機嫌を損ねて、この
企画のみならず「ザ☆漢」にまで影響を及ぼすことは避けたい。
 そのためのバランス役として、無理矢理にでも参加したのだ。

「響さん、その方が良い。「ザ☆漢」のアンソロジーなら今後のスケジュールにも影響は
少ないし、俺も見れるからな」
 伊集院の横に座る、「ザ☆漢」の担当である「ジャプン」編集長桐嶋も井坂の意見に
同意する。(よかった。桐嶋さん、機嫌悪くなさそう)
 小野寺は、内心ほっとした。
 実を言うとこの企画が持ちあがった当初、桐嶋は難色を示したのだ。
『今、伊集院先生は映画化を控えていろいろ忙しいんですけどね・・・・』
 伊集院が強く希望したのでこの企画を進めたが、伊集院と二人三脚でここまできた
桐嶋にとっては、自分を抜きで高野と伊集院の間で決まったこの企画に内心不満が
あったようだ。
 しかし、そこは大人でプロの編集者だ。
 自分の担当作品の売り上げにつながるかも知れない企画は、ちゃんと協力する。
「う~~~ん。やっぱそうなるか。俺も少女漫画は描いたことないしな。
 じゃあ、それでいこうか」
 伊集院も同意し、エメラルドには、「ザ☆漢」のアンソロジーを載せることで決まった。


「でも、「ザ☆漢」はハードボイルドだし、いつも調子で描いてもよくないよね?」
「そう・・・ですね。読者には小学生の女の子もいますし、ハードボイルド全開の作品
は、うちとしても避けていただきたいと」
 ここが悩みどころだ。
 青少年に絶賛されている「ザ☆漢」の作風は女性には厳しいものがある。
 とくにキラキラ夢いっぱいの無垢な乙女は泣いてしまうかも知れない。
 大切な読者を傷つけかねない作品は載せられない。
(なんか、のっけから暗礁に乗り上げたな)
 もしかしてこの企画は、立ち消えになるかもと小野寺は内心思った。
「う~~~ん、漢を乙女向けにか・・・・」
 伊集院は、頭をひねった後、
「まずは見た目を変えてみようか」
 と、さらさらとスケッチブックにペンを動かす。

「と言うわけで、漢を少女漫画風に描いてみたんだけど、どうかな?」


 と言って、伊集院が見せたスケッチブックのそこには、いつも画風とは違い、瞳には
キラキラのお星様を宿し、口にはバラの花を一本咥え、背景に花を散らした、耽美な画風
で描かれた漢の姿をあった。


「響さん!!!?????てめぇぇぇぇぇ、高野ぉぉぉぉぉぉぉぉ!!俺の響さんに、
なんつーもん描かせんるだ、ゴラァァァァァァァァァ!!!!!!(怒)」
「いや、俺のせいじゃ・・・・・・」
「高野さん!?あの、桐嶋さんも落ち着いてください。先生もいくら少女漫画に載せる
からって、画風を少女漫画にしなくていいんですよ」
(しかもなんで、80年代少女漫画風なんだ?それに、絵めっちゃうまっ)  
 くってかかる桐嶋をなだめる小野寺に対し、井坂は伊集院の隠れた実力を見せつけ
られ、伊集院に対する評価を改めた。
「え・・・、これじゃだめ?」
「ダメに決まってんだろっ(怒)。今せっかくついてるファンがショック死するぞ!!」
「いや、これはこれでおもしろいっつーか(笑)」
「井坂さんも余計なことは言わないでください!!とにかく、画風は今までと同じで! 
内容をもう少しソフトなものにすればいいだろ」
「わかった。桐嶋がそう言うなら・・・・」
 伊集院も桐嶋には弱いのか、桐嶋の言うことを聞く。
 ここで、ようやく桐嶋が手を離して、会議は仕切り直してとなった。


「ソフトな感じの「ザ☆漢」か・・・・・。う~~ん、どういう感じだ?」
「先生の作品は、たしか、漢が何かの事件に巻き込まれて、料理対決するって流れ
ですよね?」
 前日に、「ザ☆漢」全話に目を通した小野寺は言う。
「そのまま持ってきても、読み切りには不向きだ。ここは、テーマを決めましょう」
「高野さん、テーマですか」
「そうです。少年漫画と少女マンガに共通するテーマは、友情です。これなら先生も
描きやすいかと思いますが」
「友情ですかぁ・・・・・」
(友情か。無難だが、描き方次第でどうとでもなるしな)
 井坂は、良い流れをつくったな高野と内心褒める。
「それでいいんじゃないか、響さん。普段孤高な漢の友情話はファンも読みたいだろう
しな」
「う~~ん、そういえばあんまり描いたことないな。よしわかった。それでいこう」
 伊集院もその方向性に賛同するが、でもと注文を入れる。
「せっかく、エメラルドで描くんだし少女漫画テイストにも挑戦してみたいって気は
あるんだよね」
「ようするに、作品に少女漫画のエッセンスを入れたいと言うことでしょうか」
「うん。なにか、参考になるような作品はないかな?」
「先生の参考になる作品となると様式美が整っていて、わかりやすいのが良いですね。
小野寺、何かあるか?」
「うへっ?あ、あのっ」
(急に振らないでくださいよ(怒))
 と、内心あせる小野寺だか、コホンと咳払いして落ち着きを取り戻すと、今まで
培ってきた少女漫画の知識を総動員して答えを導き出す。
「ベテラン勢は一之瀬絵梨佳先生ですが、今うちで人気なのは、吉川千春先生ですね。
うちの雑誌で一番乙女な漫画を描かれる方ですので、最近の少女漫画の傾向を知るには、
わかりやすいかと」
「吉川先生ですか・・・。あ~~、売れっ子と評判の。わかりました。では、先生の
作品を参考にさせてもらいます」
「先日、新刊が出たばかりですので献本しますよ。すぐに持ってこさせます」
 高野は、吉川の担当の羽鳥に連絡を取り、吉川の最新刊を持ってこさせた。



「吉川千春先生の担当の羽鳥です。伊集院先生、お目にかかれて光栄です」
 羽鳥は、持ってきた吉川の最新刊を伊集院に差し出す。
「吉川先生は、伊集院先生の大ファンなんです。自分の作品が参考にされたと聞いたら
大変喜びますよ」
 と、口にする羽鳥の脳裏では泣きながら狂喜乱舞する吉川こと吉野の姿があった。
「それは光栄ですね」
「それで・・・その・・・厚かましいお願い事ですが、吉川先生へのサインをお願い
できませんでしょうか。吉川先生は、本当に伊集院先生の大ファンでして、いただけたら
いろいろと励みになると思うんです」 
「ああ、いいですよ。吉川先生の作品を参考にさせていただくわけですし、こうして
献本までいただきましたから、お安いご用です」
「本当ですか。ありがとうございます!!」
 羽鳥は、深々とお辞儀し、内心ガッツポーズを決めた。


「それでは、さっそく拝見させていただきますね。えっと・・・・表題作の他に短編が
いくつか入ってますね」
「短期集中連載が単行本化されたんです。全話通して大評判でして、ここだけの話
ですが、実写映画化の話も来ているんですよ」
「さすがは、吉川先生ですね・・・・」
 密かに自慢する羽鳥の話を聞き流しながら、ぱらぱらとページをめくり作品を読んで
いた伊集院は、あっという間に大好評だった短期集中連載の話を読み終え、後半に載って
いる読みきりの話を読んでいて、あれっ?と声を上げた。
「あれっ?おかしいな?これ終わりか?」
「え?どうかしましたか?」
「いや、この読みきりの話がですね・・・・・」
「落丁や乱丁がありましたか?」
 一同に緊張が走る中、伊集院が違和感について口にした。


「これ、同じ男子生徒を好きになった二人の女の子の話なんですよね?男の取り合い
だって言うのに、殴り合いのシーンとかが、まったくないんですが」


 これはおかしい、と言う伊集院に対し、その爽やかな美形ぶりに目をくらまされて
いたエメラルド編集部員は、この人は根っからの少年漫画家なんだなと、認識を改めた。
「いや、まぁ、一応少女漫画ですし、喧嘩のシーンくらいはありますが、殴り合いまでは
なかなか・・・」
「そうですよ。乙女に殴り合いは似合いませんから」
 困惑しながら作風を弁解する羽鳥に、小野寺も養護するが、伊集院は納得しない。
「そうですか?描き方次第ではすごく魅力的なシーンになりますよ。あっ、そうそう、
僕がそう思ったのは、ジャプンで連載してる忍者漫画の「カマボコ」なんですけどね」
 忍者漫画「カマボコ」とは、「ザ☆漢」よりは若干劣るが人気の漫画だ。
 主人公の板野カマボコと世界征服を目指している悪の組織との戦いに、彼らを取り巻く
世界情勢を絡めた群雄割拠的な話となっており、伊集院もファンかつ対抗心を燃やして
いる作品だ。
「主人公の板野カマボコを巡って、ヒロイン二人が戦うんですけど、その二人が戦いの
果てに互いの頬にクロスカウンターを決めるシーンがあるんですけど、その迫力が
すごいんですよ!あの気迫、その顔の美しさ!!俺は初めてそのシーンを見たときは
やられた!って思いましたよ」
 いやぁ。あれは今思い返してもいいシーンだと語る伊集院は、本気でそのシーンに
感じ入ったたのだろう。桐嶋もあのシーンは、読者にも好評だったなと思い出す。
 しかし、それはあくまで少年漫画での話だ。


「いや・・・・・・少女漫画でヒロインを取り合う男同士ならともかく、女の子同士の
クロスカウンターはちょっと・・・・」
「読者の女の子達はビックリして、泣いちゃいますよ」
「え?だめですか?でも表現を少女漫画風にすれば・・・・」
 と、伊集院はサラサラと該当シーンを描いてみせる。

『この拳に!!』

『私の漢への愛を乗せて!!』

『『この思いを証明する!!!』』

 と、クロスカウンターを決めるヒロイン二人。
 文字だけ読んだら立派な少女漫画だが、線を細くし、衝撃の迫力も控えめに、
クロスカウンターのシーンで☆と花がちりばめられた立派な少女漫画風で描かれていた。


「うん、いける!!」
「いや、いくら少女漫画風と言ってもですね(汗)」
「っていうか、ほんと先生上手いですねっ」
「・・・・・・ん?って、ちょっと待てこのヒロイン」
 高野はあることに気づき、伊集院にもう一度ヒロイン達を描いてくれと要望する。
 いいですよと伊集院が描いたヒロインの絵を見て、高野は確信した。
「先生、このデザインではダメです。これではうちに載せれません!!」
「え!?どこがダメですか」
「このヒロイン、肩幅がありすぎです!!」

 そう、いくら少女漫画風に描いているとは言え、その肩幅は広すぎてデッサンが
狂っていた。
 問題だらけのこの企画。果たしてどうなるのか?


 ***********


「う~ん。やっぱり難しいな」
 エメラルド編集部との会議は、話が変な方向に行ってしまったので、後日仕切り直す
こととなった。
 あれから伊集院は、いろいろと漢の友情話を考えてみたが、どうもしっくりくるのが
思い浮かばない。
「やっぱ友情がよくないのかな。少女漫画に載せるならやっぱ恋だよな・・・・」
 しかし、これまでハードボイルドな作品ばっかっりかいてきたので、恋愛風景が
どうしてもハードボイルドなものになってしまう。
 エメラルドの読者の女の子達が求めるキラッキラで甘々な物とはほど遠い。
「いや、そもそも漢の恋ってどんなものなんだ」
 思えば、漢の恋などまともに考えたことがなかった。
 漢は、硬派でニヒルなやつで、自分がもっともかっこいいと思う男だ。
 そんな男の恋とはどんなものだろう?


「ううう・・・・・・」
 伊集院は、疲れ切った身体をふらつかせながら外を歩いていた。
 漢の恋とは、なにか?
 その答えを見つけなければいけないような気がして、ここ数日、桐嶋からの電話も
無視して、らしくない恋愛映画やドラマを観賞し、話題の恋愛漫画を読んでみたが、
ぜんぜんしっくりこない。
 さらに、慣れないジャンルに浸ったせいか、身体が拒絶反応を示しているようで、
体調が悪い。
(やっぱ、俺には恋愛ものは無理か・・・・)
 そろそろネームを仕上げなければいけない時期に来ているし、これが遅れれば
他の仕事にも支障が出る。自分が言い出した企画だし、他に迷惑はかけられないとやはり
最初に戻って、無難な友情物にするかと考え始めたとき、伊集院は視界の端に入った
ものに足を止めた。
 自分がいる道路の反対側の歩道。
 そこには、かつて自分が恋した青年がいた。
 そして、その青年の傍にはあの男がいる。
 男は、けだるそうにしていて、その男を青年は一生懸命なだめていた。
 その光景は、ラブラブな恋人同士とはほど遠い、大きな子どもとその保護者だ。
 青年は、伊集院の大ファンだと言ってくれた。自分の作品が大大大好きだと。
 あの男の作品はろくに読まないけど、伊集院の作品はいつも真っ先に読んでいると、
そう言ってくれたのだ。

 でも、青年は伊集院に恋をしてはくれなかった。

 青年は、いつも自分を困らせるあのとこを選んだのだ。

 伊集院は、あの男には敵わなかった。

 今もそのときのこと思い出すと、胸の奥から苦くて甘い、胸を詰まらせ、鼻の奥を
つんとさせるものがこみ上げてくる。
「ああ・・・・・・」
 そのとき、伊集院は悟った。

「そうか。これか・・・・・・・この気持ちなんだな」

 その瞬間、それは振ってきた。
「そうだ・・・・・、これだ!!!」
 湧き上がる意欲。
「いける。いけるぞ!!」
 その火を消さないために、書き記しておくために、伊集院は自宅へと足を速めた。


 その日、丸川書店エメラルド編集部では、部員全員がやや緊張した面持ちで
ネーム会議をしていた。
「これが本日のラストネームだ。皆、集中して読めよ。あの伊集院先生が
我がエメラルドのために書き下ろしてくださった「ザ☆漢」の読み切りだ」
 心して見よと高野はコピーしたネームを全員に配る。
「高野さんは先に読んだの?」
「いや、俺も今からが初めてだ。せっかくの超ヒットメーカーのネームだからな。
 しかし、遠慮や忖度は無用だ。忌憚なき意見を述べろ」
 高野は、その姿勢だからこそ廃刊寸前だったエメラルドを立て直したのだ。その高野は
伊集院相手であっても容赦はしない。
「いざ」
 編集部員一同、背筋を正して伊集院が提出したネームを読んだ。
 それから十数分後、エメラルド編集部は・・・・・、



「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ、漢ーーーーーーーー!!!!(号泣)」
「くっ、泣ける・・・・」
「これが男って奴だよね」
 木佐は感動で号泣し、滅多に泣かない羽鳥も鼻筋を押さえて涙をこらえている。
 美濃は表情は相変わらずだが、声が若干うわずっていた。
「す、すごいっ、こんな心に突き刺さる話は初めてだ」
「ああ、さすがは伊集院先生だぜ」
 小野寺は衝撃で震え、高野もやられたという表情をしていた。
 伊集院の出してきたネームは、想像を超えていた。
 てっきり友情物かと思ったが、なんと恋愛物を出してきたのだ。
 それも読者の誰もが気になっている漢の過去の恋愛についてた。
 これだけでも注目間違いなしなのに、その内容もいつものハードボイルドな感じを
崩していないにもかかわらず、表現は軟らかでかといってなよなよしておらず、
ヒロインもデザインが狂っておらず、性格は優しく自分を持っていておそらく
エメラルドの読者でも好感度は高いだろう。
 そして、漢自身は、いつもの硬派な感じを保ったまま優しさと悲しさを垣間見え
させている。
 伊集院響は、新たな「ザ☆漢」をここに現したのだ。
「高野さん、これこのまま行けますよ」
 小野寺の言葉に高野はいやと首を横に振る。
「話はこれでいいが、絵に多少の手直しはしてもらう」
「え、それって逆に失礼じゃ」
「背景や効果線に手直しを入れてもらうだけだ。このままだと硬派すぎるからな。
そんなわけで、小野寺」
「は、はい?」
「今夜おまえの部屋に行く」
「な、何ですか、突然」
 こんなところでお誘いするなと小野寺は真っ赤になる。
「馬鹿野郎。おまえのうちには、古今東西の少女漫画がそろってるだろ。あれを見て、
勉強し直すんだよ。俺も一流の少女漫画とはどういうものかしっとかねーと、先生の作品
をよくできねーからな」
「あっ、はい。そういうことなら」
 拍子抜けした小野寺だが、この人もちゃんと編集として勉強するんだなと逆に高野の
ことを見直したのであった。


 「ザ☆漢」の番外編が、少女マンガ雑誌でる月刊エメラルドに掲載されると告知される
やいなや界隈で大きな反響を呼び、雑誌ながら予約が殺到した。
 書店員の恋人を持つ木佐が聞いてきたところ、予約数がいつもの数十倍で大半が男性
だったいう。
「本当ですか?さすがは伊集院先生ですね」
「うん。少女漫画を店頭で買うのは恥ずかしい人が多いらしいから店側も予想外の反響
だったみたい。店にストックしてる予約票が瞬く間になくなったらしいよ」
「ネットで予約してる人も多くて、あの超大手ネット書店の幹部が井坂さんを訪ねて
きて、自分の所に問屋を通さずに多く降ろしてもらえないかって商談に来たらしいよ」
「えっ、それってまずくない?」
「それだけ、争奪戦が激しいという事だな」
「おまえら、しゃべってないで仕事しろ」
「あっ、高野さんお疲れ様です」
 校了前で忙しいにもかかわらず、今回の雑誌で大盛りあがりのエメラルド編集部に
高野がぐったりとした様子で会議から戻ってきた。
「今回の発行部数決まりました?」
「いくら刷るんですか?やっぱり伊集院先生が載るからいつもの倍ですかね?」
「5・・・だ」
「えっ?5冊ですか」
「ちがう、いつもの5倍で決まった」
「5倍!?」
 エメラルド編集部員達は、仰天した。倍でも充分多いと思うのにさらに上乗せ
できたのだ。雑誌は、売れ残るのはよくないのでなるべく売り切れる数だけしか
発行しない。
 それをいくら伊集院が載ると言え、この出版不況の世の中でそれは無謀に覚えた。
「よく、井坂さんが許可しましたね」
「あの人は、間を取っただけだ。予約分は全部刷ることは即座に決まったんだが、
書店販売分の数が読めなくて、会議が荒れててな。なかなかまとまらなかったんだ」
 すでに予約分だけで、通常のエメラルドの発行部数を超えており、数を読むことは
至難となっていた。売れっ子の伊集院とはいえ、今回は媒体ジャンルが正反対と言う
ことで様々な意見が続出し、最終的に井坂が間を取る形で納めたのだ。
「うちにとってもこれは賭けだ。これで売れなきゃ全員明日はないと思え」
 高野は発破をかける。
「発売日まで全員気を抜くな!心してかかれ」
 おうっと、編集部員達は全員最後の追い込みに入った。



 そして、運命の雑誌発売日。
 エメラルド編集部では・・・・、

「高野、てめぇーーーーーー、またやりやがったなぁ!!!!!(怒)」
 営業の暴れグマこと横澤の怒号が鳴り響いていた。
「初日売り切れ続出で、雑誌が手に入らないって営業部に苦情が殺到してんだよ。
どーしてくれんだよ!!(怒)」
「知るか。部数を決めたのは井坂さんだ。文句なら井坂さんに言え」
 暴れグマの抗議になれきっている高野はしらっとした顔できりとおす。
「やっぱり来ましたか。本屋に行列ができてたってTVでもネットニュースでも
話題でしたもんね」
「徹夜組もいたらしいよ。ちょっと迷惑だったって言ってたわ」
 恋人からの情報を口にする木佐だが、本人は話題沸騰で良いじゃんと笑っていた。
『トリー--、エメラルドがどこにもないよ~~(泣)、観賞用と保存用と万が一用に
三冊は欲しかったのに~~~~(涙)』
「献本で我慢しろ」
「もしもし?あ~~~すみません。在庫のことは編集部には直接は困るんですよ、
書店か、営業の方にお願いします」
 在庫の問い合わせは、編集部にまでかかってきた。
 「ザ☆漢」が載った月刊エメラルドは、予約分を除いても予想を遙かに超える
売れ行きを示し、今回発売は即完売してしまった。
 しかし、雑誌は基本的に重版をしないので、完売してしまえばそれ以上は販売され
なくなる。
 それを見越して、ネットでは「ザ☆漢」が掲載されている今月号の月刊エメラルドの
高額転売が相次いでおり、これもまたニュースなどで話題となっていた。
 エメラルド編集部は対策と決断を迫られていた。

「今月のエメラルドに掲載した「ザ☆漢」だが、来月号にもう一度載せることにする」

 まさかの同一作品二号連続掲載に、編集部員に衝撃が走る。
「本気ですか、高野さん!?」
「エメラルド始まって以来の出来事ですよ!」
「業界全体では、滅多にないが、全くないわけじゃない」
「転売ヤーを止めるためにも仕方がないね」
「さっそく告知を打ちましょう」
 告知が打たれてしばらくすると、まだ読めていなかったファンが安堵したのか、
騒動は徐々に鎮静化していった。



 それからしばらくして、伊集院が高野を訪ねてきた。
「こんにちは、高野さん。お疲れのようですね」
「伊集院先生。今回先生のおかげでいろいろと勉強させていただいてます」
 高野の言葉に、伊集院は小さく笑う。
「今回の「ザ☆漢」すごく評判がよかったようで、安心しましたよ。桐嶋は
悔しがってましたけど」
「らしいですね」
 桐嶋は、ファンが大注目している漢の恋愛話を自分抜きでエメラルドに取り扱われて
ほんとに悔しがっていた。その仕返しか解らないが、発行部数を決める会議では、
高野の出した数字に『うちの伊集院をなめるな』と文句を言っていた。
「エメラルド始まって以来の反響となりましたよ、さすがは伊集院先生、
恐れ入りました」
「あはは。そんなこと言わないで。楽しかったですし、またコラボしましょう」
 ケラケラと笑う伊集院に対し、高野は苦笑したのであった。








おまけ

 伊集院響作「ザ☆漢」のスペシャル番外編が掲載された「月刊エメラルド」。
 あの嵐のような日々は、見事な爪痕を残していった。
「なんかさ、最近の投稿者の原稿、「ザ☆漢」の読み切りの影響を受けてるのが
多いんだけど」
「う~~ん、愛と夢とお花は少し減ったかな」
「確実に減りましたよ。現役陣でも新規のヒーロー候補は、硬派な感じの青年が
多いです」
 伊集院先生の影響ってすごいねと木佐、美野、小野寺はしみじみと思った。
「うちは、少女マンガ雑誌だぞ。乙女カラーを忘れるな」
 高野は釘を刺すが、影響は「ザ☆漢」の大ファンでエメラルド一番の乙女な漫画を
描く大先生にバッチリ及んでいた。
『トリ、俺も伊集院先生を見習って、新たなヒーローを考えてみたんだけどさ』
「吉川先生。見習うのは良いですが、自分の作風を大事にしてください」
 吉川千春は、「ザ☆漢」の読み切りを見て以来、自分もこんな作品を描いてみたいと
口にしており、羽鳥は吉川千春のいいところに影響が出るのではないかと危惧していた。
『とにかく、描いてみたからさ。見てみてよ』
 と、吉川千春は、ラフ画をFAXで送ってきた。
『これが俺のニューヒーロー君です☆』
 とのメモ書きを添えて描かれていたのは、顔は少女漫画のヒーローらしい美形ながら、
身体は肩幅が広く、筋肉もりもりのマッチョな青年像だった。

「よ、吉野ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 世にも珍しい羽鳥の絶叫が響き渡り、伊集院響の恐るべき影響力はまだまだ弱まり
そうにもなかった。

 
  
 
 
 
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