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幻想庭園

いろいろ書き散らしてます。 なお、掲載している内容につきましては、原作者様その他関係者様には一切関係ありません

情熱の人

 桐嶋から見た伊集院と二人が交わした約束の話


 純情ロマンチカ 伊集院 桐嶋


 十数年前に書いた作品メモが出てきたのでアップ。
 なので、原作の最近の設定は入ってません。











「ううっ、また逃げられた・・・・・・」
 めそめそと泣く伊集院を前に、桐嶋はハイハイと目の前のグラスになみなみと酒を
注いでやる。
「アシスタントになれてうれしいって言ったのに。生原に触れて感動ですって言ったのに・・・・」
 えぐえぐと涙を流す伊集院。
「なんか思ってたのと違うってなんだよ~~~」
 うわぁ~~~~~~とテーブルに伏して泣く伊集院をよしよしとなぐさめつつ、
その衝撃でこけたグラスを直し、こぼれた酒をふきんで拭き取る。
(またか・・・・・)
 桐嶋は心の中ではぁぁぁとため息をつく。
 またアシスタントが逃げてしまった。
 これでいったい何人だろう。
(今度は長く続くと思ってたんだけどな・・・・)
「ついていけないって、こんな人だなんて思ってなかったなんて。いったい俺を何だと
思ってたんだ」 
 伊集院は、べそべそしながら新しく酒が注がれたグラスをわしづかみ、ゴキューーッと
酒を一気に呷る。
「あれも俺なのに、俺が真剣になるとついてこないんだよ」
 ぐすんぐすんとしゃくりをあげる伊集院に桐嶋も頭を抱える。

 普段の伊集院はこんな感じだ。
 丸川どころか業界一の売れっ子と言ってもいいのに、天狗になったりせず、締め切りを
破りかけることはあるが破ったことはないので、マンガ家としては花丸満点だ。
 顔もいい。
 美形で、身長も高く、普段の雰囲気は落ち着いている。芸能人でも充分にいける。
 男性作家でもこれほどの男前はなかなかおらず、並ぶのは作家の宇佐見秋彦や
エメラルド編集部の連中くらいだろうか。
 性格は基本的に優しく、好奇心が旺盛で、少々いたずら好きで、結構涙もろかったり
する。
 人見知りせず、他人のことを考えること出来るし、社会人らしく誰にでも礼儀正しく
振る舞えるから好意を持つ者は、男女年齢を問わず多い。
 けれど、ひとたびペンを握ると豹変する。
 創作以外目に入らず、風呂はおろか食事すらまともに取らない。
 穏やかさはどこかへ吹き飛び、ネタをひねり出すために嵐のような荒々しさを振りまき、
時に部屋中をめちゃくちゃにしてしまう。
 常にピリピリしているが、一旦ダメ出しされるとどん底までへこみ、なかなか浮上しな
い繊細さを併せ持つ。

 こうなるのも伊集院が本物だからだ。

 マンガ家になって10年。
 さすがに、作家生活も10年を過ぎると落ち着きが出て、身につけた自分の作風に
こだわり、新たな分野へチャレンジする者は少ない。
 それはそれで安定感があるが、物足りなさや時代遅れ感が出てくる。
 けれど、伊集院は違う。
 デビューの時から見続けてきたが、伊集院が落ち着いたことなどなかった。
 彼は、一話一話1ページに真剣に向かい合っていた。
 長編ともなると話のどこかがダレてきたりするが、伊集院は手を抜かず、どんな展開に
したり、キャラクターを出したら読者の興味が引かれるか常に考えている。
 そう、伊集院は常に作品と読者に向かい合っていた。
 どうすれば読んでもらえるか。
 どうすればもっと面白いと思ってもらえるか。
 ときにこっちが引きずり込まれそうになるほどの情熱。
 桐嶋は、デビュー当時から伊集院の担当編集者だか、伊集院だけを担当しているわけ
ではなく、他の作家も見て来た。
 しかし、伊集院ほどの作家はいなかった。
(なのに、ギャップが激しすぎて、その情熱が激しすぎて、並の人間はついて行けなく
なる)

「~~~~桐嶋」
 伊集院が酔いが回った目で問いかける。
「うん?」
「おまえは最後までいてくれるか?」
 桐嶋は、一瞬目を見張ってすぐにふっと笑った。
「なに馬鹿なことを言ってるんだ。当たり前だろう。「ザ☆漢」は。俺が最後まで
担当するって決めてるからな」
「本当か?」
「編集長権限だ」
「き~り~し~ま~~」
 体当たりするように伊集院が抱きついてくる。桐嶋は、その背中をポンポンと叩いて
よしよしと伊集院を慰める。
「元気出せよ、なっ。絶対いいアシスタント見つけてやるから」
「ほんとうか?」
「任せろ。柳瀬君なんか最高だろ。なんせ「スーパーアシ」だからな」
「うん。でも、レギュラーはいやだって」
「今はイレギュラーで我慢しろ。俺も説得するからレギュラーになってもらおうな」
「うん・・・・・」
 とはいえ、柳瀬はなかなか強情な性格だ。有名なマンガのアシスタントとして入ることを
希望したり、入れたことを自慢する者もいるのに、そういった所全然ない。
(そこは、俺の腕の見せ所だな)
 桐嶋は、できる限り伊集院の希望を叶えたかった。
 というのも、桐嶋は伊集院に大きな貸しがあったからだ。
 
 妻を亡くした時、桐嶋は実家に帰らず、自分一人で幼い娘を育てることを決意した。
 どうしても手が足りないときは、実家の力を借りたが、基本的に家事育児は自分で
行った。
 もちろん仕事も手は抜かったかった。
 しかし、慣れない育児に加え、不規則な勤務時間を常態化している編集部にとって、
毎日定時に帰る編集者というのは奇異に見られ、真面目に仕事こなしていても眉を
ひそめられることが多かった。
 当時は、イクメンとか父親が育児をすることに理解が今よりもずっとない時代である。
 ある日、編集長に呼ばれ、編集部からの移動を求められた。
『もちろん君の実力はわかってるし、事情も理解している。ならば、もっと時間に融通の
利く部署に移ってはどうかな?』
 はっきりと異動を命じられたわけじゃない。
 ただ、このまま会社にいたければ移動しろ、そう言われているようにも感じた。
 今すぐ返事は出来ないので、時間をくださいと言ってその場は切り抜けたが、あの時は
真剣に提案を受け入れるべきか悩んだ。
(引き時かな・・・・・)
 マンガ雑誌はチームで作る。チームメイトである他の編集部員に嫌われれば、仕事が
しづらくなるし、ひいては作家に迷惑をかける。
 桐嶋が担当している伊集院は、人気上昇中の作家だ。いずれは、ジャプンどころか
丸川を背負う看板作家になるかも知れない。
 その伊集院にも妻が死んで以来、こちらの都合で打ち合わせ時間を変更してもらうなど
迷惑をかけている。編集者の都合で作家を振り合わすなど合ってはならないことだが、
伊集院は、それを許し、変わらずいい作品を作り続けてくれている。
(伊集院に、これ以上迷惑をかけられない)
 覚悟を決めた桐嶋は、後日、編集長に編集部からの移動を申し出た。
 編集長はすぐさま了承し、桐嶋は営業部へと異動することになった。
 担当替えは、担当作家へは、編集者自ら伝えることになっている。
 桐嶋はすぐに伊集院へ連絡を取った。
『伊集院先生、このたび担当が変更することになりました』
『え!?』
 詳しいことは、今度の打ち合わせの際に告げると伊集院に行ったのだが、それまで待て
ないと言うようにその日のうちに伊集院は、編集部に飛んできた。
 人気作家の突然の来襲に、編集長も驚いたがちょうど良いと、桐嶋と新担当候補も
交えて伊集院への説明が行われた。
 しかし、伊集院は説明を聞くまでもなくこう告げたのだ。

『担当交代には反対です。俺の「ザ☆漢」は、桐嶋さんあってこそ描き続けられ
るんです。桐嶋さんを担当から外すなら、「ザ☆漢」は、今描いているところで
終わりにします!!』

 熱烈なファンが多い、人気作品の突然の終了宣言に、桐嶋はもとい編集長も大いに慌て
た。
 新しい担当も悪くないですからと編集長は必死に説得したが、伊集院は頑として譲らな
かった。
 この話は、上層部にも伝わり、売れる作品を書く作家の機嫌は損ねられないとの沙汰が
下り、桐嶋の編集部移動の話は流れた。

 伊集院は、話を終わらせず今も「ザ☆漢」の連載を続けている。
  「ザ☆漢」は、右肩上がりの人気と売り上げを保ち、いまでは丸川の看板作品だ。
  それを桐嶋は寄り添いながら見続けてきた。
 移動の話が消えた後、桐嶋は編集部でずっと伊集院の担当をすることになり、
今では編集長にまでなった。
 さすがにそこまで出世すると伊集院につきっきりにもなれないので、伊集院の担当に
副担当をつけ、二人体制にした。
 担当としての主な作業は副担当がしてくれるが、話を詰めるなど重要なところは桐嶋が
担当し、二人で打ち合わせして決める。
 これだけは絶対に譲らない。譲れない。

『俺、絶対「ザ☆漢」を人気作品にしてみせるからさ。桐嶋さん、最後まで付き合って
くれよ』


「ほら、飲め飲め。まだ、酒はあるぞ」
「う~~~~~~~ん」
 桐嶋は伊集院のグラスに新しく酒を注いでやる。
 飲んで酔い潰れて忘れてしまえ。
 けれど、俺との約束だけは忘れるな。
 俺も守るから。

(傍にいるよ、いつか訪れる最終回を載せるその日まで)  


  
 
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