自分を姉だと思い込み口うるさく進言するフレアに、指輪はかつて憎んだ女のことを
思い出していた。
聖闘士星矢 アスガルド編 黒ヒルダ
十数年前に書きました、ジークフリートを主人公として、「アスガルド編」に独自ねつ造設定を加えて書いた作品です。
なので「黄金魂」編の設定は入ってません。
たぶん、初めて書いた長編となります。
せっかくのなのでUP。
ヒルダはむっつりとした顔でソファに座っていた。片手に持っているグラスの中身が
ヒルダの苛立ちを敏感に捕らえて、ゆらゆらと揺れる。
少し離れたところにある化粧台の鏡に『ヒルダ』が浮かび上がり、公然とヒルダを
非難する。
『なんてことを。フレアを出して。あの子はなにも悪いことはしてないわ』
「うるさい!!」
ヒルダはグラスを鏡に投げ受ける。派手な音をたててグラスは飛び散り、入っていた
ワインがまるで血のようにしたたり落ちる。
うるさい、うるさい、うるさい!!
肩が、背中が、唇が、手先が、ぶるぶると激しく震える。
フレアというヒルダの妹の言葉が、頭の中でこだまする。
『お姉様に黄金は似合いませんわ』
『その指輪は不吉です。外してください』
あなたに黄金は似合わないわ。
その指輪は捨てなさい、ジークフリート。
それはあなたに破滅をもたらす。
あの態度、あの言いぐさ。
あの女にそっくりだ。
憎んでも憎み足りない、あのヴァルキュリアに!!
育ての親に裏切られ、傷ついた心を引きづりながらジークフリートは諸国を放浪した。
もちろんその左手の指には、ニーベルンゲンリングがはめられていた。
様々な人に出会った。親切にされたり、恩を仇で返されたり。いろいろな出来事、
そしてそのどれもがジークフリートには新鮮だった。
つらいことの後には嬉しいこと、楽しいことがあることを知った。
旅は彼の身も心も鍛えた。
リングは絶えず、ジークフリートを励ました。
喜びを分かち合い、困難に供に立ち向かい、時に喧嘩もした。
楽しかった。
ファブニールの元で箱の中に入れられていた頃よりずっと。
(ずっと、ずっと、こうしていられたらいい)
終わりの始まりは突然訪れた。
険しい山がそびえ立つ山脈があった。そこは修行する場所にぴったりとジークフリート
は向かい、ふもとの村である噂を耳にした。
剣のようにそりたつ山の奥のさらに奥には炎に囲まれた山がある。
そこには一人の乙女が眠っていて助け出されるのを待っているというのだ。
聞いた途端、ジークフリートはその山へ行こうという気になった。
その気の名は、同情心、哀れみ、親切心、試金石。
村人達は止めた。もちろんニーベルンゲンも。
村人は、
「この話を聞いて何人もの戦士がそこへ向かったが、半分が途中で諦め、半分は返って
こなかった」
と半ば脅し、リングは、
「行ってはいけない。行けばお前につらい運命が降りかかる」
と警告した。
だが、ジークフリートは行くと言って聞かなかった。こんなことは初めてだった。
今までジークフリートは自分の忠告には素直に従った。なのに今回ばかりまったく耳を
貸さない。
二人の間に落ちた小さなしずく。それは地面をわり、溝を作り始めた。
ジークフリートはまるで誰かに導かれるかのように難なく難所を乗り越え、着実に
目的の山へと向かっていった。近づく度にジークフリートの胸が高鳴るのを感じた。
リングは不安を増した。
いくつかの山を乗り越え、ようやく目的の山にたどり着いた。そこは山頂付近が朱金に
輝く炎に包まれていた。炎の勢いはすさまじく、見る者は怖じ気づいてここで諦める
だろう。
だが、ジークフリートは逆だった。
険しい山肌を登り、炎の中へと足を踏み入れた。
とたん、炎は近寄るもをの燃え尽くすかのような勢いが急激に衰え、消え失せた。
それはまるで彼を待っていたかのように。
そして、問題の女の前にジークフリートは立った。
「お嬢さん」
声をかけ軽く身体を揺り動かしたが、目を覚ます気配はない。
もう一度さっきより大きな声でかけたが女はすやすやと安らかな顔のまま。
ジークフリートは困り、そうだ水でもと腰に差した水筒の水を飲ませようと口まで
持って行ったが、眠っている女が自力で飲めるはずもなく、少し考えジークフリートは
口に水を含み口づけた。
すぅ・・・と固く閉じられていた眼が開いた。
ジークフリートは嬉しそうに微笑んで、大丈夫ですかと声をかけた。
女はブリュンヒルトと名乗った。
ジークフリートは家はどこに? 送ろうと言ったが女は「私に帰るところはありません」
と力なく首を横に振った。
なぜここにと聞くと、
「オーディンにここで眠りに就き、炎を越えてきた男の妻になるようにと言われました」
これにはジークフリートも仰天した。
「私が夫に?」
彼にそんなつもりはなかった。
ただ、助けて帰りを待っているであろう家族の元へ返してあげたい、哀れな人たちを
救いたいと思っていたのだから。
「これは運命です、勇気ある人よ」
そうしてその女はジークフリートを誘惑し、夫にした。
あのときの屈辱、敗北感は今でも覚えている。
神命だの、運命だのとほざいて自分からジークフリートを奪っていったあの女。
リングは、すべてが許せなかった。
一刻も早くこの女からジークフリートを引き離したかった。
だが、ジークフリートはこの女に惚れ込んで、己の言うことに耳を貸さなかった。
リングは考えた。
不自然でない理由を。
そしてあることに気づき、ジークフリートに囁いた。
「ジークフリートよ。ブリュンヒルトを妻にするのだろう?」
「ああ。彼女のような素晴らしい妻を得られるなんて、この運命を神に感謝したいよ」
リングは燃えさかる嫉妬心を必死で押さえながらあることを指摘した。
「だが、ジーク。妻を始め家族を養うにはそれなりの財力が必要だ。家、金、地位。
お前は何一つ持っていないではないか」
そう言ってやると、ジークフリートははっとして考え込んだ。
仕官の誘いはこれまでいくつかあった。だが、ジークフリートはまだ世界を見たいと
断っていた。
「どうだろう。お前一人山を下りて、迎える準備を整えては?妻にするにはそれから
でも遅くはあるまい」
これにはジークフリートも耳を貸した。
そして翌日、止めるブリュンヒルトを振り切り二人は山を下りた。
チャンスは意外にも早く訪れた。
行き着いた国の者がジークフリートを一族に迎えたいと知った。
だから手を貸した。いや、背中を押してやった。
過去を忘れる薬でブリュンヒルトを忘れたジークフリートは、王の妹と結婚した。
だが、彼は私の方を大事にしてくれた。
一つは叶えた。
残りの一つを叶えるため、もっと残酷な舞台を用意してやった。策を巡らせ、
ジークフリートを待ち続けていたブリュンヒルトをジークフリートの手で別の男の妻に
してやった。
その時のことを思い出すと今でも笑いが止まらない。
全てを覚えているブリュンヒルトにとって、ジークフリートが他の女を愛するのは
拷問に等しいことだろう。
あの女を足蹴にしつつ、私はジークフリートと供に世界に君臨するはずだった。
だが、オーディンのせいで私は魔力に満ちた湖の底に捨てられた。
私の助けを得られなくなったジークフリートは奸計により殺され、ブリュンヒルトは
後を追ったという。
「だが、今度はそうはいかぬぞオーディン」
今のお前は、私には敵わない。
お前の手足となるべき地上代行者は、私の手の内にある。
あの女も、もういない。
「私は再び手にしてみせる。あの幸せだった日々を。ジークフリートの側にいるのは
この私だ。「ヒルダ」という身体を持ったこの私 ニーベルンゲン」
側にいるのも愛されるのも、私だけだ。