目の前で繰り広げられる愛する故国の変貌と己と同じ姿の女が引き起こす痴態に
ヒルダは苦悩する。
聖闘士星矢 アスガルド編 黒ヒルダ 白ヒルダ R12
十数年前に書きました、ジークフリートを主人公として、「アスガルド編」に独自ねつ造設定を加えて書いた作品です。
なので「黄金魂」編の設定は入ってません。
たぶん、初めて書いた長編となります。
せっかくのなのでUP。

ヒルダは、バスローブ姿で化粧台の前に座り、ジークフリートを迎えるための仕度を
調えていた。
今、ヒルダいや、ニーベルンゲンは幸せと得意の絶頂にいた。身体を手に入れ、
ジークフリートの愛を手に入れ、世界を手に入れる。
「フッ、ハハハハハ」
こみ上げてくる笑いが止まらない。
『なんて愚かな・・・・』
目の前の鏡がもやを映しだし、『ヒルダ』が浮かび上がる。
『これ以上アスガルドの民を苦しめるのは止めてください。我らは陽の当たる場所など
望みません』
「何を言うのだヒルダよ。お前も聞こえただろう、民達の随喜の叫びが」
ワルハラ宮、謁見の間。
広間の中央、玉座前にいかめしい衣を身に纏った男達が膝をつき、その周りを老若男女
たくさんの人々が囲い、玉座に座る人物の登場を今か今かと待っていた。
戸脇に控えていた従僕が登場を告げ、ざわついていた広間が一瞬で静まりかえる。
脇のカーテンがさらりと揺れ、このアスガルドの支配者である地上代行者ヒルダ。
その後ろにフレアが続く。
ヒルダは玉座の前に立ち、フレアは少し離れて控える。
「親愛なる我がアスガルドの民よ」
厳かなる声が広間に響き渡る。
「我らは遠い遠い昔から、日もささぬ凍てついた大地で生きてきた。飢えに耐え、
寒さに耐え、地上の平和のために働いてきた。だが 」
ヒルダの目がかかっと見開く。
「世界は誰一人我らを一顧だにせず、我らの犠牲の果てに生まれる恩恵を何の疑問も
持たず享受している。なぜだ。なぜ、我らがそんな無感謝な者達のために苦難に耐え
なければならないのか!!」
そうだそうだと人々の間から声が上がる。
「そんな責め苦を我が民が味あわされるなど、このヒルダが許さぬ! 私はここに宣言
する。アスガルドの民に陽の当たる場所を与えると!!」
おおおおおーっと感嘆の声が響き渡る。
「しかし、そのためには聖域を滅せなければならない。その守護神アテナを護る聖闘士は
強い。だが、安心せよ。ヤツらに匹敵する力を持つ戦士達が今ここに復活した!!」
見よ! とヒルダは槍先でジークフリート達をさす。
「この者達は、最強の拳と力を携えた戦士、伝説の神闘士である。
神話の時代からアスガルドを護るために力を振るってきた彼らの力を持ってすれば、
アテナなど恐れるに足らず!」
カッと槍尻を床に叩きつける。
「全ての勝利は我らのもの。世界の全てを我らのものに!!」
わ っと部屋全体を揺るがす歓声が上がり、ヒルダの名とアスガルド万歳の声が
連呼される。
ヒルダは得意満面な笑みを送った。
「アレが彼らの本心なのだよヒルダ。私はただ壁を取り除いたに過ぎん」
『いいえ、アレはあなたがそう仕向けたのです。彼らは皆あなたに操られているに
過ぎません』
「ほう、ならばジークフリートの気持ちも嘘・・・・と言いたいのだな?」
「ヒルダ」がぐっと息を詰まらす。
「夜ごとあんなに愛を囁かれ、熱いものを捧げるジークの愛が嘘と言いたいのだな」
『そ、それは・・・・』
反論が思い浮かばず、口ごもってしまう。
「ふん、そうだろう。所詮お前も『女』だ」
鏡の中のヒルダをにやりと笑う背後で、秘密の扉が開き、ジークフリートが現れる。
指輪は「ヒルダ」を奥へ押しやり、何事もなかったようにジークフリートを迎える。
「待っていたぞ」
「いま、なにか・・・?」
「フフ、何でもない。気にするな」
ヒルダは妖艶に微笑んで蛇のように絡みつく。ジークフリートはいつものように
ヒルダを抱き上げベットへと運ぶ。
「ヒルダ」
敬称をつけずに呼ばれる。額に、頬に、唇に唇が落ちる。しゅるっとバスローブの
紐が解かれ、素肌が彼の目にさらされる。冷たい指が、手が、肌を走る。
ジークフリートも服を脱ぎ、温かな肌が合わさる。
「ああ・・・・」
こぼれる声。
「ヒルダ」はこれを他人事のように見ていた。上げられる声は他の誰でもない『自分』
の声。触れられているのは紛れもない自分の身体だ。
(でも「私」じゃない)
彼が愛を囁くのはヒルダの名を持つ違う女。
彼が口づけるのは私と同じ顔を持つ別の女。
彼が肌を合わせるのは私と同じ声と身体を持つ指輪。
ちりちりとした火花がちる。
どす黒くねばねばとした油のようなものに火花が落ちて、一気に燃え広がる。
炎はヒルダの身体を、心を、焼き尽くす。
(オーディンよ!)
ヒルダは叫ぶ。
(我が祈りを捧げし神オーディンよ!)
聞こえぬ声で、
(我が願いを聞きとどけたまえ!!)
胸をかきむしるような想いを込めて。
(このヒルダの命と引き替えにしても聞きとどけたまえ!)
この女を殺して!!