ジークフリートは、トールとの出会いを思い出す。
聖闘士星矢 アスガルド編 ジークフリート トール
十数年前に書きました、ジークフリートを主人公として、「アスガルド編」に独自ねつ造設定を加えて書いた作品です。
なので「黄金魂」編の設定は入ってません。
たぶん、初めて書いた長編となります。
せっかくのなのでUP。
塔を降りて、西の外回廊をぶらぶら歩く。
「ん?」
ここからはずいぶん離れているが何をしているかははっきり解る。身を構え人がいない
方向へ向かって両の手に手にした巨大な斧を思いっきり放り投げる。投げられた斧は円盤
のようにきれいな弧を書きながら戻ってくる。それを男は難なく受け止める。
「トール。勢が出るな」
あの位置からだと自分と同じ高さに見えたトールは近づくにつれ少しずつ高くなり、
側へ寄った時は、自分の身長は彼の胸のあたりまでしかない。
「おお、ジーク。どうした?一人か?」
いつもジークフリートがヒルダの傍にいるので、トールはきょろっと周りを見回す。
「ああ、なにしてるんだ?」
「ミョルニルハンマーの調子を調べていたんだ。この斧はいいぞ。使いやすい」
「それはよかった。心強い」
「ああ。見ててくれジークフリート。俺はフェグダの神闘士として立派にヒルダ様を
護ってみせる。オーディンとこの斧に誓う!」
ぶんと斧を掲げるトールを、ジークフリートは頼もしい目で複雑な心で見ていた。
「隊長、おられますか?」
ドアがノックされ、ペンを動かす手を止める。少し書類を書くのに疲れていたので
ちょうどいい時に来たと、息をつく。
「入れ」
「失礼します」
入ってきたのは、領地管理責任者を任せている隊員だった。
「どうした?何があった?」
「報告します。本日午後3時頃ワルハラ宮直轄の森で密猟者を発見、拘束しました。
例の大男です」
「ああ、トールという狩人だな。何回目だ?」
「今月に入って10回目です」
「基準は満たしているな」
ジークフリートは、6つの時から王宮暮らしであるため衣食住に不自由したことは
ない。
だが、彼は6才以前の生活をよく覚えており、隊長就任後は庶民出身の兵の話などを
聞いたり、暇を見つけては町や村を視察或いは素性を隠して、直接ふれあうなどにより
ある程度の生活状況、環境を知っている。
だからこそ、多少の密猟には目をつぶっていた。
一度したくらいでは捕らえず、捕った獲物の数が多い、常習者など悪質なケースに
該当する場合に拘束連行した。
このトールは、この半年ほど前から現れ始めた。
体格が一般人と遙かに違うのですぐに身元は割れ、要注意人物としてマークされて
いた。
ただ、捕った獲物を周辺の村の貧しい人々、老人しか居なかったり、病人、けが人が
いる家に与えていたので見逃していたのだが、近頃頻繁に現れるので悪質と判断し、
逮捕命令を出していた。
「連行したのか?」
「いえ、それがいざ連行しよとしたところへ、ヒルダ様が現れてまして」
「なに、ヒルダ様が!?」
はい、とおずおずと離す内容によると、ヒルダはその密猟者を許し、負わせた傷も
癒やして解放したという。
「そうか・・・」
ヒルダが自ら動いた。これが吉と出るか凶と出るか。
「わかった。だが、再びやつが戻ってくるかもしれん。しばらく監視を強化せよ。
詳しい経緯を書いた報告書を提出してくれ」
「了解しました」
それから半月後、ジークフリートは一人馬に乗りワルハラの森を散策していた。
監視の程度をゆるめるかどうか決めるために、自ら出向いて様子を見るためである。
できる限り自分の目で見て確かめるのが、ジークフリートの信念だった。
今日は天気もよく、木漏れ日が差すワルハラの森は、いつにも増して清浄な空気と
神秘的な雰囲気に包まれていた。今のところ鳥の鳴き声しか聞こえず、不穏な気配は
ない。
これなら大丈夫かと森外れにさしかかった 。
「近衛の方とお見受けする」
木を揺るがすような大声におびえた馬をなだめつつ、ジークフリートは馬を止める。
見ると、少し離れた木の側で大男が膝をついていた。
「何者か」
「この近くの森に住む狩人のトールと申す者です」
驚いた、例の狩人ではないか。ヒルダに許された密猟者が何故近衛の探すのか。
真意は測りきれないがとりあえず相手に合わすことにする。
「そうだ」
隊長とは答えなかった。
「どうかお願いいたしまず。お、いえ私を軍に入れてください」
またまた驚く。犯罪者が軍に入りたいとは。
「今兵の数は充分ある。ワルハラはこれ以上の兵を望まない」
ジークフリートは兵力の上限を設け、それ以上は募らないことにしていた。
必要数だけ補充することにより、軍事費の増加を防ぎ、兵一人一人の戦力を上げること
により、少ない兵で戦闘力の高水準での維持ができるのだ。
「なぜ兵になることを望む。兵になることはいつ五体不満足なり、或いは命を落とすかも
しれんのに」
「それは狩人とて同じ。お、私たちは時に人の何倍の力を持つ熊や鋭い牙を持つ狼と
戦いながら日々の糧を得る。ヤツらと戦い瀕死の重傷を負うことがあります。俺は同じ
けがを負うなら人のために戦って負いたいのです」
(けがを負うなら獣相手の方がどれだけましなことか)
人相手に戦うことは獣と戦うことのより残酷だ。獣は単純だが、人は知能を持っている。
これによりどれだけ多くの人が傷ついていくか。何より人相手は深い怨恨を残すことに
なる。
同じ人間だからこそ一度生まれた恨みとは消えないものだ。時に何代にもわたって
引き継がれる。
そんなものを買うかもしれない職業に就きたいなど、よほど貧しい者か名誉を貴ぶ者
だけだ。
見たところトールは体格が非常にいいし、狩人として熊相手でも戦えそうだ。
「狩人よ。バカなことを考えるな。兵になれば家族にも容易に会えなくなる。兵の生活
とは厳しくつらいものだ。厳しさが同じというのなら、遙かに森番の方が気楽だ。
去るがいいトールよ。ここは王家かそれに仕える者しか入れぬ地。見逃してやる。
他の者に見つからないうちに早く去れ」
だが、トールは微動だにしない。
「お願いいたします」
「トールよ・・・」
「なにとぞ、お願いいたします」
ジークフリートを見る顔にはそれは深い決意が伺える。声には真剣がにじむ。
向けられる視線の必死さと真摯さにジークフリートは負けた。
「なぜそこまでこうのか・・・・。話を聞こう。内容によっては隊長に進言してん
やらんこともない」
「あ、ありがとうございます」
トールの顔がぱあっと晴れる。
「だが、ここでは聞けん。口うるさいやつがいるからな。とりあえずこの森から出よう」
「私の家に来てください。そう遠くはありません」
「わかった。行こう」
トールが立ち上がり、横に並んだジークフリートはその身長の高さと横幅に目をむく。
(こんな貧しい地でよくこんなに育ったな・・・)
報告によれば、トールはこの体格で足が速く、木の枝枝を飛び移るほどの俊敏さを
持ち合わせていると言う。
もしかしたら彼は逸材かもしれないと思いつつ、馬を歩かせた。
これが二人の出会い。
トールと話し、彼を慕う村人達からの話を聞いたジークフリートは、彼の貧しい人々、
弱き人々への優しさ、そしていかにそれらの人々から慕われているか知る。
それはジークフリートが理想とする強き者の姿。
ヒルダへの敬慕もまた決め手となる。
だが、ヒルダに許されたとはいえ、犯罪者としてマークされていた人物を一存で
入れるわけにはいかなかった。
今しばらくは軍の協力者として従事させようと決め、審議にかけた。反対意見がかなり
挙がったが押し切り、今度は近衛隊長として彼をワルハラへ呼んだ。
その時のトールの顔が今でも忘れられない。
「ヒルダ様は素晴らしいお方だな」
トールは誇らしげに語る。
「俺たちを陽の当たる場所へ連れて行ってくださるそうだ。そしたらきっと、
飢えに苦しむ人はいなくなる。俺はその人達のためにも戦う!」
ヒルダの言葉を信じ切り、期待に夢ふくらむトールにジークフリートの心はさざ波が
立つ。
違うんだ トール。
お前が神闘士になったのは人々のためじゃない。
俺たちは陽の当たる場所へは行けないんだ。
絶対に!!
「なぁ、お前もそう思うだろう?」
「 ああ、そうだ」
本心を悟られないためさりげなく顔をそらし、ジークフリートは明日の方を見る。
「ヒルダ様のために、アスガルドのために・・・・」
真の平和のために。
俺は、彼の心を利用する。