復活させたくなんかなかった。
巻き込みたくなんてなかった。
彼らが死ぬ、それは 。
それは全部私のせい。
神闘士達が纏う神闘衣はアスガルドの各地に眠っていた。
それらは皆人が容易に立ち入ることのできない地にあり、そこにたどり着ける者こそ
纏うにふさわしい戦士というわけだ。
ジークフリートはヒルダの護衛としてその場に立ち会った。
否、たとえ同行を許されなくても彼は無理にでも付いていっただろう。
彼は見届けなければならないのだ。
これから起こる戦いの始めから終わりまでを。
ガンマ星フェグダの神闘衣はトールに与えられた。
トールはヒルダに仕えられること、神闘士に選ばれたこと、そしてジークフリートとの
再会を喜んでいた。
「ジークフリート、久しぶりだな」
「ああ、トール。良かったな」
ジークフリートは精一杯の喜びを顔に浮かべた。
「悪いが先を急ぐ。ワルハラへ行ってくれ。連絡はしてある」
「わかった」
姿が見えなくなるまで手を振って見送ってくれるトールの姿に、ジークフリートは
強い後ろめたさを感じた。
イプシロン星アリオトの神闘衣は、死んだと思われていたフェンリル家の嫡子
フェンリルに与えられた。
この少年の生存はジークフリートに強い衝撃を与えた。
フェンリル家が断絶するきっかけとなった事件は、ジークフリートが隊長となってから
もっとも大きな事件だった。当主一家が襲われた場所は森の奥深くで、遺体の捜索は難航。
さらにその後の跡目、相続争いから仕組まれていた疑いも浮上。大物貴族にまで捜査の
手が及んだ大変な事件だった。当時ジークフリートは己が平民出身であったこと、
貴族軽視と見られていたおかげで、なかなか彼らの協力が得られず、苦い教訓となった
事件でもある。
「よく生きて・・・」
何か言葉をかけようとするも、フェンリルはぷいっと顔をそらしたためそれ以上は
なにも言わずただワルハラへと言い残し、次の目的地へと向かった。
極寒の地アスガルドに一つだけある火山にヒルダは馬を走らせる。
ここはジークフリートにも見覚えがある。
(ここはハーゲンの修行の地。ではハーゲンが )
予想どおり、ベータ星メラクの神闘衣はハーゲンに与えられた。
「やった。これでフレア様をお守りできる」
浮き立つとするハーゲンをジークフリートは複雑な思いで見る。
「よかったな・・・」
それだけ言うのがやっとだった。
「ジーク、ワルハラで待ってるぜ」
満開の笑顔を見せてハーゲンは雪の上を勢いよくかけていった。
エータ星ベネトナーシュの神闘衣は、竪琴の形をしていた。これを纏うのは 。
「ミーメ・・・」
古びた竪琴をかき鳴らしながらやってきた少年にそれは与えられた。
かつて、ジークフリートがワルハラへ使えるきっかけを作った先代の隊長フォルケル。
彼の養子がミーメだった。
彼が幼い時に何度か会ったことがあるジークフリートは、その頃のミーメをよく覚えて
いた。
少女のような顔でおとなしく、竪琴を弾くのがなによりも好きだった少年。
ミーメはフォルケルが死んだ後行方をくらませていた。まさかまだアスガルドにいた
とは・・・。
「選ばれたか、ミーメ」
「私のことをご存じで?」
「お前は私のことを知らないだろうが、私はお前をよく知っている」
そう言われても彼は眉一つ動かさない。良くできているのか、それとも感情がないのか・・・。
「ワルハラへ。そこで仲間が待っている」
だが、ミーメは相変わらず竪琴を奏で続けていた。
今度は昼間だというのに暗く不気味な気配に満ちた森の奥深くへと入っていた。
(かつては清浄な気に満ちていた森がこうも変わってしまうとは・・・)
奥深くへ足を踏み入れるほどどんよりとした空気はますます重くなり、背中がぞくぞく
と波立つ。その中をヒルダはへ依然と進んでいく。
(同じ気を持つ者だから感じないのだろうな、きっと・・・)
しばらく行くと、目の端に巨大なアメジストの固まりが目にちらつき始めた。
(なぜ?)
その疑問は、人の骸が入ったアメジストを見て氷塊した。
(アルベリッヒめ!)
先祖代々アスガルドのため、平和のために使えと教えられし技をこんなことに!
(なんて愚かな!あれは何を伝えて・・・)
「着いたぞ」
ヒルダの言葉で思考を現実に戻す。
そこにあるのは骸が入ったデルタ星メグレスの神闘衣。
アスガルドを護る神闘士が纏う衣のわりには、何とも禍々しい気に満ちた衣だ。
(こんなところに置いているから)
「これは、誰が」
「それは俺のだろう」
いつの間に来ていたのかアルベリッヒが木の陰から姿を現す。
「ここは我がアルベリッヒ家の領地。ならばそれはアルベリッヒ家の嫡子である私の物。
そうでしょう、ヒルダ様?」
にやりと向けられた人間に寒気を立たせるような笑みを送るアルベリッヒに、
そのとおりとヒルダはその神闘衣を与える。
ジークフリートは不服に思うが、全ては神と地上代行者、そして衣自身が選ぶことと
なにも言わない。
「では、お先に。城にてお帰りをお待ちしております」
ふふんと勝ち誇った笑みを浮かべながらアルベリッヒは去っていった。
次の衣、ゼータ星ミザールの神闘衣に選ばれたのはシドだった。
シドは衣を身に纏うと貴族の紳士らしくヒルダに礼を述べる。
「ありがとうございますヒルダ様。私はあなたに永遠の忠誠を」
「期待しているぞ」
ヒルダは傍らに控えていたジークフリートの方へ振り向き、
「私はこの先の森に用がある。ここで待て」
「しかし」
「大丈夫だ。心配いたすな」
そしてヒルダは一人森の奥へと入っていった。シドはちらりとジークフリートを見る。
「いいのですか?」
「いや」
ジークフリートはシドに向かい、
「先に行っててくれ」
「わかりました」
シドはふっと笑ってその場から姿を消し、ジークフリートは急ぎヒルダの後を追った。
ヒルダはずんずん森の奥へと進んでいく。
ジークフリートはつかず離れずその後に続く。そして小さな泉の前でヒルダが足を
止めると、彼女から見えない位置で止まりそっと様子を伺う。
ヒルダが槍を泉にかざすと、泉に張られた氷が割れ、シドの衣と色違いだが同じ形を
した衣が出現する。
そして、森の奥から男が一人出てくる。その男の顔、容姿、声はシドとうり二つ
だった。
(まさかっ・・・)
「影の星ゼータ星アルコルの神闘衣をお前に」
「ありがとうございます」
「だが、お前は決して表に出てはならぬ」
「えっ!?」
「お前はシドの影となって戦うのだ。表に出てくるとき、それはシドが死ぬ時・・・」
「!?」
「よいな、バド」
呆然としているバドを置いて立ち去ろうとするヒルダ。ジークフリートは急いで元の
場所へ戻った。
(双子か・・・)
ヒルダを前に乗せ、彼女の指示どおりに馬を歩かせつつ、ジークフリートは先程の
光景を思い返していた。
同じ顔、姿、声を持つ者。
双子はアスガルドでは禁忌の存在とされている。その理由は実にくだらないものだった。
その悪しき慣習ができた発端を知っているジークフリートは、人々の思いこみの激しさ
と執念を恐ろしく思う。
(だが、オーディン。あなたは止めなかった)
あの狡猾な神は、永きにわたり共にいても計り知れぬものを持つ。
(やはり神か)
ふと、思い出す。昔、酒の席でほろ酔い気分のシドが洩らした。
「この世に自分と同じ顔を持つ存在するとしたらどう思います?」
その時は何のことか解らなかったが、今なら解る。
(シド、お前は知っていたのか?)
「どうした?」
「は?あ、いえ。どうされました?」
「着いたぞ。最後の神闘衣が眠る地へな」
そこはアスガルドの最北の地にある永久氷壁の山だった。
ここは神話の時代から変わらぬ姿で存在し、現代まで人を寄せ付けぬ地。
ジークフリートには縁深き地でもある。
ヒルダが氷壁に向かって槍を向けると、壁が砕け散り、中から双頭龍を模った衣が
出現する。
アルファ星ドウベの神闘衣。
「これはお前に」
「私に・・・・・ですか?」
「そうだ。これは七つの神闘衣の中で最強を誇る。勇者のお前にふさわしい」
ふさわしい?その言葉に吐き気がする。
自分は今からアスガルドの平和のために彼らを犠牲に捧げるというのに。
彼らの信念と心を踏みにじって。
だからといって、自分がまったく無関係になることはできない。
だからこそこの衣は纏わねば。
神闘士の一人としてこの悪夢に終焉を。
「光栄です」
ジークフリートが手を掲げ衣を呼ぶ。
(この私を許し、力を貸してくれるか?)
ドウベの神闘衣は分解しジークフリートの身体を覆う。
ドウベはジークフリートの心に答えたのだ。
ありがとうと腕のあたりをなでる。
「素晴らしい」
ヒルダはうっとりとジークフリートの勇姿を眺める。
「なんと雄々しき姿か。あの頃よりももっと勇ましく見える・・」
ああジーク、やはりお前は最強の戦士。お前より強く凛々しい男はいない。
愛しい男の出で立ちに胸がバラ色に染まり、体がとじん・・・しびれる。
抱かれたい・・・。
ヒルダのぴたりとくっつき胸のあたりをさすりあげる仕草が何を示すか、この何日かの
間に熟知したジークフリートはすっと身を離す。
「いけません、このようなところでは」
「だが、私は欲しいのだ」
「城に帰るまで我慢なさい」
ジークフリートは耳に熱い息を吹きかけながら囁く。
ベットの中で暖めて差し上げますよ。
「ふふっ、城まで待てぬ・・・」
首の後ろに腕を回し、足を絡め、蠱惑的な瞳の誘惑をやんわりと躱し、帰城を促す。
と、
ガラァン・・・・
二人の後ろで打ち砕かれた場所ではない地点の氷壁が突如、崩壊した。
その音にジークフリートは時間がないことを悟るのであった。