鏡の前で高笑いする黒ヒルダ。それをただ見るだけしか出来ない白ヒルダ。
二人の女は鏡を通して対峙する。
聖闘士星矢 アスガルド編 黒ヒルダ 白ヒルダ
(区別をつけるため、ニーベルンゲンの指輪をしているヒルダを黒ヒルダ、
指輪をはめられる前のヒルダを白ヒルダとしています)
十数年前に書きました、ジークフリートを主人公として、「アスガルド編」に独自ねつ造設定を加えて書いた作品です。
なので「黄金魂」編の設定は入ってません。
たぶん、初めて書いた長編となります。
せっかくのなのでUP。
「アーッハッハッハ」
人払いをして、部屋で一人となったヒルダは高らかに笑う。
(ポセイドンめ、粋なことをしてくれる)
側にあった姿見で、ヒルダはしげしげと己が乗っ取った身体を眺めた。
誰もが美しいと称するだろな顔。銀色の髪はさらさらと流れ、量もたっぷりある。
今度はドレスを脱ぎ、下着も取り払って裸になる。
「ほう・・・」
なかなかいい体をしているではないか。
服の上からでは判らなかったが、胸は手でつかんでこぼれそうなほどあるし弾力もなかなか。尻もいい形をしている。
これなら申し分ない。
「ふふっ」
鏡の前でいろいろなポーズを取っていると、自分ではないもう一人のヒルダが浮かび
上がった。
「ヒルダか・・・」
『あなたは誰?なんの目的で私の身体を乗っ取ったのです!?』
「あのとき聞いたであろう?私はオーディンより力ある偉大なる神に使わされたのだ」
『オーディンよりも偉大なる神などいません!』
「いるとも。お前も聖域の存在は知っていよう?そこにはこの世に邪悪が蔓延るとき、
人々を救うために降臨するというアテナがいる。アテナはオーディンより強い。
そのアテナより強い神がいる。
神話の時より全ての海と水を支配してきた神ポセイドン。」
『!? そのような神が!』
「オーディンのせいで、世界が終わるまで深い泉の底でいる運命にあった私をポセイドンは救ってくれたのだ。私の力をポセイドンのために使うのと引き替えに」
『あなたの力とは?』
「私は持ち主に全世界を支配する力を与えるのだ。ヒルダよ、私はお前の代わりに
アスガルドの民達を陽のあたる場所へ連れて行き、世界を支配させてやろう」
『そんなこと我らは望みません』
「わからんぞ。長い時を経て、オーディンの信仰心と役目への貴びも薄れてきたようだ。氷の大地に縛り付けられるのを嫌がる連中も多い。特に支配者層にな。お前だって
うすうす感づいていたのだろう?」
『・・・・・・・』
気づいていなかった、と言えば嘘になる。人々への心配りを忘れないヒルダだから
こそ、わき上がる不満には敏感だった。その象徴とも言うべき人物がアルベリッヒだった。
彼はその出自と頭脳故に、素行の悪さを差し引いても氷の大地に縛られることに不満を
持つ人々からのそれなりの支持があった。
「ヤツは権威欲に飢えている。うまく使えば皆私に従うだろう」
『いいえ、ジークフリートがそれを阻止するでしょう』
そして、そんな彼らが抵抗勢力としてまとまらぬよう、力を持たぬようにしむけていたのがジークフリートだった。
彼は近衛隊長として、ヒルダの腹心として己の権力を屈し、彼らに相反する勢力との
微妙なバランス図をしき、勢力争いなど生じないよう力を尽くしていた。
アルベリッヒ以下反ヒルダ派も彼には一目置き、おとなしくしていた。
彼がいる限り、そんなことは起こらない。
「本当にそう思うか?」
『えっ?』
「ヒルダよ、一つ聞くぞ。ジークフリートは今までお前の命令に逆らったことがあるか?」
『そんなことは一度も・・・』
そこでヒルダは、改めて事態の深刻さに気づいた。
ジークフリートはヒルダの身に起こったことを知らない。
ジークフリートはヒルダのあるがままを受け入れる。
ジークフリートはヒルダの命令には逆らわない。
「今」のヒルダにも 。
『ああ。なんてこと・・・』
今となってはもう伝えることはできない。今やヒルダは指一本動かすことはできないのだ。
完全に支配されてしまった。
ヒルダは自分の無力を思い知らされた。
「安心しろ、ジークフリートを悪いようにはしない。私は彼を愛しているのだから」
『えっ!?』
ニーベンルンゲンの思いもよらぬ告白にヒルダは困惑する。
指輪がジークフリートを? だからあんなことを? 彼を知っている?
「私とジークフリートの間に何があったかは、また今度じっくりと聞かせてやろう」
そう言うと、ヒルダは指輪に力を送った。鏡の中のヒルダが消え、そこには目の前の
光景しか移っていなかった。