珍しくヒルダの元を離れたジークフリートは、異変を察知する。
慌てる彼の前に現れたヒルダは・・・。
聖闘士星矢 アスガルド編 ジークフリート ヒルダ アルベリッヒ
十数年前に書きました、ジークフリートを主人公として、「アスガルド編」に独自ねつ造設定を加えて書いた作品です。
なので「黄金魂」編の設定は入ってません。
たぶん、初めて書いた長編となります。
せっかくのなのでUP。

もうどれくらいここに沈んでいるのだろう。
光すら届かないこの深い泉の底では時の移ろいは判らない。
私はいつまでもここにいるのだろうか?
『逢いたい・・・』
あの男にもう一度逢いたい。
このままここにいるのは嫌だ。
嫌だ、嫌だ、嫌だ!
『誰かっ!』
誰でもいい、私をここから出してくれ。
そしたら私はお前のために私の持てる力を捧げよう。
あの男に逢いたいという願いを叶えてくれるのとなら 。
その言葉に嘘はないか。
『誰だっ!?』
辺りを見回すが誰もいない。しかし声は水に響いてくる。
その願いを叶えたならお前の力を我に捧げるか。
『叶えてくれるのか!?』
我にできぬことはない。
『私は嘘はつかぬ!!』
そう叫んだ途端、身体が浮上する。くらむような光の洪水が私の身体に降り注ぐ。
永い時を経て、私は地上に復活した。
( なんだ?)
なんだろう、この体中を締め付けるような重苦しい気配は?
執務室で机に向かっていたジークフリートは、思わず窓に近づき外を見た。
遠くの方で、夜でもないのに空が真っ黒に染まっていた。
(!? あの辺りは )
あそこはヒルダの祈りの場。
地上代行者たるヒルダは、両極の氷が溶けて世界が沈まぬよう日に一度、神に祈りを
捧げている。
真っ黒な空はすぐに消え、いつもの空が戻った。
しかし、あの嫌な気配は消えない。
居ても立ってもいられず、ジークフリートは決裁中の書類を放りだし部屋から
飛び出した。
(やはり、アルベリッヒに任せるのではなかった)
普段ヒルダが祈りの場へ出かけるときは、ジークフリートが供をしていた。
しかし今日に限って急ぎの仕事が入り、他の気の置けないシドやハーゲンが捕まらず、
やむを得ず暇を持て余していたアルベリッヒに供を命じた。
アルベリッヒは優秀な頭脳の持ち主ながら我欲が強く、自分以外の人間を侮蔑する
ような発言をするので、なるべくヒルダの周りにいさせなかったのだが、どうしたわけか
今日だけは違った。
(なぜ俺はあんなヤツに・・・)
己の人選の失敗を悔やみながら、ジークフリートは愛馬に乗るために馬小屋の近くに
出た。
と、ヒルダがそこにいるではないか。
もう帰ってきたらしい。
本来ならもう少し時間がかかるのだが 。
ヒルダも異変に気づいたのかと思いつつ、ジークフリートはヒルダに声をかけた。
「ヒルダ様、ご無事でしたか」
側に駆け寄ろうとした・・・・が。
ヒルダは声がした方へ顔を向けると、目を見開いた。
そして、ひらりと馬上から飛び降りると一目散にかけだし、ジークフリートに抱きついた。
「ヒ、ヒルダ様!?」
駆け寄ろうとしたが、逆に駆け寄られ強く抱きしめられたことにジークフリートは
面くらい、思わず顔を赤くした。
「ジークフリート・・・」
ヒルダは顔を上げ、まじまじとジークフリートの顔を眺める。
「ジークフリート、そなた本当にジークフリートなのだな」
まるで、久しぶりにでも会ったかのような言葉にジークフリートは困惑する。
だが。
( なつかしい)
ふと、そう思った。
が、とりあえず「そう、そうです」と答えた。
「ああ・・・」
ジークフリートの身体をしっかりと抱きしめ、その胸にほおずりするヒルダ。
ジークフリートはますます困惑した。あの奥ゆかしいヒルダが、こんな場所でこんな
ことをするとは夢にも思わなかった。鳴り止まない胸の高鳴りが、彼女に聞こえるのでは
ないかと思った。
しかし 。
遠くを見ると、馬丁が目を丸くし、アルベリッヒが「なに人前でいちゃついてんだよ」
という目でこちらを見ている。
背中に嫌な汗が噴き出してきた。
「ヒ、ヒルダ様、お離しください」
無理矢理からだから引き離し、二、三歩後ろに下がる。始めヒルダは不服そうな顔を
したが、すぐに状況を悟ったのか醒めた様子になった。
「すまなかった。何せ数千年ぶりなのでな」
「は?」
「ふふ、すぐにわかる」
謎めいた微笑みを残してヒルダは城の中へと入っていった。
呆然とその背中を見送るジークフリートの横をアルベリッヒが通り過ぎようとした。
「待て、アルベリッヒ」
ジークフリートはがしっとアルベリッヒの腕をわしづかみ、力任せにこちらの方へ
向かせる。
「っ。痛いじゃないか」
「あのヒルダ様はなんだ?いったい何があった?」
鷲のように目を細めて睨みつけるジークフリートの手をアルベリッヒは「ふんっ」と
振り払う。
「別になにも。普段どおりでしたよ」
「嘘をつけ。あの気配をお前が感じなかったはずはない」
「気配?知りませんね」
素知らぬ顔のアルベリッヒにジークフリートはますます不信感を募らせる。
アルベリッヒが感づかないはずがなかった。精霊を操るものは気配を感じ取る力が
強い。
そんな力をヤツは己の技としているのだから。
「あえて何があったかと言うのなら・・・」
「なんだ?」
「あなたへの想いをオープンにしたと言うことですよ」
鳩が豆鉄砲を食ったように固まってしまったジークフリートを、嘲りながら
アルベリッヒも城の中へと入っていった。