いろいろ書き散らしてます。 なお、掲載している内容につきましては、原作者様その他関係者様には一切関係ありません
小金梅笹(コキンバイザサ) 光を求める
「百日の薔薇」 クラウス×タキ
前提
戦後 帝の護衛のためにクラウスがタキの元を離れて一人大極殿にいる。
頬をかすめる風は冷たさを無くしていた。
日差しは柔らかさをかすめていき、だんだんときつくなり、熱を帯び始めたそれに混ざり合ったせいで逆に心地よかった。
寒すぎも暑すぎもせず、日差しも風も心地よく、庭に生える草木は緑濃くみずみずしいこの季節には、この国の人間はさわやかさを感じ、心は明るく浮き立つ・・・。
(はずなんだがな・・・・)
寝そべり、ぐったりと背中をその木の幹に預けたクラウスは、憂鬱な面持ちで、頭上で風に吹かれゆらゆらと揺れている薄紫色の花を眺めた。
宮内庁と総司令部直々の指名要請によりクラウスが帝の護衛となったのは、冬の寒さがもっとも厳しくなりながらも、春の訪れを告げる梅の木の蕾がほころび始めた頃のこと。
春の祝宴に外国からも客人を呼ぶことになったのだが、戦後間もないこともあり、近衛だけでは心許ない、クラウスならその実力、経験だけでなく、騎士としての忠誠心の高さと諸外国への名声の高さから申し分ないと言うのが理由であった。
もちろんクラウスは嫌だった。
しかし、主人であるタキが上層部の度重なる説得に折れ、行けと命じたならば逆らうことはできなかった。
かくしてクラウスは一人大極殿へと入り、帝の護衛として、その側についた。
「タキ・・・・」
クラウスは、ぼんやりと先ほど見た想い人の姿を思い浮かべる。
もっと近くで護衛をと帝に請われ、帝の座がある御簾の中で座らされた拝謁の席で、
御簾越しにタキを見た。
緑色の御簾が邪魔ではっきりと見えなかったが、確かにタキだった。
二ヶ月ぶりに間近で見たタキの姿だった。
思わず、名を呼びそうになった。
しかし、その間際に帝に咎められ、仕方なく口をつぐんだ。
御簾越しにその姿を見つめて、帝と交わされるタキの声に必死に耳を傾けた。
御簾に遮られ、聞き取りづらかったが、それは確かにタキの声だった。
甘く、転がすような、この耳をとろかす「言葉」とは思えないような声。
(タキ・・・・)
彼には、ここに自分がいることは分かっているのだろうか?
見えているのだろうか?
帝が座る座の一段下。タキがいるところからほど近い場所に自分がいることが。
分かっているのなら、その声をかけて欲しかった。
ただ一言。
言葉は何でもよかった。
ただ、自分のためだけの声が欲しかった。
だが、タキは、自分を見ることも、一言も話しかけることもなく静かに退出した。
わけもなく深い深い力のないため息を吐いた。
すぐに追いかけたかったが、帝に目くじらを立てられ、残りの拝謁が済むまでじり
じりとした時間を過ごした。
拝謁が済むとすぐに手近なヤツに「後を頼む」と言って、御簾の中から飛び出した。
長い廊下をひた走り、出入り口まで追いかけたが、その姿を捕まえることはできなかった。
「ついてねぇ・・・」
そうつぶやくクラウスの頭上で、相づちをうつように藤の花がゆらゆらと揺れる。
すぐに帝の元に返る気が起こらず、そのまま休憩と称して庭へ足を向けた。
当てもなく、ふらふらと歩いた。
そして、この藤の木にたどり着いた。
十数年前、初めてこの国に来たときと同じ。
しかし、その木の下にタキはいない。
「逢いてぇなぁ・・・」
逢って、その身に触れたい。
一度触れてしまったら、その身なしでは生きていけない。
あの御簾越しに見た姿。
ほんの数メートルしか離れていなかった。
なのに、あまりに遠く感じられた。
たかが薄い竹で来た格子が、二人の間に降りていただけだというのに。
「逢いたい・・・」
薔薇が欲しい。
あの荒れ地にでさえ鮮やかに咲いた花。
自分を縛り、そのすべてを支配する王たる花。
ここに薔薇はない。
「クラウス様ー!」
「レイゼンの騎士殿ー!!」
遠くで声がする。
自分を探しているここの奴らの声だ。
「どこでございますかー」
「御上がお呼びでございますー。すぐにお戻りをー」
と、口々に大声で叫んでいる。
(ったく、俺はタキの騎士だってのに・・・)
この身はタキの所有物(もの)なのに、どうして他人に付き従わなくてはならないのか。
あーあと、くさくさする気分が晴れないまま、クラウスは木の幹から身を起こす。
しょうがねぇかと、面倒くさそうに立ち上がろうとした。
不意に風が鳴った。
藤の花が揺れ、がさがさと周囲の木々が鳴る音がした。
風が止んだ。
藤の花が揺れるのをやめる。
木々が鳴る音が止んだ。
殿上装束に身を包んだタキがそこにいた。
夢かと思った。
藤の花が10年以上前の光景を見せているんじゃないかと・・・。
でもそこにいるタキは子供の姿じゃなくて、あの御簾越しに見た青年の姿で。
こうして腕に抱きとめれば、身体はそこにちゃんとあって、その身は温かかった。
声がした。
「クラウス」
俺の名を呼ぶ声。
この身を溶かす、求め続けていたタキの声だった。
「クラウス様ー」
「騎士殿、いずこー?」
クラウスを探し回っている従者達が、藤の木の下を通る。
しかし、そこにクラウスの姿はない。
そこから少し離れた、彼らの目に触れられぬ木の陰で、クラウスとタキは密やかに口づけを交わした。