聖闘士星矢エピソードG オケアノス×テテュス
神話時代の話。
なぜか毎日太陽の姿を見るために陸に上がるテテュス。
最後に子ども世代が出てきます。
十数年前に書いたものがでてきたので、せっかくなのでアップしました。
その時刻が迫ると、居ても立ってもいられなくて、柔らかく重たい塩水をかき分けて、
上へ上へと登っていく。
登り詰めて、地に足をつけて立った場所は、触れたものを引きずり込もうとする
海の使者が絶え間なく押し寄せる砂の上。
そこから見えたのは、光の終わり。
海の色を写していた空は、そこにだけ朱の塗料をこぼしてしまったかのような色へと
変わり海の中へと去っていく。
その中心にあり、光を引きさらっていくのと光の象徴、太陽。
黄金よりも美しい金色の光の集合体、は実は世界中では発生する炎よりの鮮やかな
朱金の炎の集合体であるという己の正体をさらけ出しながら世界から去っていく。
美しかった。
その光景は一日の風景で最も美しい瞬間である。
心に物寂しさを刻み込む罪な美しさ。
それが夕陽。昼の終わりと夜の訪れの境目の出来事。
太陽が完全に海の中へと消え、まだほんの少し名残が残っている頃になって、
ようやくテテュスは我に返った。
海から吹く風が彼女の体をなで去る。この時間に吹く潮風は先刻まで吹いていた
ものより強く冷たい。
そんな風を人は不吉と言って嫌った。
神であるテテュスはそんなことみじんも感じないが、今彼女には体に気をつける
理由があった。
「かーえろーっと・・・」
テテュスを載せた黒い風が海の中へと消え去ると同時に、朱い光も完全に去りゆき、
世界は夜の闇に包まれた。
大丈夫か?
背中からそんな声が聞こえたような気がしてテテュスはにんまりとする。
もちろん自分を背中から抱きしめている男はそんなことは一言も言っていない。
言わない人なのだが、口にしなくても伝わることもあるのだ。
その象徴が今自分の下腹部を置かれている手。
中にキャベツでも入れてあるかのようにふくらんでいるそこを、大事そうに抱えて
いる手からは男の精一杯の愛と優しさが伝わってくるのだ。
以前、やっと物事を理解し始める年頃になった娘の一人に「お父ちゃまはどうして
お母ちゃまのお腹を大事そうに抱えているの?」と聞かれ、「あんたの弟か妹が入って
いるからよ」と言ってやったら、目をマンボウのようにくりくりとさせた。
その時まだ腹はぺたんとしたままだったが、膨らみが目立ち始めた頃から、今までの
妊娠で体験したことのない思いに駆られた。
とにかく夕陽を見ないと気が済まないのだ。
夕方が近づき始める頃からそわそわとし始め、いざ海の中へと消える時間が来ると、
もう居ても立ってもいられず、一目散に陸(おか)へと上がり、海岸から日が沈むまでを
見届けるのだ。
これがたまのことならよかったのだが、毎日のように陸に上がるテテュスに周囲は
ざわめき立った。
奇病にかかったのではという声も聞かれ、出産を終えるまで他の女神のところに預かって
貰っては、という意見も出されたが。妊娠中は普段と体調、性格、嗜好が変わることは
よくあることだし、それ以外は以前の妊娠期とさほど様子が変わらないので、
下手に触らない方がいいという意見が圧倒的多数を占め、夫のオケアノスもそれを
支持したので、テテュスは自分の思うままに行動した。
そんな妻に対してオケアノスが取った行動は、帰った妻を抱いて温めてやるという
ものだった。
そんな光景を周囲の者は「お仲がよろしいこと」と微笑ましげに見守っていた。
「ねぇ、オケアノス」
「うん?」
「あたしね、わかったの」
「なにがだ?」
「あたしが陸に上がる理由」
オケアノスは顎をそらして見上げるテテュスの顔を興味深げに見る。
「あたしね、恋してる見たい」
「・・・・誰にだ?」
「太陽に」
*****
「その時、父は顔には出しませんでしたが、内心すごくショックだったみたいですよ」
「へぇ、あの人がね」
おもしろいことを聞いたとヘリオスは笑った。そして昔、オケアノスに避けられている
と訳がわからず困惑している父が親友に相談している姿を思い出した。
「と言うと、この光景を見たらオケアノスはどう思うかな?」
ヘリオスは隣に座る妻ペルセイスの顔を見る。彼女はオケアノスとテテュスの娘。
つまり、テテュスの言ったことは当たっていたわけだ。
但し、恋をしていたのはそのとき腹にいたペルセイスのほうであったけれど。
「きっと喜ぶと思います」
「そうかな?」
「ええ。お父様は私たちが選んだなら、それが一番いい選択だ、と思う人でしたから」
なるほどねとヘリオスは思う。三千人も娘がいるのだ、いちいち将来を気にしてられない
と言うことだ。
二人しかいない娘の将来を生まれた時からあーだこーだと考え妻から白い目で見られて
いた父の親友とはえらい違いだ。
けれど、そうしたほうが彼女たちにはよかったかもしれない。
後のあの姉妹の不幸を見れば。
「だから、私は幸せですよ」
そう言われ、思わず思案の海に沈んでいたヘリオスは一気に浮上し、ペルセイスの顔を見る。
ペルセイスは、微笑んでいた。今の生活で満足だと、自分は幸せだと。
だから、ヘリオスは・・・・。
ヘリオスはすくっと立ち上がる。
「どうされました?」
「時間だ」
あぁとペルセイスも立ち上がり、ヘリオスに従う。
二人の短い逢瀬は終わった。
二人はこの島に一つだけある小さな港に向かう。
今からヘリオスは船で東へ帰り、また明日の夕方ここへ帰るのだ。
ペルセイスがヘリオスの側にいられるのも、夕方から真夜中までの短い刻の間まで。
でも、仕方がない。
それが太陽に義務づけられた宿命であり、妻となった女神の宿命なのだ。太陽は一人
だけのものになってはいけないのだ。
「じゃあ」
「お気をつけて」
ペルセイスは船に乗り込もうとするヘリオスを見送る。ふと、ヘリオスが立ち止まり、
振り返って、告げた。
「なぁ、ペルセイス」
「はい?」
「俺はもう、お前の側でずっと過ごそうと思うんだ」
目を見開き、声をつまらせるペルセイスにヘリオスは笑顔を送り船に乗り込んだ。
何かが変わろうとする夜を月だけが見ていた。
空に関する10のお題~表用~ 05. 夕焼け