姫君と婚約者 ガルディア×アリィシア
十数年前に書いたものがでてきたので、せっかくなのでアップしました。
コバルト文庫で、一番好きだった作品です。
1巻完結の話で、未完のままですね。作者さんは、今も創作活動はしているようですが、
この話をどうしたかったのか知りたいですね。
アリィシアは、今日もガルディアのところに遊びに来ていた。
「ガルディア、どこー?お菓子焼いてきたの。一緒にお茶にしましょー!」
家中に響くような大きな声で呼びかけるが、返事はない。
これはいつものことなので、アリィシアはしょげないが。
(・・・?)
おかしい。
何かおかしい。
アリィシアはひとまず荷物を置き、家中を探し回る。
バス、トイレ、寝室、書庫に書斎に隠し部屋。
「なんで、どこにもいないのよ!」
逃げ回っているのではない。
気配がないのだ。
つまり 。
アリィシアは、蝋人形に一人を捕まえると、ガルディアの行方を聞いた。
「ご主人様は、昼頃に出かけられました。明日の朝まで戻ってこないとのことです」
アリィシアは、ぶすーっと頬をふくらます。
こんなことなら、真っ先に聞けばよかった。
いや、ガルディアもガルディアだ。
出かけるというのに、婚約者たるアリィシアの一言も言わないだなんて。
「失礼しちゃうわ!」
一体あたしをなんだと思ってるのよ とひとしきり怒った後、今度はしおしおとうなだれる。
(せっかくうまく作れたのになぁ)
ガルディアが食べられるようにと、甘さをかなり控えて作った新作のケーキ。
これとアリィシアが入れたお茶とティータイムをするのだ。
それでもってガルディアに「おいしいよ、アリィシア」と言ってもらうはずだったのに・・・。
最後の台詞は置いといて、ガルディアがいたならば出来たであろう光景を思い浮かべ、
アリィシアは盛大にため息を吐く。
(仕方ないわぁ。人形達に託して帰りましょ)
アリィシアは台所にいる人形に、持ってきたバスケットを渡し、
「ぜったい、ぜったい、ぜぇーったい、帰ってきたら一番に食べさせてね」
としっかり念を押して、アリィシアは帰ることにした。
「 なんでよ」
玄関の扉の向こうは、滝のように降る雨だった。
風も強く吹き荒んでおり、アリィシアは吹き込んできた雨粒のおかげで全身ずぶ濡れになる。
そう言えば、城を出る前、
「今夜は嵐になりますから、早めにお帰りください」
と言われたような・・・。
(でもまだお昼じゃない)
こんなに早く降るなんて詐欺よ!
アリィシアは怒鳴りつけてやりたかったが、相手が相手だったので諦めた。
「でも、これじゃあ帰れないわね」
仕方なく、今夜はガルディアのいないこの家に泊まることにした。
◇ ◇ ◇
夜が更けるにつれ雨脚はますます激しくなり、打ち付ける烈風が窓をガタガタと鳴らした。
アリィシアは恐ろしさでぶるぶると震える。
ガルディアの魔法がかけられているこの家が、嵐ごときで壊れることはないのだが、
怖いものは怖い。
今までは、過ぎ去るまで侍女や姉が傍にいてくれた。
だが、ここは城ではない。
そして、この家の主たる婚約者もいない。
いるのは嵐にも無表情な蝋人形達・・・。
アリィシアは心細かった。
バリバリッ!ドォォ ンッッ!!!
地響きのような音とそれに一歩遅れて閃光が、窓の外に炸裂した。
「きゃあぁぁ」
アリィシアは、布団を頭からかぶってうずくまる。
この近くに雷が落ちたのだ。
こんな乾いた土地に落ちるのは希有だが、今回の嵐はこんな場所まで来るほど大きいし、
まだゴロゴロと唸っている。もう二、三発は落ちそうだ。
(お母様、お姉様)
アリィシアは、家族の名前を呼ぶ。父親の名前が出てこないのは、こんな時真っ先に
布団被って震えているからだ。
(ガルディア!)
何度も何度もその名を呼ぶ。
アリィシアが困っているとき名を呼ぶと、必ず助けに来てくれる愛しい婚約者。
だが、彼は現れない。
アリィシアは想わず涙をこぼす。
(寂しいなぁ)
寂しかった。
心細かった。
一人で過ごす嵐の夜は長く、怖い。
アリィシアは何を思ったのかベットから降りると、静かに部屋を後にした。ひたひたと
アリィシアの足音が、廊下に嵐とは違う音を与える。
アリィシアはガルディアの寝室の前に着くと、そっとドアを押した。
アリィシアに言わせると、陰気くさい部屋。
ガルディアが使っているベットを見つけると、アリィシアはそこに潜り込んだ。
(ガルディアの匂い)
アリィシアはなんだかほっとした。
ガルディアに抱かれているような気がした。
寂しさが消えた。
嵐の音がだんだんと遠ざかっていった。
嵐は、夜半過ぎにはディアゴールから去っていった。
ガルディアが帰ってきたのは明け方だった。
そして、初めてアリィシアがここにいることを知った。
◇ ◇ ◇
アリィシアが目を覚ましたのは、日が少し昇った頃。
嵐が空のゴミをさらっていったので、日の光がまぶしい。
アリィシアは目を覚まして辺りを見回して、初めてここが自分がいたはずの部屋では
ないことに気がついた。
そして、昨夜自分が取った行動を思い出した。
「きゃああっ!!」
(あ、あ、ああたし、なんてことを !)
いくら心細かったとはいえ、花も恥じらう乙女が男のベットに潜り込むだなんて。
恥ずかしさで顔がゆでだこのように真っ赤になる。
わたわたとベットから降りると、急いで自分がいた部屋に戻った。
着替えて食堂に行くと、ガルディアが食卓の椅子に座っていた。
「ガルディア、帰ってたの」
「ああ」
手に持っている本から眼をはずさず答える。
「朝ごはんは?」
「いや、まだだ」
アリィシアの顔がぱあっと華やぐ。
「じゃあ、一緒に食べましょう」
ガルディアが返事を返す間もなく、蝋人形が二人分の朝食を食卓に並べた。
デザートには、昨日アリィシアが焼いてきたケーキが出された。
「これ、あたしが焼いてきたの」
食べて、食べてと新しく入れた紅茶と共に勧める。
ガルディアは一口口に入れる。
「おいしい?」
アリィシアは眼に期待を込めて聞いた。
「・・・・・悪くはない」
素直でない返事だが、もう一口口に入れてくれたので、アリィシアはそれを
「おいしい」と解釈した。
アリィシアも自分の口にケーキを入れようとすると。
「アリィシア」
「なぁに?」
「もう、ベットに潜り込むなよ」
アリィシアは雷で打たれたかのように、持っていたフォークを落とした。