極北の地 アスガルド。
年中を氷と雪に閉ざされ、日の光を望むことはできない。
それでも、春はあった。
長い長い冬の果てにある春。
厚い雲を突き破り、日が温かな手をさしのべる。
「春・・・・・・そう、もう春なんだわ」
春と言いながら、地面には雪が敷き積もる。
それでも、ここで生まれ育った彼女にはわかる。
今は、この国には春が来ているのだと。
「けれど、あの人には来ない」
そのつぶやきは寂しげだった。
彼女は春が好きだった。彼女の波打つ日の色の髪は、日の光のようだと、彼女の陽気な性格持てうだって、彼女は春の女神のようだと言われた。
けれど、彼女には、あの人に春を届けることはできなかった。
とても大切なあの人に。
「あの子でもだめ」
あの子、それは彼女とあの人にとってとても大切な子。
あの子がいたから耐えられた。
彼女にとってあの子は、まさしく太陽だった。
それでも、あの人にはだめなのだ。
この世でだれよりをあの子を慈しむのは、あの人のはずなのに。
あの人の心は晴れない。
あの子は、彼にはかなわなかった。
あの人がその望むのは彼だけ。
あの人が生まれたときからそばにいて見守り続けた人。
彼だけが、あの人を救えるのだ。
「あなたはいつ還ってくるの」
あの人の嘆きが神に届いたのか。
神は、彼を還すとこを約束した。
いっしょに還すことを約束した人たちは、もうとっくに還っている。
彼だけが還ってこない。
なぜだろう。なぜ還って来ないのだろう。
誰よりも、この国を憂い、愛しているはずなのに。
何より、あの人を嘆かせることを最も嫌うはずなのに・・・・。
そのとき、血相抱えた男が彼女の元に駆け込んできた。
その男が、息を荒げながら告げる。
それは、彼の帰還だった。