幻獣の國物語 香耶 統利
ちょっとセンチメンタルな香耶のお話。
20年近く前に書いたものがでてきたので、せっかくなのでアップしました。
まだ、創作を始めたばかりの頃で、非常につたない作品です。
目から零れ落ちる雫がとまらない。
もう、これで何回目だろう
可陀(ここ)へ来てからもう数え切れないほどの涙を流した。
妾はなんて弱虫なのじゃ。
躯が弱ければ心も弱い。
こんな妾が妾は嫌いじゃ。
嫌い、嫌い、嫌い、嫌い、大嫌いじゃ。
でも、こうやって自己嫌悪に陥れば陥るほど、
心は苦しくなっていく。
苦しくて、苦しくて仕方がない。
あそこへ行こう。
妾がここで唯一心が安まる場所へ
聖樹と麒麟が座す所へ 。
◇ ◇ ◇
もう日が落ちる時間帯だったからか、聖樹は所々白く点々と光っていた。
この光景が、香耶は一番好きだった。
麒麟が住まう場所の一番高いところに上がり、そこに敷かれている干し草の上に寝転がり、
聖樹を見上げる。
不思議なリズムで、光を放つ聖樹。
その放つ光は、太陽より弱く暖かく、月光よりも柔らかく優しい。
まるで、母親に抱かれているような 。
(妾は母上に抱かれた覚えは一度もない)
でも、きっとこんな感じなんだろう。
暖かくて、優しくて。
この光に包まれている時が、妾のもっとも心が安まるとき。
ここでは恐怖も何も感じない。
あるのは心地よさだけ。
ずっと、ここにいたい。
このまま、抱かれていたい。
◇ ◇ ◇
完全に日が落ち、聖樹の回廊が淡い光に包まれている頃、一人の男がここを訪れた。
なにやらきょろきょろとしながら回廊を進む。何かを探しているようだ。守護聖獣の住処
まで来ると目的のものを見つけたらしく、それの側に行く。
「香耶、ここにおったのか」
探しに来たのは統利だった。日が落ちても帰らぬ香耶を迎えに来たのである。
「香耶起きろ」
声を掛け、香耶の躰を揺する。
「う・・・・・・ん・・・・」
躰がピクリと反応し、ゆっくりと瞼が開く。
「と・・・・・・・・り・・・・・・・・?」
「そうだ。早く目を覚ませ。帰るぞ」
「ん・・・・・・」
返事はするが、香耶は動こうとはしない。仕方なく統利は香耶を抱き上げ、階段を下りて
いく。
「おぬしはここが好きだな」
何かある度に香耶がここに行くことを統利は知っていた。
人というものはどこかに安らぎの場所を求める。香耶の場合それがここだ。
見知らぬ土地、見知らぬ人。
心細くなるのは当然だろう。
古来からの秋津の可陀に対する見方も一因と思える。
そして、香耶がここに嫁いでくることになった経緯から考えればなおのこと・・・・。
これに関しては統利に反省とかそんな考えはみじんも浮かんでは来なかったのだが、
それゆえ彼は彼なりの配慮をしていたのである。
だから、時にここに行くのが夜中であっても、統利はそれを咎めるつもりはなかった。
見逃していた。
それがなければ人は保てないことを知っていたから・・・・。
「別に咎めるわけではないがな、他の者に心配をかけさすではないぞ」
その境遇からか侍女達は心配性の者が置く、今日のように帰りが遅くなろうものなら、
周りの者を巻き込んで探し回るので、巻き込まれた方としては堪ったものではない。
「う・・・・ん・・・・」
まだ寝ぼけているのか生返事を返す香耶にやれやれと思う。
(まだ仕方がないか・・・)
ここに来て日が浅いのだ、しばらくすればもう少し落ち着くだろうと自分を納得させ、
香耶を部屋へと運んでいく。
「なにもないから・・・・・」
腕の中の香耶が呟いた。
「ん?」
「なにもない、だからここが好きじゃ・・・・」
「香耶?」
何がないのだと聞こうとするが、香耶はすっーと寝息を立てていた。起こして聞いてみたい
気もしたが、ぐっすりと眠っているし、起きても覚えてはいない可能性の方が大きかったので、そのまま捨て置くことにした。
なにもない。
なにもないのじゃ。
でも、あの聖樹の下では・・・・・。
だから妾は、
あの下へ行くのじゃ。