ラベンデュラ王宮、朝七時。
窓から、オレンジがかった陽光が入る頃、ノック音と共に、三人くらいの若いとは言えない
容姿の女性達が入ってきた。
「お早うございます。ミーア様、朝でございますよ」
ミーアは、きっかりこの時間に起こされる。
なぜかというと、アトレイデスの教育方針だから。
『ミーアは礼儀正しい子に育てたいので、規則正しい生活をさせてくれ』
本当は、ミーアはもっと寝ていたいのだ。
「ねぇーむぅーいー」
布団の中にもごもごと潜り込り、掛け布団を頭からがぶる。
しかし、それはアトレイデスの厳命を受けた侍女団が許さない。
「ミーア様、さっ、起きましょう・・・ねっ」
ミーアは寝ぼけ眼のまま、半ば無理矢理布団を引っぺがされ、朝の身支度を始めるのだ。
「むぅ~~」
「さっ、お顔を洗いなさいませ」
それが済むと、
「着替えましょうね。今日はどれがよろしいですか?」
「きょうはねぇー」
ミーアは、自分の服は自分で選ぶ。侍女達は時にアドバイスするが、基本的にミーアの
意志に従う。
そして、選んだ服は自分で着る。侍女達は傍らで、ミーアが着るのを見守るだけ。
どんなにもたついてしまい時間が掛かっても、決して手は出さない。
始めはアトレイデスも、これをミーアの我が侭ととらえ手に余っていたのだが、
ミーアの
「じぶんでしたいー!」
というじだんだと、古株侍女の意見で、
「陛下、ミーア様は自己主張し始めるお歳になられたのですよ」
これは成長過程だということを教えられ、彼も考えを変えミーアの意志に任されることに
なった。
服を着ると、髪を結ってもらう。
ミーアはこれも自分でしたいのだが、きちんと結えないので、まださせてはもらえない。
これがちょっと不満なミーアだった。
身支度が整うと、
「朝食へ参りましょう。今日はミーア様の好きなパンが焼かれましたよ」
「わぁーい・・・・・・・・・アーティーは?」
「今日はご一緒なさりますよ」
「ほんと!? 早く行こう!」
「ミーアさま走ってはいけません!!」
止めようとする侍女の声など無視して、ミーアはドアから元気よく駆け出した。
◇ ◇ ◇
同じ頃、可陀ペイハオにある王宮。
香耶はまだ夢の中にいた。
秋津にいたときは侍女達が起こしに来ていたのだが、現在(いま)はというと。
「香耶、起きるのだ」
隣で寝ていた統利が起こしているのだ。
侍女達は香耶が呼ぶまで出てこない。皇帝夫婦のプライベートにむやみに立ち入っては
いけないと、控えている。
「おーきーよ」
「むにゃ、ねむいのじゃ」
むにゃむにゃとまだ眠りから覚めない、いや、覚めようとはしない香耶をどうやって
起こすか。
これが統利の秘やかな朝の楽しみとなっていた。
大きく分けて起こし方のパターンは三つある。
パターンその①
統利はやれやれと香耶の顔に手を伸ばし、鼻をぎゅっとつまんだ。
「む・・・っ・・・・ぐう・・・・」
香耶はカッ!!と目を見開き、跳ね起きるとぶはぁと鼻で大きく息をした。
「なにするんじゃ!」
「はは、盛大な鼻息だな」
というように、鼻をつまむ、あるいは躯をくすぐるなどのいたずら系。
パターンその②
統利は香耶に覆い被さると、寝間着の胸元をはだけさせ、そこに顔を埋めた。
「ん・・・あ・・・・」
胸元に感じるくすぐったいような、じんじんと痺れるような感覚。
なんじゃと思って触ってみると、それは覚えのある感触。
そこで、香耶から眠気が吹っ飛んだ。
「統利!どこ触っておるのじゃ!」
「フフ、おぬしの肌はすべすべして気持ちいいな」
「このっ・・・・あっ・・・・やめ」
このように、いやらしい手つきで躯に触れたり、息が止まるような深いキスをしたり、
時にはそのまま何回戦目かに突入してしまうこともある起こし方、H系。
大抵はこのどちらかを施せば起きるのだが、ごくたまにそれでも起きないときがある。
そういうときは、
パターンその③
今日は、朝からスケジュールが押していたので、統利は最終手段を執ることにした。
「香耶、起きよ」
そして、香耶の躯に触れると 。
バチィィィッ!!
「にぎゃぁ !!」
体中に拡散していく痛みと痺れ。
もちろん眠気など真っ先に拡散していく。
「な、な、な、な」
「お早う我が妃よ。今日はスケジュールが押しておるのでな、我はもう行くぞ」
統利は、痺れて口もきけない香耶を残して寝室から出て行った。
これぞ、最終手段最強兵器。
統利帝による電気ショック!
躯に負担の掛からないぎりぎりの所で、なおかつさわやかに目覚めるように調節してやる
のだが、痛いものは痛い。
香耶はこれをやられる度に、今度こそ自分で起きようと思うのだが、未だに果たされて
いない。
◇ ◇ ◇
同刻、蒼天地下樹魂の間。
(ああ、朝だ・・・)
夏芽はすっきりと目覚めた。
彼女は寝起きがいい。特に幻獣界(こちら)に来てからは。
(起きなきゃ)
うーんと背に力を入れて、起き上がる。
今日の夏芽の目覚めは、いつもと同じだった。つまり、地球にいたときのように、ああ、
又いつもの朝がやってきたなぁという。
彼女は時に気持ちが締め付けられた。苦しいような、切ないような、寂しいような、
もの悲しいような・・・。
彼女を取り巻く環境のめぐるましい変化が、それをもたらしていた。
今までは一人で耐えるしかなかった。
でも今は、それを癒してくれる人がいる。
夏芽はのっそりとベットから降り、朝の身支度を始めた。
もちろんおしゃれには気を配る。
どんな服の組み合わせがいいかなとか、髪型を少しこってみようかなとか、うっすら化粧も
してみようかなとか。
全て支給品だから限りがあるけれど、それをどう使うかにセンスの見せ所だ。
こんなにも気を配るのは彼女が年頃なのはもちろん、恋をしているから。
「よしっ、できた」
くるりと鏡の前で一回転し、どこもおかしいくないことを確認し身支度終了。
傍でおとなしく待っていたコマを連れて、部屋を出ると。
「蘿」
「おはようナッちん」
偶然かな。それともずっと待っていたのかな。
考えるだけで夏芽は胸がきゅーんとした。
嬉しくて、少し恥ずかしくて。
「行こう、みんな待ってる」
蘿は夏芽の手を掴み、食堂へ歩き出す。
「うん」
夏芽は嬉しそうに返事をして、手を握り返した。
二人の足下では、コマがしっぽを強く振りながら並んで歩いた。