いろいろ書き散らしてます。 なお、掲載している内容につきましては、原作者様その他関係者様には一切関係ありません
百日の薔薇 仁義なき肉球編
ピクシブに載っていたにゃんこタキがわんこクラウスが拾う絵から連想しました。
鑞梅(ロウバイ) 慈愛心を持っている
物心がついたときからずっと一人だった。
ずっと一人で生きてきた。
誰も手を差し伸べる奴なんていなかった俺に、あいつは手を差し伸べた 。
(ヘンな奴)
隣で寝ているネコの額をちょんと突いた。
ネコの名はタキ。
雨が降る日にうらぶれていた俺を拾った、酔狂なネコだ。
タキは俺を自分の家へと連れ帰り、そのままうちに置いた。
「ここが、今日からお前の家だ」
今まで、野良暮らしの俺にとって、それは初めて見た家というものだった。
家というモノはすごかった。
壁と屋根に囲まれた空間は、外からの侵入者を防ぎ、常に襲われる危険を孕んでいた外よりずっと安全だった。
そして、温かだった。どこよりも。
風呂とドライヤーはイヤだけど、ふかふかの布団というものは気持ちがいい。
くるまって寝ると誰かに抱きしめられているようで、すごく安心できた。
俺は生まれて初めて、安心というモノを感じることができたのだ。
(こいつは、ずっとこんな中で暮らしてきたんだな・・・)
ああ、だから、こんなにも優しくて、危なっかしくて、世間知らずなのだ。
タキが俺をここに連れてきたとき、周りの奴らがさんざん言っていた。
「犬を連れ込むなどとんでもない」
「どこの馬の骨としれぬモノと仲良くしてはいけません」
そいつら言うことは結構正しい。
外では、それから油断が生まれて、命の危険にさらされる話が山とある。
そう忠告する奴らは、それを知っているのだろう。
タキは、賢いネコだ。
あいつらの言っていることがわからないはずがない。
でも、タキは頑として耳を貸さなかった。
思ったよりタキは頑固な性格だった。
(あいつら、さんざん忠告しただろうに)
そう思いながら、ふと口元に笑みが浮かぶ。
今まで、こんなことを言ってくれる奴はいなかった。
こんなにも俺を必要と言ってくれる奴はいなかった。
それだけ、その言葉だけで、俺のスレた心は満たされる。
(さてと・・・・)
タキを起こさないようゆっくりと布団から這い出す。
「うん・・・」
タキが身じろいだ。
一つの布団でくるまって寝ていたから、どうしてもわかってしまうらしい。
「クラウ・・ス・・・」
「トイレだよ、トイレ。いいから寝てろ」
俺は、タキの髪を優しく撫でて「おやすみ」と口ずさむ。
タキの黒い髪は、柔らかくてすべすべしている。
こんな手触りのいい髪をした奴に出会ったのは、タキが初めてだ。
タキの寝息を確認して、俺は立ち上がる。
服に着替えて、足音を立てないようにゆっくりと玄関に向かう。
ドアを開ける前に、もう一度だけ振り向いた。
タキは、よく寝ていた。すやすやという規則正しい寝息が聞こえてくる。
「じゃあな」
俺は、玄関のドアを開けた。
今夜は満月だった。
空は雲一つなくて、黄色い満月の光が起き立ちの目にまぶしい。
『お前の色だな』
いつかの満月の夜に、タキに言われたことがある。
二人して、家の屋根に上って月を見ていた。
今夜みたいに、晴れ渡って月の光がさえる夜だった。
『お前の瞳は、日の光の色だと思っていたが、あの月の色にも似ている』
月の色は一般に銀と言われている。
けれど、その日の夜の月は、俺もそう思うほど、金色に輝いていた。
『あんなふうに輝いて、きれいな色だ』
俺はそのとき、そう言ったタキの瞳こそ、きれいだと思った。
「なら寂しくないよな」
俺は月を見上げてつぶやく。
タキは、俺を家に連れ込んだせいで、他の奴らとの間でぎくしゃくするようになった。
別にタキは普通だが、あいつらの方が受け入れがたいらしい。
そのときのタキの顔が、しょんぼりとへたれた耳としっぽが、俺を決意させた。
タキの家は、暖かくて、居心地がよくて、何よりタキが、タキの笑顔が、俺を癒やし、潤し、満たしてくれる。
このまま、あそこにいたかった。ずっとタキの傍にいたかった。
でも、俺がいるせいでタキが悲しむのを見たくない。
「所詮、俺は野良だ」
ずっと一人だった。ずっと一人で生きていた。また、戻るだけだ。
前のように、気ままに世界を旅をして、歩いて回る。
風のように、鳥のように自由に。
次はどこへ行こうかと思いながら歩き出す。
月はどこまでも着いてきた。
家がどんどん遠くなる。
振り向かないようにひたすら前に進む。
見えなくなるまで、このまま。
「・・・・・・ス」
振り向くな。
「・・・ラウス」
(聞くな。見るな)
未練が残らないように。
「クラウス!」
がしっとその腕を捕まれる。
(ああ・・・)
捕まれた箇所から、身体の力が抜けていく。
「どこへ行くんだクラウス。トイレはそっちじゃないぞ」
タキの怒りのこもった声が聞こえる。
すぐに振り向けなくて、タキの顔が見れなくて、参ったねと頭をかく。
「わかってる。あ~、ちょっと出たくなったんだよ」
「こんな夜中にか?」
「ああ、見ろよ」
俺は、すっと月を指さした。
「きれいだろ」
「・・・・うん」
「あんまりにもきれいだから、表に出ちまった」
誘われて出てきた、それだけの話。
「気がついたらここまで来てた。ただそれだけだ」
「そうなのか?」
「そうだ。タキ、先に帰れ。俺はもう少しここで月を見てく」
「イヤだ」
きっぱりとタキは言った。
「クラウスと一緒じゃないと帰らない」
「はぁ?一人で帰れねぇ年でもないだろう」
「それでもイヤだ」
俺の腕を掴むタキの手にぎゅっと力がこもる。
「クラウス・・・」
タキが言った。
「一緒に帰ろう」
(ああ、もう、どうしておまえは・・・)
こんなにも俺を求めるのだろう。
こんなにもやさぐれた俺を求めてくれるのだろう。
俺はタキの方へ振り向いた。
タキは今にも泣きそうな顔をしていた。
目尻に大きな涙の粒がたまっている。
タキにこんな顔をさせないために、出て行こうとしたいうのに。
「バカ、なに泣いてやがる」
親指の腹でタキの涙をぬぐってやる。
ぬぐった涙は温かかった。
(いままで、俺にために泣いてくれた奴なんかいたかな?)
きっとイヤしない。タキ以外には。
こんな温かな涙を流しやしない。
「帰るか」
その一言で、ぱっとタキの顔がほころぶ。
ああ、この顔だ。
タキはこの顔が一番似合う。
タキが俺の腕から手を離し、俺の手を握った。
その手は温かだった。
この凍えた心を溶かすように。
こんな温かな手を、俺はタキの手以外には知らない。
俺たちは、並んで手をつないで帰った。
俺たちの家へ。
月は、家に帰るまでその道のりを照らし続けてくれていた。