いろいろ書き散らしてます。 なお、掲載している内容につきましては、原作者様その他関係者様には一切関係ありません
メイデン・ローズ
この身は、「打ち破られたることのない花」。
肉食酒淫に溺れず、清浄潔斎に努め、誰にも汚されず、誰が一人に心を止めることもなく、この身を神の神巫として、ただ国と領民の平穏のためにあるべし。
それが、私。
そのためだけに生まれ、育てられてきた。
それに異を唱えることはない。
私の存在が、この災厄から国と民と守り、彼らを平和へと導くなら、私は喜んでこの身を捧げよう。
その心に偽りはない。
そして、それでもあの男を求めてしまうこの心にも、偽りは・・・ない。
初めて会ったときは、驚いた。
そこは、大極殿。自国の民すら容易に受け入れないそこで、異国の人間に会うとは思わなかった。
そして、金色の瞳。
エウロテと同盟を結んだ関係からエウロテ人やその間に生まれた混血の子などは周りはいたけれど、こんな瞳をした人間はいなかった。
『手を』
思わず手をさしのべた。
『私をあの花に手が届く場所へ』
日の光の色を目に宿した少年は、私の願いを聞き入れ、私を抱き上げ、藤の花を手折ってくれた。
そして、少年は、ふわりと笑ってその花を私の髪に簪してくれた。
その瞬間思ったのだ。この男を私のモノにしたいと。
その願いを私はためらわず口にした。
『お前、私のもにならぬか』
私の騎士にできたらいいのにと心からそう思った。
そんなことは初めてだった。
私はこのとき、生まれて初めて自分からなにかを欲しいと思った。
それまで欲しいものなど一つもなかった。
何もかも十分与えられていて、欲などわいたことがなかった。
でもこの少年を見て、強く欲がわいた。
(この男が欲しいっ)
(離したくない)
このまま連れて行きたかったけれど、私は従者に見つかり、私は舞台へ、少年は貴賓席へと連れて行かれて、その手を離してしまった。
迎えに来た従者に聞いた。
「あれは誰だ?」
「ある方が招かれた、西方諸国連合から来た賓客ですよ」
「エウロテの者ではないのか?」
「タキ様」
従者はタキの瞳をのぞき込んでいった。
「あの者のことはお忘れなさい」
「なぜ?」
その問いに従者は正確に答えず、こう言った。
「いつかあなたも知ることになるでしょう。我が国とエウロテとの関係、そして世界を取り巻く情勢を」
その日はそう遠くない日に訪れた。
未来の領主として勉学に励んでいた私は、我が国とエウロテの同盟、エウロテと西方諸国連合の関係について知った。
私と彼は敵国人同士であり、決してあいまみえることはないと。
もしあるとすれば、それは戦場であると。
不意に、身体中から力が抜けた。
人知れず、私は泣いた。
騎士にしたいというこの思いは決して叶えられることのない願いだった。
その衝撃は重く、流れ落ちる涙は止まらなかった。
それでも、不思議と諦めるという気持ちにはならなかった。
困難に陥れば陥るほど燃え上がるというのが恋というものらしい。
そう、妹の一人が言っていた。
この気持ちが恋だなんてわからない。
ただ、欲しいのだ。なぜか。
薄紫色の藤の花が、日の光に照らされてゆれているのを目にするたびに思い出す。
あの金色の瞳を。
あの金色の瞳が、私を引きつけてやまない。
この思いを抱いたまま日々を過ごす中、父が亡くなった。
私は父の後を継いで、レイゼン領の領主となった。
我が国が、一つの領を一個師団に仕立てているため、領主である私もやがて師団長として兵を率いることになる。
だが、私にその知識も力量もまだない。
そこで、その知識を学ぶため、留学することを決意した。
その決意そのものは、よいことだと、反対はされなかった。けれど、その留学先が問題とされた。
我が国はエウロテと同盟を結んでいる。
そのため、自然と留学先はエウロテにある機甲学校となるはずだった。
だが、私は西方諸国連合内にあるルッケンヴァルデの機甲学校を選択した。
当然のように、なぜ敵国内の学校を選ぶのかとこぞって猛反対された。
私は、エウロテより連合の方が機甲の技術が優れていること、向こうで学ぶことは向こうの考え方を知ることになる。それはやがて来るべき日にきっと役に立つと、その反対を押し切った。
その考えに嘘はない。
そして、下心がなかったと言えば嘘になる。
あの男は、西方諸国連合内の国の男らしい。
なら、行けば会えるのではないか。
学校内で会えなくても、ただ、街角ですれ違うこともあるのではないか。
そう思うと、不思議と心が震えた。
恐怖と不安ではなく、期待と喜びに。
問題は、連合側だった。
向こうにとっても思わぬ申し入れだったらしく、なかなか入国の許可が起きなかった。
けれど、幸いにも向こうは許可を出してくれた。
私は一人、レイゼンから西方へと旅だった。
そして、ルッケンヴァルデの地で、私は再び出会うことになる。
あの金色の瞳をした男と。
少年の面影は消え失せ、すっかり大人になった少年。
それでもあの金の瞳は変わってはいなかった。
ここで私たちは、互いの名前を初めて知る。
「クラウス・フォン・ヴォルフシュタットだ」
「タキ・レイゼンです」
「おっと」
クラウスはにいっと笑った。
「俺たちは、クラスメイトだろう。敬語は無しだ」
その一言で、ふっとこの国に着いたときから続いていた緊張感が消えた。
授業は内容は考えていた以上に難易度が高く、しかもこの国の言葉で行われるので、ついて行くのが大変だった。
エウロテと同盟国の出身と言うことで近づいてくる人間もいない。
近づく者と言えば、軽蔑と侮辱の言葉を投げかける者だけだ。
それでも、つらいと思わずにすんだのはクラウスがいてくれたからだ。
クラウスは、いつも傍にいてくれて、故国とはずいぶん異なるこちらの生活習慣に戸惑う私をよくフォローしてくれた。
授業中は隣に座り、教師がどこを言っているのか、何を言っているのか、常に教えてくれた。
実技でも、体力が足りない私をフォローし、傷を負えば、手当てをしてくれた。
常に清浄潔斎を求められ、肉食を禁じられたため、肉が食べられない私のために魚料理を振る舞ってくれたこともあった。
休日は、よく外へ連れ出してくれて、この町をこの国のことを教えてくれた。
クラウスがいてくれたから耐えられた。
そのことへの感謝の気持ちは言葉では表しきれない。
クラウスと過ごす日々は楽しかった。
故郷を忘れたことはない。
ここで過ごす日々は、国と民を守るためのもの。
いつか来るべき日のために。
それでも、願わずにはいられなかった。
どうかこのまま、この日々が続きますようにと。
クラウスといられるこの瞬間が、一分でも、一秒でも長く続きますようにと。
あの日の出会いと別れが突然のように、今度の再会も、別れの時も突然だった。
エウロテが連合との境に位置するノルトヴァーレンに集結の知らせが届くと同時に、国外退去を言い渡された。
こんな時勢だ。
卒業までいられなかったのは残念だが、それは仕方がないことだった。
それよりつらいのは、クラウスと再び分かれることになること。
きっともう、こうして平和な町のどこかで再会という風にはならないだろう。
これから来たるべき日に私たちは再会するのだ。
どこかの戦場で、敵同士として、銃と剣を手に、私たちはあいまみえるのだ。
退去を言い渡された日、朝から雨が降りやまなかった。
泣き顔を見られたくなくて、放っておいて欲しいと言ったのにクラウスはついてきた。
私たちは、ラバーナムの下で立ち止まった。
ラバーナムは藤の花に似ている。
あの日も私たちは、藤の花の下で出会い、藤の花の下で別れた。
今度は私たちは、このラバーナムの下で別れるのだ。
さよならを口にしようとしたとき、クラウス言った。
「俺の国へ来るか?」
それは思ってもみない言葉だった。
もし私が、レイゼン家の者でなかったら、八枝一族が一人でなかったら、宸華の者でなかったら、きっとこの差し伸べられた手を取っていただろう。
でも、私は、タキ・レイゼン。
八枝一族が一人、レイゼン家当主にして、宸華の者。
国を民を守りたいという気持ちに偽りはない。
だから、私はその手を振り払う。
クラウスは怒らなかった。
それどころか笑った。
「ああ、それでこそ俺の花だ」
その後、どうやって部屋に戻ってきたのか記憶にない。
あるのは、
雨がまだ降り続いていたこと。
クラウスと初めて口づけを交わしたこと。
彼と身体を重ねたこと・・・・。
クラウスの重みと熱を感じている間中、クラウスの息づかいと雨の音が耳に響いて鳴り止まなかった。
この身は、「打ち破られたることのない花」。
肉食酒淫に溺れず、清浄潔斎に努め、誰にも汚されず、誰が一人に心を止めることもなく、この身を神の神巫として、ただ国と領民の平穏のためにあるべし。
私はその身を自らの手で汚した。
そして、手に入れたのだ。
あの日から求め続けてやまなかったクラウス(おとこ)を。
すべてを捨ててクラウスは私のもとにやってきた。
私の騎士となり、私のものになった。
でも、私はクラウスのモノにはなれない。
私は領主として民を導く必要があるから。
一度失われた純潔を取り戻すために、私はルッケンヴァルデ以前の生活に戻り、クラウスがいくら求めてきても、それに答えることを拒んだ。
突然の態度の変化にクラウスは驚き、怒り、暴力的に私を求めてきた。
それは当然だろう。
それまで懐いていた飼い犬が、いきなり手をかむようなモノだ。
でも、今の主人は私だ。
私には果たすべき役目がある。
それを騎士(クラウス)が邪魔することは許されない。
クラウスを手に入れて、私は残酷になった。
クラウスに求められることを表面では拒みながら、心の奥底で喜んでいるのだ。
その証拠に、クラウスの求めに私は結局応じているのだから。
民のために純潔を求め、クラウスをつなぎ止めるためにそれを散らす。
矛盾する思いに引き裂かれながらも、どこかそれを喜んでいた。
私が拒めば、拒むほどクラウスは私を追い求め、離れなくなるのだから。
でも、本当にクラウスを失いかけて、私はそれを改める。
他の者たちが穢土として忌み嫌う土地に、クラウスは自ら志願していくことを決めた。
そして言ったのだ。
「もうお前の身体には、手を触れたりしねぇよ」
それは何よりにも勝る恐怖だった。
愚かにも私は忘れていた。
騎士にも心があるのだということを。
すべての権利を放棄して、主の所有物となっても、それでも騎士は人であるのだということを。
出撃するクラウスに、私は触れることを求めた。
クラウスが私に触れない。
そんなことは許さない。
クラウスは私に触れた。
そして再び誓う。私のモノであると。
出撃したクラウスは、冷たい身体で、私のもとに還ってきた。
息も脈も止まり、全身冷たい川の水にずぶ濡れて、
いくら名を呼んでも、その目を開けることはない。
あの金色の瞳が開かない!
周囲の者は、私にクラウスに触れるなと言った。
穢土に足を踏み入れたクラウスに触れることは、私も穢れることと同じことなのだと。
穢れる?穢れるだと?
そんなことがあるものか!
どれだけ、私に拒まれても、
どんな私に残酷な仕打ちを与えられても、
それでも、私の騎士でいると誓ってくれたクラウスに触れることが、
どうして穢れる行為だといえようか!!
もしクラウスに触れることが穢れだというのなら、この身はとっくに穢れている。
私はクラウスに口づけた。
何度も何度も口づけた。
口づけながら祈った。
どうか私にクラウスを返してくださいと。
私からこの男を奪わないでくださいと。
幾度目かの口づけを交わしたとき、金色の瞳が私を見た。
こうして、やっと私はこの思いを自覚する。
この思いの名を知るのだ。
今はまだ言えないけれど、いつかきっと必ず、そのときが来たら。
そのときは迷わずに告げよう、クラウス。
この思いの名前を。