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幻想庭園

いろいろ書き散らしてます。 なお、掲載している内容につきましては、原作者様その他関係者様には一切関係ありません

春の夜の夢の如し

火宵の月
艶夜 文観

十数年前に書いたものがでてきたので、せっかくなのでアップしました。
まだ、創作を始めたばかりの頃で、非常につたない作品です。





 祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。

 初夏のさわやかな風と強くなりつつある日差しが差し込む午後。
 部屋で昼寝をしていた神官は、どこからか聞こえてきた琵琶の音とそれに併せて歌う声に目を覚ました。
 あの男の声ではない。
 第一、今この寺の門主たるあの男は、倒幕祈願のため長く帰ってきておらず、かといって他の僧達の声でもない。

     誰?

 起き上がり、辺りを見回すが誰もいない。
 声は本堂から流れてきたらしい。


 沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらわす。


「盛りし者もいつかは滅びる・・・・・まったくな言葉だ」
「僧正!」
 いつの間にいたんだと思わず後ずさる神官をおかしそうに見つめるのは、この寺の門主
であり、神官の夫殊音文観。
「あんた、内裏にいたんじゃ・・・」
「全てが終わったので帰ってきたんですよ、艶夜」
 文観は、神官、否艶夜の側に座り、後ろから抱きかかえ、長い髪に口づける。
「勝ったの?」
「ええ」
「でも、やっぱり有匡に敵わなかったみたいだけどね」
 口元に意地の悪い笑みを浮かべ、躯の向きを文観の方を向くように変えると、艶夜は、文観の額の傷と唇の触れた。
「この七年難の音沙汰もなく、このまま傍観すると待っていましたが、やはり還ってきた・・・・」
「でも、鎌倉の為じゃないようだけどね」
「解りましたか?」
「紅牙の気を感じた。火月の封印が解けたんだね。でもそのうち消えた。有匡の気も・・・・」
「野猫は、戦場でひとしきり暴れ回ったあと、紅蓮の炎に包まれて消えました。鎌倉全体を
覆っていた邪気も共に・・・・」
 忌々しいと、文観は艶夜の首筋にかみつくように口づける。
 あの炎は有匡の血と力。
 陰である月の力を陽に転じ、全てを焼き払い浄化したのだ。
 最後の最後まで己の邪魔をする男。
「敗けて悔しいからって、あたしに八つ当たりするな」

 噛みつかれて痛かったのか、仕返しに文観の頬を叩く。文観は、へでもないと艶夜の長袴の
紐に手をかける。
「でも最終的に、私の勝ちだ。二百年以上続いた幕府は滅んだ。この歌のように・・・」


 驕れる者久しからず、ただ春の夜の夢の如し。


「この歌・・・」
「『平家物語』ですよ。かつて、鎌倉幕府を創った源氏と覇権をかけて争った平氏を歌った
語り物です」
 平家にあらんずは、人にあらず・・・そう言ってこの世を謳歌した平氏も源氏に敗れ、
その源氏も二百年の刻を経て滅んだ。

 春の夜の夢の如し。

 まったくだ。力ある者はいつか滅ぼされる。
 滅びぬのは、それらをうまく利用する者。
 あの帝(おとこ)もいつか滅びの刻が来るだろう。
 そう遠くはない。
 この歌も歌っている。


 猛き人もついには滅びぬ、ひとへに風の前の塵に同じ。


 人など芥(ごみ)だ。
 時代という風の前に吹き飛ばされてしまう。
 そうならぬよう準備せねば・・・。

「綺麗な音・・・」
 艶夜は、全ての衣を脱ぎ去り、文観の袈裟にも手をかける。
「弘真・・・・・」

 だが今は、

 琵琶の音に抱かれ、

 春の夜の夢を見るとしよう。
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