第一話 殿と砕け散る幻想(ファンタジー)
土佐一国のみならず四国のアイドルモトチーナこと長宗我部元親は、京より迎えし、
妻ガッシーと姉妹のように仲良く暮らしていた。
「いやぁー、可愛いですなぁー」
「このままずっといてくれたならぁー」
元親が長宗我部家の当主であり、ガッシーが妻である限り姉妹のままでいてはいけない
はずなのだが、殿萌え、ガッシー萌え、仲良し姉妹バンザイの一領具足のメンバーと
元親の弟である香宗我部親泰は、そう願っていた。
「お前らなぁ、いい加減にしろよー」
無様な者を見るような目で、この国で唯一元親に萌えない男吉良親貞は、はっと
侮辱するような口調で言ってのける。
「あいつも男なんだし、いつまでもあのままでいるわけねーだろ。そのうち、髭とか
すね毛とかが生えるし、頭も禿げてくるんだぜ」
「な、ななななんてこというんですか、兄さーん!!!!」
親泰が、鬼のような形相で反撃する。
「兄上は、老けません、髭もすね毛も生えませんー。ずっーーーーーーと、あの可愛いままで
いるんです!!」
鬼を通り越して、地獄の獄卒のような面相の親泰に親貞は、ちっと、舌打ちする。
「まぁ、時間てぇーのは残酷だからな。お前らもそのうち目ぇ冷めるだろ」
とはいいつつ、親泰と一領具足のメンバー達の執念のような祈りが届いたのか、結婚して
一年は何事もなく、元親とガッシーは、城の中で一緒にお菓子を作ったり、おそろいの衣裳で
新曲を披露したりと可愛らしい姉妹のごとく過ごしていた。
そんな日々に、親貞が舌打ちし、親泰達が、萌え喜んでいたある日のこと。
「今日は、みんなに重大なお知らせがあります」
それは、いつもの一領具足(ファン) との交流会での出来事だった。
「重大なお知らせ?」
「なんだ、新曲の発表か?」
会場全体でささやきがどよめきが起こる中、 スタッフ達は不安な表情を見せる。
「おい、これはどういうことだ!?」
「親泰さまこそ、何か聞いてないんですか?」
普段なら元親が重大なお知らせをするときは、親泰や一領具足幹部達を通すことになっているのだ。
しかし、今回はそれがない。
彼らにとっても突然の知らせなのだ。
嫌な予感がした。
異様な緊張が、スタッフ達を遅う。
「発表します」
元親の明るい声が、会場中に響きわたる。
「ガッシーに赤ちゃんができましたーーーー!!」
会場の片隅で、親泰や一領具足幹部達が砕け散る音がした。
第2話 殿と赤ちゃんはどこから来るの?その1
元親の口からガッシー妊娠の衝撃的ニュースは、瞬く間に土佐のみならず四国中に広まった。全土がお祝いムードに包まれる中、一部メンバーは再起不能なまでに陥っていた。
その一人親泰は、あの日以来寝込んでいた。
「おい、いつまで寝込んでだよ、てめーは」
見舞いと称してとどめを刺しに来た親貞に、布団から蹴り出された親泰は、枯れ木になった
老人のような目で親貞に問いかける。
「あのぉー、うそですねよ?????」
「ああ、侍医に確かめたんだけどよぉ。3ヶ月らしいぜ、生まれるのは来年だな」
親貞の容赦ない答えに親泰は、畳の上に倒れ伏す。
「うそだぁ~~~~。兄上が、そんなぁ~~~~~」
「安心したぜ。あいつも男だったってことだな。これでちったぁ男らしくなるだろうよ」
「ううううううそだぁぁぁぁぁ」
オロロローンと親泰は、泣き伏す。
「兄上は、姫なんです。純真無垢なんですー。いつまでもお花や小鳥さんとおしゃべりする
みんなのモトチーナなんですぅぅぅぅぅ(泣)」
「お前、ほんとどうしようもねぇな」
これ以上付き合ってられるかと、親貞は帰って行った。
おいおいと泣き続ける親貞は、今までの美しい思い出のメリーゴーランドを回し始める。
幼い頃から城にいる女の子の誰よりも可愛くて優しかった兄上。
養子に出された頃、寂しくて逢いたくて何日も泣いたっけ。
そして、再開したときの変わらぬかわいらしさ。
その兄上の結婚。
それだけでも、衝撃的だったのに、今度は父親になる。
「うぉぉぉぉぉぉ!!!」
親泰の悶絶の叫び声は、空の彼方にまで届いた。
第3話 殿と赤ちゃんはどこから来るの?その2
部屋に引きこもってうじうじしていた親泰だが、いつまでもこうしていられないと
のろのろと起き上がり、元親の元へ向かった。
(だいたいあの兄上が、子供の作り方を知っているとは思えん)
親泰の中の元親は、純真無垢な天使だった。
(もしかしたらあの女が、兄上を襲った?)
親泰の頭の中で、あのパヤパヤ顔のままのガッシーが布団の上で積極的になり、
嫌がる元親に迫り覆い被さる。
(いやいやいやいやっ、もしかしたら兄上の子ではないかも知れない)
ガッシー♡と昨日まで兄と一緒に萌えていた女が、たちまち毒婦、姦婦へと変貌し
ていく。
(あの純粋な兄上を拐かすとは、許せん!!場合によっては・・・)
元親の部屋に近づいていくにつれ、足音は荒くなり、殺気を漂わせる鬼武者へと
変貌していく親泰を止める者は誰もおらず、元親を守ることを絶対とする一領具足す
ら避けていった。
「兄上!!」
勢いよく部屋のふすまを親泰の目に飛び込んできたのは、
「ねぇ、ガッシー、こんなのどう?」
「素敵ですぅ」
腹部の辺りが少しふっくらとしたガッシーに何かの絵を見せている元親の仲睦まじ
い姿だった。
二人からあふれでる強烈な浄化のオーラで、親泰の殺気は一瞬で吹き飛んだ。
「あっ、親泰。具合はもう良いの?」
元親が親泰に気づき、いつもの調子で尋ねる。
「あっ、はい。もうすっかり。ご心配をおかけしました」
「そっかぁ。あっ、そうだ。親泰の意見も聞かせてよ」
ちょうど良いところに来てくれたと、元親はいそいそと何枚かの紙を見せる。
その紙にはすべて絵が描かれていて、題材は全部服だった。
「親泰はどれがいいと思う?」
「なんですか、この服の絵は?」
「ガッシーのマタニティのデザインだよ。僕はこれが可愛いと思うんだけど・・・」
マタニティ。
それは、妊婦のための服のこと。
親泰の顔やら頭やらあらゆる箇所から血が噴水のように噴き出すが、元親には見え
ない。
「あ、あああ兄上、あのこ、こ・・・・」
「赤ちゃんのこと?うれしいよねぇ。男の子かな?女の子かな?毎日ガッシーと
どっちかな?って話してるんだ」
「わたしはぁ、男の子かいいなぁって思ってぇるんですぅ。跡継ぎはぁ、必要でしょう?」
「いいよ、跡継ぎなんて。ガッシーとの子ならどっちでもいいよ」
「うふふ、モトチン優しい」
ガッシーはいつもの口調で、うふふふっと愛おしそうに王に自分のお腹を撫でる。
「楽しみですぅ。モトチンとの赤ちゃん。早く会いたいですぅ」
「僕もだよ。ねぇ、親泰もそうだよね・・・・・あれ?親泰?」
元親が気づくと親泰は、土佐人形のように固まってその場に転がっていた。
第4話 殿と作り方は知っていたのか?
その場に転がっていた親泰は、駆けつけた一領具足のメンバーにその場から引きずり出された。
「しっかりしてくださいよ親泰様。やっと、長宗我部家に跡継ぎが出来るんですよ」
「そうです。殿そっくりの若君がご誕生されるんですよ」
「お~~~~ま~~~~え~~~ら~~~~」
親泰は、どろろんとした空気を背負い恨みがこもった目で家臣達を睨みつける。
「裏切り者~~~~。なに喜んで~~~~」
「そ、そりゃ、最初はショックでしたけど」
「殿とガッシーのあの様子を見たら喜ばすにはいられないじゃないですか」
元親は、ガッシーのためにマタニティドレスのデザインを考えるのみならず、今か
ら生まれてくる子どもの用の服やおもちゃを集めたりしているのだ。
ガッシーがつわりで辛そうなときはつきっきりで寄り添い、慰め、つわりの影響で
食にムラが出るガッシーに嫌な顔ひとつせず食べたいものを用意するのだ。
侍女の中には「奥方様がうらやましい」と二人に羨望のまなざしを向けている。
「もう国中が湧いてますよ。近隣諸国のファンからもお祝いが届いていますし、もう
ビックイベントですよ」
「くっ」
親泰は、ギリギリと歯を噛みしめる。
長宗我部家の当主に跡継ぎが出来るかも知れないのだ。
これがどれだけ大事で、喜ばしいことなのか、長宗我部家の一門である親泰だって、
よ~~~~~~くわかっている。
(ああ、でも、でも・・・・)
子どもが出来たと言うことは、元親が作り方を知っていたと言うことで・・・・。
(あっ)
親泰は、家臣達に問いただした。
「おまえら兄上が本当に子どもの作り方を知っていると思うのか?」
「えっ!?」
彼らは大きな動揺を見せた。
「そ、そりゃ、一応、殿も教育を受けているでしょうし」
「元服時の添い臥しはありましたし」
添い臥しとは初のお相手ということだ。城内外で賛否両論、反対多数であったが、
元親にも慣習どおりちゃんと用意された。
「ほんとうか~~~~~」
目を疑いの色で真っ黒にしている親泰の言わんとすることを察して、一領具足達は、
おののく。
「うわ~~~、親泰様がショックなあまりに壊れた」
「ガッシーは、殿と同じで、純粋無垢なんですよ。そんなことありません」
「無垢が、子どもなんか作るかぁぁぁぁぁ???」
「ち、親泰様、ストップ、ストップ、それ以上は」
「あなた方、廊下の真ん中でなんということを話しているのですか!!!」
廊下に響き渡る威厳ある女性の叱り声に、一同はビクッとする。
「ろ、老女殿」
親泰達を叱ったのは、城内の侍女達を束ねる侍女頭たる老女だった。
「跡継ぎを作るのは当主の重大なお役目の一つであり、奥方様の大切なお役目です。
立派にお役目を畑さんとするお二人になんということを。あなた方はお家にたてつく
おつもりですか!?」
「そ、そんなつもりは」
「申し訳ないです」
老女は、奥を束ねる役目であり、その発言力は高く、当主にも直に意見を述べる
こともあり、時に当主すら頭が上がらない存在だ。
そんな彼女に対し、親泰達の頭も自然と下がる。
「この私を誰とお思いですか。先代様の時から長宗我部家の奥でお仕えしてきたので
すよ。この私がいる限り、不穏な輩を奥に入れることはありません」
「そ、それはもちろん」
「それと、私は殿のご幼少の時からお仕えしており、どのような教育を受けたかもは
承知しております。その中にはもちろん閨についての作法もございました」
老女の発言に、ぷしゅと血の吹き出る音がする。
「で、では殿は・・・」
その声に、老女はきっぱりと告げた。
「殿は、奥方様と心を通じ合わせ、毎晩のように子作りに励んでおられました」
とどめだった。
年が明けて、ガッシーは、両親のようにキラキラして魅力的な男の子を産んだ。
その子を始め、二人の間には、男女合わせて8名もの子どもが生まれ、子だくさん
の大家族となったのであった。