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幻想庭園

いろいろ書き散らしてます。 なお、掲載している内容につきましては、原作者様その他関係者様には一切関係ありません

花を吐く(4-4)

 師団本部に帰った二人にもたらされたのは、待ち望んだ報告だった。
 その夜、アズサはクラウスに誘われて・・・。

百日の薔薇 アズサ→クラウス
数年前に書いたのを発見してアップしました。
 
松葉菊(マツバギク)     心広い愛情・怠惰・無為・のんびり気分






 師団本部へ着くと二人はハルキを起こし、荷物を部屋へ運んでおくよう頼んで、
まっすぐにタキがいる師団長室へ向かった。
 二人が入るとタキが神妙な顔つきで待っていた。
 アズサは、タキを前に敬礼をする。
「我が騎士クラウス・ファン・ヴォルフシュタット大尉、アズサ少尉。両名に対し今
回の中間地帯入りおよびエウロテ装甲列車侵入戦に対する両名への上層部からの伝達
事項を伝える」
 タキは師団長にふさわしい威厳のある言葉で伝えた。
「「二人の総司令部の命令を無視した中間地帯入り誠に遺憾である。しかし、我が国
内に無断で侵入せし特殊機関車「RYT」に搭乗せし人物がエウロテ公妃であったこ
と、エウロテ公妃が我が国に対し政治的亡命を求めていること、そのほか両名のこれ
までの戦場での実績、今後の戦況などを鑑み、今回の件は不問に処す」」

 アズサの目が大きく見開かれる。
 タキはふわっと微笑んだ。
「二人とも、我が軍に復帰だ。おめでとう」
「タキ様・・・」
「おかえり」
 タキの言葉にアズサは感動もあまり声も出ない。ほろり・・・とあふれ出た涙をぬ
ぐってアズサは、もう一度敬礼する。
「アズサ少尉、誇りを持って、ムラクモ無線手としてタキ様と共に戦います」
「期待している」
 タキがクラウスの方を見た。
 タキは表情を引き締め、口を開く。クラウスの顔をじっと見つめる。
「我が騎士。私は何者にも奪わせないと言ったはずだ」
 タキは、クラウスの顔をじっと見つめながら宣した。
「我が騎士、私の元から離れるな。お前は私のモノだ」
「・・・・・・・」
 クラウスの顔がゆっくりと笑う。
「その通りだ。我が主」
 クラウスはその場に跪いた。
 タキは、その前に手を差し伸べる。  
  クラウスはその手を取って口づけた。
「俺はお前のモノだ。タキ」
「共に来い」
「どこまでも」


 どこまでも、どこまでも、お前と共に行こう。
 その声が俺を呼び覚まし、俺を立たせ、俺を立ち向かわせ、俺を帰還させる。
  お前の声が俺のすべてだ。


「・・・・聞こえる場所にいられたならそれでいい」
 そう言うなり、クラウスはすっとその手を離し、立ち上がる。
「すまなねぇ、タキ。部屋にハルキを待たせてあるんだ。今日はこれで失礼する」
 そう言うとクラウスはくるりとタキに背中を向けた。
「軍には明日復帰する。じゃあな」
 そして、
「行くぞ、アズサ」
「え? あっ、はい。失礼します、タキ様」
 アズサは、敬礼して、慌ててクラウスの後を追う。
 感激のあまり、タキの顔がよく見えていなかったアズサは気がつかなかった。
 クラウスが背中を向けた瞬間、タキが驚いた顔をしたことに。 


 部屋を出ると待ち構えていたように、ダテとモリヤがいてアズサの姿を見るなり抱
きついてきた。
「アズサ~、やったなぁ~!!」
「軍復帰、おめでとう」
「二人とも、ありがとう」
 心からの喜びを露わにしてくれる二人。幼き頃から3人でタキに付き添い共に育っ
た。3人でずっとタキを守っていこうと誓い合った。
「また俺たち3人だな」
「共に守ろう」
「うん」
(でも・・・・)
 ちらっとアズサはクラウスの方を見る。クラウスは一人廊下の向こうに去って行く
ところであった。その背中がどんどん遠く小さくなっていく。
「お祝いしようぜ、お祝い。俺、配給所から酒かっぱらってくる」
 にかっと笑うダテにモリヤはほどほどになとは言うが止めはしない。この、いつも
の光景に背を向けて、アズサはクラウスの方をじっと見つめた。
「おい、アズサ、どうした?俺の部屋行こうぜ。この間かっぱらってきたつまみがま
だ残って」
「ごめん、また今度」
 そう言うなり、アズサは走り出した。
 クラウスが歩いて行った方へ向かって。
「ア、アズサ~???」
 司令室前には、ぽかーんとした表情の二人だけが取り残され、タキに報告をしに来
たウエムラ少佐に「司令室前で何をしとるのだ!」と怒鳴られた。


「大尉、待ってください」
 後ろからかけられた声に、クラウスは足を止める。
「アズサ?あのふたりはどうした」
 アズサはクラウスの傍で立ち止まり、乱した息を整え、にこっと笑った。
「荷物を運ばないといけませんから」
「お前、何か買ったのか?」
「いいから行きましょう」
 アズサに促され、クラウスは首をかしげながらも部屋へと向かう。


「・・・夢みたいですね」
「なにがだ?」
 二人で廊下を歩く中、アズサがつぶやいた言葉にクラウスが返す。
「まさか本当に戻すなんて」
「そうか?俺はそうなると思ってたぜ」
「なぜです?」
 アズサがクラウスの顔を見る。
「考えても見ろ。この国は西方(むこう)に比べて、圧倒的に資源も兵力も少ないん
だ。同盟国のエウロテは頼りにならねぇし、一兵も無駄にはしたくないだろう」
「そのためには目もつぶると」
「どの国でもやってることだ。あっちじゃ、犯罪者も前線送りを条件に減刑され、入
隊させるしな」
「・・・・・そうなんですか」
 この決定には、黒い思惑があったらしい、でもそんなこと言っていられない、戦時
下であるし、なによりもう一度ムラクモに乗ってタキを守り、タキと戦えるのだ。
「素直に受け取っておきます」
「へぇ、言うじゃねぇか」
 くっとクラウスが笑う。
「復帰は明日だ。今日はよく休んでおけ」
「はい」

 クラウスの部屋に行くと、荷物をすべて運び終えたハルキが二人の帰りを待っていた。
「お帰りなさい、クラウス様。アズサ少尉」
「おう。全部運んでてくれたのか」
「ただいま、ハルキ君。ご苦労様」
「あの、お話って何だったんですか?」
 聞いてくるハルキに、二人は顔を見合わせて答える。
「俺たちの軍への復帰が決まったんだよ」
「明日からね。僕はまたムラクモに乗るんだ」
「え!?」
 ぱぁっとハルキの顔が華やぐ。
「本当ですか!おめでとうございます!!」
「ダンケ」
「ありがとう」


 送っていくというアズサの申し出をハルキは断り、クラウスにプレゼントされた
ホルスターが入った箱を抱え、何度もお礼を言って自分の部屋に帰っていった。
「ハルキは可愛いですね」
「まっ、今だけだな」
 マイスターにもらったスーツが入った箱を乱暴にクローゼットに納め、クラウス
はジャケットを脱ぐ。
「おい、アズサ。お前酒は飲めるか?」
「酒ですか?強くはないですが、一応飲めます」
「そうか。なら一杯付き合え」
 そう言うと、クラウスは戸棚の中からワインの瓶とワイングラスを二つ取り出し
テーブルの上に置いた。

 透明な2つのグラスの中に、濃い葡萄色のワインが並々と注がれる。
「ほら、乾杯」
「乾杯」
 クラウスに差し出されたグラスに自分の前に置かれたグラスを合わせ、アズサは
ちらっとクラウスの方を見た。
 クラウスは、ぐいっと一息で飲み干す勢いで飲んでいる。
 アズサは、恐る恐るといった感じでほんの一口程度口の中に入れた。
 少し渋いが、まろやかな口当たりだ。
「・・・おいしい」
「ふぅん」
 アズサの飲みっぷりを観察していたクラウスが口走った。
「お前は驚かねぇんだな」
「なににですか?」
「それに。ワインは初めてじゃないのか?」
「何度かあります。片方の親がエウロテ人なので、ワインは家にあったんです。もっ
とも数えるほどしか飲んだことはありませんが」
「そうか。タキと違うな」
「タキ様と?」
「ルッケンヴァルデでな。弔いの酒として一杯だけ飲ませた。口に含んだだけで、
とんでもねぇ顔になってさ、口直しにすぐリンゴを食べさせた」
 そのときのタキの様子がよほどおかしかったのか、クラウスはくっくっと笑う。
「・・・・・・・向こうでは、よくタキ様とこうしておられたんですか?」
「あいつは、あっちの食事が合わなかったからな。休みのたびに連れ出して、魚料理
とか食わせてた」
「大尉は料理が?」
「まっ、簡単なヤツくらいならな」
 ぐいっとクラウスは中身を飲み干し、新しくワインをつぎ直す。
 「タキはさ、向こうでも我慢強かった。我慢して我慢して、あるときぶっ倒れて。
それがきっかけだったな」
 それはアズサの知らない話。
 タキはルッケンヴァルデでの話を時折してくれたが、学校での授業の話や向こうの
街や文化の話ばかりで、学校生活については口にすることは少なかった。
「誇り高くて、努力家の負けず嫌いで、見ていて痛々しく儚かった」
 初めて言葉を交わしたとき、タキは泣いていた。
 初めてだった。あんなにも男が流す涙が、その泣き顔が美しいと思ったのは。
「でも、まぁ、こっちにいるより時はまだ丸かったけどな」
「・・・そうですか」
 変な感じだ。自分の知らないタキの話を聞くなんて。でも、自分だって大尉の知ら
ないタキの姿を知っている。そういう意味ではおあいこだ。

 でも、何だろうか、この感じ。なんだかそう言うのでもない感じがする。
 それは、そう、昼間ハルキがクラウスのことを好きだと言ったときにも似ている。
 アズサは、思わず口元に手を当てた。
 あの時、自分はなんと言おうとしたんだろう。
 ハルキの目がまっすぐに問いかけてきた。
        その思いの名は何・・・・?

「どうした?」
 クラウスがしかめて目でこちらをじっと見ていた。
「もう酔ったか?言ったとおり弱いな」
「あ、いいえ、そんな」
 ごまかすようにアズサは、ワインを口に入れ、飲んだところで口にする。
「タキ様もおつらいんです。皆がタキ様の存在に寄りかかっていますから」
 タキは民の拠り所。タキがいるから皆、戦える。タキの存在が皆の心を奮い立たせ
る。
「・・・そうだな。この戦争が始まって以来、あいつには酷な状況が続きすぎる」
 レイゼンは前線に最も近くエウロテとの国境とも隣り合わせだ。エウロテは国内事
情が政変が起きるほど変化しているらしく、その波はこの国にまで襲いかかろうとし
ている。未熟な軍隊。薄い資源。不穏な同盟国。浮き雲のように揺らめく上層部。
「それでもタキは、戦うんだ。己の誇りのために」
 本当にと、クラウスはテーブルの上に空のワイングラスをダンッと置く。
「見てられねぇよ」
 その言葉にアズサも目を伏せ、重たい沈黙が二人の間に漂う。

 いつも何か外は夜の闇にい覆われ、室内には小さな電灯の光だけが唯一の明かりと
なって室内を照らしていた。

「・・・・・・・・・・・だから俺がいるんだ」
 クラウスが不意につぶやいた言葉にアズサがクラウスの方へ顔を上げる。
「俺を頼ればいい。俺があいつの怒りと悲しみを力に変えて、あいつの誇りを、大切
なモノを奪おうとする奴らをすべて薙ぎ払ってやる、」
 アズサは、思い出す。あの列車の中でクラウスは言った。

『そうさ、何一つあいつらの手に渡すかよ』
『この大地も、民も、お前も』
『すべてが主の誇り』

 その言葉が、あの時のアズサにもう一度奮い立つ勇気を与えたのだ。
「そのとおりです。クラウス大尉」
 アズサもにっこりと微笑んだ。
「あの方の刃となり盾となるために、僕らはここにいる。一緒に戦いましょう。あな
たとなら怖くはない」
「俺一人でも十分だぜ」
「何を言ってるんです。あの列車から大尉を脱出させ(たすけ)たのは僕ですよ」
「・・・違いない」
 くっくっとクラウスの口から笑い声が漏れ出す。
 そうして二人は笑い合った。
 それぞれの誓いを胸に。


「もう帰ります。ワインごちそうさまでした」
「おう、気をつけてな」
 ドア口までアズサを見送ったクラウスは、何かを思い出しちょっと待ちなとアズサ
を引き留める。
 そして、壁に掛けてあったスーツのジャケットのうちポケットから包装紙で巻かれ
た小さな長方形の箱を取り出す。
「これやるよ」
「なんです?これ」
「万年筆。お前、昼間店先でこれ見てたろ」
「あ・・・・」
 昼間、ショーウィンドウに飾られていた万年筆。とてもきれいで結構高価だった。
「これを買いに、あの時商店街の方へ行かれたんですか?」
「まぁな」
「そんないただけませんこんなの」
「いいんだ。この国のことを教えてもらっている礼だ」
「でも・・・」
「いったろ。好意は素直に受け取っておくもんだぜ」
 にっとクラウスが笑う。
(あ・・・・・・・)
 どきんっと胸がなった。
「ありがとう、ございます・・・」
 アズサは目を伏せがちにしながら、小箱を胸に当てた。 


 部屋に帰って箱を開けてみると、そこにはあの万年筆が入っていた。
 アズサはそれを手に持ってみる。
 思った通り、軽く、握りやすく、書きやすい。
 決して安い値段じゃなかった。
 それを、ただこの国のことを教えたと言うだけで・・・。
「大尉・・・」
 万年をの指でなぞりながらクラウスの名を口にした。
「クラウス・・・」
 「クラウス大尉」呼ぶのとはまた違った響き。
 胸の奥がきゅんとして、なんだか恥ずかしい。
 昼間のハルキの言葉が不意に聞こえてきた。

『僕、クラウス様のことが好きです』

『アズサ少尉は、クラウス様のこと好きですか?』

「うん・・・」
 アズサはつぶやいた。
「僕も好きだよ・・・」
 それはハルキがクラウスに尊敬と慕しみの思いで言った好きとは違う、甘くて、
切ない響きだった。




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