クラウスは、しぶしぶ苦手なマイスターの店に行って・・・・。
*この回は、肉球バージョンでお楽しみください。
百日の薔薇 アズサ→クラウス
数年前に書いたのを発見してアップしました。
松葉菊(マツバギク) 心広い愛情・怠惰・無為・のんびり気分
「さて次はどこに行く?」
銃装屋を出た3人は、適当におあちこちの店を見つつ町をさまよう。
「アズサはどこか行きたいとこあるか?」
どこかへ行きたいという要望を口にしないアズサに対し、クラウスは声をかける。
「あ、いえ僕はとくには」
べつにいいですとアズサは首を横に振る。
特に欲しいものは思い浮かばなかった。それよりこうしてクラウスと共に街を巡れることの方がうれしかった。本当に不思議だ。こんな想いは初めてだ、この想いの名は何というのだろう。
(あっ・・・・)
ふと目にした店のショーウィンドウ。
そこに飾ってあったのは万年筆だ。
細身で、持ちやすく書きやすそうでシックなデザイン。
思わず立ち止まり、ガラスに近づきじっと見てしまった。
「どうしたアズサ?」
先に行っていた二人が立ち止まっているアズサに気づき、振り返る。
「その店に入りてぇのか?」
クラウスの言葉に慌ててアズサは前を向き、いいえとぷるぷると首を横に振った。
「いえ、なんでもありません」
アズサは、慌てて二人に駆け寄る。
きっと欲しいと分かればクラウスは買ってやると言うだろう。
でも、さっきハルキへのプレゼントで大枚をはたいたクラウスに、これ以上出費をさせた
くなかった。
それに、自分はクラウスに何かもらうほどのことなど何もしていないのだ。
「それより、大尉。マイスターの店に行かなくていいんですか?」
話題を変えようとアズサが振った言葉に、クラウスはびくりと耳としっぽを逆立てる。
「おい・・・・アズサ。お前スグリに何か言われたか?」
「大尉が兄の店に入るのを厭がらないよう見張っておいてくれ、と言われました」
「スグリィ~」
あの野郎と額を押さえて歯がみするクラウスに、ハルキはきょとんとした顔で聞いてくる。
「え、クラウス様、マイスターのお店に行く用事があるんですか?」
「ねぇよそんなの。向こうが勝手に来いって言っているだけだ」
「何言ってるんですか。新作のスーツを作って待っているんでしょう?」
「え、そうなんですか?」
それは大変とハルキは、クラウスの腕を引っ張る。
「さ、クラウス様。早く取りに行きましょう」
「うっ、嫌だ。行きたくない」
公衆の面前で厭がるクラウスに珍しきハルキは有無を言わさずぐいぐいと引っ張ってい。
「何言ってるんですか。マイスターをお待たせしちゃだめですよ」
「だから行きたくねぇって・・・」
「それに僕、クラウス様のスーツ姿みたいです」
それは僕も同感。とアズサもクラウスのもう片方の腕を引っ張り、マイスターの店がある通へ引き連れていく。
「さ、行きましょう大尉」
「ちょっ、お前ら離しやがれ」
クラウスは抵抗したが、驚くほどの強さでマイスターの店へと引きずられていったのだった。
「いらっしゃいませ、お待ちしておりましたよ」
スーツを着たスグリと同じ顔をした男が、クラウスの顔を見たとたん喜びにわき上がる。この男、顔はスグリそっくりだが、性格は正反対のようでえらく愛想がいい。いつも見慣れてる仏頂面が、にこにこしている気味悪さもクラウスがこのマイスターを苦手とする理由の一つであった。
「さぁさぁどうぞこちらへ。ご覧ください。私の自慢の最高の新作です」
マイスターに案内されて奥の部屋へ行くと、クラウスからとったボディに着せられたスーツが鎮座していた。
「すてきなデザインですね」
アズサの褒め言葉に、マイスターはうれしげな顔をする。
「フフ、うれしいですねぇ、分かりますか?」
「ええ、深くは分かりませんが大尉によく似合うと思います」
「もちろんですとも、デザインやカラーはヴォルフシュタット大尉のイメージに合わせ、生地は一流のものを選び抜きました。サイズもぴったりに仕立ててあります」
「ええ、すごい!!」
「いや、怖えぇよ」
子供らしく正直にすごいと声を上げるハルキに対し、クラウスは顔を青ざめさせる。
「さぁ、大尉着てみてください」
「え。いや言い、遠慮しとく」
クラウスは嫌そうに首を横に振った。
「それに合うんなら着れるだろ」
「何をおっしゃっているんですか、所詮作ったときは大尉はいらっしゃらなかったのです。最終的に大尉ご自身で着ていただかないと、似合っているかどうか分かりません」
「確かにその通りですね」
「僕着てるとこ見てみたいです」
さぁ早くと3人に迫られ、逃げる場を失ったクラウスは、渋々とスーツに腕を通す。
試着室から着替え終えて出てきたクラウスにアズサはあっと目を奪われる。
さすがに西洋人なだけあって、スーツは非常によく似合っている。着慣れているせいか、初めて袖を通すスーツでもちゃんと着こなせている。
何よりデザインとカラーがクラウスをよく引き立てていた。
「今回は全体を黒で統一し、スレンダーでシンプルなデザインを起用し、大尉の金色の髪と瞳が浮き立つようにデザインしました」
使われている黒は、喪服のような澄んでいるようなモノではなく、光沢のあるタイプだ。確かにクラウスの金髪と金色の瞳をよく引き立てている。
「かっこいいです。クラウス様」
ハルキは目を輝かせ賞賛する。
「いやぁすばらしい」
マイスターもうれしそうにうんうんとうなずく。
「よくお似合いです、大尉。作ったかいがありました」
「そりゃどーも」
クラウスはげんなりした顔で述べる。
「もういいだろ、着替えてくる」
「お待ちください!」
スーツを脱ごうとしたクラウスをマイスターが押しとどめる。
「まだ微調整がまだです。今しばらくそのままで」
「いやぴったりだし。大丈夫だから」
「とんでもありません!!」
マイスターの目がカッと開かれる。
「1㎜でもサイズに狂いがあれば、私のプライドが許しません!!」
さぁ、とマイスターはどこから出したのかメジャーの両端を握り、ぴんっと引き延ばす。
「採寸です。全部脱いでいただきましょう」
「てめぇ、結局それが狙いかよ」
ガッとクラウスが耳としっぽを逆立て、牙をむく。
「毎回毎回採寸しやがって。俺は太ってねーよ!」
「何を言うのです、人間とは日々体型が変わるモノ」
「毎日戦場に出て、タキを抱いてるって言うのにそう簡単に変わってたまるか!!」
ぎゃぁぎゃぁと言い合う二人にアズサとハルキはおろおろする。
「く、クラウス様落ち着いて」
「大尉、こんなところで争いはやめてください」
「うるせぇ、俺の貞操がかかってるんだ。この、離しやがれっ」
「フフ、逃がしはしませんよ」
部屋には不穏な空気に満ち始め、アズサはハルキを抱えて逃げ出す。
「離してください、クラウス様が」
「大尉は大丈夫。あそこにいたら僕らの方が邪魔だよ」
バンッと後ろ手で閉めたドアの向こうから、クラウスの怒鳴り声が聞こえてくる。
「くそ、てめぇ、服職人(マイスター)のくせに何でこんなに力強いんだよ!」
「剥くな、脱がすな!」
「うぉ、てめぇ、どこ触ってやがる!」
「この!殺すぞ(怒)!!!」
ドスン、バタンと音が立つ部屋にいるクラウスに向かって、アズサは心の中で「頑張ってください、大尉」と応援の言葉を贈った。