忍者ブログ

幻想庭園

いろいろ書き散らしてます。 なお、掲載している内容につきましては、原作者様その他関係者様には一切関係ありません

花を吐く(3)

命の恩人であるクラウスに恩を返そうと、アズサはクラウスの教師役をすることにした。

百日の薔薇 アズサ→クラウス

数年前に書いたのを発見してアップしました。

菫(スミレ・黄)       慎ましい幸福・牧歌的な喜び




 クラウスは、峠を乗り越え意識を取り戻し、日中は起き上がり続け得ることができるようにはなったとはいえ、まだベットから離れることはできなかった。
 なにせ拷問の傷を抱え、薬で無理に身体を動かし、心臓付近に3発の銃弾を撃ち込まれたのだ。
 これですぐに動けますと言ったら、それは人間ではない。
 幸いと言うべきかどうか、ライカンスロープと呼ばれながらもクラウスは人間であり、まだ完全回復には時間がかかった。
  タキからおとなしく治療するよう命令されたクラウスは、それに異議を唱えることなく聞き入れ、回復に努めていた。
 とはいえ、意識ははっきりしているので、ベットの上でじっとしているというのは退屈なものである。
  そこで、クラウスはこの空いた時間を使って、この国のことを学ぶことにした。
 教師役はアズサである。


「・・・で、いろいろな分野の本をもってきました」
 アズサは抱え込むようにしてもってきた本の束をどさっとテーブルの上に置いた。
 たちまちクラウスの目の前に高さ30㎝ほどの本のタワーできる。
「すげぇ量だな」
「この国の言語から歴史、風俗、風習から慣習に至るまでまで幅広く知りたいとおっしゃってましたから、幅広く選んでみました」
 にこにこ顔のアズサを前に、クラウスは一冊手に取ってみる。
「『よい子の社会学習』。これ、子供向けの本じゃねぇか?」
「大尉は、言葉は話せてもまだ読み書きは不十分ですから。それに子供向けって言ってもよくできてるんですよ、そのシリーズ。まず、簡単でわかりやすくて広いところから難しくて深いところに行ってみてはどうでしょうか?」
「一理あるな」
 納得と、クラウスは手に取った本の表紙をぱらりとめくった。

 この国の言語は、西方やエウロテの者にとれば、難解なものであった。
 この国は、ひらがな、仮名、漢字と3種ある文字を組み合わせてて使うのだ。文法
も、異国のそれとはずいぶん異なる。
 しかも読みが同じ単語でも、当てられる漢字が違えば意味が違うなど、読む、書く、聞く、話すの4つがそろっていなければ理解しがたい言葉も多い。
 エウロテとの同盟の結果、いくつかエウロテ風の読みが導入された箇所もあるが、それでもまだこの国の言葉は生きている。
 大極殿では、いまだ儀式の際には、神代の時代より伝えられし言葉が使われている。

 そんな多彩な言語の学習は困難なものであったが、クラウスは不満一つこぼさず、一つ一つ学習し、理解し、覚えていった。
「悪いアズサ。この漢字、読みがわからねぇ」
「ああ。これは・・・・」
 基本的に、クラウスは一人で本を読み、わからない読みや解説のところがあれば、アズサが教えると言ったような感じだ。
 クラウスは、教えられるより一人で学習し吸収していくタイプなようで、黙々と読み書きを学習していく。理解力・語彙力は高いようで、のみこみが驚くほど早い。
 逆にアズサが、勉強しなきゃと焦ることほどだ。


「ふぅん、あれはガガクっていうのか」
 風俗関連の本を読んでいたクラウスがふと漏らした。
「雅楽ですか?」
「あの不思議な音楽に合わせて舞うやつ。あれも雅楽って奴だろ?」
「はい。その一つである歌舞ですね。」
 雅楽には、歌舞、楽舞、そして歌物の3つがある。
「神代の時代よりこの国に伝えられてきました。大尉がタキ様の騎士になったときも祝いの舞が振る舞われましたよね」 
 騎士の任命の儀式は領内を挙げての神事であり、盛大に行われる。
「そのとき僕も舞ったんですよ。覚えてらっしゃいますか?」
「あ~そうだったけか?」
 その生返事と仕草からどうやら覚えていないらしい。アズサは、がくっとしつつも、まぁ仕方がないなと流した。
「舞で覚えてるのはタキのだけだな」
「タキ様の?」
 アズサは、きょとんとする。任命式の際の舞ではタキは舞わなかったはずだ。
 その後、舞が披露される場はなく、クラウスはどこでタキの舞を見たのだろうか?
「10年も前の話だ。この国の代替わりの際にな」
 ここで、アズサは、あっ・・・・・と思い出した。
 
 10年前、先帝崩御の際の新帝践祚の場において、タキはレイゼン家のこの一人として舞を披露した。
 そのときタキは言っていた。金色の瞳をした男に出会ったと。
『その男は私の願いを聞き入れて、この花を手折ってくれたんだ』
 タキはうれしそうに、髪にかざされた藤の花に手を触れながら言っていた。
 その金色の瞳の男は、この国の者でもエウロテの者でもなかったという。
 そのとき、何人か西方から招待を受けて招かれていた人々がいたので、その中の一人だろうと。

「大尉は、この国に来たことがあるのですか?」
「俺の家は、元貴族の古い家系の家でね。こっちに親交があったのさ」
 クラウスは、それ以上詳しくは語らなかった。ただ、そのときこの国に来た話は本当らしい。
(もしかして・・・・)
 その金色の瞳の男とはクラウスのことだったのだろうか。
 この国から出たことのないアズサは、西方にすむ人々がどんな瞳の色をしているのかを知らない。
 ただ、クラウスの瞳は確かに金色だ。
 陽の光の色、闇に光る狼の瞳。

「?どうした?」
「あっ、いえ・・・」
 無意識のうちにクラウスの瞳をのぞき込むようにじっと見つめていたアズサは、我に返って、手元の本に視線を移した。
 そのときドアがノックされ、スグリが入ってきた。
「診察の時間なのだがね」
 スグリにそう言われ、アズサはわたわたと散らばった本を片付ける。
「失礼しました少尉。席を外します」
「頼む」
 椅子から立ち上がり、部屋から出て行こうとするアズサに、あっとクラウスは思い出したように声をかけた。
「アズサ、ちょっと待ってくれ」
「はい、なんですか?」
「次来るときは、この国の神話関連の本をもってきてくれねぇか」
「神話・・・ですか?」
「ああ、この国に伝えられる古い話とか載ってる本が欲しい」
「わかりました。大尉が読めるような本を探してきます」
 アズサは、一礼して部屋を後にした。


(神話かぁ、なにかあるかな・・・・)
 とりあえず、10歳前後の子供向けに書かれた本にしようかなといろいろ考えながら廊下を歩いていたアズサは、ふと向こうから歩いてくる人物に気づいて、その場に立ち止まり敬礼した。
「タキ様」
「アズサ少尉か」
 タキは、アズサを見るなりふわっとした微笑みを浮かべる。
「スグリから聞いている。最近よくクラウスのところにいるようだな」
「はい。大尉はこの国のことが知りたいとおっしゃられてまして、私に教えて欲しいと」
 アズサがクラウスの元に駆け込んできたその日、泣き止んだアズサにクラウスは頼み事をした。
『お前もしばらく軍務に戻れなくて暇だろう、よかったら俺にこの国のことを教えてくれないか』
 クラウスは、この国に来て半年以上たつが、軍での生活に慣れるのが大変なためか、
はたまたもとより関心が薄かったのか、この国のことはよく知らなかった。
 アズサは二つ返事で承諾した。
「教えるなんて大層れたことですが、今の私にできることはそれだけですし。大尉には、あの時大変ご迷惑をおかけしましたので、私にできることがあれば協力しようと」
「そうか、クラウスが・・・」
 タキはうれしそうに目を細める。
「それにしても、大尉は飲み込みが早くて、私の方が勉強しなくてはと思ってしまって大変ですよ」
 アズサの言葉にタキも同調する。
「そうだな、クラウスは何でもよく知っていて、新しい知識の吸収も早かった。私もルッケン
ヴァルデでは助けられてばかりだった・・・・」
 二人はクスクスと笑い合った。幼き日の頃のように。
 ふと、タキがまじめな表情になった。
「アズサ、上ではお前たちの処遇について、まだ結論が出ていない」
「・・・・・・・はい」
「だが、私はムラクモの無線手はお前しかいないと思っている」
 タキの言葉にアズサの胸の奥が鳴った。
「タキ様・・・・・」
「お前が戻るまで、ムラクモの無線手の席は空けておく」
 そう言い残して、タキはアズサの横をすり抜け去って行った。
  アズサは、振り返り深々と頭を下げた。タキの姿が見えなくなるまで。


「何のつもりだ」
 スグリに血液検査のための血液を採ってもらいながら、クラウスはスグリの言葉にはぁ?と
間抜けな顔になる。
「なにって、なにがだよ?」
「急に我が国のことを知ろうとするなど・・・・」
 スグリの言葉にクラウスは、はぁ!?と目を丸くし、すぐに目をしかめる。
「いけねぇのかよ、この国のこと学んで」
「いや、悪いとは言っていない。ただ、あんまりにも急な変化だったからな」
 気になっただけだと、採った血液をバックの中にしまいながらスグリは告げた。
「今更何言ってやがる。俺が知らなさすぎるって言ったのはお前だろう」
 クラウスの言葉に、スグリはクラウスの方を見る。
「そんなこと言ったか?」
「言った」
 注射を指された箇所をカーゼで押さえながらクラウスはきっぱりと言った。
「まぁ、それだけがきっかけじゃないけどな。」
 クラウスは、早く血ぃ止まらねぇかなぁと押さえたカーゼを見ながら続ける。
「バカだよな。タキの傍にいたければ、一番にタキのことを知らなけりゃならなかったってぇのに」
 傍にいることを許された。幼き日から探し続けてきた薔薇を見つけた喜びがクラウスを増長させた。
 結果タキを傷つけてしまった。
 そんなことをするために、すべてを捨ててこの国に来たわけではなかったのに。
「この先どれだけ時間があるかわからねぇが、嵐がすぐそこまで来てる。やるだけのことはやるよ」
 よし止まったと、押さえていたカーゼをゴミ箱に捨てながらクラウスはスグリに告げた。
「今時間があるからな、今のうちにやっとく。まだ許可が下りねぇんだろ?」
「・・・・ああ、だせんね」
 医師としてのスグリの言葉に、クラウスはクッと笑った。


 図書室で、クラウスのリクエストに合う本を探しながら、アズサは考えた。
 二人は、機甲学校で出会ったという。
 出会って、1年しか経っていないのに国を捨ててやってくるとは、西方のスパイではないかと当初噂された。
(でも、さっきの大尉の話が本当だとすれば・・・)
 不思議と納得感が生まれた。
 二人の出会いは1年前なんかじゃなかった。
 もっとずっと昔、10年も前から二人の間には不思議な縁が結ばれていたのだ。
  思い返せば、タキもまたクラウスのことをずっと覚えていたのではなかったのだろうか?
 いつしか金色の瞳の男のことをタキは口にしなくなったけど、その頃からだった。タキが、
時折風に揺れる藤の花を見ては、切なげな顔をするようになったのは・・・・。 
(タキ様言ってたっけ、その金色の瞳の男が騎士ならいいのにって)
 騎士なんて、レイゼン家では100年前にいたきりで半ば伝説化していた。
 タキは幼い頃から賢く大人びて現実的な子供だったが、そんなおとぎ話のようなことも言うのだ、と子供心に親近感ができて妙に安心した。
 でもタキの言葉は、おとぎ話なんかではなかったのだ。
 それ切実な願いだったのだ。
 事実、タキは周囲の反対を仕切ってクラウスを騎士にし、そして、穢れに触れた息の止まったクラウスに人工呼吸を施したという。
 そして、クラウスもまたすべてを捨ててでもタキの騎士になりたかった・・・。


 チクン・・・・・。


「・・・・・・・えっ?」
 今かすかに感じた胸の奥の痛み。
 列車で負った傷が痛んだのだろうか?
 でも、あの時胸は負傷しなかったはず・・・。
 不思議な痛みに首をかしげながらも、アズサはすぐにその痛みのことを振り払った。
 しかし、その痛みは次第に大きくなり、やがてアズサはその痛みの原因を気づかされるとこになる。 

 
PR

コメント

カレンダー

05 2025/06 07
S M T W T F S
1 2 3 5 6 7
8 9 10 11 12 13
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30

リンク

ブログ内検索