いろいろ書き散らしてます。 なお、掲載している内容につきましては、原作者様その他関係者様には一切関係ありません
邂逅
エウロテと西方諸国連合間における戦争が終結した。
ここポーツダムで、両国における戦争の終了宣言への署名が行われることになり、エウロテの同盟国であったため、国代表として、タキは、ポーツダムへとやってきた。
その傍らには、タキの騎士としてクラウスの姿もあった。
「結構残ってやがるな」
雨が降りしきる町を窓越しに眺めながら、クラウスはぼそりとつぶやいた。
「顔見知りがいたのか?」
「ああ」
「それは・・・・」
よかったな・・・と言いかけてタキは口をつぐんだ。
クラウスは国を捨てた身だ。
今更話しかけることなどできない。
「よかったな、で、いいんじゃねぇの」
クラウスの言葉に、はっとタキは顔を上げた。
「そう思っていいのだと、教えてくれたのはお前だろう?」
クラウスの金の瞳が笑っていた。
無事に宣言が終わり調印式後の晩餐会で、その男は人知れずクラウスに近づき、ささやいた。
「明日の朝、サンスーシブロッケンの袂で」
クラウスが振り向くと、その人物はすでに人混みに紛れて見えなくなっていた。
翌早朝、誰にも何もつけずクラウスは一人、ホテルを後にした。裏口から出て、一人、昨夜からの雨のせいで湿った空気がよぎる薄暗い町を歩く。
人通りは少なく、クラウスは特に見とがめられることもなく、告げられた場所へとやってきた。
「よく来たね」
「おまえもな。エンリコ」
かつての戦友に会ってもクラウスは頬を緩めなかった。
二人は、並んで互いにたばこに火をつける。
「生きてたんだね」
「・・・・お前もな」
「正直、殺されたかもっても思ったよ」
「誰にだよ」
「むこうに、あるいはこっちに」
でもお前は生き延びたんだな。
エンリコは、何とも愉快だという表情をする。
「空では会わなかったね」
「お前は乗ったのか」
「乗った。動員されてね。総力戦だったから」
「そうだな」
クラウスは上を見上げて、ふぅーと白い煙を吐いた
「ずっと陸にいた。あいつが戦車乗りだったからな。陸の上で走り回ってた。バイクに乗って、ジープにも乗って、走り回った」
「彼を守るために?」
「そうだ」
「おとなしくしててくれればよかったのにね」
「あいつはそういうやつじゃない」
クラウスは感慨深げに言った。
「エンリコ、お前はずっと空にいたから知らないだろうけどな。あいつは戦っているときの方がきれいなんだよ」
「そうなの?」
「ああ、鮮烈で、苛烈で、気高く、向こう見ずだ・・・」
「なにそれ」
くくくとエンリコがこらえるように笑う。
「惚れてるね。そんなにきれいだった?」
「ああ。俺を捕らえて放さない」
「そっか。一度見てみたかったな・・・」
エンリコがたばこを口にくわえたまま、空を見上げる。
いつの間にか、雲が晴れてきていて、空がオレンジ色をおびはじめた。
「クラウス、お前さ。一度話してくれたよね。白い薔薇のこと」
「ああ、そんなこともあったけな・・・」
「見つかった?」
「ああ」
クラウスは、煙草をぽいっと遠くに投げ捨てる。
不意に、周囲の物陰から陰が立ち去った。
「見つけたよ。清純な白のようで、鮮烈な赤で、息をのむほど美しい薔薇をな」
「傷つくことのない薔薇(ロザ・アルバ)」
「だった。」
「その薔薇もお前のこと気にかけてるみたいだ」
エンリコが、口から煙草を離す。
「あいつら、お前の護衛だろ?騎士が守られてるってどうよ?」
「うっとうしいからいらねぇんだが、ジジィ共がうるさいんだよ」
「世の中変わったねぇ。主を守るべき騎士が守られるって聞いたことがないよ」
「俺もだ」
ここで、二人は初めて二人して笑った。
そして、クラウスはまたもぼんやりとした表情で口にした。
「なぁ、お前も来るか?」
「どこに?」
「うちに」
「へぇ、そんな言葉が出てくるなんてね」
「さっきも見たろ。俺の国はもうあそこだ。タキがいるところが俺のあるべきところだ」
「そっか・・・・」
エンリコは、またも空を見上げた。
「そうか。そうだね。そうじゃなきゃ、国を捨てないよね」
「ああ」
「後悔しなかった?」
「一度もな」
「そんなに惚れたの?」
かつて一度だけ会った、ロザ・アルバ。
あのときクラウスが変わったと思ったけれど、まさか、あそこまでするとは思ってなかった。そんな男とは思っていなかった。そしてあの薔薇も。
「あいつは、俺のすべてだ」
エンリコは煙草を捨てた。
「もう、帰りなよクラウス。薔薇が心配してるだろう」
クラウスは、エンリコを見た。
「いいのか?」
「ああ」
「本当に?」
「ああ」
「うちにこなくていいのか?」
エンリコがふっと笑った。
「行かない。俺はお前と違ってすべてを捨てれないから」
「そうか」
クラウスは、承諾した。もう何もかもわかったかというように。
そうして、二人は背中を向き会わせる。
「じゃあな、クラウス」
「ああ、じゃあな、エンリコ」
「さよなら」
「さよなら」
二人はそのまま前に向かって歩き出した。
二人は決して振り返らなかった。
その姿が見えなくなるまで。
「ただいま」
クラウスが部屋に帰ると、タキが起きていた。
「おかえり」
タキが両手を差し出した。
その腕にもたれかかるようにクラウスはタキに抱きつく。
「エンリコに会った」
「ルッケンヴァルデで一度だけ会った・・・」
「そうだ、生きてたよ」
クラウスはタキを抱きしめる腕に力を入れる。
「タキ、俺はあいつに別れを告げたんだ」
クラウスは言った。
「俺があいつに別れの言葉を告げたのは初めてだったんだ」
翌日、二人は国へ帰る汽車に乗った。
さらに数日後、ポーツダムに流れる川で一人の男の遺体が見つかった。