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幻想庭園

いろいろ書き散らしてます。 なお、掲載している内容につきましては、原作者様その他関係者様には一切関係ありません

花を吐く(2)

病室での一件からクラウスの笑顔が頭から離れられないアズサ。


百日の薔薇 アズサ→クラウス

数年前に書いたのを発見してアップしました。

吾亦紅(ワレモコウ)     感謝、変化


 大尉を初めて見たとき、大きくて、逞しくてなんて皮肉めいた顔をするのだろうと
思った。
 こちらより遙かに軍事力の発達した西方から来た大尉にとってみれば、こちらの軍事態勢は
子供のおもちゃみたいなものなのだろう。
 その西方から大尉は、すべてを捨ててやってきた。
 タキ様の騎士になるためだけに。
 タキ様を守るためにかつての同胞を殺すのだ。
  それが、裏切りを最も恥じすべきことと考えるこの国の人々にとっては、理解しがたく、警戒心を抱かせた。
 でも、大尉は少しも気にせず振る舞い、そして戦った。
 その戦いぶりは、大胆で過激で、平気で己の命を戦場にさらし駆け巡る。
 よく言えば勇猛、悪く言えば無謀ともいえる大尉の戦場での戦いぶりは、さらに理解の混乱に拍車をかけた。
 そして、いつしかこう呼ばれるようになる。

 『狂犬』

 姓にヴォルフ(狼)がつくうえに、大尉の戦いぶりと金色の瞳がそれを彷彿させた。
 いつも人を小馬鹿にしたような皮肉めいた表情しかしないから、だれも蔑むような別称を口にするのを憚らない。ダテやモリヤだってそうだ。僕はさすがに直接口にすることはなかったけれど、正直大尉に対してそんなにいい思いは抱いてはいなかった。
 あの時までは。
 あの作戦で僕は、本当のクラウス・ファン・ヴォルフシュタットという人を垣間見たのかもしれない。
 本当は、大尉は優しいのかもしれない。
 少なくとも、決して狂犬なんかじゃない。
 だって、もし本当に狂犬ならあの時僕を庇ってはくれなかっただろうし、あんな表情はしないから。

 あの日、大尉が僕に微笑んでくれたときのことが、あの時の大尉の顔が僕の心から離れない。 


                                          
「はぁ~」
 ほぼ意識のないクラウスに抱きしめられたあの日から、アズサはなんともいえない落ち着きのない日々を送っていた。
 身を堅くしすぎて動くことができず、部屋がノックされたとたん飛び跳ねるように起き上がり、入ってきた医者と入れ違いに飛び出すように部屋を後にした。
 廊下を走るなという誰かの怒鳴り声も無視して、一目散に自分の部屋へと逃げ出した。
 後ろ手にドアを閉めた後、その場にへたり込んだ。
 胸の奥の鼓の音が鳴り止まなかった。
 頬が痛むほど熱かった。
 こんなことは初めてだった。
 あの時のクラウスの顔。
(あんな顔するんだ・・・・)
 タキが微笑むのとは違う。
 あんな柔らかなものではない。
 もっと力強くて、でも優しさが満ちた男の笑みだ。
(あの時の大尉の顔が・・・・)
 思い出して、アズサはボッと頬を赤らめた。 
 思い出すだけで、こんなにも顔が熱くて、胸がどきどきして痛くて苦しい。
 こんなことは初めてだった。
 よくわからない想いに相談しようにも何となく言いがたくて。
 どこで思い出し顔を赤らめるかもしれないと、ここ数日アズサは自室で引きこもっていた。
 幸いにも、まだ中間地帯に入った穢れに関する事項についての協議が出ておらず、軍に復帰することができない上に、怪我と穢れに触ったことでショックを受けているのだろうと思われ、
モリヤやダテを含め皆そっとしておいてくれた。


「ううぅ~」
 いつまでもこんなことではいけないと平静になろうとするのだが、そのたびにクラウスの顔が思い出され、へたり込んでしまう。
(どうしよう、もう大尉の顔、見れないかも・・・・)
「はぁ~」
 と、そこへ部屋のドアがノックされ、アズサは慌てて飛び上がり、頬をバシバシと叩いて元に戻し、はいとドアを開ける。
「モリヤ、ダテ」
「久しぶりだな」
「よかった、ちゃんと生きてたか」
「ちょっ、ひどいよダテ」
「ははっ、わりぃ」
 いつも済ました表情のモリヤと賑やかで子供っぽいダテ。幼なじみの二人は、以前と変わらぬ態度でアズサと接してくれていた。
「どうしたの?二人ともそろって」
「お前、ここ数日部屋に引きこもってただろ?」
「さすがに心配になったな」
「おまえ、大丈夫か?」
 部屋の中に入った二人が少し表情を緩める。
 アズサは少しためらいつつにこっと笑った。
「大丈夫だよ、ありがとう」
「・・・・・そうか」
 モリヤが少し安心したような顔になり、ダテは腕を頭の後ろで組んでのびっとする。
「にしても、結局大尉の奴、俺が言ったこと守れなかったな」
「えっ・・・・?」
「ほら、俺言ったじゃん。アズサを危ない目に遭わせたら承知しないって」
「あ・・・・」
 アズサが中間地帯へ行くことを間際まで反対し、言ってもお前がいなきゃだめだといったダテは、クラウスに向かってアズサを危険な目に遭わすなと叫んだのだ。
「なんかすげぇ戦闘だったらしいけど、結局アズサがいなけりゃ大尉だってやばかったし、俺らだってヤマはったしさ、あの人、言う割にはそれほど・・・・」
「お前に何がわかる!!」
 部屋に響き渡るアズサの怒鳴り声。
 ダテは顔をヘっとさせた瞬間、アズサに胸ぐらを捕まれる。 
「お前に何がわかるんだよ。あの時、大尉が・・・、俺がどれほど足手まといになったか・・・・」
「ア、アズサ・・・・?」
「あの時の大尉を、本当の大尉の姿を知らないくせに、知った風に言うな!!」
 目尻に涙をため、歯を食いしばるアズサの顔。
 幼いときかららアズサは穏やかで、3人の中のなだめ役であり、滅多に怒るとこはなかった。
 そのアズサの激情。
 ダテは面くらい、モリヤも目を丸くし唖然とした。
「な、なんだよお前、どうし」
「これ以上大尉を侮辱ようなことを言ったら許さないからな!!」 
 怒りを露わにし、ぐぐっと胸ぐらを掴みあげるアズサに、モリヤが止めに入る。
「やめろアズサ、落ち着け」
 モリヤに後ろから腕を捕られ、暴れるアズサ。
「許さないからな。大尉を馬鹿にしたら許さないからな!!」
「アズサ、落ち着け」
 モリヤはアズサの腕をがっちりと掴みつつ、部屋に来た目的を告げる。
「その大尉だがな。昨日から起きたぞ」
「えっ!?」
「タキ様が見舞いに行かれた。スグリ少尉の話ではもう大丈夫だそうだ」
「離せ、モリヤ」
 アズサは渾身の力でモリヤを振り切ると、一目散に部屋からかけだした。
「アズサ!?」

 アズサは全速力で廊下を駆け抜けた。
 途中出くわしたウエムラ少佐に廊下を走るなと怒鳴られたが、無視し、まっすぐに、クラウスがいる医務室へを駆け込む。
「大尉!!」
 突撃を受けたような勢いで開かれたドアに、ベットの上で起き上がっていたクラウスはぎょっとし、クラウスの診察をしていたスグリは目をむく。
「・・・・アズサ?」
「アズサ少尉。何事かね?」
 椅子から立ち上がったスグリを無視し、アズサはクラウスに向かって突進する。
「うおわっ」
 押し倒さんばかりの勢いで抱きついてきたアズサをかろうじて受け止めたクラウスは、戸惑いの声を上げる。
「ちょっ、おまえ、どうした?」
「大尉、すみません、俺・・・」
 言葉がでないアズサの双眸からぽたぽたと涙がしたたり落ちているのに気づき、クラウスはぎょっとする。
「何だ、お前、何泣いて・・・・・」
「すみません、大尉、すみません・・・」
 ううぅと嗚咽を漏らし泣き崩れるアズサに、クラウスはしばし考え、スグリを見た後、くいっとあごをドアの方へふった。スグリは肩でため息をつき、無言で部屋から出て行った。



「落ち着いたか?」
 クラウスはアズサの背中をぽんぽんと軽く叩く。
「はい・・・・すみませんでしたぁ」
 何とか泣き止んだアズサは、目を赤く腫らしながら差し出されたティッシュで鼻をかむ。
「まったくよう。いきなり来たと思ったら今度は泣き出しやがって。お前本当に軍人か?」
「う・・・・すみません」
 落ち着きを取り戻したアズサは、今度は恥ずかしさで顔を赤らめる。
 全く酔うというクラウスだったが、不意に表情を緩めた。
「でも、お前、無事だったんだな」
「えっ・・・」 
 アズサはクラウスの方を見た。
「腕と足、大丈夫だったか?」
 その言葉でアズサはあっと思い出して、ぴしっと背すじを伸ばす。
「は、はいっ。おかげさまで」
「そっか、そりゃよかった」
 姿勢を崩すクラウスに、あずさは表情を曇らす。
「・・・大尉に謝らないといけないと思っていました」
「謝る?」
「はい・・・」
 アズサは、顔をクラウスから背け、ベットの端にきちんと座る。
「あの時はすみませんでした。援護すると言ったのに、結局大尉の足手まといになってしまって」
「ああ・・・」
 クラウスはそんなことかという声を出す。
「もう、終わっちまったことだろ」
「でも、僕は思い知らされたんです。自分の浅はかさに」
 アズサは膝の上でぐっと己の手と手を握り合わせた。
「あの時は、ただタキ様を穢れに触れさせたくない一心でした」
 ただそれだけの理由で志願した。
 自分の力量を考えなかったわけではないけれど、でもあの時自分しか言える人間はいないと思った。半分エウロテの血を引く自分しか。
「危険なわけがない。でも何とかなるんじゃないかなと心のどこかで思ってました。でも結果は・・・」
「しょうがねぇよ、あいつがいたんだ」
 クラウスは遠くをみるような表情で言った。
「あいつは、俺が西方にいたときからの腐れ縁みたいな奴でな。まさかここでも出くわすとは思ってなかった」
「知り合いですか?」
「言ったろ。腐れ縁ってやつだ」
 クラウスは、左手をぽんとアズサの頭の上に置いた。
「しょうがねぇよ。あいつはお前じゃ敵わねぇ。俺でも五分なんだ。気にすることねぇよ」
「でも、僕がいなければもう少し自由に戦えたでしょう?」
  きゅとアズサは唇をかみしめる。
「僕が足を撃たれたから、大尉は僕を庇って自由に攻撃できなかった。そうでしょう?」
「・・・・・・」
「列車に飛び移る前、僕は大尉の援護ぐらいできると言いました。でも結局は足手まといにしかならなかったんです。」
 あの時のことを考えると不意に腕と足の傷が痛む。
「僕は諦めかけていました。腕もやられて、銃もなくて。大尉はそんな僕を庇ってくださった。そして言ってくださった。タキ様の元に還ろうと」

 あの時のあの言葉が、どれほど自分を奮い立たせたことか。

「大尉がいなかったら、僕は今ここにはいません」
「・・・・そうか」
「あの時のことで、僕は本当の大尉の姿を知ったような気がします」
「へぇ」
 クラウスの口がおもしろそうにゆがむ。
「大尉は皆が言うような犬なんかじゃありません。大尉ほどタキ様の騎士にふさわしい方はいない」
「それはそれは。お褒めにあずかり光栄なこって・・・」
「大尉・・・」
 アズサはもう一度強く己の手を握り合わせた。
(言わなくちゃ)
 あの時、出撃の前にハセベ侍従長に言われたこと。
 ずっと、胸に引っかかっていたあのことを。
(今言わないと、今なら・・・) 
「大尉、僕はあの時・・・」
 そのときぐいっと身体が後ろに引き寄せられた、あっという間に首に不当腕が回っている。クラウスのだ。
「た、大尉?」
 慌てるアズサにクラウスが耳元で言った。
「言うな。もう何にも言わなくて言い」
「大尉?」
「俺とお前は還ってきて、今ここにいる。そうだろう?」
「大尉、でも・・・」
「それがすべてだ」
 クラウスの横顔は堅かった。
「それに今更そんなこと言ってどうなる。俺たちにできることは反省し、前に進むことだけだ」
「大尉・・・」
「いいな。」
 そう言うなりクラウスは、ぱっとアズサを腕から解放した。
「お前もな。反省するならするで、もう少し基礎と射撃の腕前を磨いとけ」
「は、はいっ」
 アズサの力のこもった返事に、クラウスはくすっと口元を緩める。
「あの件に関してはおあいこだ。俺たちは列車を止められなかったし、タキに撃たせることに
なったしな」
 最終的に列車を止めたのはタキが「オノカミ」の砲撃を喰らわせたからだ。結局師団長自ら出撃し、総司令部の命令を無視して攻撃した。このことは、いまだ上を混乱させているらしい。
「俺もあいつに銃弾3発喰らってやばかったし、お前に助けられたって聞いたぜ」
 撃たれた後の記憶はない。
 ただ、夢の中で幼い頃のクラウディアと歩いていて、そして呼ばれたような気がしたのだ。
 クラウディアと別れ、呼ぶ方へ行って、気がつけばタキの腕の中にいた。
 タキの泣き顔とおかえりの言葉、そして匂いだけを鮮麗に覚えている。
「後でタキとスグリに聞いた。お前が列車から運び出してくれたんだってな」
 列車内に仕掛けられた爆弾息づいたアズサは、急ぎクラウスの身体を抱えて、貨車のドアを開けて外に飛び出した。
「無我夢中でした。正直何をどうしたのかよく覚えていないんです」
 川の中に落ちて、クラウスの身体が流されないよう離れないよう必死で掴んで、川岸に上がろうとした。救援が来るまでの記憶はおぼろで、ほとんど覚えていない。
 ただ、死なせたくない想いだけは覚えている。

「ありがとな」

 かけられた言葉に、アズサがクラウスの方を振り返る。
「お前がいて本当に助かった」
「大尉・・・」
「お前がいなけりゃ俺はタキに再び会えなかった。感謝してる」
「そんな、大尉」
 そんなことというアズサの言葉をクラウスは遮る。
「どうもこの国奴らは謙遜が過ぎるな。正直に褒めてんだ。素直に受け止めとけ」
「・・・・・・はい」

 ふと胸の奥でつかえていたものがぽろっととれた。
 とたん、なんだかこそばゆくて温かな思いが胸に広がる。
 きっとこれを「うれしい」というのだろう。

「よし」
 ぽんとまたクラウスが手をアズサの頭の上に置いた。
(あ・・・・・・)
 クラウスが笑っていた。
 あの時、ベットの上で抱き寄せられたときに見せてくれたものと同じ。
 力強くて優しさにあふれた男の笑顔。
 どきんと胸が鳴った。 
 今度の鼓の音は少しも激しくない。
 規則正しく穏やかで、あの時の薔薇の香りのような甘やかな想いが、この胸に染み渡った。
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