いろいろ書き散らしてます。 なお、掲載している内容につきましては、原作者様その他関係者様には一切関係ありません
薔薇摘みは、朝早くまだ花弁が開ききらないうちに行う。
傷つけぬよう丁寧に、一つ一つ摘み取っていく。
まるで口づけていくかのように優しく、ゆっくりと・・・。
摘みとった薔薇は、すぐに蜂蜜のベットの上に寝かせる。
そして、その上で永遠の眠りにつくのだ。
その汚れなき美しい姿を保ったまま。
「よし、できた・・・」
クラウスは、甘い香りを放つ自分の胴体よりさらに二回りはある大鍋を火から下ろす。
そして、熱いうちに用意して置いた瓶に一つ一つ入れていく。
「・・・こっちがハルキので、これがアズサだろ。姫さんたちに、侍従長’ズ・・・・」
頼まれていた分にも分量が回った。これで彼らに文句を言われるとこもないだろう。 はじめ、タキと自分のために作っていた薔薇のジャムは、タキがお裾分けをしまくったせいで口コミで広まり、この時期になると、欲しい人物からクラウスの元に空のジャム瓶が届けられるようになった。
イヤだったが、無視すると文句が止まらないので、しぶしぶながらも毎年彼らの分を分けている。
薔薇のジャムのレシピは、国を捨てる際に、姉が餞別としてくれたものだ。
向こうでも味わえるようにと。
薔薇のジャムは、子供の頃からの姉の得意料理だ。
毎年6月の薔薇摘みとともに作られるジャムは、クラウスの夏の訪れを教えてくれる。
彼女はクラウスがどこにいてもこれを届けてくれた。
タキに出会うまで、このジャムのほのかにくすぐる香りと蜜がクラウスをかろうじてつなぎ止めていた。
「さて、もう一踏ん張りするか」
一息入れるために入れた珈琲を飲み干し、クラウス肩と腕をパキパキと鳴らして、今
度はパンケーキ作りに取りかかる。
ジャムは、もちろんパンにも合うが、こんな特別な朝に食べたいのはパンよりはパンケーキだ。
タキに初めて食べさせた食べ方であり、彼の最も好きな食べ方でもある。
焼きたてのパンケーキのふわふわでしっとりした食感は、パンとまた違った味わいで、
ジャムとよく合う。
粉とミルクを用意し、クラウスはちゃっちゃと生地を作って一つ一つ焼いていく。
このジャムをつけると朝からいくらでもいけるので、たくさんの枚数を焼く。
焼いたパンケーキを皿に高く積み上げ、紅茶の準備をする。
薔薇が咲く庭を見渡せるテラスにテーブルセットを用意して、白いテーブルクロスを敷き、その上に摘み取ったばかりの薔薇と焼きたてのパンケーキに薔薇のジャムをセッティングすれば、朝食の準備は完了だ。
「さて、ご主人様を起こしに行きますか」
寝室のドアを開けると、ジャムに似た甘い花の香りがクラウスの鼻腔をくすぐる。
二人で寝ての余裕のあるベットの上で、クラウスの薔薇が未だ眠りについていた。
「タキ、起きろ。メシができてる」
「う・・・ん・・・」
白い枕の上でタキの黒い髪がさらりと流れ、濡れた赤い唇からかすかな寝息が漏れる。
その艶めきに思わず口づけたくなるが、ぐっとこらえ、クラウスはタキの耳にささや
いてやる。
「薔薇のジャムを作ったんだよ。早くしろよ。パンケーキが冷めちまう」
「・・・・今行く」
ゆったりと起き上がったタキの白い肌には、赤い薔薇の花びらがあちこちに散っていた。
「いい香りだ・・・」
身支度を調えたタキにクラウスは紅茶を注いでやる。
それにタキは、薔薇のジャムを落として香りと味を楽しむ。
「おいしい」
「やっと納得のいく味が出せたんだ。昔、姉貴が作ってくれたのとそっくりだ」
クラウスにとって薔薇のジャムの味は、姉の味だ。
その味はそのまま故郷の記憶につながる。
優しい姉の姿と、屋敷中に広がる薔薇。その中で唯一咲くプリマ・ローズ。
もう二度と目にすることのない 。
ふと我に返ったクラウスは、タキが悲しげな目をしていることに気づく。
「バカ。なんて目してやがる」
「いや・・・」
タキは何も言わずティーカップに口をつける。
きっとまた悩んでしまったのだろう。
クラウスに故郷を捨てさせたことを。
幾度、クラウスがそれでもよかったと言っても、このことはタキの心を生涯傷つけるのだろう。
故郷を深く愛するタキだからこそ深く傷ついてしまう。
「タキ、俺は薔薇がずっと欲しかったんだ」
クラウスは言った。
「欲しくて、欲しくて、ずっと探して、やっと見つけた」
そっと手を伸ばし、ごつごつした太い指をタキの陶器のような滑らかな肌にそっと這わす。
「俺の薔薇はここにある。離れはしねぇよ」
それでどこにも行けなくなっても。
すべてを捨てても、
後悔はない。
「ああ・・・」
タキが微笑んだ。朝露に濡れる薔薇のように。
「ほら、食べようぜ。冷めちまう」
「・・・いただきます」
欲しいものはここにある。
この渇きを潤す蜜は、ここにある。